12話 戦いの幕開け

Chapter12 "Outbreak of the battle"



「そう…ね…大吉ダイキチがそう言うなら神后シンコウとは違うのね。」

 ミコが応えるそらには、お釈迦様のような天女のようなシルエットをしたオレンジ色に輝く存在が有った。

「じゃあ、メイは一体…」

「ふん!」

 ミコの言葉をさえぎり、足元から地響きを伴う低い言葉が発せられた。

「確かに神后に触れた痕跡こんせきはあ~る。があぁぁ、かいでもな~く、紛れもなく人類。」

 金色に輝く翼を鎧の様にまとった、寺院の守護像のような巨大な塊。

 5mほどはある、まさに "闘将" にふさわしいオーラを放つ巨大なドラゴンそのものが立っていた。


天剛テンゴウ、でも、人類だったらここには入れ…」

 ミコが大声で問いかける。

「ふん! 奈落ならくのかけらがあ~る。がぁ、傀の痕跡こんせきはな~い。 ん? ま~さか! アモォオ~ル慈愛?!」

 ドラゴンは空間を切り裂いてしまいそうなほどの大声を上げる。


 スッ、と大吉はその振動を収めると、ゆっくりと、そしておだやかに音を発した。

「何か大きな力が働いていることは確かです。しかし、慈愛アモールは有り得ません。」

 天剛を少し下がらせると、大吉の光のような体はミコの前へ流れるようにやってくる。


「魂が急激に薄まり尽期じんごが近づいています。浄魂じょうこん輪廻りんねが飽和する前に、大穴牟遅オオナムチを探し、神后がなぜ隠されているのか、その真実を確かめなさい。」

 ミコが神妙しんみょう面持おももちでうなずくと、大吉はメイにその目を向ける。


「大穴牟遅に取り込まれて戻れなくなるとは… 神后の意識はいつも氷解ひょうがしかねます。大穴牟遅を奈落に戻すだけでは駄目なのです。大きな力が働けば、また、同じことが起きます。」


 再びミコに目を戻す。

太乙タイイツ力添ちからぞえも得なさい。」

「ふん! そうなると従魁ジュウカイが必要にな~るな。」

「そうね、傀儡くぐつが動いているみたいだから小吉ショウキチにも見て貰いたいものが…」

 大吉の光の体が天剛とミコの間を霧のように通り抜ける。

 メイの前に立つと、我が子をいとおしむように頬にそっと手を|添え、優しい音を投げかける。


「あなたはアンリの愛に応えようとしても出来なかった。それは愛憎あいぞうを封じられた人類だからです。彼の魂は、今、それを知って安らかな存在になりました。」


 メイの無垢な瞳から、見えない涙がどっと溢れ出ていた。


「誰がどうやって愛憎を封じているのか、今は隠されています。今、大穴牟遅といういにしえノ神のかいが蘇えりました。彼があなたの隠された封を解く鍵になります。悲しい試練が訪れますが、立ち向かいなさい。そのための仲間があなたにつかわされたのです。」


(な、なかま…?)

 音は徐々に遠くなると、大吉の存在は完全に消えていった。


「ふん!従魁と小吉は地上界テラで合流でき~るであろう。があぁぁ、太乙~は…」

 「うふふ、さぁ、ミコ、行きましょ。」

 太乙がいつのまにか背後にいた。


 メイは、何が起きているか理解できなかった。

 ただ、心のつかえが取れる、という気分を初めて味わっていた。


 コォーン、コォーン

 美しい音色とともに門が閉じていく。

 再び、真っ白な空間の中にいた。


「戦になりヤガるか!」

 門の外で待っていた守人は不敵ふてきな笑みを浮かべていた。






      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「うふふ、やっと抜け出せ…たぁ~っ!っとぉ!」

 太乙が大きく伸びをして嬉しそうにはしゃいでいる。

 「守人を助けて貰った時…以来だから…そうね、250年ぶり?」

「本当は追い出したかったのよね。ふふっ、あら? イネは?」

 「えっ、誰が追い出し…」

「シーッ ここでしか言えないけど、何か大きな力が働いているの。まだ解らないけど大穴牟遅に会って確かめないと。」

 「ナムチは奈落に封印されてたこと恨んでるんじゃないの?」

「うふふっ、彼が恨むなんて有り得ないわ。ただ、神后はヘマなんてしないじゃない? 何かが可怪しいの。私も気付いていない何かが。」


「けっ、神ってやつが考えていヤガることは全く分からないね。」


 巨大な月を背に機械館に真っ白な光が宿る。

 一行は元の鉄カゴの中にいた。


 カン!カン!カン!カン!

「そこを動くな!!」

 警備員たちが階段を駆け上がってくる姿が見える。


「早速、きヤガった。こっちだ!」

 守人は床に転がっていたアーサーを肩に担ぎ、メイを小脇に抱えると、床から10mほどはある鉄カゴのてっぺんから軽々と飛び降りた。

「うきょっ? 待ってよ~」

 鉄カゴがイネの姿に戻る。

 「うぉぉぉお???」

  「でぇ~?」

   「いやぁあ~」

 足場を失った警備員たちが落ちていく。


 ザッ!ザッ!ザッ!

 今度は、銃を構えた兵士たちが四方しほうから隊列を組んで現れる。


「うふふっ、さすが、用意周到ね。」

 「ナムチに気付かれてたってこと?」

「大丈夫よ。ナムチだったら、もう捕まってるわ。」

 「そうね… じゃあ、イネ! 消防馬車しょうぼうばしゃ!」

「うきょっ?えっと、どんなヤツだっけ?」

 「水で吹き飛ばす楽しいやつ!」


 イネはガッテン!と手を叩くとホース姿に変身し、兵士たちに向かって勢い良く放水を開始した。


「どわ~!!!!」

 悲鳴を上げながら押し流されていく兵士たちを尻目しりめに、2人と人狼フェンリル、そして美蛇魔女と灰兎を乗せた消防馬車は闇の中へ走り去っていった。






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      エピローグ

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「ヘルフリート様、追い詰めますか?」

 「いや、まだだ。他にもいるはずだからな。」

 細長い氷目の男が赤ワインを片手に振り返る。


(ふん、 あれが太乙か。

 やはりな、もうこっちに気付いているようだ。)


 エッフェル塔の第一展望室。

 シャムシールアラビアの剣、棘のついた棍棒こんぼうに鞭、小型の連弩れんど

 奇抜な武具をそれぞれにまとったゴロツキのような黒い近衛服このえふくの一団が、思い思いにグラスを空けながら一部始終を見ていた。






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(次回)第3節「隻眼せきがん灰兎はいうさぎ

    Episode3 "Sekigan gray hare"


 1890年、陰謀渦巻いんぼううずまく混乱のヨーロッパ。

 集った守人衆もりびとしゅうの仲間たち、異形いぎょう傀儡くぐつの正体とは?

 メイに迫る悲しい試練、一発の銃声が響く。

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