第20話 山崎昌平の演説


「このような理由から、私は山崎昌平君を生徒会長に推薦します」


 会場にパラパラと拍手が広がる。推薦者である僕の発表が終わった。

 基本的に候補者、推薦者の順で発表をするのだが、最後の最後で昌平が発表した方が印象に残るということで、綾菜先輩が先生たちに口添えをしてくれたらしい。僕は緊張でかいた手汗をズボンで拭うと後ろを振り向く。昌平も緊張しているかと思ったが、全然そうではないようだ。僕が少し緊張気味だったから昌平の方の緊張が和らいだのかもしれないが、軽く笑みまで浮かべている。何か一笑い取ってやるぞ、というような気概を感じた。あんまり変なことやらかさないで欲しいなというのが僕の本心だけど、昌平が思うようにやるのが一番だと同時に思っている。

 さっきもだけど今日の昌平は少し頼りになりそうだ。僕と入れ違いにステージに立つ昌平に小さくハイタッチすると僕はステージを降りる。壇上にはやはり自信気な昌平が立っていた。


  *


「どうも。生徒会長に立候補した、山崎昌平です。私の名前を知らない方は少ないと思います。分からないという方は、文化祭ステージでひとりかんこ踊りをしていた人と言えばわかると思います。知っている方は何故私の一人称が『私』なのか、いつもは『俺』じゃないかと非常に気になると思いますが、それは仕方がありません。私がこれから読もうとしている原稿は主語が『私』なのですから。おっと、そこの一番前に座っているイケメンの貴方。貴方ですよ。気味悪がらないでください。貴方は今、原稿の主語が『私』だと聞いて『こいつ、原稿自分で書いてないな』と思いませんでしたか? それは早計ですよ。貴方は文章を書くときに主語を『俺』で書くことなんてあるのですか? ありませんよね? 普通は『私』で書くと思います。まあ、原稿を他の人と一緒に書いたのは否定しませんが。それではそろそろしっかりとした演説に入りたいと思います。原稿をガン見するのでご了承ください。ここまでも原稿に書いてあるんだけど。私、山崎昌平が生徒会長に立候補するのには理由があります。それはこの学校をもっと楽しくするためです。皆さんはこの学校、白結第一が好きですか? 私は好きです。私たちの街には何もありませんが、この学校には皆さん白結第一の仲間がいます。特色ある行事が沢山あります。だから、この学校が楽しくて仕方がありません。私はこの気持ちを、今ここにいる皆さん、それに来年入学してくる後輩たちにも感じてほしい。今、学校が楽しくないという人もいると思います。楽しくなくてもいいと思っている人もいると思います。そんな人たち、覚悟しておいてください。絶対私が、皆さんを楽しくさせて見せます。おせっかいでも何でも、知ったことではありません。清く、正しく、面白く、将来思い返した時白結第一で良かったと思えるような思い出を皆さんと作っていきたい。私はそのお手伝いをしたい。それが私の立候補する最大の理由です。最大というからには、理由はほかにもあります。今、私の所属している部活動『温泉部』は廃部の危機にさらされています。温泉部と同じような状況になっている部活動も他にいくつもありますね。では、もしそのような部活が廃部になってしまったら、そこに所属していた生徒たちはどうなるでしょう? 白結第一は全員が部活加入という制度のため、部活を追いやられた生徒は仕方なく他の部活に入らないといけなくなります。他にも、何か高校生活全てを使って打ち込みたいものがあるのに白結第一にそれをする場がなかったとしたら、この生徒はどうなってしまうでしょう? 今、私の目の前にいる皆さんの中にもこのような大志を抱きつつも、仕方なく代替案の部活に入ってしまった生徒もいるのではないでしょうか? ここが今の白結第一の欠陥だと私は考えています。ここからは具体的な話になります。私は全員部活動加入という制度が悪いとは思っていません。やりたいことが特になくて仕方なく部活に入る生徒からは困った意見かもしれませんが、それでも私は部活動に所属してほしい。辛かったり恥ずかしかったり、その全てがしっかりと白結第一での思い出として一生皆さんの中に残ると私は考えているからです。これは私の本心です。なので、部活動加入制度はそのままに、部活動として認められる人数の制限をなくしたいと考えています。つまり一人でも部活動を創設が可能であり、一人でも部活動の存続が可能ということです。今から想像してみてください。皆さんが高校時代に何をしたいか。何に貴重な時間を費やしたいか。私が生徒会長になるその日から皆さんの願いは叶います。そもそも山崎昌平が生徒会長にならないとそんなこと考えても無駄じゃないか! 捕らぬ狸の皮算用だ! と焦る後ろの方のお兄さん! 心配しないでください。私は絶対に生徒会長になります。実を言うと生徒会長になるための秘訣というものを、白結第一について非常に詳しいおじいさまから入手したのです」


  *


「実を言うと生徒会長になるための秘訣というものを、白結第一について非常に詳しいおじいさまから入手したのです」


 昌平の言葉に会場の生徒たちが一瞬ざわついた。仕方がない。なにせ、今から昌平が話そうとしている話、みんなさっき聞いたんだから。

 昌平が一呼吸置いたところで、会場の笑い声が小さくクスクスと聞こえた。


「知っていますか? 実は……生徒会長になる人は毎年…………球技祭で優勝してきたのです!」


 知ってる。

 僕が頭の中でそう思った瞬間、会場の生徒たちからもその声が上がった。昌平は知ってると言った生徒を怒った様子で手で制すと、原稿を掲げて指さし、手を合わせた。原稿に書いてあるからごめん、と言わんばかりのその恰好が、非常に滑稽で再びクスクスと笑い声が上がる。


「私は球技祭で優勝するため、これまで努力してきました。見てくださいこの力こぶ。そこのお兄さん! 強そうでしょ? それにこの場で見せることはできませんが、私のお腹は綺麗に割れています。シックスパックです」


 昌平は腕まくりして、自分の力こぶを見せる。突然見せたこの行動に、『そこのお兄さん』は吹き出した。


「ただ筋肉をつけただけではありません。しっかり競技のための練習も怠っていません。私は球技祭、バスケットボールで出場するのですが、もうレイアップシュートはマスターしたと言っても過言ではありません。ルールはこれから覚えます」


 昌平の一言で会場は沸き、なんだかさっきまでの緊張感が嘘のようにみんな一様に喋り出してしまった。しかし、勝手に好き勝手喋っているわけでは無く、話の内容は昌平に関するもの。昌平は完全に会場を味方につけていた。


「話がそれてしまいましたが、皆さんの清き一投票は是非、山崎昌平にお願いします! 私は球技祭で優勝し、生徒会選挙でも無事勝って見せます! これから皆さんには楽しい高校生活の思い出を作ってもらいますからね! 最後に一言、台本に書かれていない今の私の気持ちを皆さんに伝えたいと思います」


 うるさくなった会場の生徒たちを一度手で静めると、昌平は大きく深呼吸する。ここから先は昌平が言う通り、台本に書かれていない。昌平がどんなことを言い出すのか僕はステージの横から見守った。


「完全にピエロ」

 キーンコーンカーンコーン!キーンコーンカーンコーン!


 昌平が放った最後の一言は見事に授業終了の鐘に掻き消される。最後に追い打ちの司会の先生のアナウンスで昌平の演説は閉められた。せっかくいいところだったのにタイミングが悪すぎる、と僕は唇を噛む。昌平はがっくりと肩を落とした。

 何とも締まらない終わりだったが、それが逆に会場の皆にはウケていた。少なくとも、悪い印象では無い。結果としては良いものになったのかもしれない。

 戻ってきた昌平は凄く落ち込んでいたが、そのことを伝えると直ぐにいつものような笑い顔になる。時刻を見ると、十六時の五分前。今日は六時間目が無くなったせいでいつもより早くチャイムが鳴ったのか。先生すらそのことを知らなかったようだった。とことん昌平は笑いの神が降りてきていると僕は思った。


  *


 僕と昌平は生徒たちが体育館から出て行った後、パイプ椅子や下に敷いていたグリーンのシートを片付ける。他の候補者、推薦者も村上武を除き全員で片付けたためすぐに片付け終わった。

 僕らが教室に帰ろうとしたとき、もう一人の立候補者――井上大地が僕らの前に立ちはだかる。


「昌平、中々いい演説だったぜ。正直、面白さでは負けた自信があるわ」

「だろー! 大地はちょっと固すぎじゃなかったか? お前らしくない」

「まあ……な。俺も出たくて生徒会選挙出てる感じじゃねえんだわ。村上先輩が出て勝ってこいって言うからさ。あの人怒ると怖いだろ?」

「確かにな。でも俺は勝つぜ! 俺が勝ったとしても怒られるのは大地だけ! 俺関係ねえし!」

「おい! 昌平、お前クズだな」


 二人は笑いながら肩をたたき合う。二人は本当に楽しそうで、これから生徒会選挙でしのぎを削るライバルだとは思えない。

 僕は村上が言っていたことの意味を考える。村上先輩が勝ってこいと言う、と言ってることから村上自体は生徒会選挙に出る気はない。しかし、分からないのは村上武の考えだ。何故生徒会選挙に首を突っ込むのか。村上は問題生徒であるが、あくまで学校外での話。学内の行事で今まで彼が表立って何か悪さをやらかすようなことは、少なくとも僕がこの高校に入ってからは無いのだ。彼の行動理念は不明なことばかりだ。ただ暇つぶしに生徒会選挙に後輩を出してみたのようなこともあり得る。

 僕がそんなことを考えている間に、昌平たちの思い出話が終わったようだ。


「それじゃ、颯太帰ろうぜ。大地も元気でな」

「おうともさ。今回は負けねえぜ、昌平!」

「まあ、今回も俺が勝つけどな~」

「うっせ! バスケで俺が負けるわけねえんだよ」


 最後に互いに拳をぶつけ合うと僕らは体育館を後にした。

 体育館から教室に戻るまでの廊下で僕はさらに疑問に思ったことを昌平に話す。


「昌平、さっき今回は負けないとか言われてたけど、井上と前になんかあったの?」

「ああ、颯太は中学違うから知らねえか」

「中学の話なのね、知らないな」

「実は中学の時も俺と大地は生徒会選挙に二人で立候補したんだぜ。その時は俺の勝ちだったけどな。俺、生徒会長」


 笑顔でそう答える。昌平生徒会長だったのかよ。まずはそこに驚く。そして、中学でも今と同じ状況になっていたことにさらに驚いた。何たる偶然。あまりに出来すぎている。

 文化祭のあの一件の後、出来すぎたことがあると、僕は綾菜先輩をどうしても疑いたくなってしまっていた。もう病気みたいなもんだ。

 綾菜先輩は一見するとただハチャメチャに行動しているように見えるが、しっかりその行動の意図がある人だ。ハチャメチャだけど。大事なことだから二回言った。

 もしかすると、村上武も一見行動の理念が分からないけど、実は筋の通った行動をしているのか? だとしたら今回の生徒会選挙に参加した意図とは……?

 その答えはまだ分からない。何が目的なのかと言う仮説はある。しかし、その動機やらを僕は全く持ち合わせてない。そう言う仮説はただの妄想だ。そもそも、仮説を立てたところで村上に直接聞かないと彼の本心など分からないのだ。


  *


 教室に帰ると、クラスの人たちが昌平に群がる。僕は教室の端っこで集まっていた澄と兎莉のもとへと向かった。

 澄が僕に気付くとお疲れ様です、と一言告げる。


「澄、昌平の演説どうだった?」

「かなり良かったと思いますよ。噛まずに喋れていましたし、緊張もしていませんでした」

「そうか、それは良かった。兎莉はどう思った?」

「…………私も、心配いらないと思った……よ? 昌平くんらしさが出てたと思う……」


 兎莉はぎこちなく笑う。彼女がこうするとき、別になんとなく周りに合わせているという訳じゃないのは良く知ってる。本当に良かったと思っているのだろう。

 第三者の声を聞き安心したところ、澄が僕についても話す。


「颯太さんもしっかり話せていたと思いますよ。ただ、やはり少し硬すぎたような気もしなくはありません」

「手厳しいな」

「しかし、生徒会長候補者があのお猿さんですから、推薦者は硬め良かったのかもしれないと思っています。候補者推薦者そろってピエロになってしまってはそれこそ不安ですからね」


 澄は口元を押さえてクスクスと笑う。さっきの演説で最後に昌平が言ったピエロと言う単語が妙に澄の中でツボらしい。確かに、あの時の昌平の状況をこんなに的確に表す言葉はない。演説の文章を作ってもらってピエロ。生徒会選挙の秘策がばれててピエロ。もう色々ピエロだった。

 僕らが話している間も昌平はクラスメートに囲まれていた。僕らはそれを遠目で見る。


「…………このクラスの子達は……昌平くんに投票してくれそうだ…………ね?」

「そうかもな。これで全体の六分の一の票は入ったかも」


 僕らの高校は各学年二クラスしかない。全校合わせて六クラス。どのクラスも人数は大体同じだ。

 風子のクラスではたぶん風子が昌平の宣伝をしていてくれているだろう。これで一年生の半分は確保できたとして、これで三分の一。三年生は綾菜先輩が……と言いたいところだが、彼女は今回の選挙に口出ししないと言っているのでどうなるかは分からない。分からない人たちの票をどうにかして昌平に入れてもらうために、僕らの目標は球技祭の優勝にシフトした。


  *


 白振袖を纏う幼女が小さな歩幅で道を歩く。いつも訪れる公園に自然と足は向かっていた。公園に着くと、先客がいることに幼女は気付く。ベンチに腰掛け煙草を吹かす肉付きの良い男を確認すると、幼女は彼の隣に座った。

 突然隣に座られた男は幼女を睨んだ。


「……何だてめぇ」

「何って、童はヒメじゃよ? いきなり怖いのう、お兄さん」

「そういうことじゃねえ。てめぇ喧嘩売ってんのか?」


 男は握り拳を振り上げる。しかし、幼女はそれに臆することは無かった。


「こらこらダメじゃぞ、お兄さん。そんなことをしたら消されてしまうのではないかえ?」


 幼女の言葉に男は周囲を見渡す。時刻は午後四時付近。近所の小学生の通学路付近に面している公園は人通りが多かった。状況を見るに、すぐにでも通報されそうだと男は察する。今まで男は散々な悪さをしてきたが、相手が幼女でことを起こしたことは無い。男どもとの殴り合いとは罪の大きさが変わってくることは男は承知していた、男は怖がらせるつもりが、逆に気味が悪いとまで感じ始めていた。幼女が頬を緩ませると、男は背筋が凍るような感覚に襲われる。まるで本当に消されてしまうのではないかと言う緊張感から男は右手に持った煙草を口へと運ぶ。

 幼女は男を見て首を傾げた。


「お兄さんはどうして煙草を吸うのかえ?」

「はぁ? 別になんだっていいだろ」

「つれないのぉ……煙草は吸うとスッキリすると風の噂で聞くのじゃ。何か嫌なことでもあったのかえ? 相談なら童が聞いてあげてもよかろうなのじゃ!」

「ははは…………それは違うな。こいつは覚悟の一服よ」


 男は悪い目つきをさらに鋭くさせて煙草を口からはなし煙を口から吐き出した。

 そして男は語り出す。


「俺はな、見ての通り結構強えんだぜ。喧嘩は負けたことねえし、舎弟みたいのもわんさかいる」

「ほう……」

「でもな、今まで一度も勝てねえ相手がいんだよ。そいつは俺が中学一年の時に現れた。俺は驚いたぜ。勉強も体育も何もかもが俺よりできるんだ。俺は昔っから負けず嫌いだからよ、むきになったもんだ。今もむきになってるがな」


 男は自嘲気味にわざとらしく笑った。


「俺は強くなって仲間を集めて、中学最後にそいつに挑戦した。結果は惨敗だったよ。もうあの時は大変だったな……怒りに任せて喧嘩漬けだ。おかげで警察のお世話になっちまった」

「お兄さんは捕まったのかえ?」

「いいや、捕まんなかった。ニ、三日学校は休まされたけどな。警察も子供には甘いみたいでな、よっぽどのことがない限り捕まったりしないみてえだ」

「それもそうじゃの、そしたら今お兄さんはこんなところに居ないかもしれん」


 幼女は男を笑い飛ばし、ベンチから飛びたった。腰かける男を覗き込むようにして続ける。


「それで、お兄さんの言っていた『覚悟』とは何なのじゃ?」

「俺は今高三でな、俺が一度も勝てねえってやつも高三なんだ。俺はそいつほど頭よくねえからよ、大学は違うところに行く。高三の今が俺があいつに勝てる最後のチャンスなんだ。だから俺はやつに宣戦布告した。最終決戦よ」


 男は興奮した様子で言い切ると、煙草をまた吹かした。


「俺は勝つぜ。今日までそれを考え続けて、そのために生きてきた。あいつに一度でも勝てれば俺はもう悔いはないぜ」

「…………まるで、特攻兵のような言い回しじゃの。特攻して、ダメっだったときはどうするのじゃ?」

「ははは…………そいつぁ俺もわかんねぇ」


 男の笑みに幼女の目つきが厳しくなる。男が自分で自分のことがもう分からなくなっているように、幼女は感じた。

 幼女は男の加える煙草の先端に指を当てて火を消す。


「出過ぎた真似はせぬ方が良いぞよ。幼女との約束じゃ。それと煙草は公園で吸っちゃダメなのじゃ! それじゃあ童はもう行くとするかのう」


 消された煙草を見て男は目を丸くする。顔を上げると幼女はもう遠くまで行ってしまった。男は、その後ろ姿はもうただの幼女には見えなかった。


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