そのさん.血は災いの元

 ドアノブを掴んだ瞬間、キュピーンと俺は勘づいた。

 奴らがいる……!

 頻繁に忍びこまれるもんだから空気で察せられるようになったぜ、ふふん。

 何の自慢にもならないことは忘れつつ部屋の中へ。

 我が物顔でリビングに並んで座っている。結婚を申し込みに来たカップルみたい。

 喧嘩していることを思い出して不機嫌な顔をして向かいに座る。

「お、おかえり!」

「ただいま……じゃねえよ。なんの用だ」

 多千夏が精一杯の笑みを浮かべて愛らしく言うが一刀両断!

 もはやこいつは女子のカテゴリに存在せず。変人のカテゴリにいるだけだ。

 ノリツッコミしちゃうのは本能みたいなもんだから置いておこう。

 せっかく話すチャンスをあげてるのに切り出そうとしないから俺がやってやるか。

「少しは反省でもして謝りに来たのか? 遊びに来たんなら、帰れ」

 ビシッと決めないとまーたつけあがるからな。ここは横柄なくらいがちょうどいいのさ。

 いつもならくってかかる一途が不貞腐れながらうつむいている。おや様子がおかしい。

 恒例の妄想を披露もせず黙ってもじもじしている多千夏というのも珍しいものだ。

 ひょっとしてこれは?

「あーっ、俺が悪かったよ。大事な日にサボってごめん」

「私も! その、知らない人たちと会うのが、怖いなーって……逃げました、ごめんなさい」

「お、おう」

 ふくれっ面なのは可愛くないが一途がしっかりと頭を下げているじゃあ~りませんか!

 これはスクープ映像だ。あのわがままが服を着て歩いている一途が謝るなんて。永久保存したいくらいだが、ぐぐっと堪える。空気を読め、空気を。

 多千夏もしおらしく真ん丸の顔を下げていた。裏があるような気がしてならない。

 押入れから『どっきり大成功!』の看板を持ったおっさんが飛び出すとか。

 じーっと見つめてみたがその気配なし。二人は目配せをする。

「真純に叱られたんだよ。何があったか知らないけど、ちゃんと話せってさ。多千夏も気にしてたから、二人で話し合ってたんだ」

「俺の部屋で?」

「うん。私も一途くんも、本当は園芸部が廃部になったら困るんだ。由仁くんに言われた通りだよ。ほかじゃ多分、うまくやってけない」

「だから真面目に部活を守ることにした。真純のこともあるしな」

「そうそう! ここは私たちの居場所だもんねぇ~!」

「いやここは俺の部屋だから。部室じゃないから」

「え? 部室だろ?」

「ねー、部室だよねー」

 ははあん。通りで自分勝手に入ってくれるわけだ。

 部員ならオッケーみたいなこと考えていたと。そりゃ園芸部に部室はないけどさ。

 俺は許可した覚えがないぞ! さっそく一途は背中を向けてストリートマスター7をプレイし始めるし、多千夏はめくるめく妄想を語りだしているし。

 反省したのかしてないのかどっちだ。

「まあ、分かってくれたならよかったよ。俺も、強く言いすぎた。ごめんな」

「わかればよろしい」

「あの激しい由仁くんも捨てがたかったですゾ。いざというときは烈火のごとく攻め立てるわけですな。そうやって二人は汗だくの夜のバトルを~」

「お前を攻めてやろうか」

「にゃあ!?」

 自分を抱きしめながら悶えている多千夏の唇間近まで急速接近!

 悪ふざけのつもりが基本、男を恋愛対象に見てない多千夏の防衛本能にひっかかる。

 長く伸びた爪が目元にぐさり。悲鳴をあげれず悶絶する。やばい刺さった。

 突然の行動に驚いたのか多千夏は目を丸くして壁際まで逃げている。さすがに俊敏だ。

「くそっ、お前らやっぱ反省してないだろ。帰れ、帰っちまえ!」

「んだよ。考えるのは部長の仕事だ。俺らは手伝うだけ。な、多千夏」

「うんうん。園芸部のこと、なんも分からないし。由仁くんに任せまーす」

 なんで偉そうなんだこいつらは。幸先は不安だがひとまずは、これでいいか。

 結局三人とも素直じゃないんだ。ほかの部活や委員会に入るのがイヤだってだけじゃない。

 こうやって揃ってバカやってんのが楽しいから、諦められないんだよな。

 けどこれも真純のおかげか。後でちゃんとお礼を言わなきゃ。

 その前にまずやるべきことをやっておこう。二つの部活が存続するために。

 一途からコントローラーをひったくって電源オフ。レベル3のCPUに苦戦するようじゃ俺は超えられないぜ?

「なにすんだよ」

「部活を守るんだろ。まずはちゃんと話を聞け」

「じゃあ私、お茶とお菓子用意するね~」

「おう、ありがと」

 意外と気が利くじゃんと思ったら俺のジュースと俺のお菓子を分けて並べてきた。

 買出しに行くとかお詫びの印に用意しておくって優しさはないと、メモメモ。

 改めてテーブルを三人で囲み、真純に提案した俺のプランを話した。

「というわけだから、協力して料理を出そうと思う。素晴らしいアイディアだろ」

「俺、インスタントラーメンくらいしか作れないぞ」

「私はお菓子くらいなら作れる~。女の子に配るためによくクッキー焼いているんだ。ぐふふ」

「下心丸見えじゃねえか。だいたいお前らに作れなんて頼まないわ。こっちには家庭部の部長がいんだぞ。真純がやってくれる」

「おいずいぶん気安いな。お前まさか……」

 一途が得意の早とちりで沸点があがっているから肩を抑えて落ち着かせた。

 いつも通り勘違いした多千夏がごろんと転がり足をバタつかせる。当たってるだけど。

「何もねえよ。部活を守るためさ。園芸部は自分たちで――というか俺が作った野菜を提供することと、あとはまあ、宣伝とか料理を提供する場所探しとか、そういうことをやる。料理を任せちゃう分、他のことはやらないとな。料理の手伝いもできるんならやるつもりだ」

「はーかったりー」

「手伝うっていっただろ」

 天井を見上げてだらだらする一途に軽く言いながら内心で悪魔が嗤う。

 ふふふ。お前にはもっと嫌がる、だが欠かせない役目を担ってもらうのだよ、くふふ。

 ここで伝えても揉めるだけなので話が進むまではカギをかけてしまっておこうっと。

「今度真純が料理を作ってくれることになってるから、みんなで味見をしてやるかどうか決めよう。連絡係は、一途、頼むぞ」

「お前に連絡先を教えるよりはマシだな。真純はお前にはもったいない」

「真純さんかー。どんな子かな~。楽しみですなぁ、ふひっ」

 不気味な笑い声に一途の目が伊達眼鏡の奥で細くなる。あれは狩人の目だ。

 多千夏は妄想するなら男同士、リアルには女同士が好きなので要注意。

 どんな女の子がタイプかは知らないが見るからに雑食だからなぁ、こいつ。

 まあ一途が見張っているうちはきっと大丈夫だろう。話を進めるぜ。

「当日は早めに集まって収穫するからジャージな。軍手は用意してやるよ」

「は? なんで俺が土弄りなんか」

「弄るなら由仁の体に限るって? きゃー、繊細な手つきであんなところやこーんなところを隈なく撫で回して弄ってナニがナニしちゃうんですねぇ~」

「暴れんならベッドの上でやれ」

 このままではテーブルが蹴り飛ばされる。俺と一途の足へのダメージも深刻だ。

 ベッドを指差すとそこだけは素直に従ってベッドに飛び乗り、妄想再開。

「守る気になったんだろ。ちゃんと活動してるって証明するのが大事なんだよ」

「へいへい。分かりました。もう話は終わりだろ? 終わりな。よし、これで勝負しろ」

 一途がマイバックから取り出したのはぽよぽよと言う落ち物パズルゲーだった。

 丸々太ったぽよんぽよんの六色のスライムが落ちてきて、それを回転させながら並べ、列を作るとコンボとなって消えていく。格闘ゲームで勝てないからとゲームを変えたか。

「しゃーないな、付き合ってやるよ」

 自慢気な一途に乗せられたフリをして渋々やりますオーラでコントローラーを握る。

 だが残念だった。俺はこのゲーム、かなーりやりこんでるんですわ。


☆ ☆ ☆


 あくる日。初めて部員全員がゆにふぁーむに集まった。俺は今、猛烈に感動している!

 前回のサボりで懲りたのか二人とも時間通りにジャージで着ている。望んでいたのはコレだ。

「よし、じゃあ収穫するぞ。本番にも使うから獲りすぎるな」

「かったるい。昨日録画したアニメ見たい」

「結構ニンジンって大きいね。ねえねえ一途くん、見てみて」

「ただのニンジンだろ」

「由仁くんのアレとどっちが」

「真面目にやれい」

 コソコソ喋っても全部筒抜けだっつーの。ざるで多千夏の頭をぱこーん。

 だらだらと他愛もないことで盛り上がりつつ収穫完了。ニンジンやほうれん草にタマネギなどなど。色艶もよく匂いもいい。これなら満足できる出来だ。

「生で食べてみるか? うまいぞ」

「いらね」

「遠慮しまーす」

 終わるや否やあいつらはさっさとビニールハウスから出て行った。薄情者!

 獲れたての野菜で山盛りのかごを脇に抱えながら待ち合わせの場所に向かった。

 真純は家庭科の生徒なんだが、呼び出されたのは普通科一階の片隅にある調理室。

 あのクソ番長と遭遇したトイレの傍だ。なんでもここは普通科生徒用のモノらしいが、使われなくなって放置されてるんだとか。たまに空きがないとき家庭科の生徒が使うんだってよ。

 ドアを開けて中に入るとすでにスパイスの刺激的な匂いが漂っている。

「お待たせ」

「軽々しいんだよ」

 ざるを掲げて見せただけなのに一途に頭を叩かれた。理不尽だ。さては嫉妬だな?

 俺らの背中に隠れていた多千夏がひょこと顔だけを出す。

「はじめまして。園芸部の部員、百合多千夏でーす」

「三稜草、真純、です。……なんでいるの」

「お目付け役だ。こいつがお前を襲わないようにな」

「襲うわけないだろいい加減にしろ」

「あっ、でもこの前」

「なにぃっ!?」

 咄嗟に伸びてきた手を避けそこねて胸倉を掴まれた。ぐ、ぐるじい。

 確かに悲鳴はあげられたけど襲ったわけじゃないのに。誤解だ、冤罪だ、誰かたずげでー。

「ちょっと一途、冗談だってば。何もされてひゃっ」

「ほほう、ほほう。これはまたいい具合ですなあ」

 真純の悲鳴に即座に反応。一途は俺を投げ捨てて振り返った。

 ああ、それはまずいって多千夏。こう熱くなっちゃいけない部分が熱くなるよ?

 あいつときたらすばしっこく彼女の後ろをとって、男子の夢が詰まった二つのふくらみをがっしり鷲掴み。激しくもみもみもみもみもみもみ。代わってくれ。

 胸元をあけているせいでじかにヤられてるからね。どんどん顔が紅潮してきてる。

 段々手つきが怪しくなってきて真純からいやらしい声が漏れ出したところで一途がぷっつん。

「なあああにしてんだごるぁぁぁっ!」

「スキンシップをひとつ」

「そうかそうか。だったらてめえにもやってやろう」

 鬼の形相の一途に迫られてたまらず多千夏は逃げ出した。しかし、回りこまれてしまった!

 バカがバカしているうちにその場にへたれこんだ彼女に近づいてみる。

 ばっと赤らんだ顔をあげて後ずさり。エプロンをつけてるせいで履いてないみたいだ。

「だだだ大丈夫だから。近づかないでぃ」

「悪いけどあいつ、あんなんだから気をつけてよ」

「う、うん。ちょっと、驚いた」

 俺が渡したざるを受け取りながら真純は立ち上がった。ううん、エプロン姿っていいよね?

 大きな胸は収まりきらず上側が見えちゃってるしさ。スカートが隠れてちょっとした裸風。

 男子の性で鼻の下が伸びていたのか、真純から爆弾発言を投下される。

「裸エプロンのほうがイイ?」

「男の夢だよね……あ、その、これは、えー」

「多千夏をシバいたら次はてめえの番だぞ、由仁」

 ぞぞぞぞぞ。真後ろに死神がいる。今鎌が首に当てられちゃってる。

 言い出したのは彼女のほうだってことをこの死神は考えないらしい。既に教室の外に逃げ出した多千夏を追いかけて走り去っていった。また二人きりか。

「真純さ、そういうのやめたほうがいいんじゃない。あいつ、キレるし」

「一途は一途、私は私。なにしたっていいでしょ」

 いいようなわるいような? いややっぱりお願いします。

 俺に背中を向けて野菜を調理台に置いて吟味する姿、イイ。

 無駄にこうお尻がクイッとあがっていて非常にヤラシー姿になっています、はい。

 知っていてやってんだからとんだビッチだぜ。おっとこれは黙っておこう。

 やることがなくて適当に座って真純の作業を眺めていた。

「しばらくかかるから、由仁もどっか行ってれば?」

「いいよ。アテないし」

「ふーん……。ほんとは私のお尻とか胸とか、見てるんでしょ」

「バッ、バカッだなー。これから協力する部活同士ですね、交流を深めようと……」

「見るだけなら、いいよ。でも邪魔しないでね」

 どうしてこの子は見せたがるというか、むしろ見ろぐらいの勢いなんだろう。

 男ってのはさ、恥らっている子が垣間見せるエロさにぐっとくるもんじゃん。おおっぴらに見せられちゃったら、それはそれで物足りないよ。もちろん見るけど?

 ぼんやり観察していたけど真純の手際はかなりよかった。

 ちゃんと時間の管理が出来ていて無駄がない。良い意味で流れ作業。

 ニンジンのかつらむきもお手の物。そういやちゃんとネイルを外しているなぁ。

 裁縫もそうだけど、大胆に見せている割に細かいとこまでしっかりしてるわ。

 うちのバカ二人にも見習ってもらいたいもんだ。そういや帰ってこないな、あいつら。

「どうせなら味見してよ」

 眠さに負けてぼんやりしてたところに小皿が差し出された。この匂い、カレーですな。

 素直に受け取って一口。う、う、う……。

「うんっまぁい!」

 初体験の絶妙な味が広がっていく。俺が丹精に育てた野菜のうまみがしっかりと染み出していて、ブレンドされたスパイスと調和を保っている。辛すぎず、でも、甘すぎもせず。味の濃厚さが際立ってごはんが何杯でもイケてしまう。

 目を見開いた状態で一歩寄ってしまった。いかんこれは――。

「近づかないでっ」

「あでっ」

 左手のお玉がフルスイング。俺の色白な頬にあっついカレーがべっとり。

 ほんとそんな過剰に反応しなくても。と思いつつ指でカレーをすくって食べる。うまい。

「ご、ごめんね。大丈夫?」

「まあな。なんでそんなに嫌がるの? 俺、何かしたっけ」

「そうじゃなくて……これは」

 手にしたタオルが力なく萎れる。誰にだって人に言えない秘密があるもんだ。

 俺だってこの厄介な血のことを話した人間は、未だにいない。

「いいよ言えないなら。俺も気をつける。それよりさ、これ、超ウマイ! 絶対売れるよ」

「そう、かな。食べてもらったことないから、分かんない」

「俺の野菜と、真純の料理。うん、イケるイケる」

 あの生徒会長を納得させるプランが見えてきた。全校生徒に俺らを認めさせてやるぜ。

 褒められて嬉しくなったのか真純ははにかみながら、エプロンを脱いで胸元を開けた。なぜ。

「え、どうしたの?」

「お礼しようと思って。男ってこういうの好きなんでしょ」

 うん、まあ、そうだけど、せっかくのダイナマイトバディを見ても、それじゃあ萎えちゃう。

 手が届かないってもどかしさもあるし、ちょっと見慣れてきた気もする。

 思春期男子だってお腹いっぱいになることもあるんだぜ。って女子には分からないか。

 そして最悪のタイミングでドアがガラガラ。

「……なーにやってるのかな、由仁くん?」

「あ、これは、別に、味見を」

「なになに!? 由仁くんが真純ちゃんを味見しちゃってたの? ダメだよ、そんなの許さないよ。由仁くんが味を確かめていいのは一途くんだけなんだからね! さあ一途くん、最愛の彼を取り戻すのだ! かわりに真純ちゃんは私がもらっておくので、ぐふふ」

 このあと戻ってきたバカたちのせいで騒がしくなったのは、言うまでもない。

 真純の邪魔にならないようで後ろのほうで乱闘を繰り広げたり、その隙を見て彼女に這い寄ろうとするさかった猫をとっ捕まえたり、ばたばたしてるうちに料理が完成した。

 はあはあ。待っていただけなのになぜこんなに疲れなきゃいけないんだ。

 一途も多千夏もぐったりしている。腹を空かせるにはよかったけどさ。

「はい、どうぞ。ベジタブルカレーと、スープ。プリンも作ってあるから」

「すごいね~真純ちゃん。こんな短時間で」

「プリンは用意しておいたんだ。美味しくできてるといいけど」

「いただきまーす」

 並べ終える前に先走った一途が一口。驚愕の美味しさに一時停止した。

 それを見た多千夏もすかさずぱくり。ひっくり返りそうになりながらバタバタする。

 味見をした俺も続く。予想はしていたがこれがごはんと合うんだよなあ!

 揃いも揃ってひたすらスプーンを口と皿の間で往復させる。

 喉が渇いたなあと思ってスープを飲んでみると……あれ、これって。

 ちらりと二人の様子を窺うと同じ顔をしていた。確かにうまい。うまいけど。

「もしかしてこれ、カレー味?」

「うん。カレーならみんな好きでしょ」

 しれっと真純が答える。俺は彼女に気づかれないように隣の一途の脇腹を小突いた。

「お前、知らなかったのか」

「知らん」

「余った野菜でサラダも作ったから食べてね」

「う、これは」

 黄色いソースから漂う刺激臭。うん、間違いないね、これもカレー味だ。

 キレンジャーじゃあるまいしなんでもカレー味は、困るよね。

 彼女を傷つけまいとしているのか一途は黙々と食べ続けている。笑顔は、薄れた。

 ま、まあまずいよりはいいか。と思ったものの何を食べても同じ味がする。

 こうなれば当然デザートのプリンも……。

「あ、甘辛いよ、このプリン。うぅ」

「泣くな、多千夏。真純が悲しむだろ」

「過保護なんだよお前は! これは言わなきゃダメだろ」

「どうしたの? 美味しく、なかったかな」

 コソコソ話しているのに気がついた真純が悲しげにうなだれてしまった。

 痛い痛い、横から鋭いナイフのような視線が刺さっている。俺は咄嗟に手を振った。

「違う違う。すげえ美味しい。ただ、さ。色々な味を試してみたかったなーって」

「カレー味嫌い?」

「嫌いじゃないんだけど、そればっかりだと、飽きるって一途が」

「は!? お前、この」

「そっか。ごめんね。私、自分の分しか作らないから、人の好みってわからなくて。言ってくれたらよかったのに」

 そうだよな。俺らと似た境遇にいるってことは、彼女もある種のコミュ障に違いない。

 察してくれっていうのは無理だったのかも。ちゃんと言葉で話さないと伝わらないよね。

 もっとも今の一途の気持ちは、聞かなくても見なくても分かる。だから、無視だ、無視無視。

「わ、私片付けやるよ! 真純ちゃんはお疲れさんでしょ? 休んでていいから」

「そうだな。俺らでやろう。ほら、一途」

「だりー」

「ほう、これを見てもそんな態度が取れるかね」

 背もたれに体重を預けて動こうとしない一途に、俺はポケットから取り出した一枚のCDを突きつけた。

「な、なんでそれを、いつのまに!?」

 伸びてきた手をチョップで叩き落しご満悦な顔でCDをひらひらする。

 そうこれは買い物に付き合わされた時にこいつが買ったヴィアのアルバム。

 こいつがいない間にこっそり忍び込んでくすねておいたのだ。

 どうやって侵入したかって? ふ、それは秘密だぜ。

 いっつも勝手に入って勝手に飲み食いしてんだからお互い様ってもんよ。

「これを返して欲しくば片づけを手伝うことだ。わーっはっはっはっは」

「クソッ、ガキかお前」

「……お前には言われたくねーよ」

 すっと追撃を回避してポケットに入れなおす。これで一途も渋々だが手伝う気になった。

 三人で取り掛かればあっという間よ。さ、本題はここから。

「真純の料理の腕は証明されたことだし、俺のプランで行こう。園芸部と家庭部のコラボカレー。これを大々的に売り出す!」

 力説しながら立ち上がったのにみーんな冷たい眼差し。そこはノれよな。

 振り上げた拳をおずおずと下げて座りなおした。うわーはっずー。

「なんでそんな乗り気じゃないの、君たち」

「別に売る必要ないじゃん。会長に食べてもらって終わりでいいよ」

「みんなに食べてもらうの、恥ずかしいし」

「いくらなんでも私、そっちの気はないよぉ? 汚いのは嫌いだもん」

 一人だけ別次元に生きているやつがいる。真純の頭上に?が浮かんでいるが触れたらあかん。

 窮地に追い込まれている俺たちがただカレー作りましたってだけで認められるはずがない。

 幽霊部員はそこんとこ甘いんだよね。ここは部長のカッコイイところを見せてやる。

「いいか。俺たちは最低限の条件すらクリアできてない残念な部活だ。そうだろ?」

 誰も反論しない。できるはずがない。彼らは被害者でなく加害者なのだ。

 新入部員を集めようとしない部長。活動に参加しない部員。悪いのは俺たちしかいない。

「ただ頑張ってみました、じゃダメだ。やるなら徹底的にやる。もう二度と廃部リストにあがらないくらいにな。俺の野菜と真純の料理なら、十分売り物になる。売り上げって確かな数字をあげちゃえば、生徒会も文句言えないはずだ。新入部員だって来るかもよ」

「来たってこの面子じゃすぐ辞めるだろ」

 自分で言うんじゃない、一途。俺らが馴染めないんなら、彼らも馴染めないわな。

 ま、まあ最後のはオマケだ。来たら来たときに考えればいいんだよ、うん。

「本当にそんなに売れるかなぁ」

「ふふ、安心しな。最高の秘策があるのよ」

 真純の不安と疑問ももっともだ。うちの学食はそこらのレストランより美味い。

 能木先輩率いる農業科が作る野菜は海外でも高値で取引される品だし、学食で料理を作ってるのはパートのおばちゃんじゃなく、一流レストランの経験もあるような立派なシェフだ。

 舌の肥えた生徒を満足させるのは難しいかもしれない。

 が、こちらには最強の『広告塔』がいるじゃあーりませんか。

 満面の笑顔でそっと一途の肩に手を回した。ようやく察したときのか。もう遅いんだよ。

 逃げ出そうとしたが俺の全力にかかれば赤子を相手にするようなもんさ。馬力が違う。

「お前っ、まさか」

「その通り。こっちには学園一のイケメン、一途くんがいる」

「あ~なるほどねぇ」

「そういうことか」

 これには多千夏と真純も納得したようでしきりに頷いている。抗うは一人。

「ふざけんな、誰がビッチに身売りなんかするか!」

「おいおい、人聞きの悪い。ただ君が女子たちに宣伝して、売り子をやってくれればいいんだよ。それだけで全校生徒の半分の購入が約束されたようなものだ。なんなら握手券をつけよう」

「ぜっっっったいにイヤだね。あんなやつらに触られたらかぶれる!」

 手伝いはするといったくせに諦めの悪い男だ。そっと取り出すアルバム。

 うっと息が詰まってやんの。ぺちぺちを頬を叩く俺の横顔を、引いた顔で見る真純。

 い、いいんだ。これくらいしないと効果がない。

「なら選ばせてやろう。ひとつ、女子に宣伝して売り上げがっぽがっぽ。部活の存続を認められてこれまで通りのゆるい毎日。ひとつ、貞操を守る代わりに部活は廃部。大好きなヴィアちゃんのアルバムは木端微塵。新しい居場所で女子に狙われる毎日。どっちがいい?」

「うぅ、ぐぅ……うぅ」

 おお悩んでる悩んでる。たまには人の苦労を味わえばいいんだ。

 それにこの選択肢。どっちにしても一途は女子たちの魔の手にかかるだろう。

 ふはははは怖かろう! イケメンに生まれたことを後悔するがいい!

 すっかり悪い顔をしている俺からじりじり遠ざかる真純。多千夏は触れ合っている俺と一途を見て大興奮。きゃーきゃーばしばし真純の背中を叩いていた。

 さあ、さあさあさあさあ。目の前でアルバムを振ってやるとついに心が折れた。

 がっくり肩を落として額を押さえる。苦悶に近い声がじわりと滲む。

「わか、った。やるよ、やりゃあいいんだろう!」

「よっ、さすが一途くん、男だね~。んじゃ決まり。次はお前だぞ、多千夏」

「へ? 私? なにやればいいの?」

 現実に引き戻された多千夏の目が丸くなる。言ったものの、実は考えていない。

 俺ばっかり頭を使うのは不公平なのでもう一人の部長に無茶ぶりしてみた。

「ごほん。それは真純が決めてくれる」

「ちょ、なんで私」

「同じ部長だろ? 俺ばっか頭脳労働はずるいぜー」

「いいよいいよー。私、真純ちゃんの言うことなら聞いちゃう」

 ぎゅっと抱きしめて頬をすりすり。あいつのこういう遠慮のなさ羨ましいなぁ。

 真純はどうにか逃れようと無駄なあがきをしながらうんうん唸った。

 そんなに激しく抵抗しちゃいけないよ。また胸元から零れちゃうぞー。あと少し……!

「みてんじゃねえ、ど変態」

「ぎぃゃー!」

 一途の無慈悲なチョップが俺の眼球に直撃。さすがにここはマズイだろ!

 悶絶して転げまわる。なんとか見開くと赤い花園がぁっ。

「どさくさに紛れて覗くな」

「やめなよ一途。見るのはいいんだから」

「よくない。やりすぎだお前も」

 ぐりぐりぐりお腹を抉る踵。すんません、目をつむるんで助けてくだしあ。

 先ほどの怨みもあるせいか中々解放してくれなかった。かわりにSMプレイじみた光景に興奮した多千夏が真純から離れて駆け回りだす。興奮しすぎだろ。

「決めた。多千夏には私の手伝いと、メイドをやってもらうよ」

「メ、メイドですと!?」

 急ブレーキに失敗してそのまま壁にどーんと激突。ありゃ痛そうだ。

「あいつにメイドが出来るとは思えないんだが」

「そう? 可愛いじゃん。服とか飾りは私が作るから」

「ええええと、わわ私、そんな格好して人前に出るのは……」

「妄想垂れ流せるんだからいいだろ。俺だってやなことするんだから、諦めろ」

 俺抜きで話が決まってしまったようだ。いい加減に足をどけてくれ。

「悪い、忘れてた」

「ウソつけ!」

 全部自分たちのためなんだから、大人気ないことはやめて欲しいね、まったく。

 ふふ、と可愛らしい笑い声がもれた。ん、と思ってみると真純が初めて、笑った。

 唇に手をあてて押し殺している。見惚れてしまった。笑顔がステキ。

 釣られて俺も笑う。多千夏もえへへとはにかむ。キザったらしい一途は鼻を鳴らす。

 なんだか、いい感じ。コレならイケそうじゃん、俺たち。


☆ ☆ ☆


 こうして園芸部と家庭部の共同作業が始動した。

 ただ料理を出すだけじゃ不安だったので証拠のために記録をつけることにした。

 一途が泥だらけになって畑を耕す無様な姿。多千夏に弄ばれながら裁縫をする真純。公園の掃除を率先してやる園芸部一同。幽霊だった二人もすっかり実体のある部員だ。

 最初は汚れるだの疲れるだの用事があるだのぶーぶーいっていたんだがな、二人とも。

 やっていくうちにハマったのか、あれを植えたいこれが食べたいと言い出した。

 授業が終わったら公園にジャージ姿で集合。暗くなるまで部活動をする。

 時には真純のところに顔をだして喋って笑って、作業してさ。

 ああ、これが俺の探していた青春か。なんてしみじみ思ったりして。足りないのは恋くらい。

 一週間が過ぎた頃、俺は生徒会長に呼び出された。

 そろそろ報告をしようと思っていたしちょうどいいや。きっと会長も気に入ってくれる。

 特別学科には専用の校舎がない。代わりに普通科校舎の四階を占領している。

 三階から四階にあがる階段には重厚なドアがあって専用のキーがないと通れない。

 まさに隔絶された雲の上の存在。彼らには専用の通路があるので姿を見ることもなかった。

 俺も階段をあがること自体はじめてだった。ドアに備えつけのインターフォンを押す。

「あ、あの、普通科二年の長角、由仁です。生徒会長に呼ばれて――」

『どうぞ。お待ちしておりました』

 会長の声に遅れてドアが開いた。ハイテクな学校だこと。

 四階の廊下には一人の生徒の姿もない。磨きぬかれた床、全面ガラス張りの壁。

 心臓の音がうるさいくらい静かでここが学校であることを感じさせない。

 緊張のあまり零れ落ちる汗すら存在感を持った。生徒会室のプレートが掲げられた部屋へ。

 ノックをすると勝手にドアが開く。教室に全自動ドアとはさすがである。

「失礼、します」

「こんにちは、長角さん。お好きな席に座ってください」

 外を眺める後姿、女神の如き。沈みゆく陽光に照らし出されて輝いているじゃないか。

 生徒会室自体はぱっと見普通の教室だった。真正面に座る勇気はなかったので、四角に並べられたテーブルの隅っこに。くんくん、あまーい香りに鼻がくすぐったい。

 会長はなぜか俺を見ようとせずに話を進めた。あれ、なんか嫌われた?

「部活動、順調のようですね」

「ええ、まあ。そろそろ会長にお話しようと思っていたのですが、やることが決まりました」

「聞かせてください」

 かいつまんででこれまでの話をした。協力しあって料理を出すこと、その過程を記録していること、料理を売り出して結果を残すこと。聞き終えた会長が振り返る。

 逆光でよく見えないが何か切なさを感じる顔をしている。

「確かに結果を出していただければ、生徒会も認めるでしょうね」

 まるで他人事な言い方をしながら会長が一歩、また一歩と近づいてくる。

 胸の谷間に流れる艶やかな黒髪。膝丈よりも下でさらりと動く魅惑的なスカート。

 自己主張が強すぎない形の良い胸が、ふるふると揺れる。ああ、ダメだ、近づかないで。

「でももっと簡単な方法がありますよ。由仁さん、生徒会に入りませんか?」

「へ」

 金縛りにあったように体が硬直した。手を膝に置いたまま動けない。

 さりげなく呼び方が長角さんから由仁さんになってるじゃん。ぐっと近づく二人の距離?

 会長が後ろに立った。すらりとした指が俺の胸を撫でる。頬にあたる腕の柔らかさはマシュマロなんかじゃ表現しきれないよ。

 耳元で囁く甘い声音。詩人になってしまうくらい頭がくらくら。思考回路がオーバーヒート。

「なんで俺?」

「あなたのことが欲しいから」

 あれ、待てよ。今俺と会長は密着している。なのに股間はむずむずするだけ。

 つまり清純院りりさは処女! やっぱりこの世に聖女はいたんだ!

 興奮に胸が高まった――はずなのに妙に落ち着いている。どうした思春期の男の子。

 欲しいなんて言われたのに浮かぶのは疑問だった。俺は、ナニをしてるんだ。

「欲しいって、どういう」

「ん、もう、焦らさないでください。私はあなたに目星をつけていたのです。本当は、もっと恋するように、甘くささやかに楽しめるように、進めるつもりでした。けれどあなたは、なんだか楽しそうで、嫉妬してしまいました。私は、この血に抗えないから」

 生暖かい舌先が耳をなぞる。ぞぞぞぞぞぞ。快楽とも怖気ともつかない寒さに鳥肌が立つ。

 母親以外の女性に抱きつかれたのははじめてだ。夢にまで見た胸――いいやあえてこういおう。おっぱいを背中に感じちゃってる。嬉しいはずなのに怖いって思ってしまう。

 熱が湧き上がってきてぼおっとしてきた。身を任せればいい、きっと気持ちいいゾ。

 彼女の手が俺のシャツのボタンをひとつ、ひとつ、また、ひとつ、外していく。

 いけません会長。ここは生徒会室ですよ。そんな淫らなこと……。

 淫ら? そう、そうだ。俺が憧れるあの人は清楚で可憐で穢れがない、はず。

 股間だって反応してないじゃないか。いや反応はしてるけどしてないっていうか。

 ええい、ともかく『処女』ならなぜ手馴れているんだ?

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って、どうしたんですか、会長!?」

 俺はやや強引に腕を振り解いて横に転がり出した。壁を背にして会長を見つめる。

 小首を傾げて微笑みながら躊躇いもなくシャツの前を開く。

 そうだよね、会長だったらブラは白に決まっているよね。次にスカートに手をかけて、するりと、脱いじゃった……ああ揃いの白が眩しくて直視できないよ。

「私に身を任せてください。最近、物足りなくて、欲求不満なのです。今ならいくらでもお相手できますよ。さあ、あなたのその立派な角で、私の奥底を貫いて?」

「ささっきから血とか、角とか、会長あなた――」

「り、り、さ。私のことは、りりさと、呼んで」

 逃げ場がない。迫り来る半裸の女神から目が離せないんだ。

 でも分かっている。理解しちまった。彼女が、りりさが『何』なのか。

 こんな美女に迫られて反応がない男なんて、若くしてEDになったかホモのどっちかだろ。

 俺はどっちでもない。相手が処女なら本当の意味でビンビンになる。

 じゃあどうしてりりさの濡れた唇が間近にあるのにキスを拒む?

 太ももに誘導された手で禁断の花園の門を開かない?

 答えは、ひとつなんだよ。

「わかったっ、あんた、あんた『も』人間じゃないな!?」

 ギリギリ理性を繋ぎとめたのは、初エッチに対する願望だろう。

 こんな形で奪われてたまるか。思い描いた青春はこうじゃないんだ!

 しなやかな裸体を振り払って俺は逃げる。うっかり腕にぽよんとした感触を味わってしまったが不可抗力だ。断じて、屈していない。

 乱れた呼吸を整えながらりりさと向かい合う。彼女はブラに手をかけながら言った。

「ええ。私もあなたと同じ、『亜人間』ですよ。夜魔リリスの血を引く、ね」

 亜人間。しばらく忘れていた言葉。聞きたくもない言葉。俺らの、現実。

 この世界には一途や多千夏みたいな普通の人間と、そうじゃない人間がいる。

 ……あいつらは変人ではあるが、生物学上は普通の人間だぞ。そういうことだから。

 俺やりりさのように『架空の存在』の血を引く、特殊な人間を『亜人間』と呼ぶ。

 架空なのに血を引いているって矛盾している気もするが、世間的に架空なだけ。

 幻獣や妖怪、悪魔に天使にエトセトラ。どれも昔は普通にいたんだが、いつからか神様がいたずらに人間とそれらを混ぜ合わせてしまい、その家系が今まで続いているんだってさ。

 俺は親父から聞いていた。『ユニコーン』の血筋の親父にな。

「何を躊躇うことがあるのです? あなたは望んでいたのでしょう。ユニコーンの血のせいで非処女と触れ合うことが出来ない。ふふ、可愛い。安心してください、私は処女です。あなたに捧げましょう。は、じ、め、て、を」

 ついに外されてしまった。ダメだ見るんじゃない。これは悪夢だ!

 眼球が潰れるくらい力強く目を閉じる。何かがおかしかったんだ。あの時から。

 はじめて俺に会いに来た時も無性にむらむらして、エロく感じていた。憧れの生徒会長が傍にいる興奮だと思ってたが違ったわけさ。亜人間には、その血に根づく特性がある。

「やめてください、会長っ」

「りりさ、でしょう?」

「り、りりさ。お願いだからやめてくれっ。あなたは言った。血に抗えないと。俺の股間が角になっちまうように、あなたは男を食わずにはいられない。そういうことなんだろ!?」

「半分正解。確かに私の中に流れるリリスの血が、男を欲しています。私から溢れ出る色香が男を堕落させるのも、血の力。けれど、あなたが欲しいのは、私の欲望なんです。由仁さん」

 股間にそっと手が差し伸べられる。スラックスの上からでも分かる邪まな手つき。

 上、下、上、下。一定のリズムが心地良くて……おぅふ。

 ユニコーンの血が反応しなければ、人間の血が反応する。どうしようもない血流のいたずられで硬くなるのはサガだ。俺の、俺のせいじゃないっ。

 じっとしていれば彼女に食われる。俺はすり足でぶつかるまで窓際を逃げた。

 いけない。これは本当の在り方じゃないんだ。誰でも何でもいいなんて幻想だろっ。

「どうして俺なんだ!? なんで、俺のことを知ってた!?」

「言ったでしょう、はじめから目をつけていた、と。あなたもご存知のはず。この神座中央学園には多くの亜人間が集まっていることを。受け入れる体制があるから、転校してきたのでしょう? 今の私は生徒会長。生徒のデータを閲覧するくらい、簡単です」

 ごもっとも。ここに来たのは亜人間の存在をしりつつ黙認しているからだった。

 この奇抜な容姿にユニコーンの血が起こす拒絶反応と身体能力の向上。

 どれか一つだけでもいじめらたり、避けられたりするだけの理由になる。

 親父のせいもあったが何度も転校して、その度に孤立した。

 みかねた母親が探し当てたのがここだ。公表しているわけじゃないが、大勢の人間がいればどうしたって情報は漏れる。知る人ぞ知るって感じだ。

 だからって俺は転校してから一度も、他の亜人間と会ってないぞ。

 気づいてないだけかもしれないけどな。すげえ特徴でもないと見分けつかないし。

 まさかファーストコンタクトがこんなことになろうとはね。

「あなたを選んだ理由を教えましょう。嫉妬ですよ」

「し、嫉妬? 生徒会長が俺なんかの何を」

 ナニを握るのはやめて! 逃げられないから、委ねちゃいそうだから!

 それに生おっぱいを押しつけるのも勘弁してください。手が飛び出すのを抑えるのに必死っ。

 足の間にふとももを捻じ込むのもNGだってば。膝で感触を確かめないでええええ。

「ほとんどの亜人間は、人間社会では普通に暮らせません。血が及ぼす『何か』によってままならない人生を送るもの。なのに、あなたは普通のお友達を作り、楽しそうに生活していた。血に抗いながら、青春を謳歌しようとしている。その健気さに、そそられちゃいました。それに馬って凄いそう、ふふ」

「お落ち着いて、ください。俺、俺もこの血には苦労していますよ。だから気持ちは、分かる」

「なら受け入れて。最初は怖いものです。でも一度経験してしまえば、や、み、つ、き」

 ああ、だめだ、俺、負けそう。もう、押し倒されてもいいかなぁ。

 うっすら目を開ける。りりさの顔がそこに。

 でもここで受け入れたら、俺は、俺の青春はどうなる?

 やっと形になった部活。新しい出会い。目標に向けて頑張る楽しさ、やりがい。

 全部おしまいだ。それでいいのか? 本当に?

 処女だったら誰でもいい。そんな考えが心の片隅にこびりついていたのは認めるよ。

 でも、違うだろ。りりさは性欲に動かされているだけだ。

 俺を見てるんじゃない。俺の股間を見てるんだ――なんか卑猥だ。

 一瞬の自問自答が走馬灯のように過ぎる。結論、俺はまだ捨てない!

「すいません!」

「きゃっ」

 半ば突き飛ばす形でりりさの柔らかな肌を押し返した。すぐさまドアへダッシュ。

 この状況をタイトルにするなら清楚系淫乱美少女の淫らな放課後ってところか?

 バカなことをできるだけ浮かべて心を落ち着ける。

「なぜ逃げるのです。欲望が叶うのに。私では不足ですか?」

「いいえ、正直グッと来ました。大好物です、って違う違う、そうじゃあないっ」

 再三にわたる拒絶で諦めたのかりりさは不満げな顔でシャツに袖を通してくれた。

 ようやくちゃんと目を開けられる。やったよ母さん、守り抜いたよ。

 あんたなら『もったいないからヤっちゃえ』っていうか、うん。

「りりさ、考え直したほうがいい。血に身を任せたって、いいことなんかないよ」

「……私は、楽しいですよ。キモチいいこと、好きですから」

「じゃあなんで悲しそうな顔してるんだ」

 最初に見たあの顔は悲しみだった。ヤってやるぜって顔じゃない。

 今だって寂しそうにしている。拒まれたからって風には見えないんだよ。

 俺も長らくこの厄介な血に縛られているから分かるんだ。自由に生きたいのに、生きられないもどかしさが。諦めて認めてしまう気持ちが。

 けど、それはそれ、これは、これだ。

「私の誘惑を拒めたのはあなたがはじめて。初体験ですね、ふふ。魅力が足りないことが悲しいだけですよ。私は、受け入れました」

「でも俺はヤだね。普通に恋して、普通なエッチをするんだ。だから、ヤれない」

 かっこつけてるわりに言ってることおかしくね?

 美少女相手にナニ宣言してんだか。これ以上喋ってもおかしくなりそうだからやめた。

 後ろ手にドアを開きながら、なんだかんだその艶かしい容姿を目に焼きつけちゃう。

 サガだから、サガ。

「そうですか、残念。けれど私、ますます欲しくなってしまいました。必ず、頂きます」

「……遠慮するよ。それじゃあ俺はこれで!」

 脱兎のごとくダッシュ。膨らんだ股間の処理をするためにあのトイレへ急ぐのだった。


☆ ☆ ☆


 蝶番が弾け飛ぶ勢いでドアを叩き閉めて個室に逃げ込んだ。

 どさっと腰を下ろしそそりたつモノを見下ろす。恐る恐るタッチミー。

 硬いが皮膚の柔らかさもある。やはり角にはなっていなかった。

 頭を抱えるしかないだろう。清楚の権化たる生徒会長が、まさか、あんな……。

 この際亜人間であることはどうだっていい、そんなことは重要じゃない。

 俺の守備範囲内だ。これまで会ったことのある亜人間なんて、親族を除けば一人、二人だが――うっ、これはこれで思い出したくない。封印。

 問題なのは一途が知ったら自殺してしまいそうなくらい激しい『ビッチ』であることだろ。

「ありえないだろ。清純院りりさだぞ? 名前に清純ってあるじゃん。あの飾り気のない美貌、艶やかな黒髪、膝丈より長いスカート、優しげな瞳。どう考えても清楚じゃなきゃおかしいだろ。それが、それがぁ、生徒会室でヤろうするド淫乱だったなんてえええええ! そういう設定のエロ本なら歓迎ですけどぉぉぉっ」

 うわああああって叫んでいたら予想外の轟音に背筋がびくん。

 さては。

「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあうっせえんだよ! またてめえか、シバくぞ!」

「あ、すいませんした」

 クソ番長光臨ッ。というか今の聞かれたらまずくない?

 生徒会長の秘密を暴露しちゃったよ。消されたりしないかなこれ。

 一途の発狂ぶりを思い出す。俺、あんな感じになってんだろうなぁ。

 あの時はこいつ頭おかしいだろと思ったけど、今ならわかるぜ、友よ。

 本当は嬉しかったくせに。身を委ねてヘブンにイっちゃえよボーイ、と小悪魔が嗤う。

 悪魔に全てを捧げていたらゴートゥヘルでしたよ、息子は偉いです、と小天使が笑う。

 違うんだ。俺が欲しいのは甘酸っぱい青春であって、エロさだけじゃないんだよ。

 うぅ、ううう。嗚咽もこぼれちゃうわ。

「何泣いてんだか。情けねえ」

「むっ」

 呆れ返った呟きが隣の個室の下から転がってきた。イラッとして蹴り返す。

「お前が勝手に思い込んでただけだろ。人を見かけで判断して、イメージと違ったらダダをこねる。俺ぁそういつ奴が大嫌いなんだよ。てめえは見かけ通りの中身してんのか、ああ?」

 ……クソしにこもってる男の言葉なのに、こうも心に響くのか。

 核心を抉られて取り出されて握り潰された気分だ。

 そうだよな、確かにそうだ。見た目だけで清純院りりさって人間――いや亜人間か、それはどっちでもいい。一人の存在を、清純だと決めつけていた。

 別に宣言されたわけじゃない。あれが、本当のりりさなんだ。

 俺は本当の彼女を真っ向から否定した。そのクセ自分はどうなんだよ。

 血に身を任せるな、なんてエラソーなこといっておいて、未だに真純に近づけない。

 彼女が避けるからってのもあるが、怖くて触れないんだ。

 非処女だったら何もかもが壊れてしまう気がして。確認しなければ気持ちを偽っていられる。

 俺だってこの血に縛られてるじゃないか。これまでも、これからも。

 りりさの性欲を否定するなら、俺は非処女であっても構わず恋をするべきなんだ。

 一途が女の子たちをビッチと断言して嫌うのも、その辺にあるのかな。

 見かけだけで判断されたくないからさ。だとしたら俺も女の子と同類、か。

 情けない。情けなさ過ぎて股間も萎れるよ。それは、ありがたい。

 けどさ、ひとつだけ言い訳させてくれ。

 人は見かけによらないっていうけど、りりさの本性、見抜ける奴がいるのか?

 いるんならその魔眼をくれよ。

 同類として彼女のことを理解してあげたい。でも男の貞操だって安くはないぜ。

「だな。俺が悪かったよ。クソ番長」

「は? てめえ――」

 口が滑った。慌てて個室から飛び出してそのまま廊下へゴーゴーゴー。

 手洗ってないけどそもそも用足してないからセーフセーフ。

 今日のことは胸の奥にしまって気持ちを切り替えよう。

 せっかく軌道に乗り始めた部活動を台無しにしたくない。

 りりさとのこと、亜人間の血のこと。そんなの後回しだっていいじゃん。

 と思っていた時期が俺にもありました。

 世の中そんなに甘くないってこと、すぐに思い知らされるとはね。神様のいけず。

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