そのなな.烏合の部

 さて園芸部の存続は決定したわけだ。

 みんなに教えてやらなきゃな。真純はこれからどうするつもりだろ。

 一緒にいたいって言ってくれたんだから、まあ多分、園芸部に入ってくれるさ。

 いざというときは無理やりにでも入れてやる! 一途が見逃してくれたら。

 ひとまず自分の部屋に戻った。ドアノブを回すと案の定カギが開いてる。

 これはこれで手間が省けたなと思っていたら見知らぬ女の子が座っていた。

 うちの制服を着ているけど見覚えがない。

「えーっと、どちら様?」

 黒くて長い髪に、やぼったい太いフレームの眼鏡。化粧に興味はないらしい。

 主張が激しいのは胸だ。シャツがこんもり盛り上がっていて目を奪われてしまう。

 スカートの丈はりりさに負けない長さ。こんな地味な子、いたっけな?

 もじもじと足を動かしている。よーく顔を見ると、知っている表情だった。

「やっぱり、わか、わからない、んだねっ」

「真純かっ!?」

 声までは誤魔化せない。耳に入った瞬間、彼女だと分かった。

 見た目の印象が違いすぎてまるで気づかなかったぜ……女は魔性だなぁ。

 ただ照れくさそうに笑う仕草だけは見間違えようがない。これにくらくらきた。

「どうしたのそれ」

「由仁は私に、ぜ、全部、見せてくれた、から。わ、わわ、私も、ほん、とうの」

 喋り方まで変わっていた。もごもごしていて穴があったら入りたいって顔してる。

 確かに地味な自分を変えるための変身だとはいっていたがここまで筋金入りだったんだな。

「そっか、ありがと。こっちもいいじゃん。あの大胆さも捨てがたいけどさ」

「ばばば、ばか。見ないで!」

 近づかないで、も見ないでにかわるのね。ほほほ、これは意地悪したくなるな。

 テーブルを挟んで座ってじーっと見つめてやる。真純の視線が逃げ場を探してウロウロ。

 もしかして今なら触ってもいいのかな、と思って手を伸ばしたら。

「近づかないで!」

「そこは変わらないのね」

 ま、俺もあんときは勢いで触れ合えたけど、日頃からってのは難しい。

 自分の気持ちを、血をコントロールできるまでは我慢我慢。

 これまでそんなこと意識しなかったけど本当の意味で乗り越えるために努力する。

 けどどうやって練習したらいいんだ?

 非処女の友達でも作って触らせてもらうか……ってそれじゃ変態だろ。

「真純はこれからどうするの? 部、やめたってきいたけど」

「……言わせ、ないでよ」

「分かってるよ。一緒にいよう。一途と多千夏も喜ぶ」

「ふた、二人きりは、だ、だめ?」

「えっ」

 地味子になると気持ちのほうが大胆になるの!?

 そんなうるうるした上目遣いされちゃったら危ない気持ちになっちゃうだろっ。

 視線がねっとり絡みある。シャバダバなBGMが脳内で流れ出した。

 かわいいこちゃんは震えながら座ったまま。求めるように誘うように、動かない。

 ついに俺も女の子とファーストキスをする時が来たか。

 テーブルひとつ分の距離をゆっくり乗り越えて、顔を近づけていく。

 お互いに目を見開いてる。いいの? いいんだよね? そういう流れだよね!?

 思春期の逸る気持ちに横槍が入った。ガタガタッと押入れが揺れ動く。

 ……もしかして? もしかする?

「俺は許さんぞ、由仁ぃぃぃっ!」

「真純ちゃんは渡しませんよぉーだ。みんなの真純ちゃんだゾ」

 デスヨネー。

 襖をぶっ飛ばして一途が転がり出てきた。テーブルを突き飛ばして二人の間に割って入る。

 危うく男の唇と重ねあうところだった。急ブレーキに成功して一命を取り留める。クソッ!

 多千夏もコレは渡さないとばかりにむぎゅっと真純の胸を揉んでいる。それはおかしい。

 俺と一途の睨みあいが続くこと数十秒。そこにさらなる闖入者。

「そうです。不純異性行為はよくありませんよ」

「りり、りりさぁっ!?」

「てめえが言うなよど腐れビッチ会長が」

 さっきまでしんみりしていたはずのりりさが艶やかな笑みを取り戻していた。

 いったい何しに来たんだ。というかどうやって入った。カギ、仕事しろ。

 心中お察ししてくれたのか悪びれもせずりりさは言う。

「私は生徒会長ですから、暗証番号くらい調べられます」

 この学校にプライバシーはないのかよ!? どいつもこいつも好き勝手入りすぎ!

 んなことより気になるのはなんで彼女がここにいるのかってことだ。

 やっぱり廃部にしますなんて、言わないでくれよ。

「で、なんの用?」

 おっかなびっくり訊いてみると彼女はしれっと核爆弾を投下した。

「私も園芸部に入部することにしました」

「「「えええっ!?」」」

「帰れビッチ」

 一人だけ空気の読めない奴がいるが、まあ概ねリアクションは同じだった。

 生徒会長が部活を掛け持ちするなんて聞いたことがないぞ。この学校の会長さんは多忙と評判だからな。呆気に取られているとりりさは遠慮せず、俺の隣に座った。

 腕を絡ませながら頭を肩に乗せてくる。おいおいみんないるんですけど!?

 真純の目が細くなった気がするっていうか睨んでる、めっちゃ睨んでるから!

「皆さんは私や由仁さんことを知っていますよね。だから安心できると思いまして。それに、私にも普通の恋ができるのか、普通の友達ができるのか、知りたいのです。きっかけを作ってくださった由仁さんには、責任を取ってもらいませんと。ね?」

 だからって体を摺り寄せる必要はあるんですかね? この人ちゃんと反省したの?

 わざとややしくしようという底意地の悪さを感じずにはいられませんよー。

「あなっ、あなたっ、くっくっつきすぎ!」

「あら。ならあなたもくっついてはどうですか? できれば、ですけど」

「……だ、だったら私を見なさい、由仁!」

 スイッチが切り替わった。眼鏡を投げ捨て胸元バーン。ほほう地味子の時は白か。

 すかさず保護者きどりの一途がナイスブロック。ディフェンスに定評ある人かお前は、どけ!

「見るんじゃねえ」

「きゃー! 三つ巴の戦いだぁ。はたして由仁くんは誰の愛を選ぶのか!? わかってますよー、当然一途くんですよね。きゃっはー、めくるめくるラブロマンスゥ!」

 あーでもない、こーでもないとぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ騒がしい。

 真純とりりさの間では女の火花が散り、多千夏の妄想がえらい方向に向かう。

 ひとつだけ共通してるのは、みんなが楽しそうだってことだ。

 これだけ色々あったのにさ、部員が増えただけでほとんど変わりなし。

 相変わらずうるさいだけの寄せ集めだ。それがイイんだよ。

 素直な気持ちをぶつけあったからってすぐにどうこうなるわけじゃない。

 でも少しずつでも進んでいる。始まったから、続きがあるんだ。

 青春は繰り返しだ。青春はまだまだ終わらない。

 そう、俺たちの青春はこれからだ!

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