第23話 マンダレー 日本語学校
「ようこそいらっしゃい。はじめまして」
ミャンマー日本語学校で僕らを受け入れてくれたのは3人の若い先生たちだった。彼らはオーナーに雇われてここで講師をしているそうだ。学校というより町の学習塾程度の規模で、生徒全員でも50人に満たない。
「ここで勉強して将来的に日本に行けるように頑張っています」
何人かの生徒を紹介されて日本語で話した。レベルも歳もマチマチだったが、皆一様に目がキラキラと輝いていた。皆、日本語を勉強してる割に日本人に会ったことがないという生徒が多かった。
「どうして日本語を勉強してるの?」
と聞くと
「ムズカシクテ、オモシロイ」
という生徒が大半だった。
勉強してるウチに日本が好きになり、あまり手に入らない日本の曲をMP3プレイヤーで毎日聴いているという女の子もいた。驚くべきことにこの国でMP3プレイヤーを持っている子がいたのだ。そう言えば気が付かなかったが、ここの生徒たちは皆ミャンマー人にしては小綺麗な身なりをしていた。先生たちもビシッとしたスーツを着ている。ボロボロのルンギーを纏った人は何処にもいない。
先ほど道ばたで母親に物乞いをさせられていた子供と大して歳の変わらない生徒もいる。
なんて貧富の差が激しい場所なんだろう。僕のゆとりな頭では処理するのが困難なくらい、ミャンマーの事情は複雑だった。生徒たちは皆優しく僕らを大歓迎してくれたが、僕はさっきの物乞いが頭をチラついてなかなか素直に笑えなかった。
同行していたカワセさんは現役の教師ということで、特別に15分ほど日本語の授業をしていた。彼は異国の地で教鞭をふれることに興奮して、かなり情熱的になっていた。
カワセさんの授業が終わり、生徒たちと別れ僕らは再び歩いて宿のある場所まで戻ってきた。僕らはクタクタだった。とにかく歩いたし、とにかく暑すぎた。
すっかり陽が傾いた宿の屋上に上がり、ビールとタバコを片手に今日の反省会をした。
「物乞いをする子供とMP3で日本の曲を聴いて日本語学校に通う子供。どちらも同じ国の子供で同じ町に住む。この国はなかなか理解するのが難しいです」
僕が知った風な口をきくとカワセは力の抜ける笑い方をした。
「他国を理解しようとしない方が賢明ですよ。自分の国だって解らないんだ。そう考え過ぎないことです」
「はあ」
「でもね。他国から学べることはホントに多いですよ。私は今回、ミャンマーから大きなことを学びました」
「なんです?」
カワセさんはいつになく真面目な表情で、満天の星空を見上げてこう言った。
「国を救えるのは経済や改革。ましてや武力や武器ではない。国を救えるのは唯一、教育だけだということです。私は教育者で、本当に良かった」
彼は僕が出会ってきたどんな先生より情熱的で真っ直ぐな先生だった。
僕らは部屋に戻った後も缶ビール片手に夜通し飲んで語った。若い時もやっぱりパンツを変えないで旅した話や、インドの夜を訳もなく泣きながら歩いた話。ひと回りも歳が違う僕らだったが、不思議と壁はなかった。
次の日、僕とカワセさんの別れの日がやってきた。
続く
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