第17話 会長は温泉部部員?
「俺が生徒会長!?」
温泉部部員が勢ぞろいした部室で昌平が叫んだ。あまり叫ぶとお隣の文芸部から苦情が出ないか心配になる。温泉部はそこまで部室を使っていないから、ただでさえ温泉部がいる上に昌平がこんなに叫んだら、文芸部のストレスは最高潮なことだろう。
僕たちは今、澄が昨日言っていた昌平を生徒会長にする計画についての話し合いを部室で行ってる。因みに放課後だ。まれに、お昼休みの時間に部室に来てがやがやと騒ぐ輩がいるらしいが、お昼休みの時間だけだと話し合いが終わらないでしょうと澄の一言があり、放課後に集まることになった。集まりが良く、無事全員そろっての話し合いだ。
当の本人昌平は、部室の中で一番驚いた様子で続ける。
「何で俺なの!? というか、わざわざ温泉部から生徒会長を出すなんてする必要あんの?」
「昌平、分かってないな~四月に私たちが何のためにふーちゃんと戦ったのか思い出してみてよ!」
「えっと確か、温泉部が廃部の危機で……」
「ああ、なるほど」
僕は昌平が考えている間に先輩の言っていることの意味を察する。
僕たちは四月の初め、部員の人数が既定に足りていないことが発覚し、廃部の危機に陥った。今までも部員の人数が足りていなかったが、綾菜先輩のお蔭でそこらへんはうやむやになっていたと聞いている。会長権限だとか。つまり、次の生徒会選挙で綾菜先輩が引退した後、温泉部は廃部になってしまう可能性が出てきたということだ。
そして、僕はある一つの疑問にぶつかった。
「あれ、先輩今年はこの学校にいるんですから廃部って相当後じゃないですか?」
「颯たん……甘いね、甘々だね! 三年生は基本的に夏前に皆退部することになってるんだよ? 全国大会とか行っちゃった人は除くけどね!」
「ということは、やっぱり誰か温泉部から生徒会長を出さないといけない感じなんすね……」
昌平は仕方ないと肩を落とす。どうやら彼も納得したようだ。
「まあ、温泉部から生徒会長出さなくても助かる道はいくつかあるけどね!」
諦めの声を洩らす昌平に、綾菜先輩は笑い飛ばすようにそう言った。彼女の声に、部室の視線が一点に注がれる。
先輩は意外そうに「いやいや、大したことじゃないよ」と手を横に振り、先を続けた。
「皆、頭が固くなってるんじゃないかな? 生徒会長を温泉部から出すなんて、こういっちゃあなんだけど、姑息な手段何て取らなくたって、部員を既定の人数まで集めちゃえばいいんだよ!」
先輩の一言に皆一同頷き、納得する。確かに僕たちは考えが凝り固まっていたのかもしれないな。普通廃部阻止と言えば、部員集めが鉄板のはずだ。というか、僕たちは四月の時、実際部員集めをしようという話になっていたじゃないか。
「まあね、その部員が見つからないんだから大変なんだけどね~!」
「そ、そういうことなら風子が前に声をかけた子達にもう一度声をかけてみようと思うのです!」
「前に声かけた子って、誰?」
「あ、温泉研究部だった子達と言った方が良いですねです」
風子は鼻息を荒くしてふんすと気合を入れる。
『温泉研究部』とは僕たち今の温泉部が廃部をかけて文化祭で戦った相手のことだ。廃部をかけてというか風子の温泉部加入をかけてと言った方が正しいか。因みに『温泉研究部』は風子が作った。
「それなら僕も風子について行くよ、っていきなり先輩が来たら温泉研究部だった子達怖がっちゃうかな」
「怖がるかもしれないですが……付いて来て欲しいのです。風子だけだと話に真剣さが足りないような気がするのですよ」
「あら、風子さん。自分のことを良く分かっていらっしゃいますね」
「それはどういう意味なのですか、浅間澄!?」
風子はぐるると獣の様に澄に食らいつく。二人の間にめらめらと燃える炎が見えたような気がした。それはさておき、確かに風子は行動とか口調から真面目な話に向いていないのは明らかだと僕も思う。僕がついて行って、話の雰囲気が丁度良いぐらいになるだろう。僕自身が真面目な話に向いているかは不明だが、少なくとも昌平とか綾菜先輩とかを連れて行くよりはましだ。物腰柔らかな兎莉も連れて行っていいかもしれない。勧誘は男よりも女の方が向いている。残念ながら僕は女じゃないのだ。いや、女になりたいとかじゃないんだけどね。
僕はそう思い兎莉にその旨を伝える。
「…………ごめんね。私は…………遠慮しておこうかな」
「お、そうか……兎莉が来てくれたら心強いと思ったんだけどな」
「うん………………本当にごめんなさい」
兎莉は顔を伏せて、暗い声でそう告げる。何か用事があるのだろうか。しかし、それを聞いたところで兎莉の返しは変わらないと思う。嫌だという相手に、しつこく理由を尋ねるのは迷惑でしかない。残念だが兎莉のことは諦めよう。
「では、風子さんと颯太さんは新入部員を集めるということでよろしいのですか?」
「そういうことになるな」
僕がそういうと澄はコクリと頷く。
新入部員についての話が切れたところで澄が再び、昌平が生徒会長になることについての話を切り出す。僕は先日澄が言っていた『秘策』について聞いてみる。
「そう言えばさ、澄は昨日昌平が生徒会長になるための『秘策』があるって言ってただろ、あれって何なんだ?」
「そうでした。お話ししないといけませんね」
「おいおい、二人で密会してたのか!? お前らいつからそんな仲に……怪しい」
「変なこと言うな、昌平。それに僕と澄はもとから普通に仲いいだろ?それと密会じゃない、皆が昨日の電車の中で寝ちゃったから二人だけの話になっただけだ」
僕はそう言うが、昌平は何か不服そうな様子だった。
「そんなに二人きりで話すのが羨ましかったのですか、昌平さん?」
「ああ、羨ましい!」
「それなら心配ありません。これから嫌というほど二人きりでお話しすることになるでしょうから」
澄は口を小さく抑え不敵に笑う。澄がこういう笑い方をするときは大抵とんでもないことを言い出すのだ。
「昌平さん、毎日私と一緒に筋トレに励みましょう」
「ほえ?」
呆気にとられた昌平は魔法少女のようなセリフを呟く。勿論僕も驚いている。澄の言っていた秘策とは昌平が筋トレをすることだというのか?
「皆さんは、文化祭の時に私のお婆様が言っていた常連客について覚えていられますか?」
「…………覚えてるけど、見たこと無いかも」
「俺は勿論覚えてるぜ! な、颯太!」
「そうだね。何故かお風呂でばったりとあっちゃってね」
「あら、そうですか」
澄は一瞬意外そうな顔を見せたがすぐにいつもの凛とした表情に戻る。
常連客のお爺さんには、文化祭前、澄の家にお泊りした際風呂場で偶然出会った。優しい声音を今でも覚えている。確かあの時は僕らの地域の民間伝承について教えてくれたんだっけ。
「その常連客のお爺様なんですけど、実は非常に私たちの高校について詳しいのです」
「確かに、無駄に詳しそうだったよな!」
「ほう……昌平さんたちは、お爺様にお話もしたのですね? 生徒会長について何か話してはいませんでしたか?」
「あっ、そう言えば……」
話していた。確か、僕たちの高校の生徒会長は『面白い人』がなる、だとか言っていたと思う。
そのことを澄に伝えると、澄は少し渋い顔をする。もしかして、澄は今からそのことについて話をするつもりだったのかもしれない。話す内容を先に話されてしまうというのは悲しいものなのだ。
「確かに、颯太さんの言う通り……生徒会長には面白い人がなるというのはお爺様がいつも仰っていました。しかし、その話には続きがあるのです」
「続き?」
「続き……生徒会長になる人の第二の特徴として、球技祭で優勝しているということがあるとお爺様は仰っていました。そう、球技祭での優勝は生徒会長になるための重要な要素であるのです!」
球技祭での優勝?僕は不思議に思い周りを見渡すと、皆も同じような反応だった。現生徒会長である綾菜先輩だけは、首を縦に振って感心……いや、納得?しているように見える。
綾菜何故納得しているのだろう。僕は頭の奥に行ってしまった去年の球技祭のことをことを思いだす……
「おっと辻選手、すごい!一人、二人、三人! ゴール前の選手をすべて抜き去っていく! 最後にキーパーも抜き去ってドリブルでゴールだ~!」
「実況も綾菜先輩なんですね」
「ホイッスルが鳴った! ジャンプボールで辻選手ボールを受け取るとそのままシュート! そのまま大きく弧を描いて……三ポイント! 三ポイントシュートだ~!」
「先輩ちゃんとバスケしてください」
とんでもない記憶が頭の奥から蘇る。確かに去年生徒会長だった綾菜先輩のクラスは、去年の球技祭で彼女のバカみたいで現実離れした活躍により、堂々の優勝だった。
もしかしてと思い、僕は綾菜先輩にその前の年……つまり綾菜先輩が一年生の時の球技祭はどうだったのか聞いてみる。綾菜先輩は自慢げに口を開いた。
「もちろん優勝だったよ! もう圧倒的。綾菜パワーが世の中に知れ渡った瞬間だね」
「……そうですか」
絶対嘘だと思う。綾菜先輩のことだ、球技祭になるまでに色々と派手なことをしていたに違いない。先輩が静かにしていただなんて、全く持って考えられない。泳がないと死んでしまう魚みたいに、綾菜先輩は派手なことをしないと死んでしまうのだ。今年の文化祭も結局綾菜先輩が色々面白くなるように錯綜していたらしいしね。
僕が綾菜先輩の話を聞いて、ため息をつきながらも澄の話に納得する。先輩も感心しながら納得しているようだった。
「へー確かに、私も球技祭ずっと優勝しているしスミスミの言ってること当たってると思うな~」
「私の、ではなくお爺様の言葉ですね」
そう小さく訂正を入れながらも澄は自信気に胸を張った。温泉部の廃部を逃れるために澄がここまで調べてくれてたのは嬉しいと僕は思った。
澄の話に僕らが皆納得したところで、昌平が何故かかしこまった様子で挙手する。
「それで、澄殿。何故拙者は筋トレをしないといけないのでござるか?」
「それは球技祭で勝つためです。スポーツは基本的に体力と筋力があった方が有利なものが多いでしょう?それと昌平さん、キャラ崩壊や口調を変えると話を聞いてる人からしたら誰なのか分からなくなります。慎みましょう」
「それは誰に向けて言ってるんだ……?」
誰でしょうね?あまり触れてしまってはいけない話の気がするので僕は澄の台詞を深く考えないことにした。
「まあ……確かに澄の言うことは分かるな」
「それだけではありません。生徒会選挙の演説の際に何か一つ頑張っていることがあると言えるだけでも、印象は違うと思いますよ?」
「言われてみれば……もし今のまま演説しろって言われても話せること無いから、いいかもしれねえな! 筋トレ!」
「その意気です、昌平さん。貴方の武器は筋肉ですから!」
澄の声に合わせて昌平が握り拳を掲げる。文化祭の時も昌平の筋肉がどうこうという話は出ていたが、今回も筋肉らしい。僕から見ても昌平の取り柄は筋肉だと思うし、極めればきっと何とかなる。たぶん。
一段落したところで、僕は持ってきていた水筒のお茶を少し口に含むと、昨日澄に言われた生徒会選挙の際の『推薦者』について聞いてみた。
「それのことですか。昌平さん、推薦者を颯太さんにやっていただこうと思うのですがどうですか?」
「推薦者…………? なんだそれ」
昌平はぽかんと口を大きく開き、アホ面で首を傾げた。昌平も去年の生徒会選挙の時にはいたと思うのだが、何故知らないのだろう?もしかして今の昌平は、昌平のそっくりさんなのかもしれない。それはないか。
澄が昌平に推薦者について説明すると「そんなのあったんだな」と微妙な返事をした。聞くと、昌平は去年の生徒会選挙、最初から綾菜先輩に投票するつもりでいたらしく演説の間は寝ていたたとのこと。それなら仕方ないかとは思いつつも、しっかりと学校行事に参加してくれと突っ込んだ。
「なるほどな! 颯太なら頼りになるしいいんじゃねえか? でもさ……」
「でも?」
「それなら綾菜先輩にやってもらった方が良いんじゃね? というかさ、綾菜先輩にやってもらったらもう当選確実じゃないのか!?」
「俺ってば天才じゃないか……」と昌平は手を振るわせる。天才かどうかはさておき、昌平の言っていることは正しいと僕も思う。二年連続で生徒会長を勝ち取った先輩の推薦ということであれば、昌平の勝利はほぼほぼ確実なのではないだろうか?
澄は昌平の言葉を受け止めて、浮かない表情を浮かべる。澄は一度綾菜先輩の方をチラリと見ると、再び視線を昌平に移した。
「…………昌平さん、実はそれはできないのです」
「どうしてだ?」
「それについては私が一番良く分かっているから説明するね!」
綾菜先輩は座っていた椅子から飛び立つと、二人の会話に割り込む。先輩の近くにいた兎莉と風子が突然のことに驚き、こちらも飛び起きた。
「実は私…………脅されてるの」
声音を変えて、か弱く呟く。部室の雰囲気が一瞬で変わり、皆は先輩の話に集中する。一言で皆の注意を奪った。
悲劇のヒロインのオーラを纏い、綾菜先輩は俯き続けた。
「先生たちにね、お前はもう生徒会に関わるなって、さもなくば……」
「さもなくば……?」
僕らは先輩の深刻な表情に唾を飲む。まさかこの学校内にそんな闇があったとは。出過ぎた杭は打たれる。そんな社会の暗い部分まで学校で再現する必要はあるのか?憤りを感じる。
「さもなくば………………特にないんだけど、お前が関わったらどうせ当選しちゃうからやめろって」
「……全然脅されていないです…………ね」
兎莉が笑い交じりに安堵の声を洩らす。僕も薄々こんなことだろうとは思っていたが、予想通り過ぎて思わず苦笑いした。どうでも良いような話だが皆の注意をひけるのは先輩の演技の賜物と言える。
澄は仕切りなおすように咳ばらいをする。
「ともかく、辻先輩は次の選挙の推薦者になれないのです。そうですね、先輩?」
「そう、私は推薦者になっちゃダメ。だから、今回は皆の力で何とか頑張ってみてよ。生徒会選挙以外の所では色々手伝うけどね!」
先輩は念を押すようにそう言うと、太陽のような笑顔でわははと笑い飛ばす。色々手伝うというのは、温泉部を廃部から免れるための手立てのことを言ってるのだと思う。選挙のことは少し残念だが、出来レースの様に生徒会長が決まるのは確かに面白くない。僕らの高校の生徒は面白いことを望んでいるとお爺さんは言っていた。だとしたら、綾菜先輩の力で生徒会長に昌平がついても周りから反感を買うだけになってしまうことも考えられる。結果的にこれで良かったのかもしれないな。
生徒会選挙に関する話が終わり、時計の針は短針と長針が一直線になってしまっていた。六月二週目ともなれば段々と日も長くはなっているが、そろそろ外は薄らと太陽の光が弱く、橙色を発するようになっている。皆が帰りの支度をしようとした頃、僕は風子に呼び止められた。
「センパイ! この後ちょっといいですか?」
「ん? どうかしたの?」
「新入部員探しのことなのですが……心当たりのある人がたぶんまだ学校にいると思うので、会いに行きたいと思うのです」
なるほど、と僕は頷いた。確かに僕は部員集めに同行するという話になったのだが、まさかいきなり今日からとは……しかし、善は急げだ。早いことにこしたことは無いだろう。
僕は他の皆に、事情を話すと風子と二人教室に残る。学校に残るということで、本来部長の役割である部室の戸締りをちゃっかり押し付けられてしまった。流石綾菜先輩抜け目ない。
皆が帰宅すると、早速僕は教室を出て戸締りをし、案内の風子の背中を追う。部活動の完全終了時間である六時半が迫る部室塔は少し騒がしい。この階は文化部が多いから恐らく文化部のものだがこんな遅くまで何をしているのだろうか。文化祭が終わったというのに、文化部が騒がしいなんておかしい!と思ったが、温泉部だって十分騒いでいたのを忘れていた。自分のことは案外おろそかになるものなのだ。温泉部の右隣にある文芸部は未だ活動中。左隣のパソコン研究部はもう帰宅した、というか僕らが部室に来た時から彼らはいなかったから今日は部活がないのだろう。
「部室塔はいつもこんなに騒がしいのですか?」
「いつもってわけじゃないけど最近は騒がしかったね。文化祭あったから」
風子は「そうなのですね」と軽く相槌を打つと再び前を向き歩き出す。部室塔を抜けると本校舎へと向かう通りに出る。本校舎と部室塔は離れているのだが、上履きで通れる道が作られているため生徒たちは大体が少し遠回りになるがこの道を使って部室塔まで来る。しかし、外での部活――サッカー野球などなどの部活の人たちは結構外履きで部室まで来ることが多いのだとか聞いたことがある。昌平の友達が言っていたことを昌平から聞いたので、もしかしたら事実と異なるかもしれないが、実際外履きで来るのが本校舎からの最短距離になるのは間違いなかった。
本校舎に入り、階段を上り、渡り廊下を歩いて行く。気付けば本校舎と完全にくっ付いて建てられた、実験室などが集められた特別塔まで来ていた。辺りが薄暗く若干怖いので、気を紛らわすのも兼ねて自然と風子と普段の学校生活についての話になった。テストが難しいだの、先生がどうだの、期末試験で夏休みが無くなるだの色々聞かれ、話されては僕はそれに返していく。期末試験で赤点だと夏休みに補講が入って夏休みが一部消えるのは本当のことだ。その後もどんどんと歩いて行き風子の足が止まる。そこは図書室だった。心当たりのある人はどうやら図書室にいるらしい。
風子は軽く二回ドアをノックするとガラガラと音を立ててそれを開ける。
「おーい、神奈ちゃん~! まだいるのですか~?」
風子の言葉が図書室に響く。当然のことだが、帰宅完了時間に近くなった図書室には誰もいない。正確には利用者は誰もいない……だ。本を貸出するためのカウンターにポツンと一人の少女が佇んでいた。黒髪を結う赤いリボンが目についた。風子の声を聞き少女は読んでいた本をその場に置くとゆっくりと視線をこちらに向ける。しかし、向けたそばから再び視線が下を向く。
「あはは……神奈ちゃんはとっても人見知りなので、先輩が突然来てびっくりしちゃってますですね」
「人見知りなのか。やっぱり僕はいない方が良かった?」
「いいえ、そんなこと無いですよ! 神奈ちゃんが緊張しているってことは、真剣に話を聞いてくれるということでもあると思うのです」
そう言ってくれると助かると本当に思う。一緒についてきてただ後輩を怖がらせただけとかになったら、本当に要らない先輩になりかねない。先輩になったからは後輩に何かしてあげたいと内心少し高まる気持ちはあるのだ。
それにしても……僕は神奈と呼ばれた少女を見つめる。彼女は相当な人見知りだと一瞬で理解した。全身から近づかないでほしいという意思を放っているように感じる。僕の近くには昔から兎莉という生粋の人見知りがいるわけだが、神奈さんは兎莉を越えるほどの人見知りであると僕の感覚はそう告げた。
風子が図書室に入っていくので僕も後ろをついて行くと、神奈さんはビクンと体をうねらせ、立ち上がる。その姿を見て僕は決心がついた。
「えっと……風子、僕はここで待ってるよ」
賢明な判断だと思う。思った以上に相手の人見知りが激しいのだ。僕がそういうと、風子は苦笑いし会釈をして一人で図書室のカウンターへと向かっていった。
暫しの間、僕は二人が会話する姿を図書室の入り口から眺めていた。意外なことに神奈さんが風子と話すときには微妙に、本当に微妙に笑みを浮かべているのには驚いた。
話が終わったらしく、風子がこちらを振り向く。両手でばってんを作った。なるほど、勧誘は失敗だということか。
リンゴーン、リンゴーン
風子が再び神奈さんの方を向いて何か言おうとした瞬間、校内に大きなチャイムが響く。下校のチャイムだ。僕はその音を聞いて、ポケットに手を伸ばす。そう言えば、部室の鍵を預かっていたのだった。
「風子、僕は先に行ってるよ。職員室に鍵を返さなきゃいけないし」
「分かったのですセンパイ」
「……………………………………」
「ん? どうかしたのですか、神奈ちゃん」
「…………………」
「なるほど、なるほどなのです」
何がなるほどなのか全くわからない。神奈さんの声は小さすぎてこっちまで届かないな。しかし、口元は動いているので何か喋っているようで、僕神奈さん翻訳師である風子が彼女の言葉を伝える。
「どうやら、神奈ちゃんも図書室の鍵を職員室に戻さないといけないみたいなのです。暗くて一人で職員室に行くのが怖いから…………ってこれは言っちゃダメっだったです!?」
風子がペラペラと翻訳し、ペラペラしすぎて神奈さんに止められた。図書室から一歩出て廊下を見渡す。当たり前のように明かりなどついていない廊下は、僕が図書室に来る前よりもさらに暗くなっていた。なるほど、確かにこれは怖い。一人で職員室に行くのは僕でも気が引けるほどだ。
チャイムはすでに鳴ったが、校庭の方からは野球部の叫び声が聞こえる。白結第一の野球部はチャイムが鳴ってもどこまで練習を続けられるかというチキンレースを日々行っているとか昌平が言ってたけど、本当のことだったようだ。
一緒に職員室に行くということで、図書室の戸締りの手伝いを手短に終わらす。外では他にも運動部はまだ練習しているようで、遠くからその声たちを聴きながら僕らは神奈さんを連れて職員室に向かった。
*
「それで、今日あいつらに変なこととかなかったか?」
「……………………」
「そのことは知ってる。使えねえな……もっと他にさぁ」
「……………………」
「おっ、それは初耳だわ。ちょっと楽しくなってきたじゃねえか……!」
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