第27話 昌平、死す!


 生徒会選挙当日。

僕らは朝早くから昌平の宣伝をして、その後、朝のホームルームの時間に体育館に集まり、投票が行われた。終わってみるとあまりにあっさりだったと思う。もっとこう緊張とかするものだと思ってたんだけどね。実際緊張が最高潮になるのはこれから行われる投票の結果発表なのだろう。

 午後の授業が終わり僕たちは体育館へと向かう。演説の時と同様、立候補者と推薦者は体育館のステージの上で待機となっている。一度澄に返却した手作りのブローチだが「持って来たのでせっかくですからつけてください」と一言添えて僕らの手に渡った。僕と昌平はお互いにブローチの位置を確認し合い、僕は赤い宝石がついたそれを胸元に付ける。

 最後に昌平が生徒会長になった際に読む原稿を彼自身が持っていることを確認して、一通りの準備は完了した。


「うっし、準備完了! それにしても原稿また読むのかよー。前回の原稿結構恥ずかしかったんだけど今回は大丈夫なんだよな?」

「あら、昌平さん。もう当選した後のことを考えているんですか? たくましくて良いじゃないですか」


 口を小さく抑えて澄が笑う。昌平が自分の発言の意味を理解し、微妙に赤くなる。まあ、本当にこれで生徒会長になれたら万々歳なんだけどね。

 担任の先生が教室に入ってくると直ぐにホームルームが始まる。ホームルームでは特に重要な連絡事項などはなく、ただこの後選挙の結果発表がありますとのことだった。

 言うこと行った後に先生はサクサクと教室を後にするが、一度教室に顔を戻すと「山崎、身だしなみは整えとけよ」と一言告げてきた。言われなくても身だしなみは整えるつもりだったが、先生がそんなことを言うということは……これは期待できそうなんじゃないか。



「皆様長らくお待たせしました! これより次期生徒会役員の結果発表を行います!」


 照明を消した薄暗い体育館に綾菜先輩の声が響く。その声に合わせて、体育館には生徒の拍手がはじけ飛んだ。

 僕と昌平もステージの上で拍手をする。


「それでは早速結果発表……の前に、部活動とかの表彰を先にやっちゃうね!」


 先程までの真剣な声色と打って変わり、いつもどうりの明るい声で先輩は司会を続ける。拍子抜けした生徒たちはため息と笑いが混ざり合い、一気に緊張感が抜けているようだった。

 司会が綾菜先輩から教頭先生に変わり、ステージ横から校長先生が現れた。サッカー部テニス部などいくつかの部が表彰され、最後に陸上競技の部で綾菜先輩が呼ばれていた。先輩陸上部じゃないのに出ちゃっていいのかなと不安になるが、きっとそのことを彼女に聞いたら「綾菜ちゃんに不可能はない!」とか明後日の方向の答えが返ってくるんだろう。

 表彰は今回の式のメインではないためすぐに終わった。そしてお待ちかねの選挙の結果発表が始まる。再び司会は綾菜先輩だ。


「それでは次期生徒会役員の発表に入りたいと思います。まずは信任選挙である副会長の結果発表を、その後、書記、会計、会長の順での発表となります」


 キャスターのような聞き取りやすい発音で先輩が言い終わると再び体育館が拍手で包まれる。その拍手を聞いてやっとこれから結果が決まるのだという実感がわき、緊張が高まってきた。

 最初の副会長候補の結果は信任、無事候補者は副会長になれたみたいだ。風子のクラスメートだということは知っているので、きっと風子も喜んでいることだと思う。続いて書記、会計も順に発表が進んでいく。落ちてしまった候補者は涙を流し、悔しがるが、最後には当選者と固く握手をすると、彼れには盛大な拍手が注がれた。

 そしてついに……


「それでは、最後に会長の投票結果に入らせていただきます。立候補者、前に」


 合図と共に昌平と井上大地がステージ中央に出る。一瞬推薦者の僕も立ちかけたが、立候補者と言われたのだから僕が立つ道理がない。隣の推薦者はどうかなと思ったが、そもそも推薦者の村上武は出席すらしていなかった。


「それでは発表します。厳正なる投票の結果、井上大地……三十四票、山崎昌平……百三十九票。よって次期生徒会長は山崎昌平」


 一瞬の間を置き、会場が奇声と拍手の入り乱れた大音量の波にのまれる。他の候補者でも同じように拍手をされていたが、次期生徒会長が誰になるのかについては皆が注目していたためか、それとも僕の主観があまりに入りすぎているからか…………もう頭が混乱していて訳が分からない! とにかく今日最大の祝福が僕の友達に注がれていた。

 爆音の中、昌平と井上は手を取り合う。彼らの会話は聞き取れないが、お互いに笑顔で今回の結果を認め合っている様子だった。

 拍手のボリュームが小さくなってくるのを見計らい、綾菜先輩は式を続行する。


「それでは、次期会長になられました山崎昌平さん。皆さんに一言お願いします」


 そう言うと、脇から僕らの担任の先生がスタンドマイクを持ってやってくる。慣れない仕草で親指を立てる先生はもしかしなくても結果を分かっていたのだろう。言われた通り、昌平は制服の襟を一度正すと、マイクに向かう。そして準備してきた原稿をポケットから取り出し、それを広げると後ろを振り返ってきた。何だと思い昌平の持つ原稿を見ると、なるほど確かにと納得してしまう。

 昌平はマイクの前で礼をすると口を開いた。


「皆さん! 今回の生徒会選挙、俺に投票してくれてありがとうございました! おかげで無事、生徒会長になることが出来ました。これから原稿を読みたいところなんですが……」


 昌平は一旦そこで話を切ると、六つほどに折りたたまれた原稿、もとい白紙をステージの前で広げる。


「原稿がこんな感じになっちゃってまして。頼りない会長でごめんなさい。そんなわけで、これから皆さんの力をどんどん借りて、一緒に学校を楽しくしていきたいと思います! よろしくお願いします!」


 原稿が白紙でどうなる事かと思ったが、それがかえって昌平らしい意志表明になったと思う。昌平は皆を引っ張っていくよりも皆と並んで歩く方が性に合ってるんじゃないかな。

昌平の就任挨拶が終わると、式はすぐに終了を迎える。綾菜先輩が一言終わりを告げると、帰りのホームルーム等は終わっているため生徒たちはガヤガヤと自分たちの部活へと向かった。


温泉部は昌平の生徒会長就任祝いだということで、この後、澄の家『あさま荘』で料理を振る舞ってもらえることになっていた。全く、用意周到すぎるだろ。澄に聞いたら「私はあさま荘の娘ですよ、当然です」とか返ってくるんだろうなと想像できて頬が緩んだ。

兎莉、風子、それに綾菜先輩は先にあさま荘に準備をしに行くらしい。澄のお婆ちゃんがかなり厳しい人だと聞いて急にリボンを整えなおしていた。澄は少し用事があると部室に寄っていくと言っていたな。

残された僕と昌平だが、式のために出した椅子などを片付ける仕事を任されていた。毎年、会長になった人が最後の片付けをするということもあるし、あさま荘での準備が整うまでの時間稼ぎだとも綾菜先輩は言っていた。僕らはお祝いがどんなものだろうかなどと予想しながらてきぱきと体育館の椅子をステージ下にある収納スペースに入れていく。二人だけで片付けるのだから結構な時間がかかるかと思ったけど、昌平は一度に椅子を五個も六個も運ぶもんだから有り得ないスピードで片付けが進んでいく。


 しばらく椅子を運んでいると、僕の携帯電話にメールが一件届く。送り主は綾菜先輩だった。メールによると、体育館の片付けを椅子だけでなくマイクもお願いするのを忘れていたとのことだった。マイクは放送室に返さないといけないらしい。正直椅子を運ぶという力仕事で、僕はあまり貢献できていないし、昌平一人でもさほどスピードは変わらない気がしているため、僕はメールの内容を昌平に伝えると、ステージ上にあったマイクをマイクスタンドごと持って放送室に向かうことにした。

 放送室は本校舎の三階にある。途中すれ違う生徒はおらず、僕が鳴らす上履きの音と、遠くから聞こえる野球部の掛け声だけが廊下に反芻していた。

 放送室に着き、スタンドとマイクを取り外す。スタンドはそこらへんに置いておくとして、マイクはどこかしまう場所があるのだろうか?

 しばらく放送室を探していると放送のボリュームを変える機械――コンソールとかいうやつだっけ、のある机の下に百円ショップで売ってそうなクリアケースがあることに気付く。そこにはいくつかマイクが入っていて、多分これが当たりだと思う。マイクの電源がオフになっていることを確認すると、ケースに入れて部屋を出た。

 ただ放送室に行って帰ってくるだけなのに思った以上に時間がかかってしまった。昌平を待たせたら、ブーブー文句を言ってきそうだし、なるべく早く帰るとしよう。僕は歩く速度を少し速めた。


 僕が放送室から体育館に戻ると直ぐに違和感に気付く。椅子を片付けているはずの昌平は見当たらず、椅子が所々倒れている。そして…………ステージの上からはうめき声がたっている。閑散とした体育館にそれだけが聞こえていた。

 最初不信感が僕を包んだが、その声に聞き覚えがあることから不信は不安に、そして焦りへと変化していく。

 駆け足でステージ前まで行くと、そこには次期生徒会長――昌平が倒れていた。顔は下を向きうずくまっている。


「…………どうしたんだ、昌平……?」


 彼の状況を見るに大体の予想はついている。しかし、それを認めたくない。

 僕は恐る恐る昌平の肩を抱き、顔を上にするように昌平の身体を転がそうとする。しようとしたが途中で手にかけだ手がずるりと滑ってそれをすることが出来なかった。

 手を見ると、赤。

 僕は内心、やはりかと思いながらもそんな冷静に頭を回すことができない程心臓が暴れていた。

 誰がこんなことをしたのかは分かる。村上武、あいつしか考えられない。彼は最初から忠告していた。まさか本当に刺すだなんてとは思うが、世の中にはいるのだ、こういう箍が外れてしまったやつが。

 僕は握り拳を今にも血が出てしまいそうなぐらい固く作り、村上に対して込み上げる憎しみを必死にこらえていた。

 敵を打ちたい。打ちたいが、あいつに正義を通すには僕は弱すぎる。あまりにも無力だ。それに力があったとしても仇討ちなんてしたら僕まであんなやつと同じになってしまう。僕にできることは、結局変わらない…………目の前の友達を助けることだけだ。

 僕は胸元に付いた赤いジュエルのブローチに語り掛ける。


「聞こえてるだろ。昌平が刺された。保健室の先生を呼んでくれ。早く!」



 昌平を上向きにするのを諦め、僕もステージに上がり昌平の顔の前まで移動する。僕が前まで来ると、昌平は顔を上げるが、僕はその顔が赤く腫れあがっているのを見て怒りに震えた。


「颯太…………めっちゃ痛えよ……」

「見れば分かるよ。昌平、どこ刺された?」

「刺された……? 俺はどこも刺されて……ないぜ?」


 今にも泣きだしそうな表情で昌平はそう言う。彼は刺されていないと言うが、現に肩から出血している。と言うことは、覚えていない内に……例えば殴られ意識が飛んでいる間に刺されたということか?

 僕は左手を開き、昌平に見せる。すると彼の顔が引きつり、一気に真っ青になった。


「マジかよ……俺死ぬのかな……って意識したらだんだん痛くなってきたんだけど」


 昌平は痛みを自覚し始めると、肩を押さえて呻きだす。悲痛な叫びに僕は耳を塞ぎたくなるが、それでも必死に昌平に向き合った。今一番苦しいのは昌平なんだ。


「昌平落ち着いて。まずは上向きになって、怪我したところを調べよう」

「お……おう…………」


 瞳に涙を溜めながら昌平は上を向く。涙が頬を伝い垂れた。

 僕は細心の注意を払いながら昌平の制服のボタンをはずしていく。出血していたら、中のワイシャツを見れば一目瞭然だからだ。昌平が肩を抱いているため、胸のあたりは見にくいが、出血なし。その他、頭のてっぺんからつま先まで調べるが刃物による出血は無いように見えた。顔には小さな擦り傷と鼻血が出ているが、刺されたものではない。


「昌平、刺されたのは肩だけみたいだよ。ちゃんと止血すれば死にはしないと思う……」

「ははは……なんで自信なさげなんだよ」

「僕はお医者さんじゃないからね。ちょっと病院に電話するから大人しくしててね」


 僕はそう言うと携帯電話で119番に電話を繋ぐ。


「…………はい、そうです。白結第一高校体育館…………ありがとうございます。…………ではそちらの方もよろしくお願いします」


 僕の電話が終わったところで、体育館に大慌てで保健室の先生がやってくる。白衣の前のボタンが止まっていないのを見ると本当に急いで来てくれたんだと思う。


「ほら、昌平保健室の先生来たよ」

「うげ……俺あの先生苦手なんだよ…………綺麗だけど怖いし……」

「それを本人の前で言うとは、いい覚悟ですね山崎くん?」


 先生の不敵な笑みに昌平は逃げ出そうとするが僕は必死にそれを抑える。さては昌平今の状況分かってないな!? 肩を刺されているんだよ!?

 救急車は呼んだということを先生に伝えると、親指を立て「ありがとう、あとは先生に任せなさい」と男気溢れるポーズでお礼を言ってくる。一応、二十代後半の女性なんだけど、先生は女性と言う感じがしなかった。

 先生が昌平のことを見てくれるとなった今、僕はやることが無くなってしまった。やることが無くなったからこそ視野が開け、一つ重要なことに気付いた。

 僕は昌平を介抱する先生に後ろから投げかける。


「澄……浅間澄さんは一緒に来なかったのですか?」

「確かに連絡は浅間さんから来たけど……そうね、来ていないみたい」

「そ、そうですか……」


 澄が来ていない。考えられる選択肢は二つ。

こちらであって欲しいという選択肢は『綾菜先輩たちに連絡を入れていて体育館に来ていない』

 しかしこの選択肢は自分の中で絶対ないという確信がある。連絡だったら携帯電話で良いし、連絡入れてから体育館に来たっていいはずだ。

 となれば間違いなく澄の取った行動は『村上武に会いに行ったため体育館に来てない』だ。察しの良い澄のことだ。昌平が刺されたと聞いた時点でその相手が誰なのかぐらいすぐ気付くだろう。

 今、村上は刃物を持っている。澄は頭の切れる子だから身に余る行動はとらないと思うが、人間冷静さを欠いた状況だと何をしでかすか分からないのだ。村上だって、澄だって、勿論、僕だって。額からは冷や汗が噴き出し、冷静とは程遠い心境に僕は今いる。

 無茶だって分かっているのに僕の足は既に前へ動き出していた。



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