第26話 最後の打ち合わせ


 球技祭の片付けが終わり、今日はもう帰宅することになった。球技祭があったため、全部活が今日は活動停止のため静まり返った校舎を出る。汗をかいたため、温泉部らしくみんなで温泉に入ろうという流れになり、僕たちは学校から少し離れた無人の温泉に来た。近場の所でもいいと思ったんだが、多分同じ考えの生徒が温泉に居そうだということで遠くまで来た。誰もいない貸切の状況で温泉部で話をしたいのだ。


「みんな球技祭のことで頭がいっぱいだったかもしれないけど、来週は生徒会選挙だからね! 覚えてた~?」


 先輩がいつもと変わらぬ調子で疑問を投げかける。疑問ではないか。生徒会選挙のことを忘れるわけないので確認なんだと思う。


「ええぇ!! 来週だったんすか!?」

「風子もそれにはびっくりなのです!!」


 僕の隣で湯に浸かる黄猿と、仕切りの向こうにいる風子が驚愕の声を上げる。

 何で忘れているんだと僕は心の中で突っ込みを入れると同時に、彼らはさらにもう一度驚くことになるだろうと容易に予想できた。


「ふーちゃんは今年高校に入ったばかりだし分からなくても仕方ないとして、向こうの会長候補は何で忘れてるのかな!!!! 仏のような綾菜ちゃんでもたまには怒るよ! …………まあ、怒ってても話が進まないから続けるよ。選挙は来週月曜の朝のホームルーム。発表はその日の放課後」

「えぇ!? 土日はさんですぐ選挙だったのかい!?」

「昌平もうそのネタは良いから」


 僕は手で水鉄砲を作り昌平へと発射する。うっと小さく悲鳴を上げ、昌平は鼻を押さえた。

 選挙は球技祭が終わり、土日をはさんですぐに行われる。澄は白結第一に詳しいお爺さんから球技祭の勝敗が選挙に影響していると聞いたと言っていたが、確かに選挙前の大きなイベントとして球技祭があるため当たっているのかもしれない。


「昌平さん、月曜日は朝早くに学校に来ておいてください。最後の宣伝になりますから気合を入れて頑張りましょう」

「マジでか……俺朝弱いんだよなー! こうなったら奥の手の泊まり込みで……」

「昌平それこの前にやって、怒られたんじゃなかったっけ? 選挙前にそう言うのは悪印象じゃないかな」

「言われてみればそうかもしれねえや。ありがとな」


 妙に物わかりの良い昌平に少し疑問を感じたが、文化祭の出しであるお饅頭作りの練習をしていた頃、昌平は相当ひどい目を見たんだと考えると納得できた。あの時の昌平はカラスにたかられ先生に叱られ、帰って来たのは昼過ぎだったし流石の昌平でも、もうこりごりなんだと思う。


「そう言えば、昌平また筋肉増えた? 肉付きが前に温泉に来た時より良くなってる」

「分かる!? 俺ってばバスケの練習と並行してずっと筋トレしてたからな! もう俺の筋肉は刃物すら跳ね返すぜ」

「あはは……それは言い過ぎでしょ」


 僕は彼の自慢の上腕二頭筋を見ながら苦笑いをする。確かに筋肉が強靭すぎて刃物が通らなかったプロレスラーがいたとかいう話を聞いたことあるけど昌平はまだそこまでじゃないだろう。一、二週間でどうにかなるわけないよね。

 温泉に浸かっていると、何かを思い出したかのように向こう側から澄が小さく声を上げる。


「そう言えば颯太さん?」

「なに?」

「姫乃さんからこの前一緒に温泉に浸かったと聞いたのですが、少し説明していただいてもよろしいですか?」

「んっ!?」


 僕は思わぬ質問に目を見開く。澄の声音的に結構怒っているように感じるし、隣の昌平は僕の肩を掴み獣のような目を向けてくる。

ヒメは球技祭に来てたみたいだけど、なんでそんなことを話しちゃったのかな!?どうにかして穏便にこの話を終わらせなければ……


「ヒメと温泉に入ったのは本当だよ」

「颯たん、それ犯罪だよ! 警察様が許してもこの綾菜ちゃんが許さないからね!」

「…………たぶん、警察様も許してくれない……と思います……」

「あれは僕が被害者みたいなもんなんですよ! 湯船が仕切られてない温泉が家の近くにあるんですけど、僕が先に温泉に入っててそのことをヒメに伝えたのに入ってきちゃって……」


 僕はあの時の状況を抜けはあるが要点を押さえて説明した。その後も何とか弁解を試みた結果…………


「まあ、颯たんが自分から混浴したってわけじゃないのは分かったよ!」

「そうですね。危うく颯太さんのアレをアレするところでした」

「ふ、風子は信じていたのですよ! センパイはたぶんそんなことしないってたぶん」

「俺はそれでも許さない」


 大体の人に許してもらえた。昌平は一目見た時からヒメのことを気に入ってたみたいだから許してもらうのは難しいよね。まあ、昌平に関しては『僕が幼女と混浴した』という状況を、倫理に反していると怒っているわけでは無く、羨ましい俺にもやらせろよという視点で怒ってるのだから他の人たちとは分けて考えてしまって良いと思う。

 みんなの誤解が解けたところで、兎莉が口を開く。


「…………颯太くん、ヒメちゃんとは他に何かあったのかな……? お互いの体を洗いっこしたり……」

「何だって、颯たん! やっぱり君はギルティだ!!」

「失望しました。颯太さんのファン辞めます」

「洗いっこなんてしてませんし、まだ兎莉のは疑問形でしたよね!? それと澄は結構楽しそうだね!?」


 仕切りの向こうで澄のクスクスとした笑い声が聞こえる。全く澄は変なところでノリがいいというか……基本は真面目なんだけどね。隣の昌平は完全に早とちりで僕の首に手を掛けている。


「洗いっこは冗談だとして、センパイはあの幼女と何かやらかしたのです?」

「特に変なことはしてないと思うんだけどな…………」


 僕はあの日の出来事を思い出す。

 あの日、ヒメは勝手に僕の浸かっていた温泉に入ってきて、一緒に球技祭についての話をしたんだった。そして骨折してるから僕は球技祭に出れないんだとかいう話をして、それで…………

 そこまで思い出して、僕はあの日起きた、恐らくみんなが怒りそうな事柄を見つけてしまう。それに気付いてから、僕の額には冷や汗が流れ始めた。


「先輩! 颯太のやつ顔色が悪くなってきました! 何か隠してます!」

「でかした昌平! 颯たん何を隠してるのかな~? 先輩に優しく教えてごらんよ、怒るかもしれないけど?」

「ちょっと昌平なんてこと言ってくれてるのさ!」


 昌平は鼻の下を擦ると「この前のお返しだ」とはにかむ。この前って……ショッピングモールに行く前の話か!?

 昌平よくそんなこと覚えてたなと驚きながらも、人にした行いは自分に返って来るんだなと激しく後悔した。やはり神様はどこかで僕たちのことを見ているのかもしれないね。

 このまま隠し通すのは無理がある。ここは大人しく打ち明けてしまうしかないだろう。僕は昌平が興奮して本当に首を絞めかねないので、一旦手を引いてもらってから話を続ける。


「落ち着いて聞いてくださいね。僕はあの日、ヒメにキスされました」


 僕の一言に一瞬でその場の空気が凍る。昌平の目は虚ろになりゆっくりと湯船の中に沈んでいく。

 皆の沈黙を破ったのは意外なことに兎莉の一言だった。


「……ええっと…………ヒメちゃんはどこにキスをしたの……かな?」

「ああ、それ言わないと勘違いされちゃうか。腕、腕です! 腕にキスされました!」


 そう言うと、仕切りの向こうで緊張の糸が切れる様に安堵の声が聞こえてきた。


「なんだ~颯たん、勘違いしちゃったよ! うっかり通報するところだった!」

「しかし、何故腕にキスなんてされたのですか?」

「この間まで僕は腕を骨折してたでしょ? そのことをヒメに話したら、早く治るおまじないとか言ってキスしてきたんだよ」

「なるほどなのです。痛いの痛いのとんでけーってやつですね!」

「…………やっぱりね……」


 見えないけど、風子がきっと可愛らしい仕草でおまじないをしているのが想像できた。兎莉は僕の言い分に納得した様子だ。

 昌平が湯船に埋もれたままだったことを思いだし、彼を引き上げる。昌平にもさっきの言い分を話すと、しぶしぶ許してくれた。その後「俺も怪我したらヒメちゃんに痛いの痛いの飛んでけーってしてもらえっかな!」と熱く迫って来てめんどくさかったけど、昌平の機嫌も直ったようで何よりだった。

 僕への疑いが晴れたところで、話は選挙に戻る。


「選挙は土日挟んですぐだからね。私は今回特にみんなの役に立てないけど、みんなの勝利は信じてるから! 頑張ってきてね~」

「「「「「はい!」」」」」


 温泉部一同の返事が日の暮れかかった空に響き渡った。

 いよいよ生徒会選挙。昌平が生徒会長になれるか、それは神のみぞ知るところ。僕の悪行だけでなく、昌平のいいところを神様が見ていてくれるといいのだが。

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