8話 十二の月将

Chapter8 "Twelve signs of Moon"



 ぷうぉーん

 真っ白な空間に丸い扉が現れると、中から柔らかな機械の音がれてきた。

「うきょっ! 小吉ショウキチ!、小吉ぃ~」

 イネは扉の奥に飛んで行くと、甘えた声でモフモフの大柄な毛皮に飛び乗る。

「相変わらず黙々もくもくアイテム作りね。あれはもう完成したの?」


「うぉぉ… ミコ~」

 全身を覆うフサフサの白い毛、顔の左右の端に申し訳なさそうに付いている小さな小さな細い目、額の真ん中に膨らんだ一つ目のような模様の角は、ギリシャ神話で描かれるサイクロプスを思わせた。

 その巨大なモフモフの羊は、甲高いうなり声を上げながら振り向くと、うるんだ優しい小さな小さな眼差まなざしをミコとメイに向ける。

「メイも良かったぁ… 時空の狭間に消えたんモンだと…」

「じくう? の狭間?」


「アガルタに行った時に通った時空門を覚えているか? メイ。あの外側のことだ。放り出されると戻れない。奈落ならくよりも厄介やっかいな空間、ということだ。」

 クサギは飛行船での戦闘映像を映し出しながら応えた。


 飛行船の前に突如巨大な傀儡ギガスが現れ、舳先へさきに取り付く。

と同時に大きな火花が散り、飛行船もろともその姿が消えていく。


「クサギ、そこ、もう一度見せて。従魁ジュウカイが墜落する間際まぎわに、一瞬、世界が消えた、って感じた。あの時、私たちは時空門に飲み込まれたっていうこと?」

 ミコがクサギに問いかける。


「恐らく、ギガスは時空門から現れ、従魁ごと時空門にみんなを引き込んだ。その後、何らかの力が働き、125年過ぎた今日、同じ空間に放り出された、ということだろう。」

可怪おかしいわね、時空門をあつかえるのって、もう私しか…」


「なぜ戻す必要があったのか、そこがあやしいの。」

 蛇のようにしなやかに動く長い髪、奇跡のダイナマイトボディライン、そのボディぴったりの青緑色の超ピチピチミニドレス!

「おおっ! 太乙タイイツさんって、ナマはやっぱ超セクシーっす!」

 はじける封人。

「えっ?(なんで知ってるの?)」

 ミコが驚いて振り返る。

「ふふ~ん、羊の小吉ショウキチとりの飛行船が従魁ジュウカイ、ときて、Gカップでウェスト40、11頭身の奇跡の美魔女ときたら…

太乙タイイツしかいないっしょ?

 師団長マスター六壬神課りくじんしんか知らないはずないっすからね。

 しかし、キャライラストとも、かな~り似てる。ヤバっ、まさに奇跡のボディ。」

「うふふっ」

 太乙はなまめかしいポーズで、興奮して話す封人にからみつく。

「本当にGカップかどうか確かめてみるぅ?

 は~い、 ど・う・ぞ」

 体をピッタリ押し付けながら、小吉が取り出したゴーグルを封人の首にかける。


「どういうこと?」

 ミコが怪訝けげんな顔で、太乙と小吉を交互に見る。


「ふふっ、この子があなた達を呼び戻した最後の八上やがみの魂かも。」

「ええっ!そうなの?」

 クサギの方が驚く。


「ちょっ、これスゲェ!まじ? 四連射も!」

 ゴーグルをかけた封人が、太乙のGカップに目もくれず、手を空で振りまくってはしゃいでいる。

 どうやらゲームと同じ要領で使えるアイテムらしい。

「なるほどね…うんうん」

 封人は独り納得すると、小吉に向かって指をさしたポーズを決める。

「 "ハゼリア" 作ったのは、ふふふふ、

 小吉さん、あな~た、なんですねぇ~?」

「でへへ」

 小吉が嬉しそうに目を細めた。


「んふふふふっふっふ! Level8の秘儀アイテム 黒天破邪こくてんはじゃ!これ見つけてんの、まだオレしかいないし。」

 キラリン!!


(えっ? まだ、Level8? じゃ、まだ因幡に到着してないんだモン…)

 小吉はしくった顔に見えた。






      △ ▼ ▽ ▲ △


「ミコたちが消えた後、恐ろしい戦争が何度も起きた。なのに、アガルタとは音信不通おんしんふつうのまま。」

 太乙が見えない空間を慣れた手つきで操作しながら呟く。

 「向こうからのコンタクトは?」

「あっちの "大吉ダイキチ" が動かないこと自体、可怪しいわ。何かが隠されている。向こうは危険かも…」

 「そうね…ん? それで封人にあんな武器を持たせたの?」

「うふふっ、あれは小吉の趣味かな? あの子、かなり上手らしいわよ。ゲームだけじゃなくて、色んな・こ・と。」

 「…だと良いけど。 足手まといはゴメンだわ。」



 シュッ、シュ!

 封人は、体術のトレーニングにいそしむメイを眺めていた。

「心配か?」

 クサギが隣に腰掛けながら声をかける。


 「うん…きたえすぎかなぁ、なんて」

「大切な人を守れなかった。その念が強すぎる…ということだ」

 「いや、そういう重いやつじゃないっす。理想的なCカップのおっぱいに見えるけど、筋肉除いたら本当はB? Aだったらどうしよう…って」


 ボコッ!


「あんた、傀儡くぐつが来ても助けてやんないから!」

 小吉の肩に乗っていたイネが、イタヅラっ子の顔で、さらに大きな道具箱を封人の頭の上に落とす。


 ドゴッ!!






      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

        …数刻ノ後…


「さぁ、行くわよ」

 ミコは背筋を伸ばすと眼帯アイパッチを外した。

 右眼の奥から一筋の光りが発せられ、壁に紋章もんしょうを映し出される。

 ただ白いだけだった床と壁が楕円形だえんけいのカプセルに姿を変え、5人を包み込んでゆっくりと浮かび上がる。

 いつの間にか巨大な回廊かいろうが現れ、クサギと小吉が見送る中、カプセルはスッとその中に進んでいった。


 回廊に入ると、カプセルは宇宙のような黒く歪んだ空間の中を進む。


「うぐっ…、痛っ、」

 「どうしたの?」

  ドサッ!


 急に眼を抑えて痛がる封人に太乙が声をかけた瞬間、黒く大きなかたまりがカプセルの中に飛び込んできた。


「ミコりん、舟を戻せぇ!」

 真っ黒い塊の中から やせ細った獣の顔が現れて、息絶え絶えに叫ぶ。


「罠になっていヤガる!」


(…!!)

 イネが大粒の涙を残しながら守人に向かって飛ぶ。






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      エピローグ

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「大丈夫ですか?、体は動きますか?」

陥没かんぼつした教室、レスキュー隊員が取り残された少女をハンドライトで照らす。


「あいつはどこに連れて行かれたの!」

 「はい?」

「くそっ、あのイカれたコスプレ女…」

 「あの~ この娘は気にしないでください。早く助けてください!お願いします!」

千翠つばさの後ろから琴乃ことのが叫ぶ。


複数の大型サーチライト、飛び交うヘリコプターの群れ、道を閉鎖する警官隊と自衛隊員。

まるで戦場のような厳戒態勢が敷かれていた。


『こちら特科 宮田です。三階南奥、取り残された生徒5名を視認。けが人は不明です。応援願います。どうぞ。』

 ザザーッ… ザザーッ…

「あれ? 山口さ~ん! そっち、無線入りますか?」

後ろのバディに声をかける。

「駄目、入らな…  がっ…」

「や、山口さん?」



 パンパン! バーン、パパン! パン!

 校庭の方から銃声が響く。


「がぁ~っ!」

 ドサッ

 鈍い叫び声の後、千翠つばさの目の前に有り得ない角度に折れ曲がった、オレンジ色のレスキュー服に包まれた肉塊が落ちてきた。


「きゃあ~ぁ…」

 ブルンブルンブルン、バリバリバリバリ

琴乃ことのの悲鳴がヘリコプターの音にかき消されていった。






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(次回)第2節「絡繰からくり幻月げんげつ

    Episode2 "Karakuri Moon dog"


 時は1889年のパリ、看護師として一人前に育ったメイ、19才の初夏。

 幼馴染に誘われ、夜の万国博覧会会場ばんこくはくらんかいかいじょうに侵入する。

 灰兎の時計の音とともに、未知の世界 "アガルタ" へ。

 運命の歯車が回り始めた。

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