2.助けて!? ミミさん!?

「もうダメ。歩けない」

「歩く」

「無理」

「ちょ!」

 歩き始めて数時間。

 先に弱音を挙げたのは――

「ちょ、待ってって! あと、“ちょ”って真似するな! あーもう!」

 まさかのクロエさんでした。

「これだけ歩けばもう少しのはずです。頑張りましょう」

「ちょ……もう3時間は歩いてんのに、まるで景色変わってないのよ!?」

「もう少しですって。きっと」

「きっとって何よ。もう霧! 霧、霧! きりがないわよ!」

 クロエさんの言うとおり、歩いても歩いても、水平線が見えるであろう所にはぐるっと360度真っ白なモヤが掛かったままです。

「つまり……"霧"があるのに"きり"がないと言いたいのですか。ダジャレですか」

「ちょ……! たまたまよ、たまたま!」

「座布団一枚ー。やまだくーん」

「ちょ、座布団ないから。やめて」

「わたしあの番組好きなんですよね」

「わかったわかった。てか、座布団出すくらいだったら、とっくに食い物出してるわよ。腹減って仕方ないんだから」

「それはわたしも同感です」

 それこそ、マスコットのミミさんみたいにおいしい料理をセルメントの力で、ドーンと――

「……あ」

 ひらめきました。ひらめいてしまいました。

 これは、いけるのでは。いけるかもしれません。

「ちょ、何よ。何か見つけた? なんもないけど! 真っ白だけど!」

「今なんていいました?」

「ちょ、え? 真っ白っていったけど」

「それじゃないです」

「座布団ないから?」

「その次です」

「……座布団出すくらいだったら、とっくに食い物出してるわよ」

「それです」

「ちょ、え?」

「見当たらないなら、出せばいいんです」

 わたしには、それができるのでした。

「ちょ、いや、だからそんなこと……」

「じゃじゃーん」

「それって……あ!」

 このマスコットタブレットを使えば。

「助けて、ミミさーん!!」

 プルルル――

『呼ばれてマスマス、マスコット! マスコットのミミ――』

 ミミさんに料理を作ってもらえるのです。

「ちょ、それもっと早く使いなさいよ!」

 プルルル――

 プルルルル――

 プルルルルル――

『――――は、現在セルメントの届かない場所におります。御用の方はポーという発信音の後にメッセージをお願い致します』

「……」

「……」

『ポーーーーーー』

「…………」

「…………ちょ!! 食い物は?! ミミさん!?」

『ポポーーッ。終了します』

 プチッ。

 ツーツーツー……。

「……ミミさん、誰かとお話し中ですかね」

「ちょ、圏外だって言ってたから!」

「はぁ……」

 なんとなくそんな気もしていましたが、世の中そんなに甘くはないようです。

 グゥ――

「ちょ、もーっ! 期待した分さらにおなかすいちゃったじゃない!!」

「でもこのまま何も食べれず死んじゃうんですね、わたしたち」

「ちょ……そりゃ空腹っていう痛みをジワジワ味わいながら衰弱していくんでしょうよ」

「痛いのは嫌ですね」

「私だってイヤだわ」

「……」

「……」

「痛っ」

 沈黙を破ったのは、わたしの手先に突然走った激痛でした。

「ちょ、言ってるそばからやめてよ……どうした?」

「小指が、急に……」

 それもなぜか小指だけのピンポイントなもの。

「そんなとこから症状が!? おなかとかじゃなくて?」

「はい……」

「ちょ、とりあえず小指見せなさい」

「どうぞ……」

 わたしは、ゆっくりと手を差し出します。

「ちょ、なに、これ……」

「どうなってます?」

「引っかかってる」

「え?」

 抑えていた小指を見ると、そこには細いひもが括り付けられていて。

 それがわたしの小指の第二関節をぎゅっと締め付けていました。

 ひもの先には大きな袋が、ぶら下がっていて……そして、その中には、はちきれんばかりの――

「これ、あれよね?」

「ですね……」

「「パンのミミ……」」

 パン屋さんでタダでもらえる、揚げるとおいしいアレが入っていました。



      ※    ※    ※



「ちょ……マスコットタブレットがエラーねぇ」

「ミミさんのフレンド写真が、パンのミミの画像になってる……」

「ミミはミミでもパンのミミってか……。この場に及んでダジャレとはいい度胸してるじゃないのよ」

「それはもう、クロエさんと同レベルの図太さですね」

「ちょ! だからあれはたまたまだって」

「え」

「え?!」

「……」

「はっ話を戻せば、要するにココではまともにタブレットの機能はつかえないってことになるわね」

「ですね」

「まっ、不幸中の幸い、食べ物が出てきたんだから良しとしましょ」

「そうですけどねー」

こんなものだけで生き延びることは到底できっこありません。

「なーに落ち込んでるのよ」

「別にそんなことは」

「……ってことでいっただきー!」

「あ、え?」

「おー案外いけるじゃないのこれ。ちょーうまうまー」

 強引にわたしから袋を奪うと、パンのミミをほお張りながら勢いよく走り出すクロエさん。

「クロエさん……止まりましょうか」

「いやだねー」

「泥棒ですよ」

 というか、さっきまで歩けませんでしたよね。

 なのに、歩けないどころか走れるとは何事ですか。

 もう、これだから本土の人間は……。

「ちょちょ、そんな本気で追いかけてこなくても、ちゃんと半分は残しとくわよ」

「信用できません。だいたいこれはわたしが出したものですから、わたしが持っています」

「ちょ。わかったから、そんなムキになるなって」



 それからわたしとクロエさんは、公平に一本ずつ順番にパンのミミを食べていきました。

 なんら変哲のない素朴な味でしたが、こんな状況の中でも仄かな小麦の香りを楽しむことができたのは、広々として開放的な景色と新鮮な空気が、ほど良いスパイスになったからでしょう。

 断じて、久しぶりに身内以外の人間と食事をしたから、などという理由ではありません。

「さって、行きますかっと」

「はい」

 おなかが膨れたところで、移動再開。

 いまだにお先は真っ白です。

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