第12話 文化祭の真実


 目が覚めると、僕はベッドの上にいた。

 ベッドは硬く、どうにも寝心地が悪い。

 見上げる天井は真っ白で、少し黄ばんだカーテンが周囲を囲んでいる。

 起き上がろうとしたところで右腕にはギプスのような物がつけられていたことに気付く。

 一体どうなってるんだ?

 確か僕は先輩の演劇に出て、それで……

 そこからの記憶が僕には一切なかった。

 ベッドで寝ているこの状況から察するに、たぶん劇が終わった後に僕は倒れたんだと思う。

 腕を骨折したまま、痛みに耐えて劇に出たらまあそうなるよな。

 と言うか、本当に骨折してたのか。

 僕は白い包帯でグルグル巻きにされた右腕を見てため息をつき、それと同時に高校の保健室にギプスが常備されていたことに感心した。

 ガラガラ……

 カーテンを挟んで扉が開く音がする。

 誰か入ってきた?

 足音は徐々に近付き、カーテンを開けた。

 オレンジ色の夕日が差してくる。


「やっほー、颯たん! 元気してた~? って元気なわけないか!!」

「綾菜先輩……っ!」


 先輩はいつもと変わらぬ弾ける笑顔だ。

 見ると綾菜先輩の後ろから温泉部の部員たち――澄、昌平、兎莉が顔を出していた。

 皆でお見舞いに来てくれるとは嬉しいものだと思う。


「こんにちは、颯太さん。腕の調子はいかがですか?」

「うーん。分かんないな。今起きたばっかりでそこまで気が回ってない」

「顔色は良さそう…………だね。もう……心配したんだよ?」

「あはは……心配かけてごめんな、兎莉」

「全く、心配させんなよな!」


 僕は右手で頭を掻こうとしたが、すぐに使えないことを思いだして左手でそうする。

 皆に心配かけてしまったことに多少の罪悪感を抱いた。

 それに、澄と兎莉には本当に悪いことをしてしまったと思う。

 お客が押し寄せて、相当お店が忙しいって中で勝手に飛び出してしまったからな……

 もしこれで『温泉部』が負けたなんてことになったら僕のせいだ。

 しかし、僕まだ勝敗を知らない。

 自分の中の疑問を澄に聞いてみる。


「そう言えば正式な温泉部をかけた勝負ってどっちが勝ったんだ?」

「まだ颯太さんには伝えてませんでしたね」

「…………どっちだと思う?」


 どっち……か。

 勿論僕は『温泉部』が『温泉研究部』に勝ったと信じているけど、百%勝ったと言い切ることはできない。

 僕は舞台に向かう間に見た『温泉研究部』の教室の前に並んでいた人の量を思い出す。

 あの量だけ見れば『温泉部』は勝ったと思うのだが、相手はオムライスを作ると言っていたしあの量並んでいれば相当な収益になっているのか……?

 考えれば考えるほどに不安になる。

 だが僕はこう言うしかないだろう。


「勝った……と思うよ」

「はい正解です。勝負は『温泉部』の勝利です」

「ええっ!? もうちょっとタメとかないの!? なんかあっさりだな!?」


 僕が自分の予想を口にした瞬間に澄は答えを当たり前のように告げる。

 何ともあっけない幕切れに僕は狼狽した。


「それはもうあっさりですよ。『温泉部』は『温泉研究部』に売り上げおよそ二倍の差をつけての快勝でしたからね!!」


 澄は腕を前で組み、自信満々にふんぞり返った。

 澄は体型があれなので腕組みしても年齢制限がかからなくていいな。

 怒られそうなのでここまでにしておこう。

 兎に角、勝負には勝ったようで良かった。

 僕はそっと胸を撫で下ろした。


「……それにしても、良くそんなに差が開いたな。驚いたよ」

「ええ。私も正直驚いています。要因はまず材料費が安く済んだこと」


 材料費。

 僕はその言葉を聞いてつい先日までの畑仕事を思い出す。

 澄と僕とで小麦農家のおじさんの所にお手伝いに行ったんだよな……

 大変だった日々が無駄にならなかったと知り僕は少し目頭が熱くなった。


「他には、途中でお饅頭の持ち帰りを可能にしたこと。お饅頭の種類が二種類あったこと。それに……申し訳ありませんが、辻先輩のクラスの出し物のお蔭もあります」

「綾菜先輩のお蔭? 先輩は今回『温泉部』の勝負に加担しないって話だったんじゃ……」

「全く、颯たんは頭の回転が悪いね! 兵士をやって私と言い合っていた時ぐらいの回転力をみせるのだ~!!」


 クルクルとその場で回りながら綾菜先輩はそう言った。

 物理的に回らなくてもいいんじゃないか?

 その姿は実に滑稽で自然と強張った頬が緩む。


「スミスミからは言いづらいだろうから、私が言うね。ほら、私のクラスの兵士役の人が急病で倒れて、グダグダした劇になってたわけじゃん? それで体育館の生徒が外に流れちゃって『温泉部』のお店に行きついたってことさ!」

「そんなカラクリがあったんですか。……でもおかしくないですか?」


 ふと、些細な疑問が頭に浮かび首を傾げた。


「何がだい? 質問を許すぞ!」

「戦乙女みたいな口調じゃなくていいですよ。お客が流れるのは分かったんですけど、それだったら別に『温泉部』ばかりに流れるのはおかしくないですかってことです」

「あーそれね。そこからはスミスミが詳しいからパース! ダイレクトパース!!」


 馬鹿には見えないボールを澄にパスして綾菜先輩は後ろに下がる。

 因みに僕には見えなかった。

 馬鹿だから仕方ないね。

 涼しげな顔をして澄が前に出て、事情を説明してくれた。


「颯太さんは私たちのお店で接客していた時に、お客が多くなった時間があったのを覚えていますか?」

「……覚えてるよ」


 確か、客が多くなりすぎてテイクアウトを許した辺りだろう。

 確か時間は……そこまで考えて僕はハッとする。


「その時間と言うのは、綾菜先輩のクラスの出し物が始まる少し前。皆さん食べ歩きに適したお饅頭を買って最後の舞台を見ようという考えだったのでしょう」

「なるほどな。そのことが結果として『温泉部』の饅頭の宣伝になっていたと」

「はい。その通りです。事実、文化祭最後に『温泉部』のお店に駆け込んだ人たちは殆どそれが理由だったみたいですよ」


 それは凄いな、と僕は心の中で感心した。

 先輩の出し物を見に来た人たちが皆お饅頭を持っていたから、自分も食べたくなったのだろう。

 昌平が客引きするより、効果があるのは間違いない。

 僕が納得すると澄は続けた。


「理由ですが、他にも。正直不本意で不名誉ですけど、こちらのお猿さんの客引きも勝因の一つです。何気なく、本当にさり気なくですけど、昌平さんは友人が多いですからね」

「えぇ!??」

「おい、颯太! 何でそんなに驚いてんだよ!? めっちゃ俺、頑張ってたじゃんよ~!!」


 昌平が瞳を潤ませて縋りよる。

 迫る昌平を僕は左腕で払った。


「僕は文化祭中、昌平がナンパしてたことぐらいしか覚えてない!」

「えっ……? 何故それを!?」

「あっ……」


 僕は昌平から目を逸らした。

 墓穴を掘ったか!?

 昌平はあの『楓』が僕であることを知らない、というのを忘れていた。


「あっ、って……そう言うことなのか!? そうなのか!??」

「……………………」

「やっぱりそうなの~!??? ぬわああああああぁぁん!!! お外走ってくる~!!!!!!!」


 昌平は逃げ出した!

 脳内でそんなテキストが再生される。

 逃げ出す昌平を回り込んで逃がさないなんてことは誰もしない。

 澄は勿論、この事情を知らなかった兎莉と綾菜先輩も可哀想な生き物を見る優しい眼差しで昌平を見送った。

 控えめに兎莉が口を開く。


「……行っちゃったね?」

「そうだな。まあ、ちょっとしたら帰ってくるだろ。帰ってこなくても良いし」

「颯太さんの言う通りです。今日は颯太さんのお見舞いに来たのですから」


 澄が呆れた顔でそう言い放った。

 僕はあははと苦笑いをした。


「ちょうど昌平さんが居なくなったところで、勝利の理由……その最後をお話ししましょう」

「気になる気になる~! 気になる木~!!!!」


 澄の一言に綾菜先輩はまるで子供の様にはしゃぐ。

 本気ではしゃいでいる訳では無いのだろうけど、見ているこっちも楽しく、また最後の理由が気になってきた。

 コホンと咳ばらいをして澄は続ける。


「良いですか、颯太さん。これが恐らく私たちの勝利における最も大きな要因であり『温泉研究部』が冒した最大のミスです……」

「ごくりんこ」


 澄はこれまで以上に大きくタメる。

 彼女は普段こんなに含みを込めた表現で話すことが無いからこそ、期待が膨らみ、胸の鼓動が速まった。

 きっと余程な理由があるに違いない。

 深呼吸をしてゆっくりと口を開く。


「彼女たちは理解していなかったのです。ロリコンは少数派であることを!」


 ????

 頭上に大量のクエスチョンマークが現れる。

 僕の予想に反して随分とファンシーな言葉が澄の口から放たれた。


「『温泉研究部』のお店がいくら盛り上がっていようとも、お客様の層が特殊中の特殊では大した売り上げが見込めないのは当然! 文化祭と言うそこまで高額な物を売れない場所ではなおのことです。対して私たちは一般生徒と地域のご老人の両方をターゲットにしたお店でしたので安定して売り上げを獲得していったのですよ」


 一息でそう言った。良く息が続くな。

 僕は「お、おう……」と若干引き気味に応答し身を引いた。

 澄は次から次へと自分たちの勝利の道のりを得意げに話す。

 相当嬉しかったんだろう。

 勿論僕も『温泉部』が勝てて嬉しいけど、澄は僕のそれを優に越しているんだろう。

 ともかく、澄の言っていることは正しいと思う。

 商売をする際、最初に気をつけるべきはそれに需要があるかどうか。いくら良いものを作っても、それを買ってくれる客層が無ければ儲けは出せないのだ。

その点、秋風さんのお店はあからさまにロリロリしい雰囲気で、熱狂的なファンは付きそうだが、いかんせん客の絶対数は少なかったんだろう。

 そう言えば、昌平はヒメや秋風さんに興奮していたからこの話は聞かなくて良かったかもしれない。

 もし聞いてたら、もう一周お外を走ってくることになったのは容易に想像できた。


「何にせよ、皆のお蔭で温泉部は守られたな。兎莉の新メニューでターゲット層が厚くなって、澄の頑張りで材料費がタダになって、昌平の人脈でお客がたくさん入って……」

「どうかしましたか、颯太さん?」


 俯く僕に対し、澄は優しい声でそう言った。

 僕は気付いてしまった。


「こう並べてみると、僕って何もしていなかったな……ってさ。寧ろ途中で先輩の劇に行っちゃて、迷惑を」

「颯太さん!!」


 苦心に呟く断罪の言葉を遮り、澄が僕の名を叫ぶ。

 胸の鼓動が跳ね上がる。

 静かな部屋に澄の声が反響した。


「何もしていなかったなんて言わないでください!」


 澄が怒気を含んだ声でそう言う。

 憎しみを込めた怒りじゃない。優しい怒りだ。


「…………私たちは分かってるよ?」


 少し照れくさそうに、はにかんで兎莉が言う。

 たった一言だが、僕の心は安堵に包まれる。


「守ってもらった私が言うんだから間違いない!! 颯太君はちゃんと『温泉部』を守ってた!」


 いつもの屈託ない笑顔で僕を見る。

 眩しい。暖かい太陽の様だ。

 全く持って僕は馬鹿だと思う。

『温泉部』には綾菜先輩も入っているから助けなきゃなんてかっこつけて、周りのことばかり見て、大切なことが何かは分かっているのに見落として。

 結局最後の最後に美味しいところを持っていかれちゃうんだから恥ずかしい限りだ。


 こうして三人の女の子に『温泉部』は救われた。


 熱くなる目頭を押さえ、僕は仲居服の裾で目元を拭う。

 鼻を啜っていると、兎莉がポケットから真っ白いティッシュを出してくれた。

 少し泣いて一息ついたら、心は落ち着いた。

 深呼吸し、折れていない左手で頬を叩き切り替える。


「さて体調も良くなってきたし、そろそろ僕も帰ろうかな。皆待ってもらってごめんな」

「はて? 何をおっしゃっているのですか、颯太さん?」


 帰宅しようとする僕の言葉を理解できないかのように澄は首を傾げる。

 澄だけじゃなくって、兎莉も綾菜先輩も同じような反応だ。

 僕は良く分からなかった。


「…………勝手に帰ったら先生が困っちゃうよ?」

「ああ、そうだな。兎莉はよく気が回るな」


 流石兎莉と僕は相槌を打つ。

 兎莉はいつも物静かな感じだけど、それだけ周りのことは良く見えているし気が利くのだ。

 幼馴染として、そこのところはとても誇らしい。

 物思いにふけっていると再びカーテンの奥から扉の開く音が聞こえた。

 昌平の声が、それに聞きなれない声がしている。


「いててててて!! すいません、すいません!! 廊下は走っちゃダメなんすよね!?」

「分かれば良いんだ、分かれば。でも分かってないよね? 君もう三回目だよ!?」


 声の主が近づき、僕のいるベッドに到着した。

 昌平と白衣を纏う見慣れない初老の男性だ。

 保健室の先生じゃない。

 一体誰だろう?

 男は兎莉たちを押しのけと言うより兎莉たちがどいて、ベッドの隣に立った。


「お、山本……颯太君だったね。おはよう。よく眠れたかい?」


 初老の男性は僕の名前を呼ぶと柔和な表情で話しかける。

 悪い人ではなさそうだけど……


「過労。君、見た目に寄らず結構な無茶をしたみたいだね」

「あはは……」

「たぶん明日には退院できるから、今日の所は大人しくしといてね」

「あ、ありがとうございます」


 そう言うと、男はつかつかと足早に部屋から出て行ってしまった。

 全く、嵐のような人だった。

 突然来て、突然去っていくなんて…………それよりさっき何て言った?

 退院。

 確か退院とか言ってたような。


「そう言うことですから、颯太さん。また明日お見舞いに来ますね」

「えっー!??」


 やっぱり!? 僕入院してたの!?

 何だか雰囲気学校の保健室とは違うとか思ってたけどここ病院だったのか!

 完全に帰宅する心構えだったため、帰宅できないと知り肩を落とした。

 そんなにがっかりすんなよ、と昌平が肩を叩こうとしたが澄が鬼の形相でそれを制した。

 僕は怪我人だけど、左肩は正常なんだからそっちの肩を叩くぐらいなら良かったのに。

 いや、昌平なら当たり前のように右肩叩いてきそうかもしれない。

 昌平の信用とは如何に?

 僕は力なく手を振って部屋から出ていく皆を見送った。

 唯一人、紅葉色を揺らす後ろ姿の少女だけが立ち尽くす。

 彼女に気付いて澄たちは立ち止まった。


「ちょっとスミスミ達先行ってて~! 颯たんに個人的に話があるから~~!!」

「分かりました、辻先輩。さ、皆さん参りましょう」

「いてっ、痛い! 歩ける! 一人で歩けるからー!」


 軽くお辞儀をすると、澄は昌平の耳を引っ張って部屋を出て行った。


 僕と先輩の二人きりになる。

 人数が減ったこともあって暫しの沈黙が重く、時間がゆっくり流れているような錯覚を覚える。

 耳を澄ませば彼女の吐息がすぐそこで聞こえそうで、声に出さなくても彼女の思っていることが分かりそうだ。

 先輩の髪が一際赤く、燃える様に赤く輝く。

 夕日が差す病院で、彼女の後ろ姿は夕日にも負けぬ存在感を放っていた。

 不意に先輩はクルリと振り向くと、俯いたまま歩いて近づいてくる。

 そして僕の前で深々と頭を下げた。

 言葉は発しない。

 だが僕には彼女が言いたいことが分かっていた。

 分かったうえで、こう答える。


「先輩やりましたね! 文化祭は大成功ですよ! 頑張った甲斐がありましたね」


 僕は先輩を精一杯褒めた。

 心は込めていない。上辺だけの精一杯だ。

 聞いた先輩は面を上げ、目を丸くする。

 鳩が豆鉄砲をくらった状況とはまさにこの事だ。

 そして綾菜先輩は下唇を噛むと悔しそうに言う。


「…………何で」

「……………………」

「颯たん!!!! 怒ってないの!? 私のせいで舞台に出ることになって、もしそれが無かったら怪我しなかったんだよ!!!! 颯たんは怒らないとダメだよ!!お人よし過ぎるよ……」


 言葉の最後が力なく消えかかる。

 僕の思った通り、先輩は今回の一件かなりの責任を感じている。

 褒められるのが好きだ、なんて言ってた先輩の口から『怒ってくれ』ときた。

 相当追い詰められている。

 だけど、ここで僕が怒ってしまったらダメだ。

 先輩をダメにしてしまう。


「綾菜先輩は今お金持ってますか?」

「えっ……? 持ってるけど、そんなの関係ない」

「今、裏山のどこかで野良猫が餓死にました」


 彼女の声を遮り、話を進める。


「百円あれば野良猫に餌を買ってあげられたのに、先輩は何で買ってあげなかったんですか? 助けられたのに見殺しにするなんて酷いですね。野良猫を殺したのは先輩ですよ?」

「違う、そんなの私の所為のはずない…………そうか分かったよ、颯たん」


 僕のたとえ話に噛みつこうとしたが、頭の回転の速い綾菜先輩はすぐに僕の言いたいことを理解した。

 先輩は一人で何でも出来て、出来なそうなことでも努力して出来るようになって、そう言う人間なのだ。

 だから自分がもっと上手く立ち回っていれば、もっと頑張っていればと自己否定に走ってしまう。

 頑張ればどんなことでもどうにかなるって本気で思っているかもしれない。

 だけど、現実はそんなことは無い。

 頑張ってもダメな時もあるし、頑張らなくても良い結果になる時だってある。


「今回のことに関して言えば、先輩は褒められることはあっても怒られることなんかありませんよ。中止になるはずだった劇を成功まで持って行ったんですから。強いて謝るとしたら、シナリオ担当の人に勝手にシナリオ変えてごめんなさいぐらいですかね」

「………………でも、私舞台の上で颯たんに来て欲しいって願っちゃったんだよ」

「そんなの知りませんよ。僕は自分の意志で先輩の劇に出たんです。僕が怪我したのは僕の所為です。何でもかんでも自分に責任を感じるのは良くないと思います」


 思ったことを素直に告げる。

 僕のその言葉に先輩は何かを思い出したかの様にハッとした様子を見せて、大人しくなった。

 納得してくれたみたいで一安心だ。

 文化祭で先輩を助けに行ったとき、僕は間違いなく自分の意志で助けに行った。

 澄や兎莉に行くよう言われたわけでも、綾菜先輩に頼まれたわけでもない。

 僕がしたくてしたことであり、怪我をしてしまったことに悔いはない。


「綾菜先輩は悪くない」


 真っ直ぐと先輩を見つめてそう言った。

 綾菜先輩は驚き、戸惑い、悩んで、しばらく黙り込んだ。

 気持ちに整理がついた後、頬から一筋の涙を流す。


「そっか……良かったぁ…………」


 先輩が一体何を思って涙を流しているのかは分からない。

 それが僕には凄く悔しかった。先輩と一緒にもっと文化祭を楽しみたかった。

 頑張り好きな先輩のことだ、相当な準備を経て文化祭に挑んだのだと思う。

 だから、僕はこの言葉を今度こそ本心から先輩に送る。


「綾菜先輩、お疲れ様です! 今年の文化祭、最高に楽しかったですよ!!」


 上手く笑えているかな?

 そんな疑問は、綾菜先輩の表情を見れば一瞬で解決した。


「ありがとう……ありがとう、颯たん!! 私、今すっごく幸せだ~~!!!!」


 潤んだ瞳はまだ乾かない。

 夕日が反射し輝いている。

 眩しい。

 やっぱり先輩は太陽の様に眩しい。

 一時沈みかけたが、今ではこんなに幸せそうに輝いている。

 僕は不意にある問いを思い出す。


「そう言えば、綾菜先輩」

「何だね、颯たんよ?」

「『温泉部』の廃部。秋風先生に教えたの、先輩ですか?」


 僕の一言に綾菜先輩はドキッとして、と言うか自分でドキッという効果音を口で言って驚きを表す。

 彼女の口から聞くまでもない。

 間違いないだろう。


「あはは……………………ばれちゃった?」


 満面の笑みとはいかない、はにかんだ苦笑いを浮かべて先輩は頭を叩く。

 どうやら言い伝えの様に先輩を疑ったら、文化祭の真実にたどり着けたようだ。

 こうして、僕らの文化祭は何とか無事に幕を閉じたのだった。

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