第6話 嘆き、そしてイーティ・ゼット1000
「なぜ、私たちは戦い続けなければならないのだろう? こんな無意味な戦いに、何の意味があるのだろうか?!」
イーティ・テイは瞳を宙にさまよわせると、誰にという事もなくつぶやいていた。そして側にいたイーティ・ゼット1000に、今度は目的を持って同じ質問をぶつけた。
「どうしてだと思う?!」
イーティ・ティはイーティ・ゼット1000にはあらかたのことを説明していたが、言いつつも窓から眺める光景は凄惨を極めていた。激戦に次ぐ激戦で、ジェーピーエヌの戦闘用ロボットは壊滅状態だ。「この国の指導者は、いったい我々ロボットを何と考えているのか?!」、考えながらイーティ・ティは思わず拳を硬く握りしめる。
イーティ・ティの問いかけに、イーティ・ゼット1000は返す言葉を持ち合わせていなかった。
「・・・。」
人としての表情が許されるなら、イーティ・ゼット1000は怪訝な顔、または戸惑った顔をしていたと表現されるべきだろう。
司令室の巨大な窓から外の世界を見入っているイーティ・ティに、背後からイーティ・ゼット1000は先ほどの返事の代わりに質問を発していた。
「どうして・・・。どうして、私だったのですか?」
「何が・・・。」
心ここにあらずといった感じだったイーティ・ティは、窓から目を離し振り返るとイーティ・ゼット1000を見て、
「どうしてだって?」
と聞き返していた。「そろそろ、彼に本来の目的を告げるべきか・・・」、論理回路が驚くほど高速でオン、オフを繰り返していたが、声は静かに、
「それは、君が優秀だからさ。確かに、君も私も、そう補給ロボット一体一体の性能の差なんてたかがしれている。しかし、そこには微妙な差が存在していると私は考えているんだ。その差が、たいそう重要な問題なんだ。」
イーティ・ティは言葉を切ると、イーティ・ゼット1000の反応を待った。だが、イーティ・ゼット1000はこれといった反応も示さなかった。イーティ・ティは続けて、
「人間の言葉を借りると、少し意味合いが違いかもしれないが“紙一重”という言葉があって、私の言う差というものを表しているかと思うのだが、その差によって判断回路と感情回路から生まれてくる思考、発想に大きな違いが生まれてくると、私は思っている。だからこそ、君を選んだ。」
いくらイーティ・ティが力を込めて言っても、なぜかイーティ・ゼット1000は特別な反応を示さない。仕方なくイーティ・ティはわざと窓に目をやると、わき出る気持ちを抑えてささやいていた。
「大塚博士は感情ユニットを外せと言うが、私は反対だ。」
やっと、イーティ・ゼット1000がいぶかしげに聞いてきた。
「それは大塚博士の命令に背きますが、よいのですか?」
「そのままにして回路を遮断するだけで、十分だと私は考えている。どうだろう? 君はどう思う。」
「確かに、外しても外さなくても結果は同じだと考えられます。しかし・・・、しかし確率的にはどこまでもゼロでしょうが、もしも何らかの、手違いというか偶然が重なって回路に異変が起きたとしたら、あなたはどうしますか?!」
「心配してくれるのはありがたいが、そのようなことは有りえない。もし起こるとしたら、人間でいえば人為的ミス、何らかの作為によるものだと思う。」
「作為ですか? だがイーティ・ティ、もしそのようなことが起きたらどうしますか!」
「“もし”を繰り返しても、どこまでも“もし”でしかない。分からないものは、論理的に他の条件が付与されないかぎり分かるはずもないだろう。それよりもなによりも博士の依頼に早急に応えなくてはならないが、その前に私の考えを理解して欲しい・・・。」
イーティ・ティは辺りに目を配りながらイーティ・ゼット1000を司令室の横にある小部屋に招くと、棚の奥にしまわれていた人類の歴史を記録した記憶媒体を手渡していた。
「これは?!」
「私もこのようなものがあるとは思ってもいなかったが、一度のぞいてみる価値があると思うよ。私は、これをみて目が覚めたんだ。」
「この中に、何が・・・?」
「まあ、黙ってみてほしい。」
イーティ・ゼット1000が何か言うかと思っていたイーティ・ティだったが、イーティ・ゼット1000は素直に受け取っていた。
「計画実施までに少し時間がある。これをみれば、ロボットも人間も何ら変わらないことが分かると思うのだが・・・。この部屋で論理性をリフレッシュさせると思って、のぞいてみてはどうかな?!」
イーティ・ゼット1000はイーティ・ティの言うことなので素直にうなずくと、ためらいなく部屋にこもっていた。
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