第16話 ショッピングモール その3


 シャラン。シャラン。

 効果音を付けるのならばまさにこの音がふさわしいと思えるように布が舞う。初めての感触に幼女の心は躍った。鏡に映る姿を見て一人でにやりと頬を緩める。


「なかなか可愛ゆいの。童が可愛いのもあるのかのう! わはは!」

「ヒメちゃん…………もう着れた?」


 はしゃぐ少女の後方から細々とした声がかかる。姫乃はにやけた頬をピシャリと叩くと内側から試着室の扉を押し開けた。

 扉が開くと外で待っていた兎莉、澄、昌平が目を見開く。今まで着物だった少女が今では桃色のスカート腰に纏い、白いTシャツを着ている。


「姫乃さん良く似合っていますね。可愛いです」

「童もそう思うのじゃ~!」

「拙者も可愛いと思うでござる! 写真一枚良いでござるか!?」

「……昌平くん、突然どうしたの?」


 姫乃のあまりの愛くるしさに昌平の頭は思考能力を低下させついには自分の守り続けていたキャラを手放すほどにまでおかしくなってしまった。そもそも試着した姿を写真でとるのはNGである。兎莉は昌平のその姿を心配するが、澄はゴミを見るような目で彼を見ていた。


「それでは姫乃さんのお洋服はこれにしましょうか」

「そうするのじゃ! しかし……お兄様にも童の可愛い姿を見てほしかったのう」


 一瞬少女の表情が曇る。しかし杞憂な心配をする姫乃を澄は「帰りはこの服で帰るのですから問題ありませんよ」と優しく慰めた。少女の表情は一瞬で明るく晴れ上がり、スキップで足を躍らせながら試着室を出た。


「姫乃さん!」


 澄の良く響く声が店内に響いた。姫乃はその声に引っ張られるように空中でエビ反りになりながら勢いを殺す。何かと思い姫乃は後ろを振り返る。


「まだお洋服は買っていません。着物に一度着替えなおしましょう」


 姫乃の目には、苦笑いする昌平たちが映る。少女は何とも恥ずかしい気分になり、顔を赤くしながら試着室に戻っていくのだった。


  *


 風子が意識を取り戻し何とか無事に試着室を出た後、僕は真っ先に綾菜先輩に事情を説明し、説明したら「あはははは! 颯たん運悪すぎ! お前は主人公かっ!」と人目も気にせず笑われた。僕が笑われているというのと、先輩が周りから怪奇の目で見られるというダブルパンチで非常に恥ずかしかったのだが先輩はそんなこと気にせず笑っていたのだった。

 先輩と合流した後お店を出ると、澄たちも丁度買い物を終えお店から出たところだったらしく、ヒメの手には大きな白いビニール袋が下げられていた。ヒメの表情はまさにご満悦そのものであり、良い買い物ができたのだと僕の方まで嬉しくなる。


「ヒメ良いの買えたのか?」

「ふふふ……もちろんなのじゃ! お兄様にも後で見せるから楽しみにしておくが良いぞ!」


 そう言って自慢げに胸を張るヒメ。楽しみにしておくよと僕は返しながらも、背の高さの都合で買い物袋の中身が少し見えてしまっていた。ピンクのスカートに……白いシャツ?ヒメ二つも服を買ったみたいだ。スカートの方は澄たちとの話し合いで、皆で割り勘して買おうという話になっていたんだけど、結局シャツも一緒に買ったらしい。思わぬ出費になりそうだ。

 綾菜先輩が風子に次はどこに行こうかと聞くと直ぐに「ゲームセンターに行きたいのです!」と力強く答えた。確かに、僕らの街にはゲームセンターなんてものは存在しないので、ゲームセンターがどのようなものなのか……ゲームをしないにしろ一度は行ってみたい場所なのである。事実、最初に僕と兎莉がこのショッピングモールに来たとき特に何をするでもなくゲームセンターに行ったのを覚えている。風子は先人の足跡を追っているに過ぎないのだ。

 先輩が先頭となって最上階のフロアにあるゲームセンターへと向かう途中昌平が僕の肩をポンポンと叩く。


「颯太、ゲーセン着いたら勝負しようぜ! あの車乗るやつで」

「車乗るやつ……○岸か。いいよ、受けて立つ……って、昌平の方が上手いから受けて立つはおかしいか」


 そんなことねえよ、と昌平は笑い飛ばす。○岸は僕と昌平がゲームセンターに行った時に必ずと言っていいほど、プレイしているレーシングゲームだ。車に乗ってコースを走り対戦相手よりも先にゴールに着けば勝ちと言うシンプルなルールだが、それゆえに細かいテクニックがあり奥が深い。やり始めたころは僕が結構勝っていたのだが、最近は昌平の方が上手くなってしまっている。直近五戦では僕の一勝四敗と言ったところだ。今回は勝ちたいと僕は心の中で気合いを入れた。

 ほどなくしてゲームセンターには到着した。まだ入ってはいないが店内から漏れ出す異常なほどの音量。目がチカチカするほどの赤やら黄色やら緑やらの光が乱雑に放たれている。風子は目の前の光景に唖然としている様子だった。ポンと僕が彼女の肩を叩くと、顔を横に振り「圧倒などされてないのですよ!」と何故か僕に対して手を手刀の形にして戦闘態勢を取ってきた。風子は何でゲームセンターにめちゃくちゃ警戒しているんだ?


「さあさ、ふーちゃん行くぞ! さあ夢の国へ~!」

「あ、ちょっと待ってなのです! まだ心の準備が」


 そう言いながらつっかえ棒の様に伸びる風子の背中を押し、綾菜先輩はゲームセンターに入る。僕たちも彼女たちの後を追い夢の国へと入っていく。って、夢の国はマズイ気がしてきたぞ。千葉に消されてしまう。

 中に入ると心臓が揺さぶられるような感覚に陥る。音の波が僕の体を震えさせた。毎度この感覚に陥るけど、相変わらず慣れない。

 風子はゲームセンターに慣れてくると直ぐにいつもの元気を取り戻し


「まずは、UFOキャッチャーに行ってみたいのです。UFOをキャッチするのですよ……ぐふふ」


 恐らく違うゲームを想像していると思われるがそこには誰も触れず、僕らはUFOキャッチャーのコーナーへと向かう。「ゲームセンターの王道を最初に選ぶとは流石『秋風』の娘ですね。侮れません」と一体旅館の娘とは何なのかと言う、僕の中での旅館の娘の定義を揺らがせながら澄は感心した様子でそう言った。

 UFOキャッチャーのコーナーに着くと風子が目を曇らせ首を傾げる。


「UFOはどこにあるんです? キャッチできないのですか?」

「風子それ違うゲームを想像してる。UFOキャッチャーはこのUFOみたいなやつを動かして景品を取るゲームなんだよ」


 僕はショーケースの中で圧倒的な存在感を放つ、アームがついた円盤状の物体を指さしそう言った。風子はUFOが取れないことを残念がりながらも、恥ずかしい間違いをしたことに気付き、頬を赤くした。

 グルグルと風子がショーケースの周りを暫しグルグル回ると、目を輝かして僕のもとに駆け寄ってきた。


「センパイ! あれ可愛いのですよ、あれ!」

「あれ……?」


 服の袖をヒョイと摘ままれ僕は風子に連れ去られる。連れていかれた先には赤と白のシマシマ模様が特徴の魚のぬいぐるみが大量に山積みにされたUFOキャッチャーの台があった。クマノミと言うのだっけな。


「風子あれ欲しいの?」

「そうなのですよ! 小さくて愛くるしくて、なんだか酷く運命を感じるのです」


 風子は目をつむりふむふむと頷く。それは風子が小さいから……と僕は返しそうになるが、一悶着ありそうなのでやめた。

 風子がショーケースの中の魚に目を輝かさせてるので僕はポケットから百円を出すと風子に渡す。ワンプレイ百円なのだ。


「ほら、風子やってみなよ。やり方は僕が教えるから」

「やる? と言うと魚をやるのですか? 中々に物騒ですねです」

「違う」


 明後日の方向に勘違いする風子にUFOキャッチャーの説明をすると、風子はなるほどと感心し、再び顔を赤くした。

 何はともあれ風子は遊び方を粗方覚え、ふんすと鼻息を荒くしてUFOキャッチャーのボタンに手を置いた。そしてUFOが動き出す。

 風子が動かすUFOは一切迷いなく、一番奥にいるクマノミに向かう。初めてにしてはあまりにも上手いその手つきに僕は感心する。

 最後のボタンを押し終わると、UFOが降りて行きクマノミをアームでとらえた。


「やったです!?」


 風子がそう告げるとアームでとらえたクマノミがスルリと抜けてしまった。フラグを立ててはならない。あと少しだったのに!と風子が悔しがる。そしてショーケースの中の魚を悲しそうに見つめた。

 その姿が少しかわいそうに思えた僕は気付いた時には口が開いていた。


「風子、僕にやらせてみて。取れるかも」

「そうなんですか!? じ、じゃあどうぞなのです」


 そう言って両手の掌を前に差し出し、僕に場所を譲る。僕は再び財布から百円を取り出すとコインの投入口にいれる。慣れた手つきでボタンを押していく。狙うは先程風子が逃したクマノミ。

 僕が動かすUFOは着々とクマノミの頭上を近付き……少しずれた位置で止まる。


「センパイ、それじゃあ取れないのでは……」

「まあ、見ててって」


 僕が最後のボタンを放すと、アームが開きクマノミへとUFOが接近した。そしてアームがクマノミの尻尾を確かに捕らえ…………クマノミはクルリと一回転して景品の落ちる穴へと落ちた。

 落ちてきた景品を取り風子に渡すと、彼女は目を輝かせてそれを受け取る。


「はいどうぞ」

「うわああああ! すごいのです、すごいのです! センパイにこんな特技があったのですね! 本当に貰っていいのです?」

「いいよ。そのために取ったんだし……それは僕からの入部祝と言うことにしておいて」

「ありがとなのです! ふふふ……センパイからのプレゼント、嬉しいのですよ~!」


 そう言って風子は僕が渡したクマノミを両手で抱きしめクルクルと回る。ここまで分かりやすく嬉しがってもらえるとなんだか恥ずかしいが、悪い気がしなかった。

 しばらく興奮さめやらぬままの風子を眺めていると、僕らが居た台に先輩たちもやってきた。先輩は僕が風子にプレゼントしたぬいぐるみを見ると何か文句ありげに接近する。


「あー! 颯たん後輩ちゃんにプレゼントあげてる! カッコいいところ見せて……絶対やましいこと考えてるでしょー!」

「ちょっと、綾菜先輩! そんなこと考えてないです!」

「嘘だね! どうして嘘つくの~颯たん!?」

「もうそのキャラは懲り懲りですから!」


 再び病んだ女の子の声音で迫る先輩を僕は突き放した。全く心臓に悪いったらありゃしない。ひとしきり僕をいじると、先輩は仕切り直しだと言い手を打つ。


「颯たんだけがカッコいいところを見せるのは癪だね! 私もふーちゃんに何かプレゼントするよ~」

「本当です!?」

「ただし、あげるものはこっちで決めさせてもらうからね!」


 先輩は風子にそう言ってウィンクすると、再び僕の方に体を向ける。いつになく真剣な表情だ。正直言ってこういうときの先輩からは嫌な予感しかしなくって……


「颯たん、勝負しよう」


 やっぱり今回もだった。先輩がどんな勝負を挑むのか僕は大体予想はついている。ニシシと無邪気に笑う先輩だが、これからしようとしていることの内容はあまり無邪気で片付けられるものではない。


「勝負の内容は『どっちがより多くのぬいぐるみを取れるか』ですよね?」

「ふむ。察しが良くて助かるわ~。今回は五百円でどれだけとれるか勝負しよ」


 全く、金魚すくいじゃないんだからと僕は心の中で突っ込みを入れる。僕が呆れていると、先輩は続けて口を開いた。


「勝負で私が勝ったら、颯たんが取った分のぬいぐるみは私にプレゼントね! それで私が取った分はふーちゃんへ」

「えっ、そんなのでいいんですか? そもそも僕がぬいぐるみ取れない可能性だってありますよ?」

「ははは、心にもないことを言うんじゃないよ、颯たん。颯たん上手いしぬいぐるみ取れるでしょ? それと『そんなの』って言うけど私は『そんなの』で良いのさ! 颯たんから貰えればなんだって嬉しいよ」


 途中から口調が男性の様になった為か、それとも先輩が突然僕の顎を持ち、顔を寄せてそう言ったからか、まるで僕は口説かれているような感覚に陥った。

 たぶん先輩のことだ、プレゼントが欲しいというのが恥ずかしくて口調が変わってしまったんだろう。興奮するとオタク言葉になる昌平みたいなもんだ。先輩は基本男勝りな感じだが、たまにこういう女々しい部分もあったりする。

 僕は先輩以外誰にも聞こえないぐらいの声で「そんなにプレゼント欲しいんでしたら普通に取りますよ」と言うと先輩は首を横に振る。


「分かってないな、颯たん。今日の主役はふーちゃんなんだよ? だから脇役の私はあの手この手、工夫を凝らしてプレゼントをさり気なく貰うのさ」


 すかした顔でそう言った。あまりさり気なくじゃないけど、先輩なりに風子に気を使っているのだろう。


「まあ、主役に負けるつもりもないけどね! 私の中の主人公キラーの力よ目覚めろ~」

「何を言ってるんですか」

「私は一度主役に勝ってるからね。その時の力が目覚めないかと思ってさ」


 先輩は左手を押さえ苦しそうにそう言った。どうやら先輩は何か闇の力に目覚めてしまったらしい。所謂厨二病という奴か。お医者さんに言っても治らないというのだからこの病は難病指定しても良いと思う。

 綾菜先輩は「先にやっていいよ」と僕に言うと五百円をヒョイと投げてきた。僕は首を傾げ、自分で自分の分は払うと言う。すると


「えっ? いや私が五百円って言ったんだから私が出すよ。それとも颯たんも出して千円での勝負にする?」


 ますます分からなくなってきた。話を聞きてみたら、先輩は『五百円を使って二人でUFOキャッチャーをプレイして、どちらが多く取れるか』と言う勝負を持ち掛けていたつもりらしい。そして僕に先行を譲ったということは、僕は三回、先輩は二回挑戦できるということだ。随分と甘く見られたものだと思うが、先輩相手だったらこれぐらいでも勝てないかもしれない。

 後ろから風子の応援する声が聞こえる。僕は気合を入れなおし、五百円を投入口に入れた。


  *


「よしっ」


 僕は小さくガッツポーズをする。

 綾菜先輩とのUFOキャッチャー勝負の一回目、僕は見事クマノミを一匹ショーケースの中から釣り上げることが出来た。落ちてきた人形を拾い上げる。綾菜先輩はそれを見て「流石、颯たん。安定して取ってくるなぁ~」と顎髭(生えてない)を弄り感嘆の声を洩らす……と思いきや、その後「まあ、これで一匹プレゼントゲットだね!」などとおっしゃるので先輩はあまり感嘆していないのかもしれない。

 僕の番が終わりハイタッチで先輩と交代、と言うかハイタッチさせられて交代した。先輩は腕をグルグルと回し己を鼓舞し始める。


「さあて、私の番だ! 颯たんは何匹ぐらい取って欲しい~?」

「……できれば一匹も取らないでくれると」

「それは無理だね!」


 笑って軽くあしらわれた。

 何はともあれ、先輩が台の前に着きレバーを握ると彼女の雰囲気が一気に変わり、肌にピリピリとくるものがあった。自分の腕を見ると鳥肌が立っていた。

 視線はショーケースに向いたまま口を開く。


「私は勝っちゃうよ! UFOキャッチャーは大好きなんだ。珍しく、私が自信を持って才能あるって思えるものだからね!」


 先輩が自分で才能があると言うのは、相当なことだと僕は知っている。隣に棒立ちしている風子は知らないだろうが、学校中から天才だと思われている綾菜先輩は実のところ努力の積み重ねによって成り立っている。天才などでは無いと先輩は思っているだろう。そんな先輩が自信を持って才能あると言っているのだ。

 先輩がゆっくりとレバーを動かし始める。そして、ぬいぐるみの真上から少しずれたところでUFOを止める。ここまで定石通りだ。僕も先程この方法でぬいぐるみを転がして取った。しかし、ただ先輩が一匹のクマノミを取るとは考えられない。

 UFOが降りてゆき、バーが開く。そしてバーが閉じたときには、なんとぬいぐるみのタグの紐を二本とらえていた。有り得ない、と思った矢先さらに有り得ないことが起きる。


「狙い通り! いけええええ!!!!」


 先輩が声高らかにそう告げると、バーに引っかかった二匹のクマノミが手前のクマノミを転がした。一匹二匹と転がり落ち、最後にバーで捕らえた二匹のクマノミが落ちる。先輩が一回バーを動かし終えたときには、景品の受け取り口には四匹のクマノミがそこにいた。

 取ったぬいぐるみを抱きしめ、全く遠慮する様子無く最高の笑顔を僕に向ける。

 思い出した。僕が前回先輩とここのゲームセンターに来たとき、先輩は型落ちした音楽プレイヤーが景品のUFOキャッチャーで二千円で約四十個の音楽プレイヤーを取ったのだった。取った音楽プレイヤーは今でも三年生のセンター英語対策で重宝しているらしい。

 僕はクマノミの二匹取りなんてできない。こうして僕は、先輩の一回目の挑戦の時点で敗北を決するのだった。


  *


 上機嫌そうに右隣の先輩が僕の取ったぬいぐるみを三匹抱え、スキップしてゲーセン内を渡る。そして左隣にいる風子もまた、両手にギリギリかろうじて持てているが、今にも落としてしまいそうなほどの数のぬいぐるみを抱えゆらりゆらりと歩いていた。因みに僕があげた一匹と綾菜先輩が最終的に取った七匹合わせて八匹のクマノミを抱えている。そもそも二回で七匹取るってどうなってんだ。

 先程、澄から携帯電話の方に連絡が入って昌平が○岸のある場所で待っているということを伝えてくれた。澄たちもそこにいるらしく、僕たちは一度そこで集合することになった。きっと今の僕たちの状況を見たらみんな驚くことだろう。特に兎莉なんてどうなることやら。

 ゲームセンター内はそこまで広いわけでは無いのですぐに澄たちと合流することが出来た。予想通り、風子が抱える大量のぬいぐるみに一同目を丸くしており、風子は「驚いてないで助けてなのですよ~!」と救援を求め、ぬいぐるみは一時昌平が預かることになった。昌平は荷物を持ちすぎだ。意外なことに兎莉は僕らのぬいぐるみの量を見てそこまで驚いている様子は無かった。寧ろ安心しているような感じさえ感じる。前回先輩がこれ以上の量の音楽プレイヤーを取ったとき、兎莉も居合わせていたのでそれが合って安堵しているのかもしれないな。あの時は一歩間違えれば出禁になっていたかもしれないし。

 風子から預かったぬいぐるみをどこから取り出したか大きい紙バックに入れると昌平はくちを開く。


「颯太! 準備は良いか? 早速勝負しようぜ!」


 目の前にある○岸の筐体を親指で指さし、そう言う。当初からその予定になっていたため僕はコクリと頷くき、財布からお金を取り出そうとしてときだ。澄が僕と昌平の間に割って入る。


「あら、颯太さんたちはこのゲームで勝負するのですか?」

「うん、そうだね。何だかんだ毎回ここ来たらやってるし、今回もそんな感じ」

「そうですか……では今回は私も参加させていただきましょうか」


 澄はそう言うと、風子に視線を送った。風子は視線に気づき指をポキポキ鳴らす動作をする。受けて立つと言ったところだ。鳴ってないけど。

 澄と風子はあまり仲が良くない……と言うかお互いを敵視している。二人とも僕も街にある温泉旅館の娘であり、昔からこんな感じなのだ。話によると、澄たちの親の代、その親の代、そしてそのまた親、と一族そろって仲が良くないみたいだ。折角風子の歓迎会を兼ねてショッピングモールに来ているのに争うなんてとは思うが、風子が乗り気なのだから仕方がない。一歩引いた位置で兎莉が二人を見て笑う。


「兎莉も参加するか? 綾菜先輩もどうですか」

「あはは…………私は遠慮しておくね。気遣いありがとう、颯太くん」

「私も遠慮しとこ! 勝ち逃げってやつだね!」


 堂々と勝ち逃げ宣言はどうなんですか先輩。一人突っ込み、しかし先輩が参加したとしたらまた一悶着ありそうで少し安心してる自分がいる。

 ヒメも誘おうかと思ったが、彼女の体型ではアクセルに足が届かずきっと嫌な思いをしてしまうだろうと思い誘うのはやめておいた。


「それでは、参加者は四人ですか。それではトーナメント形式で勝負をしましょうか」

「良いな、それ! 流石澄だぜ~!」

「当たり前です。『あさま荘』の娘ですからね」

「いや、それは関係なくないか!?」


 いつものやり取りを終えると、風子が手を挙げて「負けた人に罰ゲームとかは無いのかです?」と質問をし、僕らで暫し考えたところ綾菜先輩が割ってきて鶴の一声。結果、罰ゲームは昌平の荷物をいくつか持つということになった。昌平が負けたとしたら何も起こらない。


「それではトーナメントの組み合わせを決めましょうか」

「じゃあ『グッパー』で決めようぜ!」

「では、それにしましょう。私はグーを出します」


 澄はそう言って握り拳を作る。明らかに僕と昌平はパーを出せと言う意思表示だ。風子と対戦したいなら直接そう言えばいいのにな。

 『グッパー』とは掛け声とともにグーかパーかを出してグループを分ける方法のこと。地域によって掛け声が「グーのパー」だったり「グーとパー」だったり、挙句の果てには「グッパーじゃす」だったりもう訳が分からなくなるあれだ。じゃすって何だ?

 四人で掛け声は「グーのパー」で手を出す。


「あら、昌平さんと颯太さんがパーで、私と風子さんがグーですね。丁度風子さんと勝負したいと思っていたところだったので、これは偶然、都合がいいですね」

「私もそう思うのです! 決勝で会おうなんて回りくどい台詞はめんどくさいと思っていたのです。偶然、偶然……」


 僕と昌平はお互い顔を見合わせため息をついた。全くこの二人は……偶然なんかじゃないだろ。予定調和の様に対戦相手が決まったところで、まずは僕と昌平が筐体の席に座った。

 少し硬めの皮素材の席は妙に体にフィットした。

 昌平も「右よーし左よーし」と安全確認をしながら席に着く。昌平、それは電車だ。僕らが席に着き、コインを入れると見慣れたタイトル画面に入る。その後車種選択があって、僕はいつも使っている一番最初にカーソルが当たる車種を選ぶ。昌平の方からは二回カーソルを動かす音が聞こえて決定ボタンを押したようだ。

 画面が切り替わり、カウントダウンが始まった。


「颯太、今回も負けないかんな!」

「いや、僕だって負けっぱなしは嫌だからね。今回は勝つ」


 お互いにそれだけ言うと、僕らは画面に集中した。始まる前のこの緊張感は何度やっても慣れることが無い。ただ、ちょっと緊張しているぐらいの方が集中できて良いだろう。

 そして、カウントダウンが終わる。


「「ゴー!!!!」」


 後ろで風子と綾菜先輩が掛け声を放つと同時にレースがスタートした。

 よし、出だしは好調だ。僕は無事に昌平よりも前に着くことが出来た。レースゲームにおいて相手より先に前に出ておくことは相当なアドバンテージになる。前に出ている方が相手の進行を妨げられたりと有利なのだ。

 順調なコース取りを行い、僕は堅実にタイムを伸ばしてゆく。昌平をそこまで引き離すことはできなかったが、最終ラップまで終始僕が先頭に立ったまま。どうやら今回は勝てそうだ。僕が得意なコースが出てくれたのも幸いだったのだろう。悔しがっているのか昌平の様子が気になり、横目で隣の昌平を見る。


「危ないのです!」


 瞬間、風子の叫びが僕を貫いた。何だと思った時にはもう遅い。僕は最後の最後で縁石に車を接触させてしまった。大して接触したわけでは無いがそれでも原則はする。揺れる車体が倒れないように、蛇行することでバランスを取り、何とかやり過ごす。無事に立て直しホッとしたいところだが、事態はあまり良くないらしい。先程まで遠くを走っていた昌平の車がすぐ後ろまで来ていた。


「クッ!」

「油断したなぁ、颯太!」


 横から煽るように昌平がそう言う。顔は見えない、と言うより見ないが絶対馬鹿にしてる!馬鹿な顔をされてる気がする!……もとから昌平は馬鹿顔だった。

 昌平は続ける。


「……うさかめって知ってるか?」

「知ってるよ。まさに今の僕の状況だな」

「ちげえよ……」

「??」

「アニメ作品のことだよ!!」

「そんなん知らないよ!?」


 昌平が吐き捨てる様にそう言った後「今だ!」と小さく呟き、最終カーブでドリフトを決められて抜かされてしまった。意味不明な会話は僕を混乱させるためだったというのか!ほどなくして昌平が先にゴールする。僕は昌平の術中にはまり最後の最後で逆転負けをしてしまった。悔しい。最近昌平に勝っていなかったのと、勝てそうだったというのが相まってさらに悔しかった。

 レースが終わり席を立つと昌平が憎たらしい顔で笑いかける。クソッ、やっぱり馬鹿顔じゃないか。悔しいが、負けは負け。僕は残念なことにトーナメント一回戦で敗退してしまった。無事四位である。これが大会ならメダルが貰えていたことだろう。

 ひとしきり昌平にからかわれた後、第二回戦――澄と風子の勝負が始まろうとしていた。お互い不敵な笑みを浮かべつつ筐体の席に着く。


「浅間澄! こんなお遊びだろうと風子は負けないのですよ!」

「その言葉そっくりそのまま返させてもらいます。勝つのは私です。農作業用トラクターで鍛えた私のドライビングテクニックを見せてあげましょう」

「トラクターに乗れるのが自分だけだと思わないことですね、浅間澄!」


 農業用トラクターは全然このゲームと関係ないのではないか?と言うか、風子の家にもトラクターが必要なぐらいの畑があるみたいだ。寧ろ大きな畑が無い僕の家はレアケース……?

 二人の気が済んだところで僕はコインを投入口に入れる。コインを入れると先程と同じようにタイトル画面が出てきていよいよ車種選択が始まった……ところで二人の動きが止まる。

 どうしたんだと、澄と風子に問いかけると、二人はわなわなと震えてカッと目を見開いた。


「「どうしてキングウェルが無いのですか!?」」

「たぶんトラクターの名前だと思うけど、あるわけないよね!?」


 僕は全力で突っ込みを入れる。さっきから二人が農業用トラクターの話をしていたことを踏まえなかったら『キングウェル』とやらが何か全く分からなかっただろう。澄たちは本当にこのゲームの趣旨が分かっているのか?さっき僕たちがプレイしたのを見て、少なくともトラクターが街を走るゲームでないのは明らかだ。あんなスピードでトラクターは知ってたら間違いなく僕なら泣く。見当はずれな間違いをする二人がとても心配になる。


「あら風子さん。そう言えばあなたのお家もキングウェルでしたね……安い方の」

「ふん! 高ければ良いってもんじゃないのですよ~!」

「何をおっしゃるのですか。ゼロシリーズこそが至高」

「そもそもそんな馬力が必要だなんて『あさま荘』の畑の土はよっぽど固いのですね~! かわいそうなのです」

「な、何ですって!」


 …………盛り上がってるのはさておき、二人が何を話しているのかさっぱり分からない。たぶんトラクターだろう。たぶん。もう全部トラクターの所為にする。農業って色々あるんだね。

 僕は思考を途中で止め、諦めて二人をゲームに集中させることに力を注いだ。熱く討論し始める二人に、機械的に「はーい、次の人来ちゃうかもしれないから早く車種選んでー。トラクターは無いからねー」と死んだ目をして僕はそう言う。意外なことに二回ほど言ったところで風子の方が冷静さを取り戻し、適当に車種を選んでくれた。澄もそれに続く。


「仕方がありません。良く分かりませんが、私はこの黒いのにしましょう」

「なら私もそれにするのです。対等な立場で勝利してこそ完全な勝利だと思うのです」

「ふふふ……面白い」


 澄は不敵に笑う。風子も合わせて笑っていた。

 なんだか二人のキャラがおかしな方向にずれているのを感じるが、速くゲームを始めてくれるのであれば突っ込む必要がないだろう。

 発射の音頭を再び綾菜先輩が取る。風子が操縦者になってしまっているので、昌平が先程の風子の代わりに先輩と共に掛け声を放った。


「「ゴー!!!!」」


 掛け声とともに二人がスタートする。どうやらしっかり前に進めているみたいだ。風子ならいきなりバックし始めるようなおっちょこちょいをしでかしても可笑しくないと思っていたのだが、そんなことは無かった。

 僕は少し心配しながら二人を見守っていたが…………どんどんとその心配は別のものとなっていく。僕は初め二人がしっかり走れるか心配していたわけだけど、コース二周目に入った時点で、先程の僕らのタイムよりも澄、風子のどちらもが早いことが発覚した。つまり何故か初心者の澄たちが滅茶苦茶にこのゲームが上手かったということだ。

 隣で画面を見ている昌平も固唾を飲んでいた。


「颯太、クソ速くないか? 二人とも」

「だよね……地域のベストスコア出ても可笑しくないレベル」

「次、二人のどっちかと俺対戦するんだろ? 勝てる気しないわ……」


 昌平はそう言って震える。確かに昌平の言う通り、どっちが勝っても僕らより速いのだから勝てる気がしない。

 そうこうしているうちに二人は無事ゴール。最終局面で二人は横並びとなり、ほぼ同時のゴールとなっていた。二人は結果発表を画面に食らいつくようにして見る。

 参加していた車のタイムが続々と出てきて、そして…………


「ふふふ……私の勝ちのようですね、風子さん」

「うわああああ! 何で負けたのですか!? 最後絶対風子勝ってたのにですよ!」


 勝者は結局澄だった。ベストレコードではなかったようだが地域で二位というずば抜けた成績を収めての勝利だった。風子は機械の判定に抗議があるらしく「責任者に言ってくるのです!」とゲームセンターの店員を探しに行こうとするが、僕は全力でそれを止める。機械の判定について店員に聞いても分からないし、何よりその店員のことを考えるとあまりにも酷だ。

 筐体の席から澄たちは降りる。降りたそばから風子は両膝をついてうな垂れる。澄はそれを上からしたり顔で眺めていた。


「やはりゼロシリーズが至高ということが証明できましたね」

「ぐぬぬ……今日の所はそのいかした名前を認めてやるのです……」


 …………やはり分からなかった。ゼロシリーズって何だよ。僕は帰ったら検索をかけると心に誓った。

 何はともあれ二人にレースは終了し、決勝戦に移ろうとしたが澄は「もう満足したので、昌平さんの優勝で良いですよ」と言いながら昌平の手を掴み上に掲げる。昌平は初め困惑していたが、珍しく女の子に手を握ってもらえたと上機嫌にそれを受け入れた。昌平はとんでもなくちょろいのだ。

 そして必然的に最下位が僕と風子になってしまったわけで…………昌平の持っていた荷物を二人で運ぶことになった。午前中に買った薬品の入った箱は僕が持つことになったのだが……少し心臓に悪い。重さ的にビンだろうし、割れたら一大事だ。

 昌平は軽くなった両手をグルグルと回し、回したと思ったら腕を止めて腕時計を見る。そして昌平は綾菜先輩の方を見て喋り出す。


「そろそろいい時間っすし、帰りに準備した方が良くないっすか?」

「そうだね! 今から帰れば帰る頃には夕御飯時だろうから丁度良さそうだね~」


 そう言って、綾菜先輩は皆に帰る準備をするように言うと、何か思い出したかのようにどこかに飛んで行ってしまった。

 先輩は本当に自由な人だなと呆れつつも、僕は皆に声をかける。


「それじゃ、皆帰りの準備しよう。忘れ物とかない?」

「……うん。大丈夫……だと思う」

「ありませんね」

「童も、買ってもらった洋服があるから大丈夫なのじゃ」

「ヒメは帰りの電車賃忘れずにな」

「分かっているのじゃ……」


 ヒメはがっくりと肩を落とす。帰り際にこういうこと言って気分を下げるのは悪いことをしたなとは思うが、電車賃を忘れてしまうよりはいいだろう。ヒメは洋服洋服と一人呟き、何かを思い出したように顔をクイッと上げる。


「そう言えば、童帰りはこのお洋服を着ようと思っておったのじゃった! どうしようかのう……?」

「それでは私が付き合いましょう。トイレを借りますか」

「わ、私も丁度トイレに行きたかったの…………ということで颯太くんたちは」

「分かった。待ってるよ」


 澄たちが一度僕たちを別れることになった。ヒメが新しい服を着てくると言ったが、少し楽しみだ。ヒメは着物以外の服装滅多に見ないからな。合羽を着ていた以外は基本着物の時しか僕は知らない。

 そう言えば、服の代金はどうなったのだろうか。上の服まで買ったみたいだから少し高くなったのではないだろうか?そのことを昌平に尋ねてみる。


「ああ、上の服は気にしなくていいぜ。だからスカートの代金が千六百円ぐらいだったから……四人で割って一人四百円だな」

「了解……というか上は気にしなくていいってどういうことだ? ヒメが自分で買ったってこと?」

「いや、俺が買った」


 堂々と昌平は言い切った。随分と太っ腹なものだ。プレゼントなんて恰好カッコいい真似をしてくれるじゃないかと、僕は少し昌平を尊敬するのだった。

 昌平は拳を握り、力強く言う。


「いいか、颯太。これから九重姫乃嬢は俺が払った服を来て家まで帰る。そしてそれが家に残るんだぜ。俺が幼女の家計の一端を担うんだ、最高に興奮するだろ?」


 プレゼントはカッコいいとか思ってしまったが理由最悪だった。

 親友にゴミを見るような目を向け、口を閉ざすと、間もなく澄たちが戻ってきた。ヒメは宣言通り着物を脱ぎ棄て……というか手で持ち、白いなんだか良く分からない英語が書かれたTシャツと、薄いピンク色のミニスカート姿になって帰ってきた。新鮮な彼女の姿に僕は思わず唾を飲む。

 ヒメはクルリと一回転して僕に服を見せてくる。スカートが舞い普段見ること無いヒメの肌が顔を見せた。


「どうじゃ、お兄様? 童の真の姿は!」

「いや、真の姿って何だよ…………すごく似合ってるよ。可愛い」

「やったのじゃ! お兄様も気に入ってくれたみたいで何よりじゃの~まあ、童は何を着ても可愛いということじゃな! わはは!」


 もの凄く鼻高にヒメはそう言った。嬉しそうで本当に良かった。これで帰りも涼しく帰れる。僕の隣でどこか遠くを見て頷く親友が気持ち悪いということ以外、万々歳だろう。

 澄たちが帰ってきた後、僕らは言われた通り帰り支度をしていると先輩は五分ほどですぐに帰ってきた。

 帰ってきたとき先輩は手を後ろに回し、何か後ろに隠すようにして歩いてきた。隠すように、というが全然隠れていない。サッカーボールやらバレーボールやらが沢山入った網を先輩は持っていた。先輩は昌平にわざとらしく、満面も笑みを送る。昌平は何か感じ取るものがあるらしく後ずさりした。


「そう言えば、学校から球技祭に向けて新しいボールを買ってくるように言われていたんだった~誰か運んでくれる人がいると助かる…………あっ!昌平両手がお留守みたいじゃん!」

「…………お留守っすね」

「それに何か持ちたい……って顔してるね?」

「…………してないっ」

「いや、昌平じゃなくって昌平の腕に聞いてるの! うんうん、そうだよね持ちたいよね! じゃあ持っちゃおうか~!」


 昌平の腕の声が聞こえる先輩の手から、網の持ち手が昌平に渡される。昌平は抵抗むなしくその網を持った。腕が持ちたがってるなら仕方ないよね。そうか先輩、さっきの罰ゲーム――昌平の荷物を持つってのはもっと重いものを昌平に頼むつもりだったからなのか。全く悪い先輩だ。

 こうして、一部を除き皆満足した様子でショッピングモールを後にした。


  *


 夕暮れが僕らを真横から照らす。帰りの電車の中、たった三十分ほどだというのに皆疲れ果てて眠ってしまった。起きているのは僕と澄のただ二人だった。

 目の前の席で寝ている綾菜先輩は夕日に照らされその紅葉色の髪を輝かせる。その姿を見ていると、つい先日の病院でのことが脳裏に浮かんだ。あれから先輩は文化祭のことは寝に持たないでいてくれているだろうか。気にすることもないか。あんなに笑顔で納得してくれたのだから。

 思い出に浸っていると、隣に座る澄が僕の太ももを叩き呼ぶ。


「皆さん寝てしまいましたね、颯太さん」

「そうだね……今日は皆相当しゃいでたから」


 僕は周りの人か起きないように小声でそう返す。なんだかひそひそ声なので、内緒の話をしているような錯覚に陥る。


「今日は沢山新しい体験をさせてもらいました。ゲームセンターのゲームも中々に面白いものでしたね」

「だよね。ゲームセンターって最初は抵抗あるけど行ってみたら面白いの多いと思うし」

「それと、レーシングゲームにトラクターが出てこないということが」

「いや、それは新発見とかじゃなくて当たり前だから」


 澄はしっかりしていそうで、ボケているところもある。基本はしっかりしているのだけどね。機械関係は疎いような気がする。それを言ったら僕たちみんなあまり機会に強いとは言えないのだが。

 少しムスッとした澄は、しかしあまり気にすることなく続ける。


「ところで、颯太さん。相談なのですが……生徒会選挙が今月末にあるのは知っていますか?」

「うん。知ってるよ…………澄がそんなこと言いだすってことは、まさか」

「いえ、颯太さんに立候補してもらおうということではないので、安心してください」

「そうか、良かった……」


 僕は一瞬身構えたが、すぐにそれを解く。正直僕では生徒会長の役は務まらないと思う。それにそもそも僕は生徒会長のような皆に注目される生徒ではないのだ。安心したところで、続く澄の言葉に耳を傾ける。


「温泉部の皆さんには明日お話しするつもりですが、次の生徒会選挙……それに温泉部から昌平さんを立候補させたいと思っているのです」


 真っ直ぐ僕を見つめてそう言った。それ以上の説明は明日詳しくすると言い話はそれで終わってしまう。どうやら秘策があるらしい。澄は一体何を考えているのか、それはきっと楽しく少し面倒なことになりそうだと僕の感性はそう告げるのであった。


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