第21話 持たざる者(風子)の苦悩
体育の時間。
僕らの学校はクラスが二つあり、クラスごとに体育を行うことになっている。隣町の高校とかクラスの多い学校だと二クラス合同で行うみたいだけど、白結第一高等学校は違う。週末に迫る球技祭に備え今週の体育は出場する競技の練習にあてられていた。
同じクラスの生徒、河村くんがドリブルで進める所まで行くと、フリースローラインにまで上がってくる昌平を確認する。河村くんは止めに来た選手の股下を抜くように昌平にパスをする。
「ナイスだ、河村! おっしゃ行くぜー!!」
昌平が吼えると大きく踏み込み両足で飛び跳ねた。一メートルを超える大跳躍。最終到達地点は三メートルを優に超える昌平はそのまま体を捻ってボールをゴールにねじりこむ。
「おらぁ!!!」
完全な形のダンクシュート。周りで見ていた女子たちが黄色い声を上げていた。
昌平は鼻の下を伸ばし、恥ずかしそうに頭を掻く。彼が調子づいた瞬間、体育館にホイッスルが響いた。
「一番! トラベリング!!」
「えぇ!? これもまたやっちゃダメなのかい!?」
昌平が国民的核家族のお父さんのような口調でそう言う。集まりかけた女子たちはやれやれと言った様子で自分の種目の練習に戻っていってしまった。
文化祭での骨折のため、球技祭の練習に参加できない僕はコートの脇で見学をしていたのだが、流石にと思い昌平に駆け寄る。
「昌平、何度言ったら分かるの? バスケットはボール持ったら二歩まで」
「でもさ、俺さっきは二歩しか歩いてなくねえか?」
「最後、両足で踏み込んだでしょ? それだと一気に二歩カウントされちゃうんだよ」
「えぇ!? そんなめんどくさいルールがあったのかい!?」
「…………それは『ばかもーん』と言ってもらうフリなの!?」
僕は思わず突っ込む。昌平は恥ずかしがらずに言えよ、と言うがそんなふざけている場合じゃない。
先日の演説の際、昌平は原稿用紙に書かれた演説の内容を話していた。その中で「ルールはこれから覚えます」と言っていたわけだけど、本当にルールを覚えていなかったとは……そこは別に有言実行じゃなくても良かったんじゃないかな!?
僕は仕方なく、休憩時間をチームメイトに貰うと僕と昌平はコートの外に出る。僕は正直なところ、運動神経はあまり良くない。体育の成績も、実技より筆記でとるタイプだ。だからこそ、競技のルールはしっかり把握している。体育館の脇に腰かけると昌平にできるだけ負担がかからないようにルールを伝える。
「昌平、良く聞いて。まず、ボールを持ったら二歩までしか歩いちゃダメ」
「お、おう」
「それと、ドリブルして一回止まったらもう一回ドリブルはしちゃダメ」
「それは覚えたぜ! ダブルドリブルだよな」
「そう。最後に、ボールは蹴っちゃダメ。後は正々堂々やれば大丈夫だよ」
マジか、と昌平が驚く。ボールを蹴るのはサッカーでしょ、と僕は昌平を納得させた。
「正々堂々ってどういうことだ?」
「変なことするなってこと。相手を蹴ったり引っ張ったり、そう言うのはしちゃダメってことだよ。スポーツマンシップに乗っ取ってと言えば分かる?」
「あ、それしっくり来るわ」
スポーツマンシップに乗っ取ってない行為はファウルになる。そもそも、ルールと言うのはそう言ったずるい行為をしないようにするため、またゲームを成り立たせるための物だ。道徳的に考えてこれってやったらダメだろうな、と思うようなことは色々な競技で反則になっているパターンは多い。
これで競技中起こりそうな反則は大体教えたことになる。後は色々秒数が関係してくるルールがあったはずだけど、そこは「ガンガン行こうぜ」と一言告げて解決した。
昌平がコートに戻るとチームメイトが入れ変わりで休憩を取る。タイミングが悪い。運良く先生が体育館から離れていたため、みんなの休憩が終わるまで僕が相手になることになった。僕は今怪我人だから、練習しているところを見られたら怒られるのだ。
「そんじゃ、俺が颯太のこと抜いてシュートするから。颯太ディフェンスな」
「分かった。僕なんかに止められてたら、優勝なんて無理だからその気持ちでね」
「そんなこと言うなって。骨折は左腕だよな? 右から抜くぞ」
昌平は眩しく笑う。彼はそう言うけど、もし仮に球技祭までに骨折が完治したとしても、僕なんて戦力に数えていいのか不明なぐらいの実力だ。本当だったら、球技祭でバスケット種目に僕らのクラスから出場する二チームの内、弱い方のチームにいるべき実力の人間が、盛り上がるからと言う理由で強い方のチームに入れられてしまった。僕なんか弱い方のチームに入れて、当日「やっぱり腕が痛いので代役を立てます」と一言告げて、強い方のチームから助っ人を一人呼んだ方がいいはずなんだ。
昌平が一回目のシュートをレイアップで決めたところで僕は口を開く。
「昌平、ナイスシュート。でもドリブルがちょっと取りやすいと思うよ? 身体入れて取られないようにしなきゃ」
「そうか、了解!」
学校の行事で行われる小さな試合のため、球技祭ではタイムアウトがない。そのため、競技中に何かプレーを改善したりすることが出来ない。だからこそ昌平は試合前に自分のプレースキルを可能な限り磨いてくれなければ困るのだ。
そんなことを考えている間も僕はどんどん昌平に抜かれた。ほとんど無抵抗に。僕はあまりに弱すぎる。僕はため息をついた。やっぱり僕は当日お腹が痛くなるかもしれない。
*
放課後も僕らは体育館の一角を借りて練習をすることになった。集まったのは澄を除いた温泉部一同。澄は家の方の手伝いがあると言っていた。澄は勉強だけでなく、運動もできるため、バスケットの練習に付き合ってもらおうと思っていたため残念に思う。
その代わり、今日はとんでもなく頼りになる人が練習に付き合ってくれることになっていた。
「コラ昌平、そんなんじゃ、あの……井之頭くんに勝てないよ!」
「井上っすよ! 井上大地!!」
綾菜先輩はゴールを背に攻める昌平のドリブルをことごとく止めていく。昌平がボールをついた瞬間、先輩の手はボールを我が物とする。それをするに足りうる速さが綾菜先輩にはあった。
体育館の半分で練習をしているバスケ部員たちが綾菜先輩を羨望と畏怖を込めた眼差しで見ていた。バスケ部員でも綾菜先輩の動きは尋常じゃないように見えているのだろう。先輩はその視線に気付き、彼らに手を振る。そして「私、バスケで出場しないから~!」と良く通る声で言う。バスケ部員たちは、各々安堵の声をもらしていた。実を言うと、綾菜先輩は昌平がバスケットで出場するのを知っていたため、わざと違う科目で出場してくれたらしい。今回は野球とサッカーに出場すると言っていた。たぶん今年も二冠達成するんだろうなと僕は予想と言っていいのか、予定調和と言っていいのか分からないことをかってに考えていた。
昌平が先輩と練習している間、僕は風子と兎莉とでお喋りしながらパス回しをしていた。パス回しぐらいなら片手でも出来る。昌平たちに比べてこっちはとても緩い雰囲気だった。
「ところでセンパイはバスケットの経験はあるのですか?」
「ううん、ないよ。と言うより、スポーツの経験がないな」
「…………颯太くん、中学は……帰宅部だったよ……ね?」
兎莉がそう言いながら僕にボールをパスをした。兎莉の言葉を聞いて風子は意外そうな顔をする。
「ええ!? センパイ帰宅部だったのですか? スポーツ万能なイメージだったので意外なのです……」
「いやいや、僕はどう見ても運動音痴な部類だと思うよ? 見た目的にもそうだと思うけど」
実際、昌平からも運動できなそうと初対面で言われた覚えがある。思い出したら昌平が憎たらしくなってきた。よく考えたら初対面でこんな失礼なこと言われたのに、僕は今では仲が良いんだよな。部活が一緒だというのはやっぱり友達になる一番の要素なんだと思った。
「そうは見えないですよ! 仮に運動音痴でもセンパイは十分魅力的ですけどです」
「あはは、何のフォローだよ、風子」
恥ずかしいことを言ってくれるな、風子は。僕に魅力があるとか、風子はやはりセンスがないのかもしれない。文化祭の出し物もかなりマニアックなものだったしね。僕は風子にボールをパスしたが少し力みすぎて速い送球となってしまった。
風子は予想外の送球に驚き、バスケットボールをキャッチ出来ずに尻もちをついてしまった。すぐに謝ろうとしたところ、風子の格好に目を背けてしまう。何故ならスカートの中に潜む太ももが露わになっていたのだ。風子が長めのスカートを履いていてくれたお陰で大事な部分までは見えなかったが、それでも僕の心臓には悪いものだった。
風子の方も僕の様子から事情を察し、恥ずかしそうに唸っていた。
暫くして風子が立ち上がったのを見計らい僕も視線を彼女に戻す。風子は未だに頬を色付かせいて、僕を上目遣いに見つめていた。
「センパイ……見ました?」
「見てないよ…………本当に」
「何だか、そこまで否定されると逆に怪しいのです」
ジトーと風子は僕を見つめる。「疑いすぎだよ! ほら、風子はスカート長いから見えなかったって」と僕は弁明するがその言葉に何故か彼女は期限を損ねたのかそっぽを向いてしまった。
「ちょっとぐらい見ても良かったのですけどね! ふぅ! これならスカートの丈を少し短くしておけば良かったのです」
「何でだよ」
パンツ見られたいって風子は案外変態なのか!?
ミニスカートというものが世の中にあるぐらいだし、女の子でスカートを短くしてる人って結構多いと思う。彼女たちも誰かに見られたいとか思っているのだろうか? 僕のこの発想こそが変態っぽいので考えるのを打ち止めにした。
プンスカと風子が温泉のように湯気を出しながら遠くへ行ってしまったボールを取りに行く。風子は帰ってくると、パス回しを続行した。
しかし、彼女はまだ先ほどの動揺が残っていたのか、送球が速くなる。
僕はこの状況さっき見たぞと嫌な予感を感じながら、やはり起きてしまったハプニングに目を背ける。
風子の投げたボールは兎莉へと向かい、兎莉はそのボールをキャッチ出来なかった。出来ないだけならまだしも、兎莉はボールを胸で受け止めその反動で胸元のボタンが弾けた。ボタンが風子の額に直撃し「痛っ!」と叫んだあと、風子はその状況に目を見開く。
兎莉はワンテンポ遅れて自分の状況を理解し、胸元を抱え顔面が沸騰した。
「私も……私も……そういうハプニングを起こしたかったんですよー!!!!」
一番恥ずかしいのは兎莉のはずなのに風子は顔を赤くし、謎の捨て台詞を置いて体育館から走り出てしまった。全く今日の風子は情緒不安定だったな。
兎莉が胸を抱えてうずくまってしまったので、僕は弾けたボタンを探した。体育館の床は茶色でボタンの色は黒なのですぐに見つかると高を括っていたのだが、中々見つからない。屈んだままで探したため腰が痛くなり、一度伸びをしたところ体育館のステージの上にボタンを発見した。
体育館のステージは文化祭の一件以来馴染み深くなっていた。文化祭では綾菜先輩の舞台にお邪魔して、この間は昌平の生徒会長選挙の演説で僕はステージに立った。
僕が高校に入った時には、こんな目立つことをすることはないんだろうと思っていたが、実際はそうではなかったらしい。人生何があるかわからないな。って何おじさんみたいな事を言ってるんだか。僕はまだ十七年しか生きていないというのに。
僕は見つけたボタンを兎莉に渡すと、彼女はコクリと頷いてお礼を言う。ボタンをその場で付けることは出来ないので兎莉は未だ胸元を押さえたまま。それならいっそと僕は兎莉に提案する。
「兎莉、ずっと抑えるのめんどくさくない? それだったら上のブレザー脱いだ方がいいんじゃないか?」
「脱ぐ……? 颯太くんの変態…………!」
「いやいやいや! ちょっと待ってよ、何か勘違いしてるって!」
僕は先程の自分の思考と兎莉の言葉から、自らを変態おじさんと結論付けてしまいそうになるが必死に弁明した。兎莉は今、まともに頭が働いていない状態なので、多少強引だが話を進めてしまうしかない。僕が自分の着ていた制服を脱ぐと兎莉にかぶせた。
兎莉は何が起きたのか一瞬分からなかったのか、制服を退けると目をパチクリさせる。
「兎莉、ほらこれ着て。それでそのまま被服部行って直してもらおう」
「…………でも、颯太くんの制服だし……」
「良いって、良いって。今は確かに冬服期間だからワイシャツで出歩くのは禁止されてるけど、先生に見つかっても理由を話せば分かってくれるって」
僕はそう言って制服を強引に兎莉に渡すが、彼女は下を向いて顔を赤くしてしまった。暫く兎莉はそのまま立ち尽くすと、僕に制服を返してきた。
「やっぱり……颯太くんの制服着るの……恥ずかしいし…………別に嫌ってわけじゃないんだよ? でも…………おかしくなっちゃいそうだから、私ワイシャツで被服部に行くね……」
「そ、そうか。なら被服部まではついて行くよ」
何はともあれ兎莉が被服部まで行く気になってくれて良かったと思う。多分被服部で時間をかなり割く事になりそうだし、このまま帰宅ルートかな。
僕はそう思い、綾菜先輩と昌平に一言告げると体育館を後にする。被服部を訪ねては見たが、不幸な事に被服部は今日活動がないらしく、僕らはそのまま帰宅し、ボタンは家で兎莉が自分で直すことになるのだった。
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