一の五
彼女は危害を与えるいたずらをしない。けれどこの件で怒ってしまって、茨野を含めたグループ全員を目標にし、そういういたずらを与えるようになればどうなるか。
演技だったとはいえ、暗雲を呼べるような力を持っているのだ。想像以上のことが起こってしまってもおかしくない。
いくら鶴一のためだとしても、そんなことをさせたくはなかった。
友達にそんなことをさせたくはないのだ。
そう意思を固めれば、汗は止まり、膝の震えも止まり、視界が元に戻った。
「オレは謝らない」
ここまでしても自分の思い通りにならないことによほど腹を立てたのか、茨野が鶴一の胸倉をつかんだ。鼻息荒く、今すぐにでも殴りかかってきそうな勢いだ。そんな彼の様子に周りがざわついた。
「なんでだ、なんで謝らないんだよ!」
「あっ、謝らなきゃならないことをしてない、からだ」
少し冷静になって周りを見渡してみると、なんとクラスの中にとても心配と怒りを混ぜた顔をした泉がいた。どうやらもう我慢できなくなってしまって、殴り込みをかける気であったらしい。
鶴一はそれとなく彼女に手を出し、止めるよう示した。それは先生をもう呼ぶべきだと、こっそり立ち上がりつつあった須藤にもだ。
「中学生にもなってそんなの、まだ信じてんのか? 今は現代日本だぞ。科学とか色々発達した世の中なのに、そんな見たこともないものを信じてんのかよ」
「でも実際にあっただろ! お前だって見た!」
「ああ、見た。そんでもっているとしよう。で、あんなのが怖いのか?」
「ああ?」
「いつの間にかクラスに机が一つ増えたくらいで怖いのかって訊いてんだ」
茨野はなにも答えなかった。どう答えればいいのか困っている。ここで素直に怖いと認めてしまえば、周りから臆病であると思われてしまうと考えたのだろう。強い存在のままでいたいならば、到底認められないことだった。
強いと思われているから、今の立場がある。
「みんなが怖がってるだろ」
「オレはお前のことを訊いてんだ。お前であってみんなでない。怖いのか? 怖くないのか? どっちだ?」
「お前はどうなんだよ!?」
「怖くないな、まったく。これっぽっちも」
真相を知っているならば、なにを恐れる必要があるのか。それに友達なのだ。鶴一はさらに言えるならば、そこで犯人が見ていると脅してやりたい気分だった。
今の言葉が鶴一のハッタリであると信じて疑わない茨野は、胸倉をより強くつかんだ。上着のボタンに負担が掛かっていく。
「うそ言うなよ。お前は絶対びびってる」
「そんなまさか。むしろオレはあれを見たとき、すごくばかなことをするなって笑いたくなったよ。構って欲しいのかなんなのか知らないけど、くだらんことをするってな。あれをやった見えないやつはきっと子供なんだな。あ、いや、いないだろうけどな」
大きな声で言ったのは、みんなに聞こえさせるためではない。本人に聞かせてやろうと思ったからだ。彼は妙に落ち着いていて、少々調子にも乗っていて、だからそんな風にも言えた。
ちらりと彼女の様子を確かめてみれば、苦笑いしながら頬をかいていた。その仕草だけで鶴一はやり返せたと、ぐっと拳を握った。
「お前、調子に乗ってんじゃないぞ! いいから謝れよ!」
「話が変わってんぞ。質問に答えろや。ああ? がたがた言うとらんと、怖いんか怖くないんかはっきりせえ!」
鶴一の頬に茨野の拳が飛んだ。もろに受けてしまった鶴一は、さすがに痛いので苦痛の声を漏らす。視界が一瞬フラッシュし、それから鈍い痛みが続く。すごく喚きたいけれど、ぐっと堪えて茨野を睨む。
「うっ」
あまりの気迫に圧されてしまい、弱々しく鶴一から距離を取った。
「よう殴ってくれたの。学級委員長さまが、クラスメートを殴ったで。見たか? 見たやろ? なんか答えんかい!」
茨野がそうしたように、鶴一も集団を使った。個人的にはあまり使いたくないことだったけれど、こうしたほうがより相手にダメージを与えられると思ってやった。みんなは呆然と肯定した。
「そゆことやな。先生に目をつけられんのは嫌やろ。痛いけど、今回のことは黙ってやってもええんやで。やからな、これ以上今のようなくだらんことはやめろ」
「は、はっ。そんな脅しきくかよ。誰もお前なんか殴ってないからな」
なにを恐れることがあるのか、茨野がそう言うとまたみんながなびいた。茨野の後ろに上級生がいるのかもしれないけれど、とにかくクラスで仲間はずれにされたくないらしい。
少し調子を取り戻した茨野がひどく汚い笑みを浮かる。
「見た」
声がした。茨野が誰が言ったのかと睨めば、群衆の視線が一人に集中する。
「僕は、見た。茨野くんが、恩島くんを殴った」
須藤だった。すぐにでも折れてしまいそうな瞳だけれど、彼は言った。
息を大きく吸えば覚悟が決まり、強く言い切った。
「須藤くんが恩島くんを殴ったんだ! しかとっ!」
須藤が鶴一のそばに立つと、誰にも見られず触られず泉も同じくそばに立った。鶴一はとても心強くなった。
茨野はみんなと混ざるようになった。取り巻きたちは芯の抜けた彼の身体を支えている。
「茨野くん、茨野くん」
呼びかけに彼は応じようともしない。これまでの人生で経験したことがないだろう状況に混乱しているようだった。
休み時間を終えるチャイムが鳴った。クラス内の空気を完全に裂いた音色によって、みんなはいつもの通りになって席へ戻った。誰も茨野とは目を合わせようとしなかった。
起こったことを知らず、授業のために先生がやって来た。そして誰も先生に言ったりはしなかった。
鶴一はほっと一息吐き、視線で須藤と泉に感謝を示すのだった。
そのあと、殴られた痛みがひどく蘇り、こっそり保健室へと行くことになった。痛みは彼を涙目にさせた。
クラスのコンキスタドールになり損ねた茨野は、あれから鶴一に対して突っかかってくることはなかった。さらになんだか元気もなくなっていた。道端の草よりもしおれてしまった。
今度は鶴一を祭り上げ、弱った茨野を叩こうという雰囲気があったけれど、それをもちろん鶴一が気に入ることはなかった。
「ああまで言われたんだぜ? 今ならやり返せるって」
「知らんがな」
一度頂点近くに上りつめた者が失脚してしまうと、みんなはこれまでのことを忘れて石を投げようとする。盲目についてきていたというのに、破廉恥な人たちだった。
鶴一は茨野が嫌いだけれど、やれば彼となんら変わらなくなる。すれば彼は彼自身を嫌うことになる。それに茨野が面倒なことを仕掛けてこないだけで十分だった。
「まったく、くだらんやつらだ」
「なかなか大きくなったのう。そんなひ弱そうなのに、ようやった」
いつものように屋上のベンチで泉に並んで茶を飲む鶴一が呟いた。今日の天気は晴れに少しだけ雲が浮かんでいるくらい。十分に快晴だった。
「今時の若者は、とか言わないんですか?」
「まさか。昔から人は変わらんよ。方法だけが変わっておる」
十分に冷ました茶を泉が一すすりする。
「わしらの中でも同じことがある。気に入らないもの、異なるものをそっとしておけんのじゃ。人より長く生きている存在でもそうだから、この百年で変わることなどない。鶴一のような子がこれまでにもいたけど……。今のみなの気性は何百年、何千年の営みの結果じゃ。それくらいゆるやかに人は歩む」
そう話していた時の泉は少し憂鬱な顔をのぞかせた。彼女は彼女なりに色々と心悩ませることが多いのだろう。
鶴一は無意識に、
「神様っぽいですね、やっぱり」
と言ってしまう。
するとその言葉に泉が慌てて反論した。
「そんな、泉は学校じゃ。まだ生まれて百年も経っていないのに、神様だとかそんな大そうな肩書はない。出雲にも行ったことなどないし、呼ばれたこともない」
鶴一は少し疑問に思っていたことを口に出すことにした。今ならより揺さぶれそうだったからだ。
「泉さん、たまに口調が崩れませんか? もしかして、普段のって作ってます?」
ぶっと彼女が飲んでいた茶を吹いた。そうしてさっきよりも慌てて否定する。
けれど鶴一は彼女と出会ってすぐ、あの保健室でのことを思い出していた。あの時、友達になると言って、興奮して舌を回していた時の口調。
「一人称が『わし』とか、語尾が『のう』『じゃ』とか、作ってるでしょ。たまに自分のこと『泉』って言いますし」
「そんなことはない! わしはわしじゃ、そんな子供っぽく自分のことを泉などと言わん!」
この慌てようから鶴一は確信を持った。間違いなく泉は言葉を作っている。
「まったく、なにを言っておるのか……」
答えを貰ったも同然なので、それ以上突っ込むことはしなかった。彼女は心を落ち着かせるように茶をすすり続けた。ぶつくさと文句を言いながら。
もう毎日屋上に来ている。基本的に放課後はいつもここにいる。昼休みは呼ばれない限りは須藤と昼食をとっている。
きいんと金属バットの音が響いた。ノックをしていた。必死に捕球しようと部員がユニホームを土で汚していく。たまにイレギュラーバウンドした打球が急所に当たり、うずくまっている子がいた。鶴一は見ていて「ひいっ」と漏らした。
「ありゃあ、痛そうじゃのう」
うずくまった子に周りが集まり、腰を叩いていた。効果があるかどうかはわからないけれど、鶴一も金的を受けた時に同じことをされた記憶があった。
「瞬間的には出産よりも痛いらしいからの」
初めて聞くことに疑問を感じていると、泉がひひひと笑った。
「痛みを表す単位があるそうじゃ。それによると金的は出産の何百倍もの痛みがあるとのことで。まあ、出産は長く続くし、総合的に見ればほぼ同じくらいとかいう話になっておったがの」
一体どこでそんな知識を仕入れてくるのか。ほぼ間違いなくテントの中にあるノートPCからだ。学校から出られなくとも、こうして外の世界を見れるのだから、便利な世の中であることに違いない。
「教室の後ろに並んでいる、生徒用のロッカーがあるじゃろ? あそこに腰かけて、よく授業を聞いておるのじゃ。まあこれはパソコンで見たやつじゃがの」
「オレ、なにも言ってないです」
「そういうような顔をしておった」
「でも、うちのクラスで授業聞いたことありますか?」
「ないの。二、三年のがほとんどじゃ。なんじゃ、見に来てほしいのか?」
背後から泉の存在を感じながら授業を聞くのは、あんまり楽なことではなかった。千里眼で学校中が見えるから、授業中の居眠りなどは気づかれているかもしれないけれど、本人がすぐそばにいるといないとでは大きな差があった。
「いやいや、どうぞお好きな授業を」
「うむ、そうか」
ゆっくりとした時間が流れる。落ち着き過ぎたのか、鶴一はうとうとし始める。茶は飲み干し、湯呑みはベンチに置いている。泉もどうやら睡魔に襲われているらしく、まぶたを重そうにしていた。
空には旅客機が残す飛行機雲が一筋。陽の前を横切ろうとしていた。
とうとう鶴一は本格的に夢の中へ落ちようとしていた。ずるりと力をなくし、泉の方へと身体を倒していった。このままいけば、頭を彼女の肩に置くことになる。泉もそれに気づいていないようだった。
「んん?」
突然、泉が立ち上がる。鶴一はそのおかげで頭をそのままベンチの座面にぶつけてしまう。衝撃で夢から覚めた。
「痛たた……。どうしたんですか、泉さん」
彼女はまぶたを閉じて無言のまま。どうやら千里眼を使っているらしい。これまで使ったところを鶴一は見たことがなかったから、ただなんとなくそう考えた。
それからまぶたを開けると、
「ツル、わしと一緒に来てくれんか」
明らかに普段と違う雰囲気に、鶴一は断ることができなかった。
彼女についていってたどり着いたのは、二年の教室が並ぶフロアだった。その中の二年三組で事件が起こっていた。
「おい、これって……」
「増える机だ! いきなり出たんだ!」
「最近一年でもあったって聞いたぞ!」
「誰がやったんだ!」
泉のいたずら、増える机だ。きっと初めて見るのだろう、わあわあと騒ぎはクラスの外に及んでいた。
「泉さん、わざわざ連れてきたと思ったら、なにやってんですか」
あまり一年生が堂々と上級生のフロアにいてはならない。鶴一は離れたところから騒ぎを見、呆れて彼女に文句を言った。
「いたずら自慢ですか、まったく。オレ帰りますよ。こんなとこにいたらなにを言われるかわかりませんからね」
踵を返そうとしたところ、
「違う」
彼女は首を振った。
「泉……じゃなくてわしではない」
「なに言ってんですか。いきなり机が現れるなんて芸当、泉さんの専売特許じゃないですか」
「本当じゃ、わしではない。わしではないぞ」
すると彼女は事件の起こった教室に、色々と調べるために入った。さすがにそこまでついてはいけないので、遠くで帰ってくるのを鶴一は待つ。いつ気づかれて声を掛けられてしまうか、内心どきどきしながら。
茨野のことで強くなったということはない。あれはその場の流れに乗っただけだ。
「なにもわからんかった」
がっくり肩を落として彼女が帰ってきた。そうして屋上へと鶴一は早足で、彼女を引っ張って戻った。
「どういうことなんです? 本当に泉さんじゃないんですか?」
またベンチに並んで腰掛け、こくりと彼女は頷いた。
「わしではない。そもそも起こす時がおかしいじゃろう。どうして放課後にやらねばならんのじゃ」
「趣向を変えただけじゃないんですか」
「放課後という生徒が自由に動ける時間にすれば、人がやったという可能性だって考えられてしまうかもしれんではないか。それに生徒も帰ったりで少ない。それでは多くを脅かせん。それに、一回目の予告置きもしておらん。わしはするぞ、鶴一のときのように」
そう言われてみて、鶴一は確かにその通りだと頷いた。長年やってきたいたずらだ、彼女なりに矜持を持っているのだ。くだらない矜持だけれど。
「じゃあ誰かが泉さんのまねしただけじゃないんですか」
「それにしても妙な気配があったのじゃ」
「千里眼て常に使えるわけじゃないんですね」
「疲れるしの。まあ、もう少し監視を強めるか。わしの思い違いかもしれん。これまでにもこういうことはあった」
「まねする人、いたんですね」
「いたずらはそれほど魔力を秘めておるからの! 引っかかったときの驚きようはなによりも面白いのじゃ! ひひひっ!」
その笑い方は不気味で鶴一はあまり好きではなかった。見た目はとても美人だからなおさらに似合わず、直せるならば直して欲しい声だった。もし人であるならば、色々と敬遠されて独身が長く続きそうな感じだ。
余計なお世話だと思いつつも、部屋で一人だらしない恰好で酒盛りする彼女の姿が浮かんだ。
彼女はもう百年近く生きている。ならば酒を飲んだりすることがあるのかもしれない。テントの中にそのようなものはなかったけれど。
「あの、泉さん」
彼女に対して最近は質問することも増えた。それだけ彼女に対して親しさを感じ始めていた。
「お酒って飲んだりするんですか?」
思わぬ質問にきょとんとし、それから眉をひそめた。
「ツル、未成年の飲酒は感心せんぞ。友であるからこそ言わせてもらう。まあ、そういう大人のものに関心を持ち始める年齢だとは思うが、良くないものは良くない。昔、学校で隠れて酒盛りをしたやつらがおるが結局――」
「いやいや、オレ飲みませんて。ただ単純にツルさんは飲んだりしないのか気になるだけで」
「……飲まんの」
妙な間があった。
「飲まん、って飲めないんですか? 年齢? 味?」
ううんと彼女は唸る。
「わしに人の法律など関係ない。ただ……そう、味じゃな、味が苦手なのじゃ」
「やっぱり子供舌なんですね」
「お、お前もじゃろうが! コーヒー飲めんのは、子供舌の証じゃあ!」
「まだ子供ですもんね!」
「くうう……っ」
座りながら地団駄を踏む泉。
そろそろ陽が暮れてくる。鶴一は両親を心配させないため、そろそろ家へ帰ることにした。もうちょっと離していたい気分もあったけれど、今日はここまでで終いにする。
「じゃあ、オレ今日はもう帰りますね」
「お、そうか。帰り道に気をつけるんじゃぞ」
西日が少し雲で陰り始めていた。そうして泉は「明日は久しぶりに天気が悪そうじゃの」と言う。それに鶴一は「面倒くさいですね」と返したのだった。
翌日、泉の予想通りに天気が崩れた。重苦しい雲からは今にも雨が降ってきそうだった。鶴一は念のために折り畳みの傘を持ち、学校へ来ていた。
「おはよう」
礼儀を忘れてはいけない。そういうことで彼は教室で最初に見かけた茨野にも挨拶をする。茨野は返さなかった。鶴一は少々腹を立てた。
「おはよう」
「おはよう」
自分の席に着くと、隣の須藤に挨拶をする。すぐに彼は返した。相変わらず不機嫌なときが想像できないくらい、柔らかい顔立ちだった。背は鶴一よりも高いのに、威圧する感覚もない。
「今日の国語、また小テストがあるらしいよ」
「ええー、またかよ。面倒くさいな」
「今のうちにやっておいたほうがいいよ。もしなかったとしても」
「そりゃそうだ」
と口では言いつつも、内心かなり面倒くさがっている。今から勉強しても付け焼刃にしかならず、さらにもしかすれば運よく覚えていて良い点数が取れるかもしれない。そう考えるとより面倒くさくなった。
「そやつの言っていることは本当じゃぞ」
はっと声がした方向を振り向いてみれば、後ろの生徒用ロッカーに座っている泉がいた。手を上げ、「おはよう」と挨拶する。返すわけにはいかないから小さく頷いたけれど、おかしな様子に須藤は首を傾げる。
「ちょ、ちょっとトイレに行ってくる」
「あ、うん」
立ち上がって泉についてくるよう小さくジェスチャーし、教室を出る。そうして人気の少ない、屋上入り口前の踊り場で話をする。
「おはようございます。ってなにしてんですか。いたずら仕掛けに来たんですか」
「そんなわけなかろう。朝の散歩ついでに見回りじゃ。まったく、こんな時間に起きるのは辛いの。ふぁあー」
大きなあくびをする。だらしのないあくびだった。
「なんだ、そういうことですか。てっきり」
「こんな状況でいたずらなど仕掛けんわ。わしは見回りの続きをするぞ。ツルも怪しいのを見かけたらわしに言うてくれ」
階段を降りていった。けれど途中で上半身を捻り、
「あ、ちゃんとテスト勉強するのじゃぞ」
それだけを残してもう振り向くことはなかった。降りていく音がし続けた。
クラスに戻った鶴一は言われた通りに勉強しようかと思ったけれど、やはり面倒くさくて自分の力に任せることにした。それこそが真の実力をはかれると強がって。結果、国語の小テストはひどい有様になってしまったのだった。
「うわあーっ!」
まだ時計は午前中の時間を差している。そんな時の休み時間。小テストの出来の悪さにうなだれていた鶴一に悲鳴が聞こえてきた。聞こえたのは彼だけではなく、教室の中にいたクラスメートたちも一斉に気づいた。
同じフロア、一年生の教室のどこかだ。
鶴一は察して廊下へと出、声の聞こえたであろう方向を見やる。すると一組の前に人だかりができていた。そちらへ向かうと、須藤もついてきた。
「どうしたの?」
答えを知っていながらも、鶴一は近くにいた子に話しかける。
「うわさのが出たんだって。なんか昨日もあったらしいし、その前も四組であったらしいし、やっぱりここおかしいよ……」
すごく怯えている。群衆の中を探してみると、やはり駆けつけていた泉がいた。すぐそばに須藤がいることを忘れ、思わずいつものように話しかけてしまう。
「泉さん」
「せん、さん……?」
ここで鶴一は自分がうかつであったことに気づき、慌てて誤魔化す。
「せ、センサー。センサー。なんかあの、学校にそういうの仕掛けてないかって、うわさ発見用の」
「なに言ってんの。あるわけないでしょ」
「で、ですよねーははは」
上手く誤魔化せたかどうかわからないけれど、須藤はそれ以上なにも言わなかった。泉はその下手な誤魔化しかたに口角を上げていた。
「センサー、なるほど。確かにわしはセンサーとも言えんこともないな」
からかうのはそのくらいにし、彼女は真剣な表情になった。
「今回は増えるほうきじゃった。残念ながら犯人はわからん」
こっそりと鶴一が指摘する。
「千里眼はどうなんです」
「教室のあるフロアだけ使っておった。が、見えんかった。それにまた前の時のような違和感があった。やはり、これは『闖入者(ちんにゅうしゃ)』じゃの」
「ち、ちんにゅう?」
「断りなく無断で入ってきた者のことじゃ。無法者、デスペラードじゃ。『ちん』だが、決して『ちんちん』の仲間ではないぞ」
難しい言葉を知っていると感心しかけたところ、あまりにくだらない冗談へ突っ込む気力は沸かなかった。鶴一はきっと泉は「ちんちん」を生で見たことがないだろうな、と下品に心の中でやり返した。
「それって、人じゃないんですか?」
「人であっても闖入者は使えるが、この場合はそうなるの」
「あの、前に言ってた、真名を明かして外に出たっていう……」
「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。が、どちらにせよ捕まえるなり追い出すなりせねばならん。ツル、お前も手伝ってくれんか?」
いたずらをまねされているだけなので、あまり事が重大なように思えない鶴一。だからその提案にあまり乗り気にはならなかった。
「手伝うったって、相手は泉さんと同じ存在なんでしょ。なにもできませんよ」
「聞き込みとかできるじゃろう。すればなにかわかるかもしれん」
「恩島、なにやってんの?」
彼のおかしい挙動に須藤が我慢できなくなったように尋ねてきた。好奇心が走り始めていた。こうなってしまえば彼はなかなか面倒な相手になる。
「さっきからぶつぶつと、誰かと話してるみたいだけど」
「そんな、誰もいないのになにを話すんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます