そのご.雨振って地固まりかけ

 充実した時間っていうのは気づけば過ぎてしまうもんだよな。

 一途と拳で語り合ってから結局、あいつは姿を見せてくれなかった。

 あろうことか料理対決の当日まで行方をくらませている。

 俺と真純は料理の完成度をあげると同時に、少しずつ近づいていった。

 慣れなのかな。真純もテーブルひとつ分より内側に接近しても逃げないでくれる。

 多千夏も開き直ったのか、メイド喫茶通いをしてメイドのお勉強をしてくれた。

 準備は万全といいたいが広告塔がいないことがどれだけ響くのか。

 既に生徒会の告知パスターが普通科校舎のいたるところに張られていた。学校管理の公式SNSや校内放送でも大々的に流されている。場所は食堂前の広場。決戦は一時。

 俺と真純、多千夏は調理室に集まっていた。

 短い時間で配れるように皿に盛りつけておく提案は料理人の志により却下。

 できたてを提供しなければ意味がないということで、既に会場に寸胴を運んである。

 メイド服に着替えた多千夏は中々様になっていて本人も満更じゃなさそうだ。

 あとはあいつだけなのに。ああもうクソッ、何してんだよあのバカは!?

「落ち着いて、由仁。大丈夫、あいつだって分かってるよ」

「そうそう。一途くんは由仁くんのことがだぁ~いすきだから、間違いなし!」

「もう開始十五分前だぞ!? 一回も顔見せてないし、やっぱあいつ会長に」

「ああクッソ疲れた……」

 ドンッ。ドアが派手にスライドして執事のコスプレをした一途が入ってきた。

 お前、いつからそんな趣味になったんだ。タキシードに蝶ネクタイ。あろうことかオールバック。伊達眼鏡も外してやがる。不機嫌なへの字がなきゃ誰かわかんないぞ。

「おまっ、何やってたんだよ。その格好はなんだ!?」

「……伝だよ」

「なんだって?」

 ぼそぼそ言われても聞こえないっつーの。さっきから俺の顔みようともしないし。

 周りではクスクス声。多千夏と真純は楽しげだ。なになに、この仲間外れの空気は。

 真純から受け取ったお茶を一気に飲み干して、一途は開き直って大声を張り上げた。

「宣伝活動をしてたんだよ、ずっとな! おかげで腐れビッチどもにもみくちゃにされたんだぞ。もう嫌だ、なんもしたくねえ。クッソ、なんで俺がこんなことに」

「は? 宣伝? ずっと? 何がどうなってるの?」

「言ったでしょ。一途も素直じゃないってさ」

 これ以上の説明はお断りだとばかりに一途はテーブルに突っ伏してしまった。

 かわりに引き継いだのは真純。やっぱ俺だけ仲間外れなのね。

「一途がずっと姿を見せなかったのは、私のところでこの服や髪型の準備をしてたからなの。用意ができてからはこの格好で歩き回って宣伝してくれてたんだよ」

「どうして黙ってんだよ、そんな大事なこと!」

 一途を揺さぶってみてもあーだのうーだのしか言わない。締め上げてやろうかおいコラ。

「由仁には知らせるなって言われてたんだ。恥ずかしかったんでしょ。ほんと素直じゃない」

「多千夏、お前、こいつに探りを入れたけど知らなかったっていわなかった?」

「うん。でもほら、ウィスパー見れば一発だよ」

 きひひ、と自分のスマホを俺につきつける。友達がこいつらしかいない俺は基本、ウィスパーを見なかった。たまに一途が玩具にされているときに確認するくらいだ。

 まさに彼は玩具にされていた。キリッとした表情で女子生徒と手を組んで写真を撮ってる。

 奇跡だ。まさに奇跡が起きた。こいつに自己犠牲の精神があろうとは。

 感動のあまり涙腺が緩む。俺はどんだけアホでバカでマヌケなクソ野郎なんだ!

 てっきり生徒会室でりりさに毒気を抜かれているもんだとばっかり。

 裏でコソコソ俺に知られないように頑張っていたって? ウソだろ、おい、友よっ。

「やめろ! 抱きつくなキモイんだよっ」

「悪かった悪かったよ、一途。俺ずっと勘違いしてた。まさか、お前、こんなっ」

「ふっー熱いねー熱いねー、もっとやれ! そこだ、脱がせ!」

「……二人って本当は本当にその気があるんじゃ」

「ねえよバカッ、泣くな、離せ」

 今だけはなんと言われてもいい。俺のマヌケさを見てくれ、さあ、ほら、どうだ!

 一途は俺を引き摺ったまま部屋の片隅まで移動してからそっと耳打ちをしていた。

「俺ぁ、危くあのクソビッチ会長とヤるところだった」

「え?」

「お前が忠告してくれてなかったら、終わってたわ。マジだったんだな、あの話」

「ああ、うん。でも、あれ、お前裏で努力してたんじゃ?」

「夜はだいたいあのビッチと二人きりだった。今思えば、なぜあんな」

 ポイっと一途を投げ捨てる。なんだ俺の勘違いじゃないじゃん。涙返せバカ野郎。

 しかし俺の考え通り一途も食われかけたんだな。だが打ち勝ったわけだ。

 その秘訣は?

「ヴィアちゃんのTシャツを着ていったんだよ。そしたら、あのビッチ、俺のシャツを脱がしてヴィアちゃん見るなりヒキやがった。話ならんわ、クソビッチがっ」

「お、おう。まあ二次元の愛が三次元を勝ったということで、よしとしよう、な?」

 夜魔リリスも現代の魔性の女、ヴァーチャルアイドルには勝てなかったんだな。

 少しだけ心中をお察しする。でもま、これで準備は万全ってわけだ。

「二人ともそろそろ行こ。あっちでやる準備もあるし」

「よよよおし、メイドさんの勉強はしてきたから、が、がん、がんばるぞぉ。もえ、もえ、きゅん。これどう?」

「いいと思うよ。多千夏可愛いから、男たちが寄ってくるって」

「うう、それはそれでやだよぉ」

「いざという時は一途が盾になるから安心しろ」

「はあ? なんで俺なんだよ。俺はもう十分働いた。あとは勝手にやれ」

「ダメだよ、一途。あんたは執事として売り子やるんだから、さ、早く早く」

 いいじゃんいいじゃん、いい感じじゃん。俺たちひとつになってきてるよ。

 りりさの誘惑にも打ち勝てたんだ。もうなんでもこいって感じ!

 さあ、売って売って売りまくって、俺たちの居場所を守るぞー!!


☆ ☆ ☆


 会場のセッティングは全部生徒会のほうでやってくれた。

 すごい人混み! 二つのブースの前に人人人の山。気後れしそう。

 一途が会場に入ったのに気づいた女生徒の黄色い声がうるせえのなんのって。

 どんな宣伝をしたのか知らないが効果は絶大。こちらのブースに雪崩れ込もうとしている。

 多千夏のメイド姿目当てのロリコン連中もこそこそと並んでいた。イケるぞ、これなら。

 ちらりと敵陣を遠めで偵察。ぱりっとしたコック帽とコック服。テーブルに並べられているのはオシャレなフルコース。いやいや、こんなところで売るもんなの、それ?

 でもあっちにはあっちで真面目くさった顔の男たちが並んでいた。

 こちらに歩いてくるりりさに視線が縫いこまれている。なるほど、考えは同じ、と。

 俺はみんなを守るように一歩前に出た。これ以上かき回されてたまるか。

「今日はお互い全力を尽しましょう」

「もちろんだ。ぜっっったい、負けない。あんたにはな」

「ふふ、では」

 その後姿は魅力的だった。でも内面を知ってしまえば悪魔の羽も見えてくる。

 こっちは圧倒的に人手が足りない。あっちは何十人の部員がいるのか数えるのも面倒だ。

 真純の指示で皿に盛りつけるのが今の俺の仕事。部長ってもやることがねーからな。

 キャロットケーキはクーラーボックスの中に入っている。注文があってから皿に出す、と。

 カレーは多少冷ましたほうが食べやすいので今から準備してOK。見るからに女子が多いので量は少なめに。その分、数を増やせる。炊飯器もありったけ用意してあった。

 簡素なテーブルをカウンターに見立てて執事一途とメイド多千夏が並ぶ。ひどい違和感。

 ど緊張で多千夏の頬はひきつってるが、乗り越えた一途は完璧な作り笑顔。いいぞ。

 校舎にくくりつけられた大きな時計が一時を指そうとする。イベントのために昼休みは拡大。

 生徒会の影響の大きさにビビりそうだが、今更なんだっていうんだ。

「よっしゃ。俺の野菜と、真純の料理。一途の執事と多千夏のメイド。俺らが力を合わせれば、あんな形ばっかのヘボコックどもには負けない。そうだろ!」

「あーそうだな」

「う、うん」

「味は一流だよ?」

 お、おい。ここくらいノってこいや。ほんとに一致団結できてんのかね、これ。

 咳払いしてし切り直し。こんな形じゃ俺は嫌だよ?

「気合入れていくぞ、おっー!」

「「「おっー!」」」

 四つの声が重なった。同時に解き放たれるゲート、流れ込む女また女and女時々男。

 それぞれの居場所を、ひとつの居場所を、みんなの居場所をかけた戦いが始まった!

 まずは一途を求めて女たちが群がる。精一杯の強がりでビッチを封印し、にこやかに握手をしている一あいつを見て涙腺が早くも決壊寸前。

 次々と注文が入ってからは我を忘れて給仕に徹した。あくまで勝負のキモは料理なんだ。

 多千夏の前にも列ができはじめた。彼女がカレーに最後の隠し味、もえもえきゅんの魔法をかけると、男たちはおかわりを頼む。ためらいがちだった笑顔も、ほころんでくる。恋愛対象に見れないだけで、真純と違って拒絶反応があるわけじゃない。頑張れ、多千夏。

 真純は適量のごはんを指先の感覚だけで見極めてよそっていく。そこに俺がカレーを注ぐ。

 共同作業だった。息が合ってなければタイミングがずれてしまう。

 たった一ヶ月にも満たない時間でも、ともに過ごした時間は確かだった。

「はい!」

「ほい!」

「はい!」

「ほい!」

 阿吽の呼吸でカレーを用意し、一途と多千夏に渡していく。

 キャロットケーキは出足遅かったが誰かがあげた「おいしい!」の一言に、スイーツ女子たちの注文が殺到する。次々とクーラーボックスが空になっていく。冷蔵庫を外に用意するわけにもいかず、予備は調理室に残してきていた。このままじゃ足りなくなる。

「私ひとりでやっておくから、取ってきてくれる?」

 流れる汗がむき出しの胸元に流れ込んでいく。ああ美しい1ページ。

 一途と多千夏も手一杯だった。あえて注文を取らずに雑談を挟むことでペース調整をするという神業まで会得していた。もう俺が教えることは何もないな……何も教えてないか。

「行ってくる! 無理するなよ」

「大丈夫。私もなんか、楽しくなってきたから」

 太陽に負けない輝いた笑顔に胸を撃たれる。あんなイイ顔初めて見れた。

 俺は強く頷いて人混みをすりぬけて猛ダッシュ。この足の速さが俺の売りだ。

 野菜を育ててしまえば俺にできることはこんなことくらいしかない。

 売り子をやれば女の子に触れた瞬間何かが終わる。この容姿じゃ男は釣れない。

 料理だって簡単なサラダくらいしかできない。余計な手出しは無用だ。

 ふと、俺は役に立っているのか不安になってしまった。

 慌てるばかりで、何をしたんだ俺は。偉そうにしてたくせに。

 調理室の冷蔵庫からクーラーボックスに残りのケーキを全部移していく。

 こんなときに悩んでいる場合じゃないだろ。急いで持っていかないと。

「なんだこれ」

 足元に小さなメモがいっぱい散らばっているの気づいた。ひとつ摘みあげてみる。

 レシピを描いたメモだった。真純が書いたものだろう。

 これもそれもあれも、全部レシピだ。この対決のために色々考えてくれたみたいだ。

 みんな、俺が知らないところで努力を重ねてるんだな。俺は……俺は。

 手が震えた。求めていた青春を作っていたのはみんなであって、俺じゃないのか。

 リーダーぶっていたのに、口出ししているばっかりじゃないか。

 メモを乱暴にポケットに突っ込んで走り出す。ええい、考えるのは後にしろ、バカ!

 全速力で戻ったころにはある程度人が引いて生徒会側のブースに移動していた。

 どちらかしか食べちゃいけないというルールはないのだから当然だ。

「ごめん、遅れた。どう?」

「売り切れちゃったからみんなあっちに行ったみたいだね」

「カレーも?」

「カレーは残ってるけど、女の子にはきつかったかも」

 申し訳なさそうにうなだれる。違う、カレーを押したのは俺だ。真純じゃない。

 カウンターの二人を見ると汗だくで座り込んでいた。たったこれだけの時間でこの疲労。

 俺はタオルを見つけて水で濡らし、二人の首に巻いた。精一杯の手助け。

「ありがと、由仁くん。思ったよりも疲れるねぇー」

「ビッチどもの勢いにはうんざりするわ。でも、休んでばっかいられそうにないぜ」

 一途が隣のブースを指差す。確かにこのままじゃ負けちまうかもしれない。

 どうするか。残された手は少ない。何か、何かやれることはないのかよ!?

「お前はいいんだよ。もう、頑張っただろ」

「そうだよ。私たちに任せて」

「……一途、多千夏」

 悔しくて唇を噛む俺の肩を左右から支えてくれる。どうしたんだ、お前ら?

 人が違ったみたいじゃないか。いつもみたくバカしてくれよ。

「私たちは由仁が繋いでくれたから、頑張れたんだよ。ありがとう」

 背中からかけられた言葉の重さに潰されそうだ。みんなして俺を泣かすんじゃねえ。

 見透かされてばっかじゃ恥ずかしいだろ。

「しゃあっ、こうなったらトコトンやるぞ。客のことは任せておけ」

 男らしく一途が立ち上がった。でも裏のありそうな笑顔を見せている気もする。

「部長さんよ。頑張ったあとはちゃーんと労ってくれるよな?」

「そうそう。私たち、由仁くんのこと信じてるんだからね。ぐっひっひ」

「どういう」

「みなさーん。今からカレーとキャロットケーキのセットを購入してくださった方には、不肖この明日葉一途、抱擁をもって返させていただきます!」

 この爆弾発言は核並みの威力があった。隣ブースにいた女子たちの血相が変わる。

「一途くんと抱き合えるの!? 私、私買います!」

「私のほうが先よ、どきなさい!」

「きゃー抱いてー!」

「ほらほら、邪魔だからどいて。私もがんばるんだから。さーご主人様ー」

 二人に押し出されてしまった。一途も多千夏も、わだかまりを越えて立ち向かってる。

 でもさ、労うってなに? あいつら俺に何を期待してるんだ。

「二人ともいい友達だね」

 手を伸ばせば触れられる位置に真純が立った。これが二人の今の距離。

「ああ。でも二人じゃない」

「え?」

「お前もだろ、真純。こんなに色々考えてくれてたなんて、知らなかった」

 さっき拾ったメモを差し出すと耳まで真っ赤になっていった。知られざる努力を知られたときの反応は誰でも同じなんだ。

 なぜか否定するように両手をパタパタさせている。

「違うよ、自分のために考えただけだし、由仁のためじゃないし」

「分かった。そういうことにしておくよ。ほら、注文が来た。あと少し、頑張ろう」

「そうだね、売り切っちゃおう!」

 なんなら全部脱ぎますくらいの勢いでシャツの前を開いてしまった。

 男子生徒の目が皿になる。おい見てんじゃねえぞ、顔にカレーぶっかけるぞ。

 奴らの目に晒されないように真純の壁になりながらテキパキと料理を配る。

 残り時間五分。この勢いならカレーもケーキも、売り切れる。あとは結果がどうでるか……!


☆ ☆ ☆


 二時を過ぎて一回目の対決が終了した。

 特設ブースで生徒たちがアンケートに記入をして箱に入れていく。

 これを開票してポイント化するのだが全て生徒会任せだ。よもやここでは不正をしないだろうが、とやや疑心暗鬼。まあそんなことするなら最初から潰せばいいだけだよな。

 妨害はされたけど、とやはり疑心暗鬼。

 こちらはほうれん草をメインとしたベジタブルグリーンカレー500円とオリジナルキャロットケーキ250円。セットメニューで700円というリーズナブルさも売りだ。

 多めに用意したつもりがソールドアウト。売り上げ的には期待がもてる。

 対して料理部ときたら。本気のフレンチで勝負してきやがったよ。

 メニューは様々あるけれど最安値で1000円。価値観を見誤ったな、ふふん。

 それでも注文する奴らが多かったのはひとえにりりさの色香に惑わされたせいだろう。

 こっちだって一途と多千夏の生の色気を使ってるから文句はいえない。

 結果が発表されるまで、俺たちは日陰でぐーたらしていた。

「お疲れさん」

 まずは前線に立って戦い抜いた二人に拍手。ジュースをプレゼント。

 何も言わずに口をあけてがばがばと流し込む。ほんと、お疲れさんだよ。

「真純も。みんな美味しいって言ってたぜ。これで自信もてるな」

「そんな。まだまだ……けど、うん、嬉しい」

 そんな微笑みが見れて俺も嬉しい。にやついているだろう俺の膝裏を一途のやつが蹴り飛ばす。早くも飲み干したペットボトルの爆弾つきだ。

「俺は認めん」

「何をだよ!?」

「はぁ~……。頑張るのって、気持ちいいんだね」

 多千夏の何気ない感想に全員が頷いた。俺らはこれまでだらだらと過ごしていただけだった。

 それも楽しかったけど、充実感は遠く及ばない。

 戦いはもう一回ある。でも今日を乗り越えた俺たちに恐れるものはないのだ。多分。

「一日目の結果を発表しまーす」

 拡声器から待ちに待った声が届く。ドキドキしながら祈った。

 こんなクソな体を作った神様がいるんなら、今日くらい味方してくれよな。

「総合ポイント。園芸部・家庭部チーム、472ポイント!」

 まばらな拍手。そりゃそうだろ、内訳がわかんねえもん。

 問題は次だ。相手は、相手のポイントは!?

「料理部チーム……370ポイント。一回目の勝者は園芸部・家庭部チームです」

「しゃああああっ!」

 俺のいななきが天を突く。珍しく一途もガッツポーズで感情丸出し。

 真純と多千夏は抱き合って飛び跳ねている。いいねいいね、これだよ、これ!

 善戦どころか50ポイントも勝ってるじゃん。二回目もラクショーでしょ。

 喜びを分かちあってるところに配下を引き連れたりりさがやってきた。表情は明るくない。

「おめでとうございます。これがポイントの詳細です」

「どうも」

 受け取って四人で覗き込んだ。売った数は俺らの圧勝だったが単価の問題で売り上げは五分五分。大きく違ったのはサービスだ。二人の身投げがあってこその高評価!

 味に関してもほぼ同点じゃん。真純を盗み見ると嬉しさに目が潤んでる。

 りりさが話していたボーナスポイントは50ポイントだからなくても勝ってる、よしっ。

「二回戦は一週間後になります。メニュー等の変更はご自由に」

「分かった。次も勝たせてもらうよ、俺たちが」

「ふふ、勘違いしないでくださいね。生徒会の立場は中立。肩入れはしていませんよ」

 またまたご冗談を。悔しさのあまりにホッペがひくひくしてるよ~。

 本性を知った一途や元々好意的ではない多千夏はあっかんべーをしていた。

 接点のない真純は喜びを噛み締めているだけ。そんな彼女を見つめるりりさ。

 視線に気づいて彼女は急にオドオドしはじめた。りりさの色香って女の子に効果ないよな?

 不安になって遮るように立ちはだかった。あんたにゃやらねえよ!

「あの、私になにか?」

「いえ。あの素晴らしい料理を作った方の顔を、覚えたかっただけです。では」

 またよからぬことを企んでいるんじゃないだろうな。

 女子相手に効果があるとも思えないし、真純ならたぶらかされはしないだろうが。

 ひとまず勝利を得た俺たちは心地よい疲労感を楽しみながら後片付けをした。

 会長の配慮で授業が免除になっていたのでその足で寮に帰る。

 俺らよりもはるかに疲れていた一途と多千夏は、ぼんやりしながら先に行ってしまった。

 二人並んで歩く遊歩道。距離はまた少しだけ近づいている。

「ねえ、園芸部の菜園、見にいってもいいかな」

「いいけど面白いもんないよ。疲れてないか?」

「大丈夫。私まだ園芸部のことよく知らないからさ。教えて欲しいな」

 あ、そうか。野菜は全部持っていったからはじめてなんだな。

 申し訳ないことをした。そういうことなら俺のパラダイスに案内しよう。

「ごめんごめん。別に見せたくないわけじゃないんだ。忙しさで忘れてたよ」

「いいよ。多分、今じゃないと、行けないし」

 見に来れるくらい近づけたって解釈してよろしいですかな?

 大胆に見せつけてくれるくせに、こういうところは初心なんだよな、真純。

 そのギャップに惹かれるっていうかさ。って俺なに考えてんだ。

 どんだけ想いが募っても、俺と真純じゃ、交われないじゃないか……。

「どうしたの?」

 足が止まってしまった。これ以上進んでいいのか分からない。

 どうしたいんだろうな俺。まだ素直になりきれてない。

 けどここで逃げるのも違うんだよ。ここは流れに身を任せる場面、そうだろ?

「なんでもない。さ、行こう」


☆ ☆ ☆


 ただでさえ人が寄りつかない場所だけど、他の生徒は今授業中。

 なんだか抜け出して悪いことをしてるみたいで面白い。

 真純は菜園に興味津々で植わっている野菜を眺めていた。そういや小腹が空いたな。

 参加者は飯を食べる余裕なんてなかったし。手頃なトマトをもぎ取って真純に投げる。

「お腹空いたでしょ。うまいよ、俺のトマト」

「ありがと」

 がぶり。この強い酸味たっぷりの汁がトマトなんだよ。

 フルールトマトとか甘さを押す連中もいるが分かってない、分かってないぜ。

 一通り見て満足したようなので俺たちは外のベンチに腰をかけた。

 端と端。ベンチっていってもようやく三人座れる小ささだから、伸ばせば手は届く。

 無言でトマトにかぶりつく思春期の男と女ってのも変な絵面だよなぁ。

 汁でべたべたになった手を振りながらそっぽを向いたまま、真純が口を開く。

「一途と仲直りしたんだね」

「まあ、な。真純のおかげだよ。素直になって正解だった」

「そ、よかった」

 とか言いながらまだ彼女には素直になれていない。この気持ちはどこへいく。

 彼女はもじもじと指先を弄びながら言葉を続けた。殻を破ろうとしてるんだ、きっと。

「あのさ。前に、私にも下心があるっていったの、覚えてる?」

 忘れられるわけないさ。結構ドキッとしたんだから。俺は黙って頷いた。

 ここは聞き役に回ろう。話したいように話させてあげるんだ。

「私はね、本当は部活なんてどうだってよかったんだ」

 ベンチから立ち上がって腰の後ろで指を絡ませる。爽やかに過ぎる風にスカートが舞った。

「どうせ一人の居場所だし、なくなってもいいやって思ってる」

「じゃあ、なんで一緒に頑張ってくれたんだ?」

「それが下心。私……多分、由仁と一緒にいたかったんだ」

 俺はどう受け取っていいのかぎこちなく笑うしかできなかった。

 気持ちは嬉しいけど。それは恋? それは友情? 女心なんてわからないよ。

「女の子って単純なんだよ? 助けてくれたヒーローに、一目惚れしちゃうくらいに」

「ならやめといたほうがいいな。俺はただの思春期の男の子だから」

 いつもなら誰でも喜んで告白を受けた。その手を触れるまでは信じられるから。

 好かれることはあっても、その実、好きになったことはない。

 処女か非処女か。真っ先に考えるべきことはそこだった。恋愛なんて夢のまた、夢。

 くるりと回った真純が俺の顔を覗き込む。背中から差し込む昼下がりの日差しが眩しい。

「確かに由仁はエッチだよね」

「ああエッチでスケベだ。男の子も単純なんだよ」

「そうだね。けど、私の知ってる男の子と由仁は違ったんだ。みんな、この見た目に寄ってくるだけ。考えてることなんてエッチなことばっか。由仁は私が作った料理を食べて、褒めてくれたし、がっついたりもしないし、なんていうのかな、一緒にいて……居心地がいい」

 やめてくれ。誤解なんだ。血のせいでがっつけないだけなんだって。

 もし俺にユニコーンの血が流れてなければ、俺は嫌われてる男子の一人に過ぎない。

 言い返したいけどその居心地良さを壊したくなくて何も言えなかった。

 中身を見ていたわけじゃない。外見で決めつけていただけなのに、俺は、ただのクソ野郎だ。

「だから頑張ろうと思ったの。こうやって一緒にいるのが、楽しいから」

「ありが、とう。俺も……楽しいよ。ずっと、こうしていたい」

「ふふ。そうだね。でもこの対決が終わったら――」

「なら、ならさ!」

 どうしていいか分からなかった。でも終わりにしたくない気持ちだけは本物だ。

 俺も立ち上がって真純に一歩だけ近づく。彼女は震えながらも、逃げない。

「園芸部に入ればいいじゃん。部活なんてどうでもいいんだろ?」

「ダメだよ。三人の居場所、なんでしょ」

「バカ言うな、もう俺たち四人の居場所だ。一途だって、多千夏だって、そう思ってる」

 ずるいよな。自分の気持ちを二人に代弁させてるんだ。俺は、俺は怖い。

 せっかくお互いを認められても触れられない関係に耐えられるのか。

 触れ合ったときに俺の中の獣がどう反応するのか、怖くてたまらない。

 壊すくらいなら、曖昧な関係のまま残したい。女々しくても失うほうがイヤだろ?

 真純は微笑みながら手早くシャツのボタンを全部外してしまった。

 そのまま両手でスカートをたくしあげる。赤が光に映えて、なんていうか、淫らだ。

 この子は何を考えているんだろう。考えを探ろうと目をあげて視線が絡み合う。

「ねえ、私のこと、どう思う?」

「……前にも言っただろ。ビッチみたい」

「ビッチだったら、イヤ?」

 そんなこと聞かないでくれ。お前の手だって震えてるじゃないか。

 いくら自分を変えるためでもやっていいことと悪いことだってあるだろ。

「私、怖いけど――」

「やめろ! もう、やめてくれ! 俺は、見たくなんかない。そんな、真純、見たくない!」

 これじゃあ会長と同じだ。思春期の男の子にだってギリギリの誇りと意地がある。

 俺は背中を向けて真純を見ないことにした。見てもいいよと言われても、絶対に見ない。

「無理すんなよ。ビッチでも、地味でも、真純は真純だろ。俺も、一途も多千夏も、気にしたりなんかしない。本当に見せたいっていうなら、ありがたく眺めさせてもらうよ。でもさ、怖いんだろ。何かされるんじゃないかって。そう思うなら、やらなくていい。やめてくれ」

「……ごめんね。私、どうしていいか」

「俺だって分からない。けど、真純が素直になってくれたのは、すげー嬉しい。それで十分」

 次は、俺が素直になる番、だよな。

 結局俺が言えたことはあいつらの受け売りだった。あのバカ二人は人間か亜人間かなんてことを気にしちゃいない。信じてもいないかもしれないけど、信じる必要もないくらい、どうだっていいんだよ。俺が俺のままなら、あいつらは一緒にバカやってくれる。

 俺も同じ気持ちだ。真純がどんな子か、全部は分からない。知るには時間がかかるよな。

 ほんとはただの露出狂なのかも。ああ見せているだけで処女かも。

 そんなの関係ねえ! どっちでもなんでも真純は真純だ。俺は、そんな彼女に――。

「ちゃんと隠した?」

「うん」

 恐る恐る振り返るとちゃんと第二ボタンまで閉めている。そうそうそれでいいんだよ。

「真純はさ、もう十分変わったんじゃない? 可愛いんだし、エロくすることないじゃん」

「私じゃ不満?」

 ぶぼっ。自分の胸を盛り上げながらやや不愉快そうに言われてしまった。

 やっぱりこれはこれで彼女の本性なのだろう。だったら他人がとやかくいうことはない。

「とにかく! 無理に見せびらかさなくていいってこと。見せてくれるならちゃんと見るから」

「そうだね。私、無理してたのかも。……ありがとう、由仁」

「どういたしまして。俺もたっぷり楽しませてもらったから、ありがとう」

「もう、バカ」

「ああバカなエロガキだよ」

 ふふふ、ははは、笑い声が重なって大きくなっていく。俺たちの距離はまた、近づいた。

「湿っぽいのはおしまい! あと一週間頑張ろう。それからのことは、それから考えりゃいい」

「そうする。私たちなら勝てるよね?」

「もちろん、自信持とうぜ。一途も多千夏もやる気出してるし、怖いもんなんかねえぜ!」

 苦しくも楽しい時間が終わろうとしている。その終わりは、始まりになるはずだ。

 高校生の青春は卒業するまで色々な出来事の繰り返し。

 楽しくするも、つまらなくするも、自分の気持ち次第なんだ。

 素直になろうぜ。長角由仁。

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