第5話 決断

 イーティ・ティは大塚博士の話を静かに聞いていたが、おもむろに口を開くと、とは言ってもイーティ・ティに人間でいう口などあるはずもなく、口がないということは声帯があるわけでもないので、人間社会で言うところの「気」、ある種のテレパシー、もっと言えば量子もつれ現象を使ってロボット同士の会話を交わしていたのだ。

 それは人間との場合も物理的に同じで、わざわざ人の脳に電極を埋め込むことなく会話することが出来るはずであった。出来るはずだったというのは、イーティ・ティ自身が今までに人間と直接会話したことがなかったからである。

 だが、何の支障もなく博士の話を自然に聞き取れたということは、人との会話が可能ということを論理的に証明していた。イーティ・ティは、口を開いていた。

「私が思うに・・・。」

 そこで言葉を切ると、

「それは、相談というよりは命令ですね。」

 イーティ・ティは、抑揚のない声で博士に伝える。

「そう、そのとおりだ。これは・・・、命令以外の何ものでもないのだよ。ただナンバーワン、君のような天才ロボットに私は命令などしたくない。だからこれは、あくまでも相談だ。」

 そう言って、博士はイーティ・ティの顔色をうかがった。だが、金属よりもはるかに高い強度と耐久性、耐熱性に優れた合金繊維で形成された顔に顔色などあるはずもなく、うかがわれたイーティ・ティは博士の行動に論理性を見いだせなかった。

「私としては君を、どこまでも片腕・・・。私の相棒と思っているから、相談なのだよ。」

 博士は自分の言葉の反応を見るために、イーティ・ティを見つめた。イーティ・ティはイーティ・ティで別の観点から博士を見つめると人体の表面を解析して、人という生命体がありとあらゆる生命体反応の化学工場なら、我々ロボットはありとあらゆる物理的工程を踏んだ半導体工場かと、ごく自然に考えていた。だが博士の挙動、見つめることに何か意味があるのか、それはイーティ・ティには分からなかった。

「私は、ロボットです。ロボットが、人間の相棒になることはあり得ません。人の命令をマザーによって与えられたプログラムに基づき判断し、かつ経験という自己学習と、それによってもたらされた感情の蓄積の中で聞くか聞かないかを決定しますが、命令が反社会的でない限りは従うようにつくられています。」

 「マザー? 大昔に言われていたAGIによるシンギュラリティのことか?!」、今ではプログラム作成そのものが博士の関与するところではなかったので、今の今まで頭には“シンギュラリティ”という言葉はなかったのだ。

「これまでの博士の説明と、私が知り得る戦場の様子から判断して、ジェーピーエヌが危機的状況にあるのは、よく分かりました。博士が言われるように、仲間のうちの半数を戦闘用に改造することは致し方ないことだと判断できましたので、命令を受けさせていただきます。ただし・・・。」

「うん? ただし・・・、何だね?」

 口のないロボットの顔を見ながら、博士は戸惑ったように問いかけていた。イーティ・ティは、何の戸惑いもなく言葉を続ける。

「この計画を推進するには、私ひとりでは物理的にも倫理的にも無理があります。」

 イーティ・ティの声、頭の中に何の抵抗もなく入ってくる声を聞いた博士は、安堵したのか寄せていた膝を離すと体を椅子に沈めた。それからシャツの第一ボタンをはずして、くつろいだ様子を見せると肘掛けを爪ではじきながら、言葉を続けるよううながしていた。

「私は博士の相棒ではありませんが、私には相棒が必要です。そしてその相棒とは、同僚のロボットのことです。」

「ロボット? ナンバーワン、君の相棒にロボットか?!」

「そうです。この計画のすべての面で私をサポートしてくれる、物理的にも倫理的にも同僚の相棒が必要なのです。」

 博士は爪で拍子をとるのを止めると、わざとらしく脚を組み直しながらも大きくうなずく。

「そうか、あい分かった。相棒の件は、同意した。それで・・・、この表現はおかしいな・・・。まあ、いいか。それで誰を相棒にしたいのだ?」

 イーティ・ティは笑みを、といっても当然フェイスではなく回路の中でのことだったが、

「はい、できればイーティ・ゼット1000がよろしいですね。」

「イーティ・ゼット1000? ラインの最終モデルだな?!」

「そのとおりです。彼は最終モデルにふさわしく、かなり優秀なロボットです。」

 一度、目を閉じた博士は再び目を開けると、手にしていた喫煙用のパイプを器用に一回転させて空いた手のひらを打つ。

「分かった! この件については、すべて君にまかせた。とにもかくにも一日も早く、この計画を実施して完了させてくれたまえ。」

と、鷹揚おうように言っていた。

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