第27話 ミャンマー
ミャンマーからタイに出発する前日。
僕は一番長く逗留したトーキョーゲストハウスで働く日本語ペラペラのミャンマー人青年、モルさんと一緒にいた。彼には僕がバガンに行く夜にお茶をご馳走になっていて、その時必ずまたここに戻ってきてお返しをすると約束していたのだ。
僕らは最初の夜と同じ店に行く。店といっても半露店なのだが落ち着いた雰囲気の場所だった。
「ごちそうになります」
モルさんははにかみながらとても喜んでいた。彼にとって、僕は友人と呼べる存在になれているのだろうか。もしそうなら、僕にとっても嬉しいことである。だが中国人ジョーにまんまと利用されたことが僕の頭を過ぎる。
モルさんとジョーは違うと分かっていても、なんだか会話に身が入らない。
僕の様子がおかしいのを察してか、モルさんはしきりに色々な話を振ってくれた。
「バガンはどうでした?マンダレーは?」
「バガンはとても美しかったです。マンダレーでは素敵な出逢いがたくさんありました」
「そうですか。良かった。ミャンマーはどうですか?好きですか?」
「ああ、ミャンマーは好きです。ミャンマーの人も好きです」
僕がそう言うと彼はホッと胸をなでおろした。
「良かった。また来たいですか?また来てくれますか?」
彼は子供の様に目を輝かし、とても嬉しそうにそう言った。この顔だ。どうしてこの国の人はみんなこんな表情ができるのだろう。その目の輝きが美しく、また眩しくもあった。
「ええ。きっと来ると思います」
僕は嘘をついた。多分、もうミャンマーには来れないと分かっていた。少なく見積もって十年以上は来れないと思う。だが僕は嘘をついた。正直に言わない方が相手が救われることもある。
「じゃあ約束です!きっとまた来てください。そしたらまた、この店でお茶をごちそうします」
「はい。是非」
僕はゲストハウスのオーナーが言っていたことを思い出していた。
『外国人にも良い人間と同じだけ悪い人間がいる。日本人がそうである様に。同じ人間なのだから、当たり前のことです。よく見極めなさい』
ジョーがもし悪い人間だったとして、僕を利用したとして。だがそれがなんだ。今目の前にいる青年は確実に良い人間で、僕は彼が大好きだった。それで良いと、そう思えた。
僕らは固く握手を交わした。その時少しだけ、何故か僕の心がフッと軽くなった気がした。
次の日は朝早く、モルさんやオーナーにロクな挨拶も出来ずゲストハウスを後にした。
出国手続きはなんの問題もなく終わり、僕はタイに戻る飛行機に乗り込んだ。
離れゆくミャンマーの地を下に眺めながら、ここで出会った人々を思い出していた。
色々あったけど、僕の人生は日本にいる時より間違いなく豊かになりつつあった。出逢いと別れを繰り返し、時には人の優しさで生まれて初めて涙を流す事もあった。どうあっても、僕はここに来て良かった。最後はそう思えたのだ。
さよならミャンマー。本当にありがとう。
「またいつか、何処かで」
誰に言うともなしに、僕は心の中でそう呟いた。
ミャンマーの空は日本と同じでただただ青く、飛行機は心配になるくらい揺れていた。
『身体はアジアの旅の空、心は実家の部屋の中〜タイ・ミャンマー編〜』
了
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