Epilogue

The Mascot Birthday

「さすがにあそこまで水があふれるとは思っていなかったのよ」

「いえ、お迎えについては仕方なかったと思ってますし、わたしは感謝しています」

「そう。でもだったらどうして。いい? もう一度言うわよ」

「はい」

「マスコットは覚悟を決めて、この世界に来ている。その覚悟があるからこそ、優秀な一部のマスコットがここで働き、人を幸せにすることができるの」

「はい」

「それだけじゃない。彼らはとても不確定な生き物なの。彼らの弱点は、自らを表現すること。なぜなら彼らの本質は吸収や蓄積だから」

「分かっています」

「よって"人間を幸せにできなければリンボ行き"という強い覚悟や誓いを持ったマスコットでないと、この世界では生きられないのよ」

「はい」

「リンボに隔離されるということを彼らはあらかじめ承諾している。だって彼らは、リスクを負ったうえで成り立つ"誓い《セルメント》"によって挑戦する力を得たのだから」

「お言葉ですが、お母様。やっぱりそれは少し違います。わたしはリンボのマスコットさんにも強い想いを感じました。それもマスコッ島で仕事をしているマスコットさんや、一般的なマスコット界にいるマスコットさん達とは、また違った優しさに満ちた意志を!」

「そう。それで?」

「マスコットは人間が選べなかった幸せの姿なんです。だから、彼らがそれを望むのであれば、選ばれるまで何度だってやり直せるようにするべきです。違いますか?」

「そうよ。それこそマスコットだって多種多様。人間がそれぞれ違うのと同じように。そして、私たちにはきちんと見極める義務がある。彼らと彼らのセルメントの適性を、ね」

「でもお母様……!」

 その時でした。

 らちの明かない2人の論争に、無理矢理区切りをつけるように、突如会議室の照明がすべて消えたのでした。

 それだけでは、ありません。

 部屋の外に出ても、窓から島全体を見渡しても、何もかもが真っ暗になってしまいました。

 

 数分後、ピエロのセルメントによって緊急事態は回復しました。

 しかし、完全復旧が確認されたのは、丸一日後。

 マスコッ島ランドの長い歴史の中で、初めて発生したと言われるこの大規模停電は、オーナーの実績とプライドに深い傷をつけることとなったのでした。



※    ※    ※



 副オーナーの強い要望が、1つだけ正式に採用され、新採用試験が行われたのは、それから半年後経ったある日でした。

『あった! あったよ、ほら7番!』

 管理部門。

 それまで島の施設の管理は、本土から派遣された監査役3人が監視業務を行うのみで、その他システム面の維持・運営は、すべてオーナーのセルメントによって自動的に行われてきました。

 オーナーの並外れたセルメントによって長い間一切不具合は起きませんでしたが、あの日の停電を受けて、その仕組みを見直すことが決定したのです。

 そこで新たに設けられたのが、この島のシステムを管理する部署でした。

 もちろん島の管理にはセルメントが必須ですから、採用の対象は基本的にマスコットということになります。

 さらに、この管理に用いるセルメントは、従来の審査で計られていたものとは似て非なるものだということが明らかになり、部門の受験者の中になんとリンボのマスコットも加えられることとなったのです。

 そして、そのチャンスを見事ものにしたのが……。

『クマ!』

 クマ太郎でした。

『やった……やったね……』

 副オーナーは、それはもう自分のことのように喜んでいました。

 まあ私としても、こうして少しでも色んなマスコットの日の目を見れる方が面白いかな、とは思います。

 例え、この島での生活がマスコット界のような永遠の日々とかけ離れているとしても、彼らが自ら選択したのであれば、それが彼らの幸せなんでしょうから。

 なーんて。

「クマー」

「ちょ、私?」

 私ですか。

 まあ口調からもわかるように、以前よりもちゃーんとキッチリしっかり仕事を続けています。

 前職はクビになって、管理部の教育顧問っていう仕事に変わりはしましたけど。

 いいんです。

 なんだかんだ、一区切りついた気もしていますし。

 不満はないですよ。少なくともこうして昔より仕事中の言葉遣いに気を付けないといけないこと以外は、ね。

「って……ちょ! クマ太郎! そのボタンは押すな! じゃなくて……押してはいけません!」

 ヒュールルルーー!

 ドーン!

 パララララ――

 あーあー。

 空に咲く色とりどりの丸い文様。

 こんな真昼間から花火なんて、まーた副オーナーの説教だ……。


「このクマ野郎がー!!」

「クーーマーー!」




   ※    ※    ※




 長い年月が過ぎ、女性は数十年ぶりにマスコット界を訪れていた。

 洞穴の中に、さらに小さな穴を掘り、その中に亡骸を入れ、砂でそっと毛布をかけるように蓋をし、つぶやく。


「……今まで、本当に……」


 大勢がむせび泣く中、唇を噛みしめ強がる女性。

 そんな女性が流した一筋の涙を、私は見逃さなかった。


 雫は、空中で光となって、そよ風に乗って柔らかに舞い上がる。

 光はやがて眇眇たる天の川を造って、颯爽と空を旅していく。

 砂漠を抜け、浅瀬を渡り、丘を越え、森を彷徨い――

 その奥にひっそりと佇む、寂れた山小屋に辿り着く。


 そして。


 小さな円窓からそそぐ斜陽の先、温かな陽だまりに祝福を受け、一つの命が生を受けた。

 もし、その記念すべき日に名前を付けるとしたら――

 そのささやかな存在ならではの幸せを、心から願ったものになることでしょう。


 誕生日、おめでとう。


 そして産まれてきてくれて、ありがとう。



 めでたし、めでたし。




                 Fin

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マスコット・バースディ!! 青石憲 @aoishi

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