第22話 マンダレー 街中

「さて、次は何処へ行きたいの?」


ジョジョさんは僕らに暖かいお茶を差し出してそう言った。


ここへきて僕らは本当に至れり尽くせりだった。美味しいシャン料理をご馳走になったばかりか、ジョジョさんに案内され近くのお茶屋さんにやって来ていた。いわゆる先ほどのカフェとは違い、ヤンゴンでモルさんと入った様な簡易的な茶屋である。暖かいお茶が火照った身体に何故か心地いい。


「日本語を教えている学校があると聞きました。場所はご存知ですか?」


カワセさんはそんな感じのことを訪ねている。


「ああ、それね。行ったことはないんだけど前に私を訪ねてきた日本人の子が住所の書いてあるガイドブックを置いていったわ。家に取りに行ってくるから少し待ってて」


ジョジョさんはわざわざそれを取りに家まで一度戻ってくれた。とにかくフットワークが軽くて、前向きな印象の女性だとつくづく思った。


マンダレーは昼過ぎだったが流石に都会とみえて通る人たちはみな忙しなく動いていた。僕とカワセさんは暖かいお茶を手にしてのんびりとした時間を過ごしていた。この、のんびりとした時間の使い方こそが外国人旅行者だけに許された特権で実は凄く大切なものだと気がつくのはもっと後である。


「これこれ。持ってきたわ」


再び汗だくになったジョジョさんがシワシワの本を手に戻ってきた。正直それを見た時は大丈夫なのかと一瞬疑ったが、考えてみればどうしてもその学校に行かなければならない理由はなかった。


「ありがとうございます。ではこの住所を目指して行ってみます」


「本当は一緒に行ってあげたいけど、私も仕事が少し残っているの。そんなに遠くないし、ガイドブックに地図が載ってるから大丈夫だと思うわ。会えて良かったわ」


「ありがとう。学校から帰ったらまたお伺いしても良いですか?」


「もちろんよ。学校の話を聞かせてちょうだい。待ってるわ」


太陽はすっかりてっぺんに昇っていたが僕らはまるで時間を気にしていなかった。


ジョジョさんと別れて、僕らは炎天下の中を歩くことにした。何しろバスや電車といった公共の交通機関は皆無だ。短距離の場合、目的地までの手段はタクシーか徒歩だ。無駄に使う金はなかったが幸い無駄に使える時間は山ほどあった。そういうわけで僕らは歩くことを選択した。


しかしこれが予想以上に辛い選択だった。


とにかく暑い。しかもミャンマーに限ったことではないが、見知らぬ土地というのは何処へ行っても同じ風景に見えてしまい、正しく進んでいても迷ったような気分になってしまう。これは精神的には結構キツかった。一体自分たちはいつになれば辿りつくのだろうという不安にさらされていた。


オマケに道の途中で、一人のストリートチルドレンにしつこくたかられた。


「ミスターマニー。プリーズ」


おそらく小学校2年生くらいの年齢の子だ。愛想良くするわけでもなく。哀しい顔で情に訴えてくるワケでもない。能面のように無表情なのだ。コンビニでバイトするやる気のない学生のように、その子は僕にお金をせがんだ。


あいにくポケットに小銭はなく、僕は「ノー」というサインをだした。


それでもその子は10メートルくらいしつこく食い下がってついて来た。ようやくいなくなった時には僕もカワセさんもホッとしていた。


「見てください。あの子道路の反対側に渡って、女の人と何か話してますよ」


見ると確かに先ほどの子供が僕らがいたのとは反対側に渡り、みすぼらしい酷く痩せた女性と何かを話していた。おそらくあの子の母親だろうと、カワセさんは言っていた。


「親が子供を使って外国人旅行者からたかるのはよくある手口です。外国人は貨幣価値をイマイチ把握できていない人が多いから。僕らにとっての100円は彼らにも等しく100円ではないんですよ」


「なるほど。じゃああげれば良かったですかね?」


そういうとカワセさんは首を横にふった。


「分かりません。私もよく悩みます。本当にあげないことが正しいのか。子供が飢えているのを見過ごしてるんじゃないか、って。一般的にはあげないことが正しいとされていますがね。その答えは、簡単には出せません」


僕らはその親子のおかげでなんとなく暗い雰囲気に包まれてしまっていた。




ようやく日本語学校を見つけた時には僕らはすっかり疲れ果てていた。


続く

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