第25話 ミャンマー ヤンゴン行きの長距離バス
バスは相変わらずガタガタと揺れながら、道の悪い場所をひたすら走り続ける。
本当にこのバスは目的地に着くのだろうか。僕はミャンマーの首都(2010年時点)ヤンゴン行きの長距離バスに揺られながらそんな風に考えていた。しかしながら、バスの中は恐ろしいほど寒く、エアコンが殺人的に車内を冷やしていた。
周りを見渡すと、みな毛布にくるまって寝ている。
おいおい。エアコンかけて毛布にくるまるなら、エアコンの温度上げろよ。
僕はそう思いながらも、それをドライバーに伝える英語力に事欠いていた。
ミャンマー人はみな毛布で寝ているし。隣では太った中国人のビジネスマンが、いびきと汗を盛大にかいて寝ていた。よくこんな寒いとこで寝られるなと思ったが、考えてみれば彼はかなり太っていたので体感温度が違っているのだろうと思った。
何度か気絶しかけながら、僕は必死に寒さをこらえていた。
どれくらいそうしていただろう。僕はふと、バスが停まった事に気がついた。
はて。もう着いたのだろうか。いや、幾ら何でも早すぎる。まだ夜だったし、到着は明朝5時のはずだった。
とにかく無性にタバコが吸いたくなった僕はそのまま外に出た。そこは、だだっ広いグラウンドの様な場所で、売店と思しき掘っ立て小屋が何軒かあるミャンマーのサービスエリアだった。車内と打って変わって、外はジメジメとして生暖かった。それでも僕には十分にオアシスに感じれた。ゆっくりと身体の温度を取り戻しながらタバコをくゆらしていると、バスから寝ぼけマナコの隣の中国人が降りてきた。彼は太った身体でのそのそ歩きながら、辺りを注意深く見回していた。
突然、そこらを歩いてる行商人を捕まえ何かを買っている。見ると、よく分からない弁当をいくつか買い込んでいた。
独りであんなに食うからあの体型なんだな。なぞと呑気な事を考えていたら、突然彼がこっちを見て手招きしてるではないか。
「ヘーイボーイ!カモーン!」
「へ?」
僕が驚いて自分を指差すと、彼は一層激しく首を振り大きく頷いた。
「イエース!ジョインミージョインミー!」
飯に誘われているんだとすぐに解った。どうやら彼は、僕がお金が無くて仕方なくタバコを吸っているんだと勘違いしたらしい。その証拠に、周りにいる乗客たちはみな飯を食べていた。このシチュエーションはそう思われても仕方ない。正直お腹は全く減っていなかった。しかしそれを失礼なく断る英語力を持ち合わせていない。この旅はことごとく自分の英語力に苦しめられている僕だった。
仕方なくご相伴にあずかる事にした。
ミャンマー弁当の内容は、よく分からない湿ったサンドイッチとゆで卵だった。そこそこに悪くない味だった。
弁当を奢って気分を良くした中国人の彼はバスが発進した後もしきりに話しかけてきた。
「僕の名前はジョー(恐らく英語名)。ビジネスでミャンマーに来てる。もう7回目さ。よろしくね。キミ歳はいくつだい?」
「26歳です」
「若く見えるね。日本人だろ?」
「そうです」
「地震は大変だったね。キミは東京?」
「そうです」
「そうか。何も出来ないが、応援してるよ」
とまあ、こんな感じの事を聴き取りやすい英語でペラペラと喋った。特に盛り上がったのが中国の小説についてだった。僕は中国の武俠小説というにが好きで、特に金庸という作家の作品が大好きだった。金庸の事を話すと彼はすごく驚いていた。
「凄いなキミは。そんな爺さんが読む様な本を読んでいるのか」
他にも西遊記が日本でとてもメジャーな作品だと話すと更に驚いていた。
「中国人の知らないところで、そんなことになっているのか」
とにかく時間は幾らでもあったので、ジョーと気の済むまで色々な話をした。もちろん全て英語による会話だったので彼が僕の歩幅にかなり合わせてくれた事になる。
そうこうしてうウチに、バスがヤンゴンの町外れの広場に到着した。外に出て荷物を受け取ると夜はすっかり白んでいて、明け方のヒンヤリした空気が身体を包み込んできた。
さて、ここからどうしたものか。ひとまず宛のない僕はもう一泊、例の日本人オーナーのゲストハウスに泊まろうと考えていたがそこまでタクシーに乗っていかないといけない。僕がしきりにタクシーを探していると、中国人のジョーが肩を叩いた。
「なあキミ。キミはどうする?」
「宿に泊まります。明後日に空港に行くので」
「そうか。僕は今日出国なのだが、キミの宿は空港まで近いかい?」
「車で15分くらいです」
「そうか。じゃあ一緒に乗っていこう」
「え?」
僕に選択の余地はなく、グイグイとジョーに引っ張られ気がつくとタクシー運転手を集めて競り市の様な状態になっていた。
「10ドルある。これでゲストハウスまで行く奴はいるか?」
ジョーは10ドル札をヒラヒラさせて声を張り上げた。しかしどう考えても10ドルは安い。ドライバーは誰も手を上げない。
「解った。15ドルだ。これ以上はない」
距離的にいうと20ドルくらいの場所だと思う。ドライバーたちは固唾をのんで見守っているが相変わらず拮抗状態だ。
「クイックリー!クイックリー!早くしてくれ!」
ジョーが叫ぶ。しびれを切らした一人のドライバーが手を上げたので僕らは彼のタクシーに乗り込んだ。
「簡単さ」
ジョーがドヤ顔で僕にそう言った。僕には到底真似できない交渉術だった。
タクシーは程なくして、トウキョウゲストハウスに着いた。お金は全てジョーが出してくれた。
僕は何度もジョーに頭を下げてお礼を言うと彼がこう言った。
「ねえキミ、ちょっとお願いがあるんだが」
僕は彼の目が、鋭く光るのを見逃さなかった。
続く
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