第19話 対立候補者の演説
六月二週目。待ちに待った生徒会選挙の立候補者演説が始まる。
今日は六時間授業だったのだが、生徒会選挙の演説があるせいで六時間目が無くなり、その時間に演説をするという変則的な時間割となっていた。お昼休みの僕たちは自分の教室――二年B組で机をくっ付け、昌平をお誕生日席において最後の打合せをしていた。今回、助力しないと言っていた綾菜先輩も最後の打ち合わせだということで参加していた。
「颯太さん、発表の原稿は持っていますね?」
「うん、持ってきてるよ」
澄にそう尋ねられ、僕は鞄からファイルに挟んだ発表原稿を取り出す。
この発表原稿は先週、僕と澄で書いたものだ。基本は僕が書き、最後に澄がそれを添削し完成させた。内容については昌平、兎莉、風子ともに確認済みで彼ら彼女らも良いと言ってくれたため悪いものではないと思う。
綾菜先輩が「原稿……?」と呟いたため僕は見るか聞くと「面白くなくなるからいいや」と断られてしまった。
「ところで、綾菜先輩今日の演説の順番はどうなっていますか?」
「ああ、それね! 大丈夫、ちゃんと最後になってるよ~」
「……? 先輩その言い振りからすると、何かしたんですか?」
「何かしたかと言われると……なんとも微妙なとこだな~! 何かしようとしたの方が正しいかも!」
先輩の言葉に机を囲む一同が首を傾げる。
「なんかスミスミが発表順は最後が良いって言うからさ、順番操作ぐらいならいいかなと思ったんだけどね、そもそも候補者演説の順番って、書記会計副会長会長の順で、対立候補が居たら学年・クラス番号順ってことになっててね。特に弄ること無かったわけさ~」
「ということは対立候補はA組ということですか」
澄は理解したというように相槌を打つ。
僕としては、対立候補がいたことに若干驚いていた。中学時代では会長候補は毎年対立が出たりでなかったりしていたからね。高校になって生徒数が増えたから対立が出るのは普通なのかもしれない。出来ることなら対立無しで、信任選挙になってくれれば有難かったんだけど、そうはいかないらしい。
なんで発表順が最後の方が良いのかと澄に聞くと、彼女は「最後に発表した方が皆の印象に残るからそちらの方が良いのです」と説明をする。確かに、それはあると僕も納得した。
「相手が誰だろうと俺は負けねーけどな!」
僕の隣に座る腕周りが少し太くなった昌平が腕に力こぶを作りそう言う。一週間ちょっとしか筋トレをしていないようだが昌平の筋肉は明らかに以前よりもはっきりしてきた。僕だったらこうはいかない。昌平は結構筋肉がつきやすい体質だったのだ。
「確かに今の昌平は負けなさそうだね、物理的に」
「だろー! 俺も朝、鏡見てそう思った。母さんにそれ見られてキモいって言われたけど、めげなかったから精神的にも強くなってる」
「そ、そうか……」
家で気味悪がられる事実に僕は戸惑いながらも適当に返した。
どうやら、昌平のコンディションは最高のよう。自身に満ち溢れている。はたから見てもそれは明らかだった。
僕はふと視線を兎莉に移す。ここ最近僕は兎莉とあまり接していない。お昼御飯は一緒に食べてはいるが、行き帰りは一緒じゃない。僕が見ていることに気付くと兎莉はゆっくりと視線を落とした。
構わず、僕は単刀直入に聞いてみる。
「兎莉、ここ一週間何してたんだ? 最近兎莉と学校行ったり帰ったりしていなかったちょっと心配でさ」
「……………………。…………別に心配するようなことは無い……よ? 私も温泉部の力になりたくて……」
「兎莉も自分で何かしていたってこと?」
「う、うん………………ちょっと来て」
兎莉はそう言うと、席を立ち教室内に設置されたパソコンまで僕を連れて行く。どこの高校もそうなのかは知らないが、白結第一には一教室に一台パソコンがある。インターネットを開きカタカタと検索ワードを入れていく。マウスで何かをクリックすると兎莉は視線をこちらに向けた。
「これ…………見て」
「ん? なんだ」
僕言われた通り画面を見るとページの頭に『白結第一高校温泉部』と書かれたサイトがそこにはあった。僕は理解するのが少し遅れたが、すぐにそれが僕たちの部のホームページだということが分かった。
「これを、兎莉が作ったのか?」
「う、うん………………頑張ったんだ……よ?」
自信なさげに呟く彼女だったが、目の前に見せられたこのホームページは十分に自信を持って良いものだと僕は思った。いつの間にホームページとか作れるようになったのだ、兎莉は。
興奮した僕は先輩たちを呼ぶと、先輩たちも口をそろえて、凄いだの、でかしただの、感動のあまり手を握って気味悪がられるだの(昌平)好印象だったようだ。突然皆に褒められ、兎莉のキャパシティがオーバーしかけているが、彼女はそれをぐっとこらえた。
目を回しそうになりながらも兎莉は口を開く。
「本当は……ね。もうちょっと後に作る予定だった…………けど、私も部のために何かしたくて…………」
「ホームページ作る勉強はしてたのか?」
「う、うん。ずっと…………勉強してた」
恥ずかしそうに兎莉は頷いた。
兎莉がホームページの作り方を勉強していたのは、割と自然なことかもしれないと今となっては思う。人見知りが激しい兎莉は必然的に家にいることが多く、インターネットに触れる機会が多く、自分のホームページを作ってみたいという考えに至っても不思議じゃない。かく言う僕もインターネットに触れることが若干あり、自分のホームページを作ってみたいと思ったこともなくはない。しかし、作りたいと思うだけではなく、それを実行に移せる兎莉は凄いと僕は思う。何故か、兎莉はこういうことには積極的なんだな。
「ウリウリやるじゃん~! これは温泉部の良い宣伝になるかもね! もしかしたら興味持った生徒が温泉部に来てくれるかも…………というわけで昌平負けていいよ~」
「そんなー! 俺の努力は!?」
「頑張ってもダメなときだってあるんだよ~?」
先輩は僕の方にウィンクしながら昌平にそう告げる。文化祭の後、先輩は肩の力が抜けて少しは考えも変わったのだろう。胸の奥がくすぐったくなった。
「そうは言っても、昌平さんが勝ってくれればそれで済む話なのですから、しっかり頼みますよ」
「そ、そうだな。チャンスは多い方が良い! 一回より二回。単騎待ちより両面待ちだ」
昌平はふんと胸を張る。何故麻雀用語で説明をするのかは、最近昌平が麻雀の漫画にはまっていると言っていたしそのためだろう。その時、麻雀のルールは知らないけど、可愛い女の子が出てくるから好きとも言っていた。全く昌平らしいというかなんというか。
昌平が決意を露わにすると、澄が「それでは」と締めくくる。
「最終確認です。放課後、生徒会選挙があります。場所は体育館。立候補者の昌平さんと推薦者の颯太さんは待機列を別にして、ステージ裏に待機。しっかり服装には気を付けてくださいね」
「そうだった。僕たちは待機列別だったんだね、昌平」
「俺も完全忘れてた。逆に生徒の中から颯爽と登場する俺もそれはそれで……」
「だめです」
「ひどい」
冷たく引き離す澄に昌平は肩を落とす。結局、昌平のメンタルは成長してなかった。
昌平を落胆させたところで澄が何か思い出したかの様に手を叩く。
「そう言えば、忘れていました。颯太さん、昌平さん、これを」
「何だこれ……?」
僕は手渡されたものをじっくりと見る。何か宝石のようなものがついたピンだ。二つ指でつまんで窓にすかしてみると、赤色にキラリと輝いた。
「男性用のブローチです。演説の際に着けてください。せっかく作ってしまったので」
「澄、これ自分で作ったの!? 普通に売っているのとあまり変わらないような……」
「手先器用なんだな! 俺じゃこんなの作れねえや」
「昌平さんと比べないでください。私を誰だと思ってるんですか? あさま荘の娘ですよ? 作るのは案外簡単でしたよ。大半が百円ショップで売っている物で作ることが出来ました」
澄はふんと胸、というより胸部を張る。澄は実際凄いのでこういう仕草も様になるな。昌平のとは大違いだ。
ブローチなんてつけたことけど、慣れない手つきで制服に付けてみる。思ったよりも取り付けるのは簡単だった。どこに付ければいいのか迷うかなと少し心配したが、ブローチを付けるための場所が制服にはちゃんとあり(この時初めて知った)そんな心配は杞憂だった。
ブローチを付け襟元を整えると、風子が目を輝かせタンッと席を立つ。
「センパイ、良く似合ってるのですよ! 紳士っぽいのです」
「そう? こういうのは他の人からどう見られるのが大切だから、風子が言うならそうなのかもね」
「なんだか自信なさげですね……こっちのお猿さんも同じのつけてるので、そっち見てみたら納得すると思うのです」
「誰がお猿さんだ」
冷静に突っ込みを入れる昌平を、僕は見る。昌平の胸元には僕が貰ったものとは色違いの、黄色の宝石がついたブローチがつけられていた。白結第一の制服は紺のブレザーであり、広がった少しだらしないような印象を覚えることもあるが、黄色のそれがアクセントとなり、全体を引き締めてくれているような気がした。
「確かに似合ってるね。ブローチ一つでも変わるもんなんだな」
「似合ってるだなんて、恥ずかしいぜ……」
「おい、赤くなるな」
頬を赤らめる昌平に、僕の表情は真顔になる。全く昌平は時々こういう反応するから本気なのかと勘違いしてしまう。嘘だよね……?
ブローチが似合っていることを確認すると僕は、澄にもう一度礼を言う。礼を言ったところで、そろそろ昼休みが終わりそうだということに先輩が気付いた。
「あっ、休み時間終わっちゃう! それじゃ放課後にね! さらばじゃ」
「風子も教室に帰るのです。センパイたち、頑張ってなのですよ~」
二人が教室から出ていくと、入れ違いに五時間目の先生が教室に入ってくる。教室に残された僕たちも各々自分の席に戻った。
授業が始まるまでのわずかな時間、僕は深呼吸し心を整える。僕はそもそもあまり人前に出るような人じゃないのだ。慣れない演説のようなものをこれからしようとしていて、そのことは僕の心臓を傷めるに十分だった。
五時間目の授業は先生には申し訳ないが何も頭に入ってこなかった。
*
パチパチパチ!!
割れるような拍手の音が耳にこびり付く。それは僕らの発表の前の前、副会長に立候補した生徒の演説が終わったことを意味する。
本番になって知ったことだが、副会長に立候補していた生徒は、風子と同じクラスの友人らしい。演説中に風子がサクラをしていたため分かった。因みに副会長候補は一人しかいないので、信任選挙となっていた。そのため、聞く生徒の側もあまり緊張感がないように思われた。
しかし、ここからは違う。
会長選は今回立候補者は二人。一人は我らが温泉部山崎昌平。そしてもう一人は……
「会長に立候補した井上大地だ。よろしく」
壇上で厳つい顔をした緑色にピンクの刺しが入った頭髪の男がマイクを握りそう言う。
井上大地と言えば僕のクラスの隣、つまりは二年一組の学級代表をしている男だ……が、学級代表以上に問題児ということで名が通っている。昌平とは友達だったらしく、中学時代はよく一緒に遊んでいたらしい。昌平も問題児だが、井上は昌平のような馬鹿なことばかりしている問題児とはまた違ったものだ。飲酒、喫煙、暴力事件、正直どうして学校を辞めさせられていないのかが不思議なほどに悪さをしている。高校がほとんど義務教育になっていると言えど、個人的には退学と言う決断をしてもらいところだが、彼の将来を考える学校はその決断に踏み込めないのかもしれない。
何故彼が生徒会長に立候補などするんだ、と僕は疑問に思う。しかし事実クラスの代表をしていたりと目立つことが好きなのは分かっている。今回もそんな理由なのかもしれない。ならば、そんな適当な理由の奴にうちの昌平が負けるなんて絶対に嫌だ。僕は昌平の方を一瞥すると、昌平は僕の言いたいことが分かったかのように「まかせとけ」と握り拳を握った。
井上は話を続ける。
「俺が会長になりたいのはこの学校が厳しすぎるからだ。俺は相当悪さしてるから怒られても仕方ねえけどよ、お前らはどうだ?服装やらなんやら厳しすぎるとは思わねえか!?」
彼は会場の生徒に問いかけた。彼の言葉に会場は少しざわめいた。彼の言うことは一理ある、と思う生徒は意外と少なくないのかもしれない。井上自身が生徒会長に相応しいとかは抜きで、彼の主張は生徒たちにとって魅力的な物であった。
「だから俺が生徒会長になったらこうしてやるぜ。『校則の一部緩和』これが俺のマニュフェストだ!」
井上の言葉に会場の端の方から拍手が広がっていく。広がる拍手を井上は「まあ、まあ」と手を水平に切って沈める。そして一呼吸おいて口を開く。
「お前ら覚悟しておけ。俺は絶対に生徒会長になる。その裏付けがあるんだ」
井上は一度言葉を切ると舞台袖にいる僕たちをチラリとみて、口元をほころばせた。
「有力な情報筋からの情報なんだが、この白結第一の生徒会選挙。会長になるやつってのは、毎年来週やる『球技祭』の団体種目で優勝してるみたいなんだよ。俺は今年の球技祭はバスケで出場する。お前ら、俺の実力は知っているだろ?分かるな?」
井上は声高らかに問いかけた。井上はバスケ部のキャプテンをしていて、学校全体としてはそこまでの成績を収めていないが、県の優秀選手に二年連続で選ばれているという話は聞いたことがある。実力は確かだ。それよりも……
「颯太、俺達の秘策がばれてねえか?」
「うん、そうだね」
僕は頷く。何故井上が秘策について知っているのかは分からないが、これは良くないことだというのは間違いない。昌平はこの秘策についてこれから話そうとしていたのだから。そしてもう一つ、昌平と井上の出場種目が被ってしまったということだ。球技祭の出場種目はもう変更できない。つまり、球技祭では昌平と井上の一騎打ちになってしまうかもしれないのだ。そうなったら僕たちに勝ち目はあるだろうか。正直自信がなかった。
「俺は球技祭で優勝し、生徒会長になる。お前らよろしく頼むぜ。次期生徒会長はこの俺だ!!」
井上の演説が終わり生徒たちの拍手でそれが閉じられた。
そして次は推薦者の演説になる。
推薦者として出てきたのは、井上以上に厳つい顔で高校生離れした体格の丸刈りの男。頭には良く分からない剃り込が入っていた。
男が壇上に上がると、体育館の生徒たちが静まり返る。異常な緊張感が会場を包んだ。
最悪だと思った。井上が立候補したのだから、その推薦者で誰が出てくるのかは大方想像ついたがやはり認めたくない。
僕はあの男を知っている。寧ろ知らない人はいない。名前は村上武。端的に言えば学校の番長。体格的にも規格外で、体育教師たちですら手をこまねく生徒だった。名前も相まってジャイアンと陰で呼ばれているが、それを言っていることがばれるとちょっとの怪我では済まない。
一歩踏み出し、体育館の壇上が軋む。そして村上武は低く聞き取りにくい声で小さく告げる。
「お前ら、分かっているな?」
それだけ告げて一礼すると体育館を後にした。それを止めるものもいなかった。
たった一言だが、的確に自分の主張を伝えていると僕は思う。言いたいことはこうだ。
『お前ら井上に投票しろ。しなかったらどうなるか分かってるな?』
体育館から村上武が出ていくと生徒たちから安堵の声が漏れる。それほどに固唾を飲む一瞬だった。会の司会をしていた先生がワンテンポ遅れて、拍手を促すとパラパラとまばらに乾いた拍手が響いた。
会場の生徒たちはさっきの話で明らかに浮き足立っている。集中して昌平の話を聞いてくれるかが心配だ。しかし、それ以上に心配なことがある。
「昌平、緊張してる?」
「してる。しない方が無理あるだろ。あれってあれだろ、俺が生徒会長になったらどうなるみたいな話じゃん」
「昌平……」
「でも、俺はやるぜ!」
昌平は握り拳を上に突き出す。
「村上先輩にどやされるのは怖いけど、俺はそれ以上に綾菜先輩たちから信用を失う方が怖い」
「凄い……昌平のこと見直したよ」
「惚れるなよ」
「惚れないよ」
「そもそも迷うことなんて無いんだぜ。男の友情より美少女の側に! 俺の信念はレディーファーストだからな」
「軽蔑するよ」
冷たくすんなよ、と昌平は笑いながら僕の肩を叩く。意外と強く叩かれた。
そうこうしていると、井上大地が壇上からステージ袖まで戻ってきた。僕ら、というより昌平を見ると「頑張れよ」と投げかける。昌平もそれに応じて「負けねえぜ」と小さく告げると、パシリと右手を打ち合った。どうやら二人の仲は悪いわけじゃないらしい。中学の時は仲が良かったと言っていたし、偶々クラスが高校で被らなくて遊ばなくなったという感じの関係のようだ。それが分かると、やはり今回の選挙は村上武の存在がとんでもなく異質なものだと再確認した。昌平は彼の脅しを跳ね除け、少なくとも対等な戦いにまで持っていけるのか。昌平を信じる。そして、僕自身がぼろを出さないように集中するんだ。
僕は右手に原稿を握ると歩き出す昌平の背を追った。
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