そのよん.友の振りみて我が振り直せ

 りりさに襲われてから二日後、俺たちは真純に呼び出された。

 なんでも売りに出す料理が完成したのだとか。

「うぃーす」

「あんっ、やめっ」

 ガラガラ……ピシャッ。

 引き戸をあけて目に飛び込んできたピンクな情景に思わず閉めてしまった。

 きっとショックからまだ立ち直れてないんだ。だから幻覚を見たに違いない。うんうん。

 改めてガラガラ。

「ちょ、助けてってば!」

「よいではないかよいではないか~。減るもんではありませぬぞー、うっふっふ」

 広めのテーブルに押し倒されている真純と馬乗りになっている多千夏。

 これ事案じゃないですかねえ?

 右手はシャツの上から潜り込んでわしゃわしゃ。左手はスカートの下からそ~っと。

 多千夏の口は鬼か悪魔のように釣り上がり、卑猥な笑い声を絶えずあげている。

 一方、真純。悶え喘ぎながら抵抗していた。見えちゃいけないものが全部見えてまーす。

「お願いもう、だめ」

 もう少しで俺もああされていたのかなぁ。客観的に見れば悪くないね。

 ああそんな目つきで見ないで。イケナイ感情が湧き上がっちゃいそうです。

「おー由仁くん。先にお味見させてもらってますぞ。でも分けてあげないからねぇ」

「……ケチ」

「ああ? 何やってんだおま――」

 一番来ちゃいけないやつが来てしまった。俺はさっと横にどいてこの惨劇を見せる。

 多千夏も一途が相手じゃ分が悪い。こいつには悪い意味で男女差別がないから。

「あー……おはよ、一途くん!」

「分かった、オーケー。多千夏、お前に男の味を教えてやろう」

「いやぁぁぁぁっ!?」

 こりゃ最高の拷問だなぁ。一途は神速の動きで多千夏を捕獲しようと手を伸ばした。

 が、猫まっしぐらな多千夏も負けじとひるがえって飛び上がる。追いかけっこスタート。

 疲れきって立ち上がれない真純に手を貸そうかと普通の考えが過ぎるも、却下。

 どうせ握り返してはくれない。俺だってまだ、心の整理がつかないもん。

 うん? 待てよ。だったら簡単じゃないか。近づけばいいんだ。

「大丈夫か、真純」

「あ、ありが、ひゃぁっ」

 ほらね。右手を差し出しただけでテーブルから転がり落ちた。怪我してないかな?

 覗き込んでみるとがばっとシャツを開いて襲ってといわんばかり。

 でも逆の意味であることは覚えた。あっちいってのサイン。

「たく、騒がしいやつらだな。お前らも席に着け。完成品を食べさせてくれるんだろ」

「たすたすたす助けてぇ~由仁くーん。私の純潔が奪われちゃうよー!」

「更生させるにはこれしかねえだろ。俺だってお前みたいなド変態は願い下げだ」

「真純、用意してくれ」

「……もうなんなの」

 俺だって同じ気分さ。なんなの、あいつら。仲良しなの?

 付き合っちゃえばいいのに。隅っこに追い込まれた多千夏はカーテンに包まってる。

 小学生はああいうことやるよね。それを上からゲシゲシと蹴りつけるいじめっこの男子だ。

 ほんと部長じゃなくて保護者だなー。頭痛くなってきた。

 こんなふざけてる気分じゃないんだよ俺は。いいねお気楽なおこちゃまは。

 真純がお尻をぷりぷり振りながらカレーを注ぐのを見ていると静かに近づく足音に気づいた。

 ドアの前で止まる。なんだ?

「失礼します」

 優しくも甘く冷たい声音。聞き覚えがある。聞きたいけど聞きたくない。

 そろりそろりと視線を送れば、にこやかに微笑んで頭を下げる――。

「清純院りりさ!?」

 多千夏いじめを中断した一途が素っ頓狂な声をあげる。

 現在のあいつが唯一興味を持つ三次元の存在が彼女だ。それはなぜか。

 造形もスペックも二次元に近いからだってさ。お前、見る目あるよ。

「こんにちは、皆さん。今日は大事なお話があってきました。お座りください」

 絶対的権力者の振る舞いだ。断ることを許さない気迫に、あの多千夏まで黙って座った。

 真純は一応手にしたカレーをテーブルに並べている。ほうれん草色のベジタブル。うまそう。

 一番近い位置に座っている俺は目も合わせられず、石みたくガチガチに固まっている。

 彼女が二回手を叩くと無表情の男子生徒二人がホワイトボードを持ってきた。

 回転させるとデカデカと赤い文字で『料理部VS園芸部・家庭部 稀代の料理対決!』と描かれていた。もっとこうセンスのいいタイトルないの。

「お話は長角さんから窺いました。生徒会で協議した結果、料理部と対決をして勝てたら存続、負ければ廃部ということが決まりました」

「ほうほう、そりゃ当然……なわけないだろ!? なんだ料理対決って!」

 バンッ。とついつい普段通りのノリツッコミ。が、ダメだった。

 生徒会一同は鋼の心を持っているのか眉ひとつ動かさない。俺の腕もマダマダだな。

 ただしこのツッコミに関しては一途、多千夏、真純も同じだったらしい。?が見える。

「順を追って説明しましょう。新しく申請する部活は増える一方なのです。その反面で部室や敷地は限られていて追いつきません。当初は統合するか結果を見せてもらえれば許可を出そうと考えていましたが、事態はより深刻で、生徒会の承認がおりませんでした」

 カンペでも出てるんじゃないかってくらいすらすらと喋る。

 ウソだ、絶対ウソだね。俺に断れたことを逆恨みしてるんだ。

 ほら今こっち見た! やらしい流し目で誘ってるぞ。見るな見たら負けだっ。

 二つ向こうの席で魔性の魅力にとろけているバカがいる。気持ちは分かるから何も言えない。

「それに、長角さんが提示された内容では料理部と活動が大差ありませんよね」

「あ、いや、他にも――」

 野菜を作ってること、裁縫で衣装も作ること、などを言い忘れてた俺が悪い、のか?

 改めて補足しようとしたのにりりさは右手をあげて言葉を制した。

 なるほど、自分の思い通りに運ぼうっていうんだな。席を立とうとしたら配下に睨まれた。

「そこで料理部と対決していただき、勝利という結果を残していただければ、あなた方の努力と成果を認め、部の永久的な存続を認める、ということになりました」

「……勝てるわけないじゃん」

「そんなヤバイの?」

 真っ青になっている真純に尋ねるとゆっくりと頷いた。

「部活っていってもレベルが違うよ。料理部は活動の一部として一流レストランやホテルで実際に料理を提供しているくらいだから。私なんかが、敵う相手じゃない」

 これが追い討ちとなって元々やる気に乏しい部員の心が握り潰されたのが分かった。

 リアル部員から幽霊部員へ戻るなこりゃ。すでに心ここにあらずでぼけーっとしている。

 りりさの笑顔も勝ち誇っているように見えている。デキレースだ! 八百長だ!

 そんな不正を追求する声は喉に絡まって出てこない。だって何いっても無駄じゃんね。

「ルールをご説明しましょう。対決は二回に分けて行います。合計ポイントが高いほうの勝利。売り上げ、味とサービスを五段階で評価したもの、をポイントに換算します。料理、食材、値段の設定は自由。高い値段で一回のポイントを稼ぐか、安くしてたくさん売って数で稼ぐか、サービスを重視するか、戦い方は色々あります、熟慮してくださいね」

「りり――会長! ハンデを下さい、ハンデを。俺らは素人ですよ!?」

 精一杯の抗議だった。戦いを避けようとすれば即刻廃部にされてもおかしくない。

 なら少しでも可能性を高めるのが利口ってもんだろ?

 りりさだって鬼じゃない。悪魔だけど……人間の優しさだって持ってる、はずだ。

 願いが通じたのか予定調和なのか、彼女はこくりと頷いた。

「そうですね。生徒会でも不公平ではないか、という意見がありました。なので長角さんたちにはボーナスポイントを与えたいと思います。また購買対象者は普通科生徒のみとしました。あなた達に少しでも有利になるように。詳細は決まり次第こちらで広報致します。一回目の対決は二週間後。それでは、ごきげんよう」

 ぜんぜんごきげんじゃないっつーの。全部一方的に決めやがって。

 普通科生徒のみにすることが俺たちに有利?

 ふっ、残念だったな。俺も一途も多千夏も、他に友達なんていないんだよ、へっ!

 ……それさえもお見通しなんだろうな。恩を売ったように見せるフリか。

 さすが悪魔の血を引く女だ。ヤると決めたらとことんヤるわけね。

 がらがらとホワイトボードが撤収していくのを眺めていると最後にりりさが振り返った。

「そうそう。対決までの活動を報告していただきたいのです。連絡係を用意して欲しいのですが、長角さんと三稜草さんは部長ですからお忙しいですよね。ですから」

 彼女の魅惑的な流し目が一途のハートを狙い撃ち。胸を撃たれて仰け反った。

 これはまずい! すかさず多千夏を犠牲にしようとするが俺の意見など端から聞いてない。

「明日葉さんにお願いしたいと思います。よろしいでしょうか?」

「いいやそれはダ」

「もちろんっ。明日葉一途、やらせていただきます!」

「では後ほど。失礼しました」

 あかん。完全に魅了されてしまっている。目がらんらんと輝いていて怖い。

 嵐のように現れ、嵐のように去っていった。残された俺たちは荒らされ放題でズタボロよ。

 終始黙っていた多千夏がぽつりとこぼした。

「なんか、怖かったなぁ」

 女の勘はよく当たる。俺がうんうん頷いていると得意気な顔して一途が前に立った。

 いつになく優しい手つきで肩を叩いてくる。なんだよ、気味悪いな。

「落ち込むな。会長には見る目があった、それだけだ」

「はあ? お前っ」

 彼女は人間じゃない、なんて主張したら笑われるに決まってる。

 言いたいことは山ほどあったが今は頭が働かない。これからどうすんだよ、俺たち。

 ようやく青春らしい青春になってきたのにさ。台無しにされちまうのか。

 そーんなのはいーやだっ。意地でも勝利を収めて俺のパラダイスを守り通す!

 と一人で強がってもしょうがない。多千夏はうなだれてるし、一途は踊っているし。

 あれ、そういや真純はどこいった?

「カレー冷めちゃったから温めなおしたよ。さ、食べよう」

 この嫌な流れを止めるためか、真純は全員分のベジタブルカレーを並べなおしてくれた。

 気遣いのできる子だなぁ。腹が減っては戦はできぬと申す。だから食べよう!

 ううん、野菜の甘味がカレーの辛さでひきたってる。何杯でもイケちゃうね~これ。

 もぐもぐ食べながら今後の対策を話し合った。敵の情報を知るのは真純だけ。

「料理部ってどんな料理を作るの?」

「和洋中なんでも。それぞれ専門に目指している子がいるよ」

「何で攻めてくるかは分からない、か」

「考えてたんだけど、ひとつだけ弱点あるかも」

「弱点?」

「うん。例えばこういうカレーなんかは作らないらしいよ。なんていうのかな、家庭的な味ってのは専門外みたい」

 ふむ。確かに一流の料理人って紹介される人の店ってたいてい高級店だよね。

 値段はできるだけ控えめでもこうオシャレでさ、一般人を寄せ付けないって感じ。

 ホテルのレストランなんてまさにそうじゃん。でもここは学校だぜ?

 食べ盛りの男子生徒が欲しいのはうっすい魚のカルパッチョじゃなくて、山盛りのカレーライスやラーメンだ。女子生徒だってファミレスでダベるほうを優先するだろう。

「ならこっちは家庭的にいこう。真純のカレーはサイコーだから、勝ち目はある」

「そ、そうかな」

 照れているけど実際ウマイ。こんな手作り料理できる子が彼女に欲しいくらいだ。

 問題はカレーだけでは押しが弱いことだ。俺らの狙いはあくまで一途効果による女の子。ベジタブルにしてもカレーにそそられる女子は多くないだろう。

「料理部はデザートも作る?」

「うーん……。作れるとは思うけど他に部活があるよ。料理人とパティシエって別でしょ」

 今回の対決はあくまで『料理部』が相手だ。デザートが出てくる可能性は低そうだな。

 料理は家庭的な味とデザートのセットでいこう。カギを握るのは真純が作る衣装と二人のサービス、だな。

 一途が世話してやりゃ女子票はカタイ。多千夏もスタイルはいいし可愛いほうだ。着飾ってメイドさんをやってもらえれば男子の心をゲットだぜ。まだまだチャンスは残されている。

「対決かぁ。自信、ないな」

「なんとかなるって。その格好みたく大胆にいこう」

「うん」

 はにかみながら胸元を開けていく。いやここで大胆になれっていう意味じゃないよ?

 黙々と食べている二人が不気味だったので話を振ってやった。

「お前らもやる気だせよ。いざとなったら『一途くんとハグできる券』でもつければ、飛ぶように売れるんだから。売り上げの勝利は間違いなしだ」

「はー清純院会長はいいよなー。二次元から出てきたみたいだ」

「聞いてねえし。多千夏も、そう落ち込むなって」

「メイド服着なきゃダメ?」

「ダメ。衣装作るのに真純と二人きりになれるぞ。やなのか?」

「あ」

「そっか! 楽しもうね、真純ちゃぁ~ん」

 切り替えの早いやつ。さっそく豊満な胸に顔を埋めに飛び込んだぞ。

 案外真純も楽しんでいるようだ。そう見えるだけかもしれないが、いいのいいの。

 どの道俺らには戦うしか道がない。

 淫乱会長の言いなりになって諦めるくらいなら、やるだけのことはやってみるのさ。

 カレーを食べ終えたあと、俺と真純は二人でメニューや食材について話し合った。

 他の二人? 役に立たないから遊ばせておいたよ。やれやれ。


☆ ☆ ☆


 突然の対決決定に俺たちの結束は脆くも崩れ去ってしまった。

 まず一途。あいつときたら幽霊部員に逆戻り。部活に姿を見せていない。

 それどころから俺の部屋に侵入することもなくなった。嫌な予感がするなー。

 真純は真純で相手の腕前の凄さを知っているからか、負けたみたいな顔をしている。

 料理は作ってくれるし、衣装の作製も順調みたいが気持ちがこもってなかった。

 味も落ちた気がする。頑張ってんのは意外にも多千夏だった。

 久しぶりに出来た女友達が嬉しくてしかたないのか、ずっと彼女につきっきり。

 おかげでこっちもまたしばらく部屋に入ってきていない。やったぜ平穏が戻ってきた。

 ……はずなのに物足りない俺もいる。一人土いじりをしていると何もなかったみたいだな。

 視察もりりさのことも料理対決も、夢だったりして。

「やってるねぇ、由仁くぅん」

「こんにちは」

 ビニールハウスを出たところで浮かない顔の能木先輩に声をかけられた。

 快活な笑顔が曇っている。手にしたざるには旬の野菜が盛り沢山。

「これはお詫びの印だぁ。食べてくぅれ」

「はあ、ありがとうございます。お詫びって、なんの?」

「うぅむ。そのことだが」

 先輩には数え切れない恩はあるが謝られる筋合いはないはずだ。

 強いていうならさりげなく背中に手を回すのはやめてもらいたい。手つきが妙に優しい。

 二人並んで肩を寄せ合いベンチに座る。どこかに多千夏が隠れて見ていそう。

 何事にも動じず揺るがないのが能木先輩だと思っていたから、溜息を吐くのさえ意外だ。

「謝りたいのは料理対決のことだ。俺ぁ止めることができなかった、由仁くぅん」

「止めるっていっても生徒会で決まったことなんじゃ」

「ああ、そぅだ。でもあれは、明らかにおかしい。会長の私情が入っている。最初はみんな反対していたのだ。そこまでやる必要はないだろうと。けれど会長は退かなかった。後日改めて採決を取ると、反対していた男子役員がほとんど賛成に回ってしまったんだ。どうも様子が変だったが、俺ひとりではどぅにもできなかった」

 サノバビッチ! りりさのやつ、悪魔の力で男子生徒をオトしやがったな。

 そういやホワイトボードを持っていた二人の顔も虚ろだった。ありゃ誘惑の結果か。

 彼女の差し金なのは間違いないと分かっていたけど、周りまで巻き込んでやるとはねぇ。

 どんだけ俺を欲してるんだよ。これが純愛だったら大歓迎ハッピーエンドだったのに。

 肩を落とす能木先輩にかける言葉がなかった。真実を伝えても理解できないだろう。

 っておいおい待てよ。じゃあなんだ、能木先輩はりりさの色香に惑わされなかったと?

 もしや先輩も亜人間!? それとも彼女の好みじゃないから誘惑しなかったのか。

 いやいや、一番濃厚なのは男が好きだから女が眼中になかった……や、やばい。

 ゴツくて逞しい肩を押しつけてきているのはやっぱりそういうことなの!?

「大丈夫ですよ、先輩。俺たち負けませんから」

「相手はあの料理部だぞぉ。君は彼らの料理を食べたことがあるかぃ?」

「いや、ないですけど」

「まさに天才だ。うちの野菜を使って作ってくれたのを試食したのだが、野菜が喜んでいるとさえ感じたのははじめてだぁ。勝つには相当の工夫と覚悟が、いるぞぉ」

 う、先輩に言われると余計不安になっちまうよ。

 なーに、こっちだって秘策の一途やメイド服があるさ。料理だって負けてない!

 まあ現状どれも不安要素いっぱいだけどね。くそっ、今更どうしろってんだ。

「そうだぁ、もうひとつ耳に入れておきたいことがある」

「あふぅ」

 周りに誰もいないのに一々耳元で喋る必要ありますかね、先輩。

 うっかり声が漏れちゃったじゃないか。やめて、そんなきらきらした目で見つめないで。

 俺はさっと立ち上がり背伸びをしながら疲れてるんだよなーオーラを出してみる。

「君のところの明日葉くんだったか。最近よく生徒会に通っているようだ。今の会長は何をするか分からないぞぉ。気をつけるんだ。俺にできるのはこれくらいだ、すまいねぇ」

 嫌な予感的中。もう篭絡されてんじゃないだろうなあいつ。

 切り札が奪われたら俺らに勝ち目なんてないんだぞ。口ばっかりの尻軽男が!

 やはり彼女の正体を知る俺が人肌脱ぐしかないな。服は脱がんぞ、絶対に。

「十分ですよ、ありがとうございます。俺、これから料理の研究があるんで」

「あぁ頑張ってくれ。由仁くぅんの料理、楽しみにしているよぉ」

 去り際に尻を撫でていく抜け目のなさ。これくらいは必要経費と割り切ろうじゃないか。

 能木先輩も少しは元気を取り戻してくれたみたいだしな。俺も挫けちゃいらんないぜ。

 放っておくとバカが食べられちゃいそうだから手を打ちのはそっちからだな。

 もう手遅れだったら、そんときはそんときだ。現実を突きつけて目を覚まさせてやるぞ。

 勝利の絶対条件だからってのもある。でもほんとはやっとできた友達だからだ。

 あいつが三次元の残酷さを知って朽ち果てる姿は見たくない。

 俺みたいな思いはして欲しくないんだよ。あんな美味しい否辛い思い、俺だけで十分。

 断固たる決意に拳を固め、悪魔の元へ向かった。


☆ ☆ ☆


 追い返されてもおかしくなかったが案外すんなりと生徒会室に通された。

 人払いをしたのか清純院りりさだけ。もう種は割れてるんだひっかからんぞ。

「どうされたのですが、怖い顔をして。私、恐ろしいです」

「俺らの間に演技はいらないでしょ、会長」

「りりさって呼んでくれないとお話しません」

 しなを作っても無駄なのさ。でもそのぷんと頬を膨らますのは反則技。

 相手のペースに巻き込まれるなよ。油断したら快楽の底に叩き落されちゃう。

「なんで一途をたぶらかす? 俺にフラれた腹いせなら、やめてくれ」

「人聞きの悪い。連絡係に都合がいいから選んだだけですよ」

「多千夏でもよかったはずだろ。あえて一途を選んだのは裏があるからだね」

「ふふ。女の子はかっこいい男の子が好きなものでしょう? それだけのことです」

 どこまでもしらばっくれる気か。リリスの本性を知らなければうらやまけしからんで涙を呑むだけだが、男を性欲の捌け口にしか見てないような相手じゃ信じられない。

 つかつかと歩み寄りながら強めに言う。情けない自分にサヨナラバイバイ。

「ああ見えてあいつは繊細なんだ。あんたに騙されて傷つけられたどうなるやら。俺はそんな一途を見たくない。頼むから襲わないでくれ」

「言うのが遅いのではありません?」

 にっこり。唇を舌で舐める。おいおいおいおい、もう食い終わったあとなの!?

 絶望的な表情を見てりりさが高らかに笑う。この性悪女がっ。

「冗談ですよ。そもそも由仁さんは勘違いをされていますね」

「勘違い?」

「ええ。私が『自分から』襲ったのは、あなたが初めて。普段は男の方から『襲ってきます』、性欲を抑えきれなくなってね」

「それってどの道あんたの色香のせいなんだろ」

「言ったはずですよ。これは血の影響だと。私の意志に反して常に振りまかれてしまう。身を委ねるかどうかは、相手次第。忠告するなら、私ではなくお友達のほうですよ」

 彼女の言い分が真実か分からない。同じくらいウソかもわからない。

 言い返す言葉を探して視線がうろうろする。相手が襲ってきたから受け入れてるだけですなんて開き直られたら、なんていえばいいんだよ。

 この油断を見逃す悪魔ではなかった。りりさはさっと俺に体を密着させる。

 理解しても体は反応しちまうもんだ。だって柔らかいんだもん。

 上半身を引き寄せられて半ばりりさを押し倒しているかのような姿勢になってしまった。

「お友達と部活を守りたいなら、素直に生徒会に入ってはどうです?」

「んで毎日あんたと情事ってわけか」

「ええ、きっと素晴らしいですよ」

 気持ちいいって意味では素晴らしいだろうさ。でも今、欲しい素晴らしさは違う。

 何を言っても無駄なのが分かったから体をどかそうとした。その瞬間。

 りりさは俺の肩を抱きながらわざと倒れた。不意のことで足がもつれて一緒に倒れてしまう。

 床の上で重なる二つの肉体。見計らったように開かれるドア。

 なんで、このタイミングで、お前が、来るんだよ。

「てめえ、由仁ぃぃぃっ!」

「ちが、違うこれは」

 駆け寄ってきた一途に起こされてそのまま顔面ストレート。てえな、話聞けよ!

 いつのまにかあえてシャツを着崩していたりりさが涙目を浮かべながら一途の足にすがる。

「明日葉さん。やめてください」

「会長、大丈夫ですか? お前がこんなやつだったなんてな」

「いいから話を聞けっ」

 問答無用で飛んでくる拳を右に左に避ける。色香に毒されてるんじゃないか、こいつ!?

 聞く耳持たない一途は会長に手を差し伸べて立ち上がらせると、殺意をこめて睨んできた。

「いっくらたまってるからって無理やりかよ、クソ野郎!」

 ぶちっ。俺の気持ちも知らないで、何で俺がここにいるかも分からないで。

 お前の背中に隠れて微笑を浮かべる女がなんであるかも気づかないで、ふざけんなよ。

「何がクソ野郎だ。お前こそ散々ビッチビッチ言ってるくせに、会長だけには尻尾振るのかよ。え? 二次元こそ俺の嫁とかいってたバカは誰だっけなぁ。大事なときに黙って姿を消して、女と遊んでるアホは誰だっけなぁっ!?」

「んだとぉつ」

「あんだよ!」

 あーそうかいそうかい。口で言っても分からないんなら、俺だって拳を使うぜ?

 だが覚悟しろよ。俺の馬力は文字通り馬並だ。怪我じゃ済まないかもな。

 どんなときでも身勝手な態度にいい加減キレて頭に血が昇っている。

 所詮お前も女を見る目のないひきこもりのクソオタクか。ケッ。

 一瞬触発の空気を持っていったのは元凶のりりさだった。さっすが悪魔さん。

「私のために二人が争うことはありません。どうか、落ち着いてください」

「会長……」

 どの口がいうんだこの悪魔ビッチが!

 全部ぶちまけてやりたいが一途が話を聞くわけがない。ええいもうやめだやめだ。

 こんな奴を友達だと思って気をかけたのがそもそもの間違いだな。

 口ばっかで手伝いもしないし、骨抜きにされているし、お前なんかもう知らん。

「ふんっ。そんな会長が大切なら二人で楽しくヤってろよ。俺は帰る」

「ああ帰れ帰れ、クソヤロー。友達のよしみでこのことは黙っといてやるよ」

「は? 誰が友達だって。そんな奴、俺には見えないな。そうそう、もうお前部活来なくていいから。あ、元々来てないから関係なかったね、ごめんごめん。それじゃあさようなら」

 売り言葉に買い言葉ってこういうこと?

 俺は後ろ手にドアを叩きつけて大股で歩き去った。あいつの顔はもう見たくない。

 ふんすふんす鼻息を吐き出しながら調理室に向かった。

 こうなったら俺らだけで成功させてみせる。一途の人気なんかクソくらえ!


☆ ☆ ☆


「どうしたの、その顔」

「一途に殴られた」

 調理室には真純ひとり。黙々と研究を続けてくれているようだ。

 気持ちで負けていても自分の仕事をサボらない辺り、見た目と反して真面目だよね。

 こんなこと思ってたらまたクソ番長に怒鳴り飛ばされそうだ。

 ぶすっとしたままイスに座って頬を触る。全力で殴りやがってバカ野郎。

 傷の治りが早いからって痛いもんは痛いんだからな。

 真純は何も言わずに向かい側に座った。最近気づいたんだが、テーブルひとつ分の距離が空いていれば、拒絶反応は出ないらしい。これが二人の絶対距離。

 愚痴を聞いて欲しいときに「どうしたの?」って言ってもらえないとつらいよね。

 もぞもぞしながら聞いて欲しそうな目で真純を見上げてみるけど、じっと見返された。

 いいもん。自分から言うもん。ひどく情けなくても、言いたいもん。

「ふざけやがって。あいつ、部活にも来ないで生徒会長んところに入り浸ってんだぜ? しかもさ、何を勘違いしたのか、二人で居るところを見て急に殴ってきた。ムカツクよなぁ」

「……なんで殴られたか、分かる?」

「さあね。嫉妬じゃないの。バッカみたい」

「違うよ。一途は嫉妬なんかしない。そういう意味で他人に興味ないし、あいつ」

 なんだいなんだい。一途をかばうのかい。愚痴る相手を間違えたか。

 中学時代からの友達だもんな。そりゃあっちを選ぶよ。どんどん不貞腐れる俺。

「なんだよ、あいつをかばうのか。そりゃそうだよな」

「ちゃんと話してくれなきゃわからないよ。ねえ、何があったの?」

 真剣に見つめられると言葉に詰まる。どこまで話していいのか整理がつかない。

 しょうがないので俺が押し倒したように見えて誤解を招いたことは話した。

 なんで会長のとこにいたのかは教えない。一途のためなんて言えるか?

 それを納得させるには亜人間であることも教えなきゃいけないし。

「――てわけ。勘違いだっつーのに。話も聞かないでいきなり殴るか、普通」

「一途が怒った理由、分かった。由仁は悪くないよ」

「だろ? もうあんなやつは退部だ退部」

「でも一途も悪くない。あいつなりに理由があるから」

「理由なんて知らないし」

「じゃあ由仁はなんでそこいたのか、そうなったのかちゃんと話した?」

「……言ってない。言う前に殴られたし、な」

「だったら一途だって分からないじゃん。お互い様でしょ」

 またお説教されちゃった。俺だって言ってないけど、言えないじゃん。

 あいつだって何をそんなに怒ってるのか言ってくれないんだしさ。

 後から「実はこうでした」なんてキリがない。後付は嫌われるんだぞ。

 けど真純がいやに深刻な顔をしてるからふざけて言い返すことも、できなかった。

「一途は、私のこと色々話した?」

 急に話の方向が変わって驚いたが付き合うことにした。

 あいつからは何ひとつ情報は入ってこない。聞いてもうるさいで一蹴される。

「そう。じゃあ私も勝手に喋らない」

「なんだよそりゃ」

 お互いに秘密を抱えてますって公言されてもこっちにはどうしようもないだろ。

 はーは、もうこれまでかな。俺の青春も。素直に会長に身を捧げちまおうかなー。

 自暴自棄になりたいよ。なんだってこう、うまくいかないんだ。

「二人とも素直になりなよ。ちゃんと話せば分かるから」

「素直にねぇ……。じゃあさ、そういう真純は素直なわけ?」

 この切り返しは予想外だったらしい。彼女は目を丸くして止まってしまった。

 俺たちはまだ知り合って数週間と短い。会話だって部活のこと以外はほとんどしてなかった。

 どうして協力する気になったのか、一緒にやっていて辛くはないのか、とか色々あるでしょ。

 大胆かと思えば繊細だし、不真面目そうに見えて真面目だし。彼女のことがわからない。

 軽い気持ちで訊いただけなんだが真純は苦笑いをしながら頬を掻いた。

「そうだよね。私が素直になれっていうの、変だよね」

「別にそういうわけじゃないけどさ」

「ううん。二人に素直になって欲しいから、私も素直になるよ」

 そういいながらシャツのボタンを外すのはどうかと思います。

 目をそらせなくて、むしろそらしたくなくてがっつり眺めてしまった。

 咄嗟のことだからしょうがないね。真純もなんか楽しそうに笑ってるし。

「ほんと由仁ってエロいよね」

「うっ。し、思春期の男の子なんてこんなもんだ」

「でも隠れてこそこそ見たり、盗撮したり、勘違いしてないから、良いと思う」

「良いの?」

「いつも言ってるじゃん。見るだけならいいよ。だってさ、見て欲しくなかったらこんな格好しないでしょ。」

 イスの上に立ち上がってスカートの裾を持ち上げる。いやん大胆、ってバカ!

 真純が俺に何を伝えたいのか分からず、言われた通りガン見するだけだった。

「でも見てもらいたいからって、触って欲しいわけじゃない。興味ない、知らないってフリしてこっそり見られるのも気持ち悪い。堂々としてくれたほうが嬉しい」

 どきっ。これは非常にまずい。どうやら何かを勘違いされているようだ。

 俺が触ろうとしないのは、股間のアレがあーなっちゃうからで、そんな綺麗な理由じゃない。

 こそこそしないのも派手な見た目が災いしてたいてい一発でバレるからなんだよね。

「私のこと見て、どう思う? 正直に答えて」

「そうだな……ビッチっぽい」

 言っちゃった。一途がいたら殺されてる。……いやそんなやつは知らん。

 俺のバカ正直すぎる一言に真純は腹を抱えて笑っていた。涙を指先で拭ってる。

 決して傷ついたってわけじゃなさそうだ。

「ごめんごめん、そうだよね。自分でも分かってる。こういう格好してるのは、ほんとは自分に自信がないからなんだ。人と喋るのも苦手だし、見られるのも怖いし。けどほら、女の子にだって思春期はあるんだよ?」

「まぁ、あるわな」

「ね。男の子に興味持ち始めても、何もできなくて辛かった。いっそ自分を変えちゃばいいんだって変身してみたの。この格好してるときだけは大胆になれる。それが嬉しいんだ」

 露出狂ってわけじゃなくてよかった。確かに話してみないと分からないことがたくさんある。

 クソ番長にも言われたけど外見がそのまま中身に直結してるわけじゃない。

 けどどうしたって最初は見た目から入るだろ? だからそこにひきずられちゃうんだ。

 それが悪いことだとは思わないけど。それだけなのは悪いことだよな。

「そっか。自信持っていいと思うよ。スタイル良いし、可愛いし、料理もうまいし。男なんてすぐにデキるよ、うん」

「もうバカ。けど、ありがと」

 そうそう。そうやって笑ってるとさ、もっと可愛い。ってあれ、俺……。

 一瞬、時間が止まったような気がした。見つめ合う二人。テーブルひとつ分の距離。

 身を乗り出せば唇を重ねられる。安っぽいホームドラマならここでキス。

 でもお互い触れられないことを分かっていた。苦し紛れに笑って誤魔化す。

「自分を変えちゃうくらい男に興味あるのに、なんで触られるのは嫌なの?」

 この流れで訊くしかないでしょ。相手は俺が触るのを避けているとは思ってないだろうし。

 素直に自分を曝け出してくれた真純だけど、まだひっかかるものがあるらしい。

 口ごもったのを見て俺は慌てて手を振った。

「無理に答えてくれなくていいよ。十分、教えてもらったから」

「ごめんね。私、まだ……」

「いいってば。俺だってさ真純にも、あいつらにも、話してないことたくさんあるし」

「由仁は優しいよね」

「そう?」

「うん。今まではみんなしつこく訊いてくるか、俺は大丈夫だよとかいって無理やり迫ってくるか、どっちかだった。ちゃんと考えてくれるのは、一途だけだったからさ」

 再び良いムードになる。ああこの温かさが、もどかしさが青春なんだ。

 ただ俺は誤解されていることが気になってしかたがない。

 触れないのは血のせいであって俺の意志じゃない。本当は処女でも非処女でも関係なく、付き合ってキスしてヤっちゃいたいだけのバカな思春期のガキなんだよ。

 優しさだなんて、ありがたいもんじゃない。否定したくても、全てを言うのは、怖い。

「あの時も私のことを助けてくれたし。一途と付き合えるのも優しいからだよ、きっと」

「いや、違う、違うよ。真純は誤解してる。俺は、あいつが言うようにただのクソ野郎さ」

 羨望にも似た眼差しが痛い。ナイフとなって心を切り刻む。

 ある意味では思い描いていた展開なのかもしれない。これじゃ純粋さにつけこんでるだけだ。

 きょとんとした真純に本心を話す。俺も素直になるんだ。

「あれはさ、下心があったんだよ。かっこよく助ければ、きゃー素敵抱いてってなるかなって。そんだけ。詳しくは言えないけど、俺もほんとはもっと女の子とイチャイチャしたいんだ。ぶっちゃけできるなら真純を押し倒したいよ?」

「それはダメ、見るだけで我慢して」

 がばっと胸を開いて二つのおちちがこんにちわ。ほんと凄いな、この子は。

 じゃあ遠慮なくと顔を突き出してじっくり見てやったぜ。なぜか笑いあう俺と真純。

 冗談と受け取られたのか、本気だけど受け入れてくれたのか、俺には、分からない。

 ひとつだけ分かったのは俺たち、うまくやっていけそうだってこと。

「本当にクソ野郎だったらもう襲ってるから大丈夫だよ。下心くらい私にだってあるもん」

「え? あるの? なになに、そこんところ詳しく」

「教えてあげない。そんなことよりさ、デザート作ってみたから食べてみてよ」

 真純と語り合ったおかげで沸騰していた血が冷えていくのが分かる。

 結局は彼女の言う通りなんだろう。俺も一途も、自分の気持ちを話してこなかった。

 友達だなんて思っても上っ面で過ごしていたんだ。だから肝心な時に通じ合わない。

 シャクだけど改めて話す必要があるな、こりゃ。

「はい、どうぞ。キャロットケーキ」

「お、うまそう」

 ニンジンは俺の大好物だ。いっただきまーす。

 ん、ん、んぅ!?

「うまぁっい!」

 赤くて柔らかなスポンジ生地が口の中でおしとやかな味に溶けていく。

 刻んだニンジンの果肉が程よいアクセントになっていて、しつこくない甘さを際立たせた。

 俺の知らないニンジンの底力を垣間見た気がする。次から次へ口に運ぶ。止まらないぜ!

「よかった、うまくできたみたいで」

「真純、料理のセンスあるよ。相手が誰だってさ、これなら勝てる!」

「無理だよ。料理部の人たちはプロだもん」

「おいおい、さっき言ってたじゃん。自分を変えるために大胆な格好してるってさ」

 見慣れ始めた真っ赤なブラを指差しながら俺は立ち上がる。

 自信がないからと正反対の自分に変身できるのなら、料理だって同じことができるはずだ。

「だったらさ料理も大胆に行こう。その男を惑わす赤いブラくらい情熱的に!」

「ぷっ、ははは。何いってんの? わけわかんない。エロい、バカみたい」

「みたいじゃない。バカなんだよ、俺は。真純が気づかせてくれた、ありがとう」

「ちょ……やだっ!」

 しまった。感動に背中を押されて真純の手を握ろうとしてしまう。

 触れるか触れないかの刹那。反射的に振り上げられた爪先がテーブルを蹴り上げる。

「おうふ」

 わずかに浮いたテーブルの角が俺の股間にクリーンヒット。

 うう僕もうお婿にいけません。床で悶え苦しむ俺を真純が見下ろしていた。

「だ、大丈夫? ごめんね、急に近づいてくるから」

「いい、いいよ。俺が、悪かった。それに」

「それに?」

「眺めがいい」

 真上には真っ赤な花園~。さすがに変態すぎたのか真純はささっと逃げ出した。

 相手の好意に甘えてちゃいけないよね。自制自制。

「う、うう。よし、料理はベジタブルカレーとキャロットケーキに、しよう」

 まるで何事もなかったかのように装って立ち上がってみる。ダメだ、ふらつくぜ。

「衣装はどう?」

「多千夏に邪魔されてるけど、間に合いそうだよ」

「そういやあいつなにしてるんだ?」

「……さあ?」

 おや、いわくありげな首の傾げ方。ちょっとして俺の知らない裏で何か動いている?

 まあいない奴らのことを考えるのはよそう。問題はこれからだ。

 勢い余って退部にしちゃったバカと話をつけなきゃ。

 こんな形で終わりにしたくない。喧嘩別れするにしてもはっきりさせよう。

 決意が顔に表れていたのか真純が小さくガッツポーズを見せた。

「しっかりね。仲直りしてよ?」

「ああ。部活を守るために」

「まったく、素直じゃないんだから」

「俺たちみんなだろ?」

「はは、そうかも」

 俺たちは後片付けをして調理室を後にした。ひとまず部屋に帰ろう。


☆ ☆ ☆


「ただいま~っと、誰もいないんだっけ」

 いつのまにか二人がいることに慣れてしまってたな。

 一人用の部屋なのにやけに広々と感じちまう。

 カバンをベッドに放り投げてお気に入りの座椅子に腰をおろした。

 占領されっぱなしだった安楽の地が帰ってきたのに心模様は大荒れ。暴風警報だ。

 ぼんやりしているとがたっと押入れから物音が聞こえた。

 何か崩れたのだろうか。そういや何入れてたっけ。

「にぃ、にぃゃぁ~」

「な~んだ猫か。ってんなわけあるかーい」

 間延びした声にツッコミながら襖オープン!

 丸くなった多千夏が転がり出した。三回転目の途中でベッドの縁に激突。

「あいったぁ」

「人の部屋で何やってんの、お前」

 仰向けで揺れている多千夏の首根っこを捕まえて起き上がらせてやった。

 器用に肉厚なケツを動かして方向転換。俺を見ながら振り子のように上下に揺れる。

「考え事してましたー」

「自分の部屋でやれ」

「えへへ。だってさ……なんか、寂しいじゃん。最近、一途くん来てくれないし」

 妄想のネタに飢えてるのか。えらく乙女チックな顔をしている。

 両足をぎゅっと抱えている姿は幼さ倍増。もったいないよな、可愛いのに。

 なんかいじらくして指先で額を恥じてやった。ぎにゃっと叫んで後ろに転がる。

「邪魔なのが減ってせいせいしてるよ」

「またまた。本当は寂しいくっせにー。私の目は誤魔化せませんゾ」

 反動を利用して起き上がった多千夏はにやにやしている。

 俺が言い返すのを期待してる目だ。しかしそうはいかないぜ。

 なんたって素直になることにしたんだ。ありのままの感情を吐いてやる。

「そうだな。正直、寂しいわ」

「おおお!? ついに自分の気持ちに気づいたんですね。こ、こここれは」

「ちげーよ。お前と一途が揃ってないと、物足りないってこと。そうだろ?」

 告白っぽい言い方に多千夏は頬を赤らめながらもこくりと頷いてくれた。

 なんだかんだ、三人揃ってバカやってるときが一番楽しかったんだ。今までは当たり前に感じていたけど、これって意外と、ラッキーなんだよな。

 そこに今はもう一人、真純が加わってる。俺はみんなといるのが好きなんだ。

 多千夏が俺の部屋に隠れてたのも、全員が集まるのを待ってたんだろう。涎ついてんぞ。

「お前は何やってんだ。姿見せなかったけど」

「由仁くんと二人きりになったら襲われそうなんだもーん」

「ああん、襲われたいのか?」

「いやぁーエッチーへんたーい!」

 こいつどんな体してんだ。膝抱えたまま横に転がって逃げていったぞ。ボールか!

 いつもならここで一途がうるさいと多千夏を蹴り出すところなんだが、な。

 転がりっぱなしの多千夏はガラス戸にぶつかって跳ね返った。

「やっぱ、寂しいね」

「……そうだな」

「私ね、一途くんが何してるのか調べてたんだ」

「へえ。それで?」

「わからなかった。逃げるの早いんだもん」

 さすが毎日ビッチの魔の手から逃げ延びているだけはあるな。

「お前はよくやったよ。よーしよし」

「もー子供扱いしないで~」

 くしゃくしゃに頭を撫でるとまたも転がり出した。立ち直ったときには髪型も元通り。

 これから一途と腹を割って話すなら、多千夏と話しておくことも必要だよな。

 俺ら三人は一緒にやってきたんだからさ。何気なさを装って訊いてみよう。

「なあ、多千夏。お前はなんで、俺らと一緒にいるんだ?」

「急にどうしたの? 変な由仁くーん」

「オカズにするだけなら、一緒にいなくたって出来そうだし。なんでかなって」

「私、邪魔?」

 しゅんとうなだれてしまったのでデコピン一発。そういうことをいうんじゃない。

 あいたたたと額をおさえながらぶーと頬を膨らませている。その頬をずぶり。

「邪魔だったらとっくに追い出してるよ。ただ気になっただけだ。言いたくないならいいよ」

「べぶにいいたくないわけじゃないぼー」

 喋りにくそうだから頬を刺すのをやめてやった。相変わらず落ち着かずに揺れ動いている。

「由仁くんと一途くんが声をかけてくれたときさ。いつもみたいに妄想全開だったでしょ?」

「ああ、びっくりしたよ。急に俺と一途が抱き合いはじめてんだもん」

「へへへ。知らない人の前では我慢してるんだけど、ついうっかり。でもさ、二人とも本気では怒らないし、嫌な顔してないし、受け流してくれたじゃん。この人たちとなら一緒にいても、自分のままでいられるかなって、思ったんだ」

「あんな一瞬で分かったのか?」

「女の勘は鋭いんですぞー。例えば……ぐひひ、やーめとこ」

「なんだよ、気になるだろ。言えっ」

 照れ隠しもあって腕を伸ばしたがするりと下を潜って背後を取られた。

 むむむ、すばしっこいやつ。ならばこちらも反転してそこだっくそっ、逃げられたっ。

 ベッドに飛び乗った多千夏も心なしか恥ずかしそうにはにかんでる。

 本音を言うのに慣れてないんだろうな。俺だってそうさ。

 自分を曝け出せば嫌われる。それが当たり前だった。俺は普通の人間だって思いこんで、振舞うことでどうにか綱渡りをしてきた。けどさ、どこかで限界は来る。

 りりさみたいに血に負けてひたすら処女を求める変態になったって不思議じゃないんだ。

 平気なうちに、伝えておくべきなのかもしれない。まあ、遠まわしに、ね。

「じゃあさ、もしも、もしもだけど」

「もし?」

「俺が、実は人間じゃない、っていったらどうする?」

 言っちゃった。ほら、きょとんとしてる。妄想全開の多千夏だってついてこれないんだ。

 やっぱ今のなしと言おうとしたが先に多千夏がえらく真面目な顔で言う。

「どうもしないよ」

「……しないの? だって人間じゃないんだぜ」

「由仁くんが由仁くんなら同じじゃん。夜な夜な人を食べてるんだゾーとか言われちゃったら、逃げ出すけどさ。そうなの? 私も食べられちゃうの!?」

「いやいや、んなことはしないし。多分、お前には影響ないけど。でも」

「ならいいじゃん! 私は由仁くんと一途くんといると楽しいよ? あ、もちろん、真純ちゃんも! 真純ちゃんね~、やらしい体してるんですよぉ、これがぁ。この前なんてねぇ」

 俺と一途のトゥルーラブストリーなら聞き慣れたが真純の話はマズイ。

 生々しすぎる。俺には毒だ。すかさず多千夏の口を塞いで床に放り投げてやった。

「ええいやめろやめろ。一途が聞いたらキレんぞ」

「ぶー。一途くんいないじゃん」

 そうだよ、なんであいつはいないんだ。やっぱダメだろ、こんなの。

 よっしゃこの勢いで一途ともケリつけてやんよ。しゅっしゅ。

 突然シャドーボクシングをした俺をぽかーんと見上げる多千夏の手を引っ張る。

「なになに、どうしたの!? やっぱり由仁くんは野獣だったんだ! 食べられちゃうよぉ~」

「一途んとこいくぞ。話をつける」

「おほっ。ついに乗り込んじゃうんですね! 今日の由仁くんは一段と過激ですな。よし、私がちゃんと見届けてあげますゾ。思う存分くんずほぐれずアッーしてください!」

 俺は多千夏を急き立てて四階の端にある一途の部屋に向かった。善は急げだろ?


☆ ☆ ☆


 ぴんぽーん。ぴんぽぴんぽーん。

「一途くん、いないのかな」

「あいつに行く場所なんかねーだろ。居留守だな」

 我ながら酷い言い切りである。しかし事実だから許されるのだ。

 ぴんぽぴんぴんぴんぽーん。これだけ連打してもでてこない気か。ご近所迷惑だぞ。

 だったら強硬手段だ。暗証番号を入力している途中でドアが開いた。

 半開きの隙間から覗くけだるそうな目。無言で閉めようとしたから指を捻じ込む。

「帰れ」

「話を聞け」

「めんどい」

「こじあけんぞ」

「ひゅーひゅーお熱いことで、お二人さぁ~ん」

 接戦の攻防に終止符を打つために切り札をポケットから取り出す。

「これを返しに来てやったんだから、い、れ、ろ!」

「たく、うるせーな」

 ヴィアのアルバムをドアに叩きつけようとしたところで一途が諦めた。

 嫌々という態度を隠しもせず先に奥に消える。俺は一緒に入ろうとした多千夏を止めた。

「お前は待っててくれ。二人きりで話をしてくる」

「ふぇっ!? 二人っきりで甘い時間を過ごすの!? ずるいずるい、私にもみーせーてー」

「あとで感想をたっぷり聞かせてやるから。ここで妄想してろ。今日は何でも許す」

「マジっすか!? じゃあねじゃあね、そうだなぁ、由仁くんが王子様で、一途くんがお姫様。いやいや逆も捨てがたいですな。あえて真純ちゃんを――」

 スイッチが切り替わって現実が目に入らなくなったのをいいことにドアの外に置き去り。

 一途の部屋はとびきりにぶっ飛んでいた。天井と壁一面に貼られたアニメキャラのポスターポスターカレンダー。本棚には背表紙で分かるエロ同人から少年漫画まで幅広く完備。下段にはお気に入りのアニメ作品のDVDやブルーレイが目白押しだ。

 床には布団が敷きっぱなし。うわ、くっせーなこれ。

 ヴィアの全身イラストが描かれた等身大の抱き枕が壁に立てかけてあった。

 この現状をビッチどもに見せてやりたいね。それでもこいつを愛せるのだろうか?

 勉強机を占領するデスクトップパソコンの壁紙も当然の如くヴィアだ。

 己を隠さない姿勢は驚嘆に値するぜ。だったらもっと、素直になれよな。

「話ってなんだよ。つーかまず返せ」

 一途は俺に完敗したのがよほど悔しいのか、ストリートマスター7の練習をしていたようだ。

 ふふん。よろしい。なれば手ほどきをして進ぜよう。

 コントローラーを奪い取ってリセット。2P対戦モードに切り替えた。

「話が終わったら返してやるよ。それか俺に勝ち越せたらな」

「なめんなよ。猛特訓の成果を見せてやる」

 部活サボってた理由がこれの特訓だったら、そんときは絶交だかんな。

 俺が選んだのは大柄なレスラーキャラ。扱いが難しい分、攻撃力が高い玄人向け。

 一途は主人公の空手家。初心者にも扱いやすく、バランスは良いが決めてに欠けた。

 らうんどわん、ふぁいっ。

 ろくに必殺技も出せなかった一途の先制攻撃。気を練り出して打ち出す波動弾だ。

 見てからジャンプ回避余裕でした。見計らったように飛んでくる昇虎脚。むむ、やりおる。

 ちらりと横目で一途を見ると、どうだみたことかと得意気だ。ふん、それもこれまでだ。

 隙を見て大技入力ッ。レスラーが空手家の脚を掴んでジャイアントスイング。

 レバーを回転させた数だけ威力があがる。一気に半分ほどゲージを削って逆転に成功だ!

「お前、なんで処女厨なの?」

「人のお古なんて嫌だろ。クソッ、壁にハメんな」

「ウソつけ。それだけであんなビッチビッチ言うやつがいるか」

「せーな、大きなお世話だ。お前だって処女厨だろ。先に言ったら教えてやるよ、おらっ」

 ほうほう相当練習したらしいな。超必殺技まで出せるようになったか。

 だがこのゲームはここから始まる。超必殺技だけを回避できる超回避コマンド入力!

 レスラーが空手家に飛びついた。巨大な波動弾をくぐりぬけて。

 カウンターのパワーボムが炸裂して1PWIN。俺の勝ちだ。

 コントローラーを投げ出さないあたりにも進歩が見える。インターバルを置いて二戦目。

「実は俺さ、人間じゃないんだ。ユニコーンの血を引く、亜人間っていう種族なんだ」

 ゲームに夢中なのかあえて無視しているのか、一途は何も答えない。

 勝手に話を進めた。お、二段蹴りからの波動弾のコンビネーションか、やるやん。

「触れるだけで女の子が処女か非処女か分かるんだ。んでさ、相手が非処女だと、その、なんだ、アレが角になっちまうんだよ。ユニコーンが何かは、わかるよな?」

「ああ。処女厨の馬な。ゲームでもよく出てくる。癒しの能力があることが多い」

「そうそう。だから俺も傷の治りが早い。ほんとのユニコーンは非処女に触れると凶暴になって刺し殺しちゃうんだぜ? ま、俺はそこまでしないけどな。この血のせいで、俺は処女厨にならざるをえなかったんだ。別に、非処女が嫌いなわけじゃない」

「めんどくせー体してんな」

 え? それだけ? ほかに言うことないの?

 もっとこうさ、驚くとか、ひくとか、色々リアクションあると思うんだ、俺。

 あんまりにあっさりした反応で手が止まっちゃったよ。その間に容赦なくスーパーコンボを叩き込まれて2PWIN。一対一に持ち込まれた。

 一途はスタートボタンを押してから俺に向き直った。やだ、真顔。

「俺も人間じゃない。魔界から来た王子なんだ。黙っていて悪かった」

「……はあ?」

 なんだ急に。これが噂の厨二病か。教室の隅っこで『ふふふ、ついに左手の封印を解くときが来たか』とかいって腕に巻いた包帯を取るタイプだ。うわー怖いよー。

 あっけに取られていると一途はいつになく真剣な顔で続ける。

「魔界の掟で俺は処女としか結ばれちゃいけないんだ。だから、ああして振舞っている。ビッチどもに期待を持たせないためにな。お前が、同じ人外だとは思わなかった」

「ああ、そうだなってふざけてんのかお前!?」

「自分はユニコーンだとか宣言するやつに言われたくねーわ」

 うむ、確かに。ごく当たり前の反応だ。ぐうの音も出なかった。どうしよ、これから。

 やっぱりダメだったか。本当のことを言っても信じてもらえないんじゃ意味ないんだよ……。

「あー分かった分かった。教えてやるよ。んな顔するな、気味が悪い」

 こんなときどんな顔すればいいかわからないの。って感じの顔してたのかな?

 一途はお茶で喉を潤してから一呼吸。覚悟を決めてくれたらしい。

「俺が処女厨になったのは、女に犯されたからだ」

 え、なに、それ。目が点になる。思わぬ方向に話が進み出しているぞ。

「中二のとき、俺は憧れの先輩と付き合ってた。相手は高校生のお姉さん。神座中央学園は一貫校だからな、知り合うきっかけもあったんだよ。優しくてかっこいい人だった。俺は、彼女が大好きだった。俺は、な」

 過ぎ去り日を瞼に浮かべているのか、目を閉じてお茶をごくり。俺もツバをごくり。

「彼女は違った。俺がかっこよくて一番目立ってたから選んだそうだ。自分がより注目されるために。経験豊富な人で、遊び半分に襲われた。そのまま、初体験だよ。なあ、由仁、間違っていたら言ってくれ。好きな人に遊ばれて奪われることが、楽しいことだと思うか?」

「……思わないな」

 ああ、心の底から同意するよ。俺も最近、同じ目に遭ったから。

 だから止めたかったんだ。同じ苦しみを経験しないように。なのに、もうしてたのかよ。

 尚更許せない。絶対に何がなんでもりりさには近づけさせない。今決意が固まった。

「だろ。それ以来、俺はこの容姿に寄ってくる連中をビッチだと決めつけた。穢れのない処女しか愛さないと誓ったのさ。二次元はいいぞ、由仁、裏切られない」

 作者都合で裏切られた過去はなかったことにしてるんだ、分かった、合わせよう。

 真純がちゃんと話し合えといった理由が分かった。こんなこと他人からは聞けないよ。

 ただアニメにハマったがゆえに処女厨になった痛い奴だと思っていた自分が憎らしいぜ。

「この前は殴って悪かった。お前が会長を襲ってるのかと思ってさ。あの怖さや辛さが分かってるからな、許せなかったんだよ。お前がそんなこと、できるわけねーのにな」

「いや、いいんだ。俺もよく知らないで、バカにして、ほんと、ごめん」

「男二人で何話してんだか、あー気持ち悪い」

 ごもっとも。俺らは最後の一ラウンドを無言でプレイした。

 繰り出される拳、吹き抜ける蹴り、飛び散る汗、激しくぶつかる筋肉。

 カチャカチャとボタンを叩く音が、レバーを弾く音が、繰り返されるだけの部屋。

 お互い、自分を曝け出した。でも関係に変わりはない。それが友達だ。

 だから言わなきゃいけない。清純院りりさの真実を。

 ゲージはともにあとわずか。レスラーのラリアットの尖端が空手家をかすめ、波動弾がレスラーの肉体を揺さぶる。同時にゲージゼロ。DRAWの文字が大きく映る。

 引き分けの場合、もう一戦あるんだが一途はあえて電源を落とした。

「今回は引き分けってことにしてやるよ」

「続けりゃお前が負けるからな」

「よくいうぜ。で、結局お前は何を話したかったんだ?」

 本番だ。覚悟を決めろ、長角由仁。素直になって話し合った。今しかチャンスはない。

 深呼吸をして一途の目を覗き込む。逃げずに見つめ返してきた。言え、真実を。

「亜人間ってのは他にもいるんだよ、この学園にも」

「ほー。あれか実は多千夏が妖怪妄想流しとか」

「真面目な話だ。これは残酷な話だから、心を平静に保て」

 いち、に、さん、はいっ。

「清純院りりさも亜人間だ。リリスの血を引いている。超が付くド淫乱ビッチなんだ」

「……悪ふざけもたいがいにしろよ、由仁」

「ふざけてない。本気だ。俺は襲われたんだよ、会長に。お前も――」

「そんなわけあるかぁぁぁぁ!」

 はいはい知ってましたよこうなるってな。そのストレートは見切ってるんだよ。

 結局男同士は拳で語り合ってなんぼなんじゃい。今日ばかりはやり返させてもらうぜ!

「ほんとなんだ。目をそむけるな! トラウマ再発してもいいのかよ!?」

「あんな清楚な人が淫乱委員長なわけがない!」

「目を覚ませってんだよ!」

 なんだその売れなさそうなライトノベルのタイトル! 危ない、二発目も回避。

 胸に飛び込んで鳩尾に一発。そのまま一途を押し倒す。多千夏が見たら発狂するな、これ。

「あんだけビッチビッチいっておいて、なあんで会長にだけ騙されてるんだよ。正気に戻れ!」

「黙れ黙れ黙れ! りりさはそんなんじゃない。俺は分かってるだ」

「もう名前で呼ぶ仲かよ!? お前のためを思えばぐふっ」

 突き上げられた膝が股間にダイレクトアタック。俺のライフポイントはもうゼロよ。

 ぐったりした俺を押し退けて一途が立ち上がる。目が血走っていて怖い。

 りりさの魔力が効いているのか何を言っても聞耳を持たなさそうだ。

 それでも俺はこいつを止めなきゃならない。じゃなきゃこいつは壊れてしまう。

「お前、さっき言ってただろ。二次元は裏切らないって。なのに、てめえは、二次元を裏切るのか!? 愛した嫁たちを裏切れるのか!? ええ、どうなんだよ。ちょっと見た目清楚な女が現れたからって、ポイって捨てる程度の愛だったのかよ、一途!」

 すかさず足払いをかけて一途を床に倒す。股間を抑えながら俺は抱き枕を手に取った。

 ヴィアの顔を一途のほうに向けて抱き枕を突き出す。さあ見ろ、お前の嫁を!

「お前が本当に会長のことが好きで、会長が本当にお前のことを好きなら、俺だって邪魔なんかしない。でも、このままいけばお前は食われるだけだぞ。満足か、それで。満足ならこの抱き枕を引き裂け。ポスターを破ってみせろ。お前の愛は、どこにある!?」

「う、うう……離せ。汚い手で俺のヴィアちゃんに触れるな」

「なんだ、どっちもなんて逃げ道はないぞ。三次元か二次元、選ぶのはお前だ」

 もはやどうなるのか自分でも分からない。

 一途の目を覚まさせるには二次元しかないって最初から考えてはいたが。

 こんな形になるとは想定していなかったね。まあでも効果はバツグンのようだ。

 毒にでもやられたように一途は喉を掻き毟りながら葛藤している。

 このバカの目が眩んでいるのがりりさの魔力だとするなら、打ち勝てるだけの精神力があるはずだ。あんだけ我が強いんだ、負けるなんて認めないぞ。

 均衡した状態を保ってもしょーがないので俺は抱き枕とCDを一途に投げつけた。

「もう一度言う。よく考えろ。本気ならいい。じゃないなら、お前のためだ、やめろ」

「……せーよ、帰れ」

「帰ってやるよ。あとさ、たまにでいいから、顔出せよ。多千夏も……俺も寂しいから」

「キモイぞ」

「分かってる。けど静かだと落ち着かないんだ。じゃあな、魔界の王子様」

「二度と来るな、バカユニコーン」

 ふぅ、すっきりした。言いたいことは全部言ったぞ……言葉は変だったけど。

 躊躇ってるように見えたし、あとはあいつの強さに賭けるしかない。

 正直言えばこれが一途のためなのかもわかんねーよ。俺のひとりよがりかも。

 なんもしないで見過ごすよりはマシって思っただけだ。それで、いいんだ。

 部屋を出るとぐるぐる回っていた多千夏がぴたりと止まった。バレエダンサーにでもなれ。

「ど、どうだった? 外まで怒声が聞こえていたよ。激しくギシアン?」

「バカか」

「俺はユニコーンだとか、俺は魔界の王子様だとか、だだもれでしたぜ、旦那」

 くふふと掌で口を押さえて目を細めて笑うんじゃない。やらしいぞ。

 右見て左見て、よし誰もいない。

「いいか、俺と一途のためだ。口外は、なしだ。いいな?」

「だいじょーぶ! 私が言ったってまたいつもの妄想か、で終わるよ」

「なるほど。一理ある」

 ぽんと手を打った。多千夏の言うことを信じるやつなんて誰もいないか。

 なんて呟いたものだから膨れてしまった。自分で撒いた種を刈り込んだのはお前だろ。

「で、で、で、どうなった?」

「さあな。言いたいことは言った。なるようになれ、だ」

「そっかぁ。一途くん戻ってきてくれるといいなー」

「あいつが帰ってくる場所を守るためにも、頑張るぞ」

「うん。私もメイド服着て、がんばる!」

「その意気だ。さ、帰ろう」

「おー!」

 困難は乗り越えられれば絆になる。どうだ、カッコイイだろ?

 それに気づかせてくれた真純には感謝しきれないな。

 いつか、彼女にも真実を伝えたい。でもまだ、できそうにはないな。

 バカ二人はバカだから真に受けてるのかどうかすら分からないし。

 付き合いも、多少あるからな。言っても平気かなって思えていたんだ。

 きっと協力しあって生徒会、いや、清純院りりさの野望を打ち砕けた日には。

 本当のことを洗いざらいぶちまける勇気が出ているだろう。

 ちゃんと居場所を守りきれたらな。よっしゃ、頑張るぞ、えいえいおー!

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