15話 一発の銃声

Chapter15 "single gunshot"



小吉ショウキチ、飛行船の設計図、使えそうか?』

 「うん、よく出来てるんだモン。従魁ジュウカイも気に入るな。」

『従魁、よ~く聞いてくれ。アンリの考えた飛行船の構造、これを取り入れて君の美しい翼をより美しく構築し直す。イネの変化能力じゃ傀儡くぐつどもに対峙たいじなんてできない。君の翼じゃないと無理、ということだ。』

 「くっ、翼の進化、ってことだな。」

 空間に映しだされた飛行船の設計図にせられ、従魁は小さなホログラムのクサギに巧く乗せられているようにも見えた。


「狙われていたのはその設計図?」

 「う~ん…そうね、違うかな。狙われていたのは、メイ、あなた自身。

 天剛テンゴウは、メイから神后シンコウに触れた痕跡こんせき奈落ならくのかけらを感じた、って言ってたじゃない? だとしてら、傀儡に利用するために探していた、って考えるほうが自然かな。」

「うふふっ、だとしたら先に見つけられてたら、危なかったわね。」

 太乙タイイツ灰兎ミコの話を茶化ちゃかしながら続ける。

「ナムチだったら、メイの神后シンコウに触れた痕跡こんせきにとっくに気付いているはず。なのに、うふふっ、メイを私たちに安々やすやすと渡した。」

 「そうね、つまり?」


 パァーン

「イヤあぁぁぁ!」


 かわいた銃声とともに外から悲鳴が聞こえる。

(イネ!?)

 灰兎ミコは窓から外に飛び降りていた。

 メイもあわててアパートの階段をかけおりる…


 少し先の広場に、胸を撃ち抜かれて血まみれになったアーサーが倒れていた。


「なぜ撃った!?」

「あの男に、と、取りいている…あの…小さい悪魔が…」

若い近衛兵は青ざめていた。

「くそっ、まずいぞ…ん?」


 ドス、ドス

 アパートの屋上、年配の近衛兵が上空の黒い影に気付いた時には、2人とも倒されていた。

「くっ、安物ワインのせい察知さっちしそこねたか。」

 従魁は、自分より大きな近衛兵を軽々とかつぎあげると吐き捨てるように呟いた。


「アーサー! アーサー! しっかり!」

 傷口を抑えながらメイが叫ぶ。

  血が止まらない。

   見えない涙が頬を流れる。

    今まで何人もの人を看取みとってきた。

  助からないことはすぐに分かった。

   メイは心の震えを初めて感じていた。


「どうしよう、どうしよう…?」

 建物の影に隠れながら、イネが灰兎ミコにしがみつく。

「そうね、人が集まり過ぎだから出られない… イネ、馬車になって。まずは、ここから連れ出さないと。」






      △ ▼ ▽ ▲ △


 人気のない郊外の廃墟はいきょ

 いつの間にか、夕陽が差し込みかけていた。

「くっ、これで大丈夫だろう。」

 「そうね、後は血液が増えるのを待てば大丈夫ね。」


(あの傷を…一体どうやって…?)

 メイは、アーサーの治療を終えた従魁と灰兎ミコの姿を呆然と眺めていた。


 枯れ草で覆われ、崩れかかった地下室へと続く階段。

 その先から、けものうなり声が聞こえてくる。


「ぬうぉい、おぉ、ヘルフリートは何で俺たちを追っていヤガる? あぁん? 早く言わねぇと、その首、モイじまうぞ! 」

 守人もりとに凄まれても、2人の近衛兵は微動びどうだにせず、逆にみらみ返す。

「ふん、悪魔に魂を売った物のめ。神は… ぐぶっ…」


「あぁ? 神って言いやガッたか? あいつらのこたぁ、でぇキレェなんだがなぁ!」

 守人は若い近衛兵の口をつかんでそのまま持ち上げる。


「うふふっ、さすがヘルちゃんのお友達ね。守人、あとは任せて…」

 太乙はセクシーな長い足を見せつけながら、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 獲物をみらむ蛇のような冷たい目で。


 年配の近衛兵の顔が引きつりはじめる。

  ももが震えだし、恍惚こうこつの表情を浮かべ始めた。

   蛇に睨まれたカエルとは、こんな顔になるのだろうか…






      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

        --数分後--


 ドサッ、バタン…

 魂を吸い取られ、もぬけの殻となった近衛兵がゆっくりと床に転がり落ちる。

 ってしまったうつろな目は、まるでドラッグ患者のようだった。


 太乙は地下室へ向かう階段からゆっくり上がってくると、腰に手をあて、モデル並みのポーズを決める。

 ペロッと舌なめずりしてその美しい髪をかきあげた。


「ざ~んねん、何も知らないわね。でも、うふふっ、ナムチもヘルちゃんも従魁が飛行船に進化すること、分かってて仕向けてるみたい。」

「右!|危ンない!」

 けわしく強張こわばった表情で小吉が叫ぶ。

 反射的に太乙が何かをける。


 シュン! ドサ、ドサッ!


 右方向から高速で飛んできた、その何かは地下室に落ちていった。

 切り落とされた太乙の髪が数本、ヒラヒラと地面に辿たどり着く。


 バシッ!

 近衛兵が地下室から投げ飛ばされ、空に高く舞う。

 ド、ドン

 すぐに地上に叩きつけられる鈍い音が響いた。



 ガッ、ガッ、

 地下室から何かが階段を上がってくる。

 空気が緊張で凍りはじめた。


(うっ)

 太乙が異臭いしゅうに思わず顔を歪めると、ペスト医師の格好をした3体の傀儡くぐつがゆっくりと、その姿を現す。

 シュッ、バシ!

 1回転半!

 間髪かんぱつ開けずに、太乙のむちのようにしなった回し蹴りが背の高い傀儡くぐつの顔面にヒットする。


 カラーン…

 よろける絡繰りからペスト医師のマスクが地面に落ちた。


 異形の顔。

 遮光器土偶しゃこうきどぐうのように横に細長く避けた目の穴、裂けて鼻と繋がっている口、サーベルのように長く伸びた2本の牙。

 黒兜くろかぶとのように長く伸びた頭部は勇ましい戦士のようにも見えるが、顔の表面はウジが湧くほどにまで腐りかけた赤黒いけんがむき出ていて、恐怖が張り付いているようだった。

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