2話 神船の攻防

Chapter2 "battle on the flying ship"



 シャアアアアアア!


 恐怖そのものを顔に貼り付けた異形いぎょう傀儡くぐつかすれ声をあげながら少女に飛びかかった。


「メイ、後ろ!」

 少女は、金色に輝くショートヘアの残像を残すと、羽交い締めにしようと飛び込んできた傀儡くぐつの前からその姿を消す。

 後ろを取ると、いとも簡単に傀儡の首をひねって投げ捨てた。


 胸元の開いた黒皮のコルセットに、スリット入りのミニパンツ、ロングブーツにグラブに丸ゴーグル。

 まるで映画の撮影現場から抜け出してきたような スチーム・パンク スタイルのボーイッシュ系少女。振り向きざまに、声をかけた "灰色の兎" に向かって慣れた手つきで何かを投げつける。


 トン


 半透明の傀儡が姿を現すと、"灰色の兎" の前で崩れ落ちていく。

 その眉間みけんには、小さなメスのようなナイフが深々と突き刺さっていた。

 メイと呼ばれた少女は、陶器人形のような秀麗しゅうれいな顔立ちには似合わない、ぶっきら棒な口調で応える。

「気ィ 抜いてんじゃないの」


「分かってたのに…」

 少し不服そうな声で "灰色の兎" が呟いた。


 子供用の兎の着包きぐるみにも見えるが、巧みな模様の施された眼帯アイパッチ眉間みけんの大きな十字傷じゅうじきず、折れた片耳にぶら下がる大きな薄紫真珠ピンクパールのピアス。

 海賊さながら無数の傷跡の残る茶革コート姿は、歴戦の戦士の風体ふうたい

 慣れた手つきでライフルを構えると、ためらわずに引き金に指をかける。


 パァーン

 乾いた銃声の先で、喉を撃ち抜かれた傀儡が弾け飛び、飛行船の舳先へさきから遥か下の海に向かって落ちていく。


 Dupuy de Lomeデュピュイ・ド・ローム号と印されている白銀しろがねに輝く流線型りゅうせんけいの飛行船。

 美しく羽状うじょうに組み合わさった印象的な船首、鷲のくちばしのような帆に覆われた甲板。

 その船底には、蜜に群がるアリのように、黒々とした無数の傀儡がうごめいていた。

 ドグオォーン、 バン・・・ババン・・・

 爆音とともに、側面にズラッと並んでいたプロペラが順々に吹き飛んで海に散っていく。

 グラっと大きく船体が揺れはじめた。

 船底にへばりついていた傀儡どもが、爆発で開いた穴から次々と中に入り込んでいく。

「チッ、 動力体がわれると厄介ね…」

 甲板に辿り着いた次の傀儡に照準しょうじゅんを合わせながら "灰色の兎" が舌打ちする。


 パチ、パチ

 ライフルのスコープがまばたきする。

「ねぇねぇ、このままじゃ従魁ジュウカイ、壊れちゃうんじゃない?」

「そうね、確かにこのままじゃマズイわ。」


 バリ! バリ、バリ!!

 クォーォォオーン…

 羽状うじょうに組み合わさっていた船首が裂け始め、飛行船は生き物のように甲高い悲鳴を上げた。


 グウォオオ!!

 低い唸り声とともに、裂け目から巨大な傀儡が顔を覗かせる。

「ギ、ギガス巨人兵まで!? くそっ、早く引き離さないと…守人もりと! 上昇できる?」

 「上昇は駄目だ! じきに弾薬庫もやられる! 爆発しヤガるぞ!」

 "灰色の兎" の背後から、獣の顔をした長身の黒い近衛服このえふくの男が太いライフルと短銃を撃ちながら叫ぶ。


 トン、トン、ト、トン

 ギガスの腐敗臭から逃げるように、メイ は甲板から船尾にジャンプしてくる。

 ひたいの汗を拭うとけわしい表情で "灰色の兎" に耳打ちした。

「ミコりん、ナムチの気が消えた」


「そうね、でも、もう従魁ジュウカイが持たない… そこ! 海岸線沿いの林んトコから海に墜とす!」

 "灰色の兎ミコ" が守人もりとに叫んだと同時に、



 一瞬、世界のすべてが消えた…



 次の瞬間、何もなかったはずの海岸線に、無数の家々が立ち並んでいた。

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