いきなり増殖ですか? いいえお約束ですよ 7

 「す........すいませぬ」

 こちらに近寄る様子はなく、その場でモジモジとしていた。

 僕が動揺するにはまだ早い。もしかしたら聞こえてなかったかもしれない。

 「今の会話聞いてた?」

 平静をかろうじて装う。

 小春の目が泳ぐ。

 「別に聞こえてなかったでござる! 『友達の紺くん』の話なんか」

 嘘へたすぎだろ! なんだよ! いきなり『友達の紺くん』なんて呼び方しないでよ。

 もしかして気を使わせている? ........僕は彼女に気を使わせている?

 手が汗で湿っているのを感じた。ヒリヒリと胃も痛い。

 今、僕の顔は強ばっているだろうか? 動揺しているだろうか?

 「もういいよ。聞いてたのは分かったから。痛いほど分かったから。無理して僕を友達扱いしないで、たかだが会って一日目の仲だろ?」

 本音だった。

 本音の中の本音だった。

 ふっきれたように心が透き通っていくのを感じる。

 だいたい、『友達』という存在がなんなのかも実際はよく分からない。

 他人と他人の、魔族と人、挙げ句の果てには生き方も全く違う。

 最初から無理だったのかもしれない。

 きっと、『小春』と呼んで欲しいっていったのも、本当は社交辞令なんだろ?

 気を使わせてごめん、『小春さん』。

 「........なにを言ってるでござるか?」

 「なにって、『小春さん』に気を使わせてるから........迷惑だろ?」

 「....................................................」

 黙ったまま、彼女は僕の方へと駆けてくる。

 なんで来るの? 

 どうして、こっちを睨んでるの?

 『小春さん』は僕の前で立ち止まると、大きく息を吸った。

 

 ペシっ。


 痛くも痒くもない平手が、僕のほほに当たった。

 ........それをされた理由も分からない。

 『小春さん』の目はなんでそんなに睨んでくるの?

 なんで? ねぇなんで?


 「なんでそんな悲しいことを言うのでござるか?」


 「............................................................」

 言葉に詰まる。

 悲しい? なにが悲しいんだ? 彼女がなにを言っているのか、理解できなかった。

 「私、嫌われてるでござるか? 紺くんに嫌われてるでござるか?」

 嫌ってるわけがない。

 むしろ、その逆を思っているのに。

 「そんなことない!」

 「じゃあどうして!」

 

 「だって、僕は『友達』という存在になれていないんだろ? さっきの発言も気を使って言ってくれただけなんだろ?」

 

 一瞬、ハッとしたように顔が硬直すると、彼女の顔がニッコリとした笑顔に変わった。

 少し安心しているようにも見えるのは、気のせいだろうか?

 僕はなんでそうなったか、わけがわからず余計に混乱する。

 

 「気なんて使ってないでござるよ。紺くんは私の大切な友達。だって、一緒にいて楽しい........でしょ?」


 それを聞いた途端、

 なぜか一瞬泣きそうになった。心の奥の奥、締め付けられるようで........。

 こんなのは始めてだ。

 ジュワ~と溢れるような、この名前の出てこない感情はなんだ?

 僕は覗き込むように、彼女の目を見つめた。

 「........じゃあいいの?」

 「なにがでござるか?」

 キョトンとした表情で見つめ返してくる。

 あれ? 今、なにを言おうとしてたんだっけ?

 「........なんでもないよ、『小春』」

 「変な紺くんですなぁ~」

 吹き出すように、小春は笑みをこぼす。

 僕も自然に笑えていた。

 笑顔の二人の前に、クスクスと別の意味で笑っているような気がする舞陽が言う。

 「これにて、一件落着だ!」

 「うん」

 小春がノリでうなずく。

 自信たっぷりで舞陽はこちらにも目を配る。

 手柄を全て横取りする伏兵に見えてしょうがない。

 けれど、彼女のおかげというのも本当だ。

 少しぎこちなくはあるが、僕は抵抗気味に首を縦に振るう。「........うん」

 「そんじゃ行くよ!」

 舞陽が路地裏から表道へとご機嫌に歩き出す。

 「行くでござるよ」

 「うん」

 小春の少し後ろを続くように、僕も歩き始めた。

 どこに行くというのだろうか?

 「そうそう、今日はお礼として、なにもかも紺太の奢りだから!」

 「なんでだよ!」

 後ろを振り返り、舞陽はドヤ顔で僕を見る。悪魔なのだろうか?

 シスターの格好は偽りなのなのだろうか?

 なにが『なにもかも紺太の奢りだから』だ! ........................

 

 ............紺太、の奢り?。

 

 ............................................あれ? 

 

 ........僕は舞陽に名前を教えたけ?

 小春とは会ってからずっといる。事前に紹介などはないはずだ。

 それに、『紺くん』そう僕は小春に呼ばれているのだから、『紺太』という本名は分からないはずなのに........。

 いや、待てよ........話したような気もしないでもない........ような気がする。

 彼女との会話を深く思い出せない。

 ........まぁ知ってるってことはことは教えたのか。

 

 


 日が沈む前にと、三人は歩いて行く。

 舞陽のテンションがこの中で一番高い。

 奢るかは分からないよ?

 僕は舞陽の後ろ姿を見て、そう自分の心に投げかけるばかりなのであった。

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