キミに恋した、僕が悪い

@Aorin

第1話 理想の君は生きていた

 きっと自分は一生、心の底から人を愛することはないのだろう。

 産まれてから16年たつが、未だに女の子にときめいた事が無い。いや、だからと言って男に興味がある訳ではない。ただ、興味がないのだ。リアルな女の子に。


 俺の名前は、黒瀬湊。高校二年生。ちなみに、マンガ同好会所属。

 好きなものは恋愛ゲーム。大好きなキャラは、「君にくびったけ!」の相崎菜々子ちゃん。いろんな恋愛ゲームをこなしてきたが、この一年は、菜々子ちゃんにどっぷりはまっている。切れ長のクールな目に、黒髪の綺麗な長い髪。運動神経はいいが、勉強はからきし。しっかりしてそうに見えて、実はドジ。俺が見てないとダメなんだから~! という母性本能をくすぐるキャラだ。そんでもって、基本ツンデレという萌要素を何個も備えてるもんだから、たまらない。


 昨日プレイしたイベントでは、菜々子ちゃんをしつこくナンパした男たちとケンカになった俺に「誰が守ってなんて言った!? 余計なお世話なのよ! ・・・・・・でも、無事でよかった」な~んて顔を赤らめるもんだから、もう! もう!



「気持ち悪いよ、さっきから!」



 バシっ! と、頭に痛烈な痛みが襲った。揺れた脳みそに、思わず頭を抱える。いてて、と涙目になりながら「何すんだよ」と眉根をよせても、俺に鉄槌を下したソイツは俺よりもっと眉根を寄せ蔑むような目を向けていた。



「久しぶりに一緒に帰ってるっていうのに、さっきから一人でニヤニヤニヤニヤ! 人の話聞いてた!?」

「うるさいなー。だったら一人で帰ればいいだろ? そっちから誘ってきたのにいちゃもん付けてくるとは、これだから女は面倒くさいんだ」

「な、何よ!?」



 あ、まずい。と思ったときには後の祭りだった。

 俺の脳天を垂直にぶっ叩いた女の子は、顔を真っ赤にして、目にはうっすら涙まで浮かべている。なぜ、叩いた君が。

二人の間に駆け抜ける、気まずい静寂。この居心地の悪さは、いたたまれない。恋愛ゲームだったら、彼女の怒りを鎮める選択肢が出てくるが、これは現実だ。彼女の瞳にじわじわと涙が堪るのを、ただ見ているだけしか出来ないのだ。



「湊はいつもそうだよ! ゲームばっかして、私の相手はしてくれない! 昔はそうじゃなかったのに」

「いや、ごめんって。でもほら、俺たち趣味も違うし、正直、綾香の友達が誰を好きだのとか、誰が誰の彼氏を捕った~とかいう話、分かんないし」

「っそれはっ! 湊が私の話に興味を持とうとしないからでしょ! もういい! 私先に帰る!」



 ああもう、どうしろと。

 いわゆる幼馴染という事になる中川綾香は、くるりと振り返ってツカツカと足早に歩き出した。怒りに満ちたその背中を見ながら、ポリポリと頭を掻くしかない。


 綾香とは小さい時からの腐れ縁だ。俺とは違い、可愛くて明るくて、愛嬌があって。クラスでも人気者の女の子。スポーツ万能で成績も優秀の彼女とは、昔からずっと比べられてきた。


 「綾香ちゃんは凄いのに、何で湊は」親の口癖になってしまったその言葉にも、もう慣れた。勿論最初は、俺も頑張ろうって思ってたけど。顔もそこそこ、頭もそこそこ。大人数より少数派の俺には、ハードルが高すぎた。そう。この世界は、俺にはハードルが高すぎるのだ。


 そんな俺が必然的に行き着いたのが、二次元だった。アニメやマンガに小説。そして恋愛ゲーム。これ以上の楽しみがあるだろうか? 一人で空想にふけり、頭の中で構築されていく世界には、俺の理想だけしかない。今みたいに脳天を思い切りぶっ叩かれることも、つまんない話を聞かなかったからと泣かれる事も無いのだ。


 そこには理想の女の子がいて、理想の恋愛が出来る。理想の友達だっているし、理想の生活がある。誰にも傷つけられず、邪魔されずに済む。こんなくだらない現実より何百倍も面白い。



「何てたって、こんな俺にも菜々子ちゃんみたいなかわいい彼女が出来るんだからな~。マジ二次元感謝・・・・・」



 続けようと思っていた言葉を、不意に呑みこんだ。

 ・・・・・・嘘だろ? 嘘だろ!?

 視線が動かない。体が硬直していくのが分かる。こんなに目を見開いた事がかつてあっただろうか?



「な、なこ、ちゃんだ」



 ついに幻を見るまでになったか。そう疑ったが、確かに彼女だった。愛してやまない恋愛ゲームのキャラ「菜々子ちゃん」が、目の前を横切って行ったのだ。

 俺の頭にインプットされている菜々子ちゃんの身長、髪型、あのクールな目つきまで一緒だ。この一年、穴が開くほど画面の向こうの恋人を見つめてきたのだ。見まごうはずがない。



「菜々子ちゃ! ドフッ!」

「ってぇな! 何すんだよ!」



 角を曲がった彼女を追いかけようと走り出した途端、誰かにぶつかった。それも地元のヤンキーに。男の肩にぶつけた鼻も痛いが、メンチきってくる視線も痛い。

 ちょっとやんちゃな高校の制服を着て、青筋を立てている男に口がひくりとひきつる。



「ご、ごめんなさい! 俺今ちょっと急いでて!」

「ああん!? 人にぶつかっといてなんだその態度は!?」

「ひっ!」



 ひゅっと、男が拳をあげた音がした。

 殴られる! 



「汚い声で、大声を出すな。丸焼きにして食うぞ」



 予想していた衝撃が来ない代わりに、可憐な声が衝撃な言葉を紡いだ。

 ぎゅっと閉じていた目をゆっくりと開く。すると目の前に、ヤンキーの信じられないといった顔。導かれるようにその視線を辿ってみれば、俺も言葉を失った。



「これだから人間は好かんのだ」



 菜々子ちゃんだった。理想の塊である女の子が、細い腕でヤンキーの拳を片手で受け止めている。



「何だこのアマ! 殴られてェのか!」

「ほう。貴様ごときが、殴れるのか。この私を」

「いっ! いだだだだだだ!!」



 ドサッと、俺が持っていたカバンが地面に落ちた。だって信じられるか? こんな事。

 強面のヤンキーは、碌に食べもせずゲームばかりするひょろい俺とは違い、筋肉隆々。背だって高いし、力だって相当なモノだろう。


 それなのに。それなのにだ。

 菜々子ちゃんそっくりなその女の子は、たった片手で男の拳を受け止めているだけではなく、そのまま握りつぶさんばかりに力を入れ始めた。みしみしと男の骨が鳴るのが俺の耳にも届く。


 痛みにもがくヤンキーと、顔色一つ変えない菜々子ちゃん・・・・・・似の女の子。勝敗は明らかだ。



「く、くそが! 分かった! 分かったから離せ!」

「フン」



 女の子が手を離した瞬間、息まく様に男が逃げて行った。俺はというと、瞳孔が開きっぱなしの目のまま、彼女から目が離せない。一体全体、何が起きているというんだ。

 夢にまで見た女の子が、目の前にいる。そっくりというか、最早本人だ。理想形態がそこに立っている。生きてリアルに存在している。

 高鳴る鼓動に、どうしていいか分からない。


 するとそんな俺の視線に気づいたのか、その子が不意に俺を見た。



「お前、名は?」

「く、黒瀬湊です!」

「クロセミナト。助けてやったんだ。私に食料と寝床を提供しろ」

「は、はぁ!?」



 食料と、寝床? 俺がこの子に、食料と寝床を提供!?

 予想の斜め上過ぎて、言葉が出てこない。そんな俺に業を煮やしたのか、ちっと舌打ちをしてツカツカとその子が詰め寄って来た。


 人間理想の顔がここまで近づくと、息が出来なくなるのか。この期に及んでそんな事を考える俺に、その子が俺のブレザーをぐいと掴み。



「お前の寝床に連れて行けと言っているんだ、クロセミナト!」

「わ、分かりました!」



 あまりの迫力に、頷いてしまう。

 そんな俺に満足したのか、ニンマリと笑う彼女。ああなんて可愛いんだ。



「それと、途中で油揚げも買っていけ。いいな?」

「は、はい!」



 超ど級の命令口調も、どうでも良かった。なぜ油揚げなのかも。ただただ、俺の胸は高鳴っていた。つまらない日常に、理想の女の子が現れた。それだけで、宝くじにでも当たった気分だ。

 この少女が一体誰なのかも、これから自分の身に何が起きるかもしれないで。浮かれ足に千鳥足。袋一杯油揚げを買い込んで、謎の少女と家路についたのだった。








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