魔王になりたくありません。 2

魔王城、地下の祭壇の間。ここはこの魔王城の中心でダンジョン最後の砦。

 岩石龍のレンガのような鱗でできた部屋の隅には、たいまつの火がいくつかありぼんやり明るい。頑丈さは折り紙付きだ。

 祭壇の間、その一番奥に一つだけある石段でできた椅子。そこによっこいしょと余裕しゃくしゃくで座って、勇者を待つのが魔王家の流儀。

 これがまた、おしりが痛くなるんです、冷たくなるんです。一時、クッション敷いていいかとじいやに聞いたが、伝統というものがどういうものかで悟りがひらけそうなぐらい説教された....................された........された。


 ....................................。十分。

 

 ........................................。二十分。

 

 ........................................................。三十分。

 

 ............暇だ。こう暇だと自分がどう勇者に第一印象思われるか考えてしまう。

 僕の外見は人間とさほど変わんないだよなぁ。ただ、頭の左右に二つ軽く渦を巻いたやぎのような角があるだけで。

 きっと、この中二病全開の装備(赤マント、黒い甲冑)をしていなきゃ、ラスボスなんて思ってくれないんだろうなぁ。

 ........どっちかというと童顔だし、背も百七十弱だし、黒髪だし。

 父には似ていない。昔の写真を見る限りでは『雪女』の母親に容姿は近いだろう。

 

 ................母親。

 

 ....................................。

 親とは離れて暮らしている。

 離れたのは十三歳。この歳は悪魔にとってめでたく、独り立ちするという意味もある数字だからだ。

 家を出て行くと言い出したのは僕からだった。

 一緒の家に住んでいようが父は仕事で帰ってこない。

 その妻である母はこの世にもいない。僕が生まれる時、引き換えだったらしい。

 母性を受け取る権利を奪われた幼少時代は、代わりに父性を求めた。

 孤独と闘う日々の中、『父上はいつ帰ってくるだろう? いつ帰ってくるだろう?』そんな期待に胸を膨らませる日々もあった。

 けれどいつしかその感情は、『なんで僕だけ............』そういう嫉妬からくる憎しみに変わっていた。

 ............父が帰ってこないことより、親を求めなくなっていく自分という存在の方が実は恐かった。

 そしてそれは、僕という存在が子供ながらにして、ダダをこね甘えられなかった要因のひとつなのだろう。

 我がままを言ったら嫌われる、軽蔑される。子供ながらにして、両親に心配をかけてはいけない、そんな自己防衛本能が働いていたのかもしれない。

 あの頃の僕が我がままを言えていたら、少しは未来も変わっていたのかな?

 考えれば考えるほど、気持ちは乾いて枯れていく。

 が、もう遅い。全てはピースの足りないパズルのように終わったのだ。

 今さら会ったとしても、もうどんな顔を見せたらいいか分からない。

 ............だから................もうこれでいいのだ。

 

 祭壇の間、そのドアが開く。勇者は基本パーティーを組む生き物だ。

 今回来た勇者達も三人のスリーマンセル。見るからにみなさん剣士ですねってので全員構成されていた。

 「おい、お前は何者だ!」

 この勇者達の横列、真ん中の金髪男が言った。

 「見て分かるだろ! 魔王城のラスボス!」声を大にした。

  僕から見て右の銀髪の奴が指を指してくる。

 「まだ中ボスなのか?」

 話聞いてるのか!

 「........いや、ラスボスだけど」

 「そんなわけあるか! ラスボスだぞ! なんだよ、あの弱そうなヤギ男は」

 左の銅色髪の男が初めて口を開いた。

 一つ、聞き捨てならない言葉があった。

 弱そうなって言うのはまぁいいよ。だけどさぁ、やぎ男はないだろ? 好きで角生やしてるわけじゃないんだぞ! 寝返りうてないんだぞ! 

 それでも耐える。ここに長く勇者達がいてくれれば、じいやの授業........悪魔貴族としてのたしなみを教わる苦行時間が減るからだ。

 スマイル。すまいる!

 「やぎ男はひどくないかなぁ? これは魔王の血から代々受け継がれ........」

 「うっさい、ヤギ............」

 

 パーン。................ぴちゃ。


 仏は三度まで許すらしいが、仏は魔界に住まない。

 音速ぐらいで近付き、銅色髪の男の鼻にデコピン。

 

 ブォチッン。

 

 デコピンの炸裂音が祭壇の間に響き渡る。

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー。は........はなが」 

 見事に地面に着地した鼻を見つめ、ため息が軽くこぼれた。

 「いいよ、もうそれで。どうせもう二度と会わない」

 銅髪さんを横に蹴り飛ばす。水切りのように床を二回リバウンドし、壁に潰れたトマト状態の屍体が一つ。

 金髪さんに、銀髪さんは、僕がデコピンをした直後にバックステップし、距離を作った。

 なかなか良い判断だ。実力差があってなにをやっても無駄だけど........。

 「お前! いきなり卑怯だぞ!」

 剣を抜きずっしりと身構える金髪さん。こちらを見る目は隙がなく、確かにここまでこれるだけの実力者ということは分かる。年も一番三人の中で上だろうか、狩って来た魔物の魔気が染み付いている。

 「卑怯者? 三体一の勇者様に言われたくないですよ。それに卑怯者なんて悪魔族にはある意味褒め言葉だよ」

 「お前、友達いないだろ」

 ぐさっ。心にヒビが入ったかもしれない。

 別に友達がいないのは環境が要因なだけで........そういうわけで。

 「....うるさい、たまに便所飯なだけだ」

 銀髪さんは僕の顔色を伺い、いつでも特攻できる準備ができているようだ。さしずめ、金髪さんが話を僕にこの状況で持ちかけきたのもそのためだろう。

 それならば、隙を作ってあげよう。

 僕は意識を金髪さんだけに集中させる。

 すると案の定、踏み込みの音とともに銀髪さんの刃が鈍く光り頭上めがけきた。

 

 バキーン。

 

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー」

 鮮血で僕の黒髪が染まる。

 確かに彼の剣は頭上から鋭く僕の頭にクリティカルヒットした。

 が、固いものを剣で強く打ち付けると振動で手がダメになる。

 折れた刃が地面に突き刺さる。

 銀髪さんの手首はおそらく複雑骨折あたりだろう。手の甲に関しては出血がひどくてわかんないや。

 とりあえず、そのままよくわかんない状況の手を取り、


 ドーン。

 

 背負い投げした。地面にはつぶれたトマトみたいな死体。

 それを見て、やっと自分がラスボスの前にいることがわかったのだろうか? 

 金髪さんは一目散に走り逃げていった。

 ............ん? 

 

 ....................逃げて行った? 今逃げってた? 


 あれ? 出口が開いてる。

 通常、外から入ることはできても中から開けることのできない祭壇の間。

 だから今までの勇者達はどうせ死ぬならば、っと僕を殺しに来た。

 逃げるという選択ができないから当然だ。

 それがなんということだろう、

 

 出口が開放状態ではないか!

 

 故障だろうか? いや、そんなことはどうでもいい。

 魔王城は僕の力でこわれぬように、僕のへその緒が埋め込まれている。全く同じ魔力は同調し僕がいくら本気を出してもこの城は壊れない、そういう仕組みだ。

 今まで何度か家出を試みただが、これが要因で出て行けなかった。

 その城が今、一つの出口を開放状態。

 さらにラッキーなのは、金髪さんがダンジョンに逃亡中なこと、さっき彼の狩って来た魔物の気を感じておいたので追尾が可能なのだ。

 思わず口に溜まった唾を飲み込む。

 じいやの慌てふためく姿が目に浮かぶ。........が問題ない。

 魔王城に誰か攻め込んで来た場合も想像する。........じいやは強い。問題ない。

 元々、戦闘の実戦訓練としてこのフロアに来る訳であって、じいや一人でもこの城の護衛は完璧だ。

 開く出口。それがように僕を誘う。

 憧れていた友達ができるかもしれない。自分を親から孤立させた『魔王』という職から逃げられるかもしれない。

 心臓の鼓動が強くなっていく。

 僕が僕自身の生き方を描けるかもしれない。

 ........ダメだ、外に出たいという欲求を抑えられない。

 身体が動く。勝手に動く。

 いけないことをする高揚感で心は火のついたダイナマイトのようだ。

 なんだか、初めて生きてるってこういうことなのかな? そう思った。

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