4.ここが!? そしてリンボへ!? 後編
「昔々あるところに、小さな島に住んでいる女の子がいました――」
物心ついたころから、クマ太郎はわたしの隣にいて。
わたしとクマ太郎は、かみ合わない言葉を交わし合って。
「彼は、クマーとしか話せませんが、とても心の優しいクマでした」
お互いの考えていることが分かるくらい仲良くなりました。
そして――
「やがて、女の子は旅に出ました」
その後、幼いながらマスコットランドのオーナーになるため、本土の学校へ通い始めました。
そこで、わたしは差別や虐めにあいました……。
「落ち込んでいる女の子の心の支えは、やっぱりクマのマスコットさんで――」
どんどん大きくなっていく虐め。
やがてわたしは、最悪のタイミングで友達だと思っていた人が、友達ではなかったことに気づき――
「"もういい!"」
そのショックから、あろうことかクマ太郎にひどいことを言ってしまいました。そして、自ら連絡を絶ち、沈み込んでいったのです。
しかし。
「それでもクマのマスコットさんは、女の子を助けてくれたのです」
そんな人として最低なわたしを、クマ太郎はわたしを見捨てないでいてくれました。
それどころか、絶望の淵から救い出してくれたのです。
「さて……」
そして――
「これが、その時の写真です」
ここで、種明かし。
胸ポケットから写真を取り出します。
舞台の下では、動揺するマスコットさんたちのどよめきが起こっていました。
「……」
「――もうお気づきだと思いますが、今お話ししたことが昔のわたしであり、わたしが探しているクマ太郎の過去です。」
「……」
わたしにできること。
それは、わたし自身のことを1から、ありのまま話すこと。
包み隠さず、きちんとこれが自分であると――
「そして、これが……これが、わたしがクマ太郎に会いたい理由です」
すべてを告白すること。
わたしなりにもがき、生きてきた日々。
助けてくれたクマ太郎への感謝の気持ち。
たくさんの経験が、たくさんの悔しさが、今のわたしにできる精一杯の――
誓いだから。
「この話には、続きがあります――」
だから。
それはまだまだこんなもんじゃない。
ここでは、終われないんです。
「ちょ……」
あの日、クマ太郎のおかげでやっと立ち直ったわたしは、長く孤独な戦いを再開し――
あの写真を胸に、くじけることなく勉強を続けました。
小学校を卒業し、中学校へと入学。
「今思うと、一番辛かったのはここから先の中学時代でした」
誰にも言わず、心の奥にしまっていた記憶。
思い出そうとさえしなかった過去でさえも、心のタンスから引きずり出さなくては、きっと伝わらない。
伝えなくては、クマ太郎には会えない。
だからわたしは、淡々と話を続けました。
中学校、3年間。
小学時代と同じく、くじけそうになることは何度もありました。
当然のように虐めは続きましたし、そのせいで友達はできませんでしたし、わたし自身、作ろうとも思いませんでした
これだけなら小学校時代とほぼ変わりない生活でした。
ですが――
辛かったのは、小学校の頃のようにクマ太郎に電話をかけても、一度も繋がることがなかったということでした。
ツ――
ツ――
ツ――
何度かけても、音信不通。
どうしてでしょう。
わたしはこんなにも辛いのに、クマ太郎はわたしの出すSOSサインに一切答えてくれませんでした。
「裏切られたのでしょうか。それとも、見放されたのでしょうか」
いろいろなことを考えました。
答えが出ない間、わたしの心は一層深い闇へと落ちていきました。
こんなにも心の底からクマ太郎を信頼していたのだと、自分でも引いてしまうくらい、真っ暗な絶望が、わっと襲い掛かってきました。
「くっ……」
耐えられなくなった私は、なんとか自分をこの世界に留めるため、いつしか自分で自分の体を痛めつけ始めていました。
あれが痛かったかどうかなんてことは、記憶にありません。
けれど刃物を伝う血が人間らしい赤色だったことは、今でもはっきりと覚えています。
そして、わたしは――
そうやって必死にもがいてもがいて、考えたぬいたあげく一つのの結論にたどり着きました。
「その答えを教えてくれたのは、またしてもこの写真でした」
クマ太郎はあの日、写真をわたしにくれて、わたしを助けてくれた。
それは紛れもない事実でした。
だから、きっとクマ太郎もクマ太郎なりに考えがあって、連絡を絶っているのだとわたしは考えました。
わたしは、この写真を通して、そんなクマ太郎の想いを真摯に受け止め、クマ太郎に頼らず、本当の意味で強い人にならなくてはいけないのです。
そう自分に言い聞かせ、信じることにしました。
「大丈夫。これがあれば、頑張れる」
そして、わたしは一人。
クラスメイトにも先生にも……あのクマ太郎にも助けてもらうことなく、もくもくとただひたすらに自分にむちを打ち続けました。
そのかいもあって、本番直前の模試は、好成績。
雲の上だと思っていた志望校への合格がついに見えてきたのです。
そして――
運命の日ともいえる、高校入試の日を迎えました。
「結果は……」
「……」
「結果……」
「……」
「結――」
「ちょ、そこまで」
真っ白な世界に一つ。
それは、以前にもあったような――
とてもとても懐かしい感覚で。
「……?」
わたし、どこまで話したんだっけ。
それに――
自分がどうしてステージの真ん中で膝をついて座り込んでいるのか。
手のひらが床にべったりと張りついているのか。
雨が降っているわけでもないのに、なぜ水滴が垂れてぽたぽたと床にはんてん模様をつくっているのか。
何もかもが、よく分かりません。
なんなんでしょう、これ。
「もういいから。行くわよ」
行くってどこへ?
リンボ?
クマ太郎がいるところ?
そうだよね。
だってわたし、クマ太郎に会いに来たんだもの。
ちゃんと会って、写真のお礼を言わなくちゃいけないんだから。
「ちょーよくやった。ミントゲーツは、よくやったから。だから……!」
よくやった?
わたしは何もできなかったんだよ。
誰にも、頼れずに。
お母様とクマ太郎のエールに答えるために。
ただ、一人でバカみたいに耐えて耐えて、耐え抜いて。
それでも結局、受験に失敗して、何も達成できなくて。
ほら、今だってそう。
硬い地べたにしゃがみ込んで、冷たい視線を浴びて。
何にも変わらない、わたしだけの独り舞台。
ここでも一人。
何もできずに泣いている。
そんなわたしがなにをよくやったっていうの?
あんなに泣かないって決めたのに、こんなになってる時点でもうダメじゃない。
ああ、どうしてだろう。
おかしいな。
自分が何もできないことなんて百も承知。
本当ならこんな状況だって慣れっこなんだから、泣くなんて思ってなかったんだけどな。
「…………っ」
止まれ、止まれ。
涙、止まってよ……。
どうしておさまらないの?
このままじゃ、もっとダメな人になっちゃうじゃない――
「……っ」
なんで?
こんなの痛くもかゆくもないはずでしょ?
なのにどうして――
「ちょ、なんとか言いなさいよ!」
「……あ」
ああ、そっか。
そういうことだったんだ。
とっくに、冷たくなんてなかったんだ。
いつもよりも安心できて、自然と目元が緩んでしまうくらい、今わたしの背中はぎゅっと締め付けられていて、こんなにも温かかったんだ。
だから、次々とこんなにもあふれ出てくるんですね。
「……っ」
わたしを後ろから抱きしめている人がいるから。
本当なら、舞台の下で呆れ顔をしているはずのクロエさんが、わたしを抱きしめていてくれているから。
「……」
そういう事だったんですね。
まったく、この人は――
こんな目立つ場所で、何をしているんですか。
「プロ失格ですよ」
これは、あなたの仕事や国に反する行為でしょう?
「これは、業務外よ」
ああ。
「なんですかそれ、ちっとも笑えないです。それに、体近いです」
というか密着していて、苦しいくらいで。
「ちょ、だから眼が悪いんだって」
「はあ」
なんて、バカなんでしょう。
「……そ、そんなことより私はリンボに行くって言ってるの」
なんて、わがままなんでしょう。
「……でも、場所が分からないです」
わたしたちって。
「そんくらい、また探せばいいでしょ。腹は不味い料理でちょー満腹だし。それとも、こんな街で満足しちゃったわけ?」
「いいえ」
「でしょ? じゃあどうすんのよ」
「……」
どうするって。
「どうしたいのって言ってんの!」
大声を出すクロエさん。
「わたしは……」
わたしはどうしたいのでしょうか。
このままクロエさんと二人で、ここでずっと泣いていたいのでしょうか。
「うん」
それもまた、一つの選択肢としてはありかもしれません。
「うんん」
けれど、そういうことじゃないですよね。
「そうですよね」
だから、わたしは――
「わたしはリンボに……」
「うん」
「クマ太郎に会いに行きたい」
「……よし」
目の前にはクロエさんが差し出した手。
柔らかな指。
「ありがとう」
それをゆっくりと握りしめると、世界は再び白に包まれていきました。
白は白でも、とっても優しい白。
『クマナク、クマット、クマ太郎――! コノテーションのセルメント――!!』
今までで一番ほがらかな光を放つ、わたしのマスコットタブレットによって。
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