第2話 彼女の正体

寝床を提供、という事は、やっぱりじ、自分の部屋に案内しろ、という事だよな?

 女の子を部屋に上げた事なんて、勿論ない。いやそれ以上に、まともに会話した事すらない。そんな俺が、いきなり自分の部屋に女の子を上げようとしてるのだ。あ、やばい。いろいろもろもろ準備不足だ。


 ちなみに俺の家は実家ではなく、学校から徒歩5分以内にある学生寮。小さいころに離婚して、女手一つで俺を育ててくれた母さんが最近再婚した事もあって、空気をよんで家を出た。まぁ、新しい父親にも連れ子がいた事もあって、人見知りが発動したのも一つの理由だが。



「それにしても、古臭いトコだな」

「うっ!



 どうやら彼女はこの寮をお気に召さなかったらしい。洋館をリメイクした造りになっていて、俺的にはかなりオシャレだと気に入っていたんだけど。

 他の住人や、寮長に気づかれない様こっそりと部屋に入り、彼女をかくまう。心臓が口から飛び出そうなほど緊張している俺とは違い、彼女は部屋に入るなりドスンと絨毯の上に腰を落とした。腕を組みふてぶてしく見た後、一言。



「油揚げ!」

「は、はい」



 即座に、買って来た油揚げを手渡す。勢いよく袋をビリッと破き、可憐な唇を目いっぱい開け──



「~~、おいし~いっ!」



 ~~、可愛い~いっ! 何この最上級スマイル。菜々子ちゃんだ。菜々子ちゃんが目の間にいるよ! ゲームの菜々子ちゃんの好物は、マカロンというまさしく女の子~! なお菓子だが、そんな事はどうだっていい。いいじゃないか、好物が油揚げでも! この笑顔が見れるなら!

 


 ・・・・・・それにしても。寝床を提供しろって、家出をしてきたって事だろうか?

 今まで顔にばかり目がいっていたが、改めてみると、かなり奇抜な格好をしている。

 眉の上で綺麗に切り揃えられた前髪に、胸まで伸びたサラサラの黒髪。巫女装束の様な服を着ているが、下は短めの赤いスカート。靴は、動物の毛皮で造った様なブーツ。



「ってか! 土足! 靴、靴脱いで!」

「あん?」

「おい、容易く姫様に近づく出ないっ!」

「へ?」



 な、何か聞こえたぞ? 今。

 僕ら二人以外には誰もいないはずのこの部屋で、少し高めの声が響いた。



「何をアホ面かいておる。ここじゃ、ここ!」

「へ? わぁ!?」



 ドタッと後ろへひっくり返ってしまった。当たり前だ。女の子の髪の毛の中から、何かニョキッとキノコみたいなのが顔を出したのだ。何だこれ! 生き物?



「姫様も、どうしてこんな奴なんかに! まさか、協力者はこやつに?」

「豪鬼、うるさいぞ。私は今油揚げを心一杯楽しんでる途中だ」

「おのれ! 姫様を油揚げでつりおって! 下心しか見えんぞ!」

「これ、どうなってんの? おもちゃ?」



 菜々子ちゃん似の頭の上で、角を生やした小さい小さい女の子が喚いている。真っ白い髪に、ブルーの瞳。よく出来たお人形みたいだ。

 おっかなびっくりながら、そーっと指でその小さな頬をつつく。



「にゃ! にゃにをする! や、ちょっと!」

「わ~、ふにふにだ。コレよく出来てるね」

「やっ! やめろと言ってる! おのれ! ガッ!」

「痛った!!」



 突如突いていた指先に激痛が走った。慌てて指を引っ込めるが、角を生やした小さな女の子が思い切り噛みついている。ブンブンと振り回すが、カミツキガメの如く離れない。



「いたたたたっ! な、何なんだよー! ねぇ、菜々子ちゃん! どうしようコレ!」

「誰が菜々子だ。私はクミ。で、そのちっこいのが豪鬼。夜叉族の末裔だ。豪鬼」

「はっ!」



 やっと離れた。ぴょんと俺の指から飛び上がったかと思えば、ぼん! といきなり豪鬼と呼ばれたその子から煙が。何だ、壊れたのか!?

 だけど次の瞬間。



「えぇ!?」

「さっきから煩い奴じゃな。姫様の前だぞ」

「だ、だだだだだだって、君、今どこから!」

「豪鬼は体のサイズを自在に操れるんだ」



 突如として目の前に、赤い着物を着た女の子が現れたのだ。未だ油揚げを楽しんでいる女の子の横に、きちんと正座をして座っている。

真っ白い髪に、ブルーの瞳。そして、二本の角。風貌はまるで、さっきの小さな女の子だ。

 あまりの事に、おもいっきり壁側まで後ずさりする。何なんだ、一体。何が起こっているんだ!



「・・・・・・姫様。本当にこんなビビりチキン野郎で宜しいので?」

「人間なぞ、皆同じだ。使いやすければそれでいい」

「君たち、一体何なの!? マジシャンか何か?」

「マジシャン? なんじゃそれは。このお方は、妖界の姫君、クミ姫様じゃ。この度王位継承の為、人間界へ修行に来られたのじゃぞ!」



 いや、油揚げを堪能している女の子を、そんなドヤ顔で紹介されても。

 

何か言おうとするけど、パクパクと打ち上げられた鯉のごとく言葉が出てこない。異質だ。異質すぎる。何なんだこの二人は。いや、待て。取り敢えず落ち着け。疑似恋愛しかしてこなかったこの俺の部屋にだぞ? こんな美人が二人もいるんだ。そのミラクルを今は大事にしよう。ほら、恋愛ゲームだって、まずは相手を受け入れる事でイベントの幅が広がり、攻略へとつながるじゃないか!



「そ、そっか! 人間界に修行に~! どんな修行をするの?」

「取り敢えず、人間の事を知らなければならない。全く、この私に人間と暮らせなど、長も何を考えて・・・・・・」

「ガンバです、クミ姫様! この修行を終えれば、妖界は姫様の物になるのですぞ! この豪鬼、何処までもついていきまする!」



 受け入れるにも、キャパシティが足りない!

 中二病どころの話じゃない。精神がぶっ飛んでしまっている。ああ、だからリアルは嫌なんだ。ちょっとでも期待した俺がバカだ。

 頭を抱えて、



「わ、分かった。分かったよ。どこの精神病院から抜け出してきたの?」

「精神病院? 妖界から来たと言っておろう」

「うんうん。その妖界という名の病院は一体どこに──」

「おい、クロセミナト。お前今、この私を馬鹿にしているな?」

「え?」



 今になってようやく油揚げを食べ終えたクミという女の子が、すっくと立ち上がった。散乱している油揚げの袋を踏みつけながら、壁にぴたっと引っ付いている俺に近づいてくる。

顔には怪しい笑みを浮かべて。



「大妖怪、九尾狐の娘であるこの私が、人間なんぞに馬鹿にされているのか?」

「え、あ、いや! えっと」

「クロセミナト。私のこの力、身を以て体験してみるか?」



 彼女がそう言い終わった瞬間だった。スーッと、体の体温が下がっていく感じに、身震い。こんな感覚、味わった事が無い。身も心も、相手に支配されていく感覚。頭の奥深くで、警報が鳴り響く。何しているんだ、早く逃げろと。──だけど。



「クロセミナトよ。八尾狐の、玉藻クミ。私の修行、手伝ってくれるな?」



 彼女の後ろから、煌々と金色に輝く八つの尻尾。頭には耳が生え、いつの間にか彼女の瞳は赤に変わっていた。ああもう本当に。



「は、はひ」



 こんなの。どうやって攻略すればいいというんだよ。

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キミに恋した、僕が悪い @Aorin

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