そのごーてんご.隣の亜人間は青く見える
まさか、料理部が負けるとは思いませんでした。
どうやら私たちと普通科の一般生徒とでは価値観がだいぶ違うようですね。
滅多に口にできないような高級フレンチよりも素朴な料理が好まれる。
それ以上に一途さんと多千夏さんのサービスが良かったようですが。
私も『サービス』して差し上げたいところでしたが、生徒会の立場というのもあります。
立場……正直に言えば対決の結果はどうでも構いません。
ちょっとした嫉妬から行った嫌がらせですからね。
でも後には退きたくない。実に素敵な笑顔で給仕に徹する由仁さんは、なんというか、より『普通の』人間に見えました。それが羨ましくて、もっともっと、妬ましいのです。
本当に普通の人間らしく振舞えるのか試させてもらいましょう。
そろそろお客様がいらっしゃる頃なのですが……来ましたね。
「ようこそいらっしゃいました。三稜草真純さん」
「はあ……。あの、私に何か?」
私と彼女の装いは正反対。胸元を大きくあけ、スカートは短く詰めて、色気を主張。
悔しいけれどお胸の大きさでは負けていますね。しかし女としては上の自信がありますよ?
真純さんとお話しようと思ったのは彼女が由仁さんの笑顔の源だと分かったから。
二人の関係性がどの程度なのか。彼が普通になれたのか確認したいと思います。
卑怯かもしれませんが由仁さんも、私の素性を一途さんにお話したみたいですし、おあいこ。
「あなたは由仁さんのことが好きなのですか?」
まどろっこしいのはなしです。真実をお聞かせください。
いささか唐突な質問に彼女は苛立ちと戸惑いを隠さずに首を横に振りました。
「言う必要がありますか?」
「もしあなたが好きなら、これから話すことをよく考えて欲しいのです。もし好きではないのなら、聞き流してください」
人間と亜人間が心のつながりを持てるのか。私に証明してください、由仁さん。
血に身を任せるなというのなら、任せなくてもいいのだということを、教えてください。
「真純さん。今回の対決、降りていただけませんか? このまま勝利しても、あなたと由仁さんは結ばれることはありません。むしろ、お互い辛い思いをするでしょう」
「……さっきから何のつもりか知らないけど、聞く気は」
「由仁さんは人間ではありません」
交流がない相手から急にこんなことを言われても受け入れろというほうが難しい。
私は微笑みを浮かべながら棒立ちになっている彼女の隣に立ちました。
「私も彼も亜人間と呼ばれる種族なのです。由仁さんはユニコーンの血を引いています。そして彼はその血ゆえに、非処女に触れると変質してしまうのですよ。だから相手を見て、怪しいと感じたら触れないようにしています。あなた、心当たりがあるのでは?」
「ウソ……そんなの、ウソだ」
「本当ですよ」
次から次に入る注文を捌いているときでさえ由仁さんは真純さんに触れませんでした。
皿を受け取るときも指先がかすかにでも当たらないよう注意を払っていました。
これまでの活動でも同じはず。気づかないわけがありませんよね。
「あなたが『どちらか』は聞きません。もし非処女だとするなら、結ばれるどころか触れ合うこともできませんよ。由仁さんは心でどう思っていても体が反応する限り、あなたを避けます」
血の気が引いて青くなる顔が、真純さんの気持ちを代弁していました。
羨ましいですね。誰かをそこまで想えるのは。普通の人間だからできることなのですよ?
普通であることの大切さを知らずに、彼ら、彼女らは不平不満を口にします。
普通になりたくてもできない私たちからすれば、贅沢な悩み。意地悪もしたくなります。
自分でもどうしてここまで意地が悪くなれるのか不思議です。はじめての感情ですから。
これも悪魔の血のせいでしょうか? 誰か教えてください。お礼はします。
「由仁さんのことを思うなら身を引いてください。あなたと一緒にいれば、彼は苦しむ。やっと手に入れた部活という居場所も、壊れてしまうかもしれません。それでも構いませんか?」
「私はッ」
体を戦慄かせながらはっと顔をあげる。信じたくないけれど、信じる理由がある。
葛藤とせめぎ合う様は相手が男の子であればつい食べてしまいそうなほど切ないものですね。
慈悲深さを装うように私は彼女の肩に手を置きました。こちらまで震えそう。
「対決の間だけ姿を隠してください」
「それじゃあ負けちゃうっ。どっちにしたって由仁の居場所が――」
「大丈夫。部は存続させてあげますよ。旧体育科グランドの隅に今は使われてない倉庫があります。誰も近づきませんし、気づかれることもありません。念のために内側にかける鍵を用意しました。その気があるなら当日、行って隠れてください。これは、二人のためでもあります」
机に置いておいた南京錠と鍵と手渡す。彼女は恐れながらも、受け取ってしまった。
この時点で気持ちは動いていたのでしょう。そっと背中を押すだけで十分だった。
「よく考えてくださいね、真純さん」
「――……ッ」
私を押し退けて彼女は出てきました。ここまでする必要はあったのでしょうか。
自分に訊いても自分は答えてくれません。だって分からないのです。
仲良くしている二人を見たとき、許せないと思ってしまいました。
彼だけが普通に楽しんでいること?
彼女が彼の心を掴んでいること?
もしくはその両方なのでしょう。
私が知る限りの亜人間でああも溶け込んでいる方はいません。
めぐり合わせもあるでしょう。由仁さんの人柄もあるのでしょう。
人は、自分の理想を持つ他人を見ると、黒い感情を抱いてしまうものですよね。
それは亜人間でも同じことなのです。いや、もっと強いかもしれません。
でもどうして。私の胸は痛むばかり。やりたくないことをしている、そんな感じ。
ああ。由仁さんのことを思うと――切なさに突き動かされてしまう。
ひとりでするなんて私らしくないのに。
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