第二章

1. オリエンテーション? マスコッ島ツアー?

「それではそれでは! マスコッ島ランド、オリエンテーションツアーの始まり始まり~!」

「おー」

甲高い声に導かれて、お城のエントランスを出発したわたしたち。

「申し遅れました。わたくしわたくし! ツアーガイドのマスコット、デンデンでございます~!」

ぱちぱちぱち。

申し遅れてはいないわけですが、とりあえず歓迎の拍手をしておきます。

だって、今日はデンデンさんと一緒に、マスコッ島ランドをぐるっと巡る楽しい一日なのです。



   ※   ※   ※



『さーて。船旅、疲れたでしょう。今日はゆっくり休んで、明日から本格的に研修開始よ』

昨日、お母様から何気なく告げられた言葉。

その研修とは、一体どういうものなのか。

わたしは果たして、それを乗り越えられるのか。

そして――

『ない……ない……』

『クマ太郎はね。ここマスコッ島ランドの試験で何度も不合格になったから、元の世界に帰ってもらったの』

テストの結果が悪いマスコットを切り捨て、元の世界に送り返してしまうという仕組み。そんな身勝手で厳しい制度があるマスコッ島の、すべてを学んだ上で、わたしは今と変わらず――

この島を好きでいられるのか。

そんなモヤモヤと闘いながら、ベットに入りました。

そして、今朝。

『ミントへ。プレゼント』

『これは……?』

お母様から手渡されたのは、思わぬアイテムでした。

『"マスコットタブレット"よ』

それは、両手サイズの平べったい板状の機械で。

『わたしが小さい頃に遊んでいた、おもちゃにそっくり……』

どこか見覚えのある品物でした。

『そうよ。よく覚えてるわね。でもあれは私が作ったレプリカ。これは正規品』

『本物……?』

『そう。防水機能だってついてるのよー』

『へ、へえ……』

『まずはこれを使いこなせるようになることが、オーナーへの第一歩。言わば研修のファーストステップね』

『どうやって使うの?』

『それは全部ミントが自分で考えるの』

『自分で……』

『と、言いたいところだけど、特別にすこーし教えてあげるわ。画面をタッチしてみて』

『は、はい』

言われたとおりにマスコットタブレットの真っ暗な画面に指で触れると、ピロンと音がして、マスコッ島ランドの可愛らしいロゴが色鮮やかに写し出されました。

『はい。そしたら、画面内の電話マークのアイコンをタッチ』

『これをタッチっと。……えーっと、"登録数ゼロ"って出てきたよ』

『そうよー。そのアプリには本来、フレンド登録したマスコットの情報と写真が表示されるの。今はまだ誰も登録されてないってだけ』

『ふむふむ』

『そこで、これよ!』

『お母様のマスコットタブレット?』

『正確には"マスコットタブレットスマート"よ。ミントも晴れてオーナーになったあかつきには、これが使えるようになるわ』

『わたしのよりも薄くて軽い』

『加えて、機能性も優れているの。まあそれはいいとして。タッチして、上にフリックっと』

『おー』

お母様がマスコットタブレットスマートを指で一回こすると、そこからレーザービームのような緑色の光線が一直線に飛び出しました。

それが、すーっと伸びていって壁にぶつかると、光の渦がじわじわと広がっていき、やがて水たまりのように円状の鏡を作り出し――

『よばれてマスマス、マスコット! マスコッ島ガイドのマスコット、デンデンでございます~!』

『ハトさん!?』

その鏡の奥から真っ白なハトのマスコットさんが、ぴょこんと飛び出てきたのです。

『さて、使い方のヒントはここまで』

『え?』

『今日の課題は2つ。デンデンに案内をしてもらいながら、マスコッ島ランドをぐるっと一周すること』

『そして、デンデンと仲良くなってフレンド登録を完了すること。以上』

なんて大ざっぱな……。

『は、はい……!』

それでもお母様には逆らえず、返事をするしかないわたしなのでした。



   ※   ※   ※



そんなこんながあって、わたしの右手にはマスコットタブレットがしっかりと握られています。

電話のアプリだけ何となく使い方がわかりましたが、フレンド登録数がゼロですから、実際に使用することはできません。

他にもいくつかアプリがあるようですが、今日の課題には関係なさそうなので、試すのは後回しにしました。

さて、オリエンテーションの方はというと……。

「まずはまずは~、こちらがご存知、島の玄関。エントランスフロア~エントランスフロアぁ~でございます~!」

「うんうん」

「続きましてぇ~、エントランスフロアから一直線に延びますのは~。ショッピングモール~ショッピングモールぅ~でございます~!」

「おおー」

「さらにさらにぃ~、この通りにクロスする通りが~。グルメストリート~グルメストリートぉ~でございます~!」

「香ばしくて、いい匂い」

「この道を真っ直ぐ行きますと、お子様に大人気! 大人気ぃのアトラクションエリアがございます~!」

ランドの各所を順々に説明してもらいながら、大満喫しています。

こうしてデンデンさんに案内されて島を周っていると、これが研修中だということを忘れてしまうくらい、楽しい気持ちでいっぱいになります。

それこそ、昨日の夜に考えていたモヤモヤが、何もかも考え過ぎだったと思えてしまうくらいに……。

そうです。やっぱり、この島はいいところなのです。

「美味しそうな匂いを嗅いでいたら、お腹すいてきたなー。あ、ここでお昼ごはん食べない?」

「さすがさすが! お目が高い。ここはマスコッ島ランド随一のレストラン、レストラン~でございます~!」

「そういうことー」

足を踏み入れたのは、昨日再会した顔なじみのマスコットさんがシェフをしているレストラン。

その名も――

「"ミミのレストラン"にようこそー! ですわ!」



   ※   ※   ※



さっそく、お店の真ん中の席に案内されたわたしたち。

「これはこれは、ふかふかソファーの特等席でございまーす!」

今日まで休園日ということもあって、店内は人間ではなくマスコットさんたちでほぼ満席でした。

みんなニコニコで、わたしと目が合うと手を降ったりお辞儀をしたりしてくれて、なんだか島のお姫様になったみたいな気分です。

って、これもしかして例えになっていません……?

「ミミさん! とっておきのランチを2つお願いしますー」

「かしこまりましたですわ! それでわいきますわー!」

「よろしくお願い、お願い~いたしま~す!」

このレストランにはキッチンというものがありません。

ここから見える厨房らしき場所には、大きな扉がいくつもついた冷蔵庫と冷凍庫、それにおしゃれでまーるい食器類がずらっと並んだ食器棚と巨大な食洗機があるだけ。

フライパンやお鍋だったり、まな板や包丁だったりといった調理に使う道具は全く見当たりません。

というのも、この店のお料理はミミさんによって、魔法の力で調理されているからです。

「レストランシェフ、ミミ! お料理のセルメント!!!」

掛け声とともに、まあるい手の先から赤色のビームを放つミミさん。

カウンターの向こう側が光でいっぱいになると、そこにある食器棚の扉が開き――

真珠色のお皿にガラスのコップ、銀のフォークとスプーンがその中からゆらゆらと踊りだしてきました。

食器たちは、カランコランと陽気なリズムを奏でます。

スーン、スーン。

スルルルル――

今度はそれに合わせて、冷蔵庫と冷凍庫の中から彩り豊かな野菜と茶色のタマゴがふわふわっとやってきました。

あとはもう至ってシンプル。ミミさんの放った赤い魔法が何本もの糸のように絡み合って、食材たちを空中でくるくるっと混ぜあわせて……。

「さっと! 完成ですわ!!」

掛け声とともに鳴り止む音楽に合わせて、テーブルの上にストンと食器たちが整列完了。

その上に、ミミさんが魔法の渦をまるまるっと丁寧に盛り付けていきます。

「はい! 出来上がりですわ!」

皿上の眩しいきらめきが次第にぼやけていくと、湯気だったこんもりオムライスと金色のスープとカラフルなサラダがあらわになりました。

「さあ召し上がってくださいな」

「んーこれこれ。いただきまーす」

まずはメインのオムライスから。

ぱくっ。

「あ~おいしー! ふわふわしてて、あー中はトロトロとろけるー」

はむはむ。

「さすがさすが。五ツ星のセルメントは違います~! 違いますでございます~!」

  五ツ星? それってどういうことでしょうか。

  まあ質問は後にして、今はご飯を噛みしめましょう。

「喜んで頂けて、何よりですわ!」

これぞ、至福のひととき。

わたしたちはじっくり二時間かけて、ミミさんの極上ランチを堪能しました。



   ※   ※   ※



「さてさて、これが最後のアトラクション! マスコッ島ランド3大アトラクションの一つ"スターライト観覧車"~。スターライト観覧車ぁ~でございます~!」

「近くで見ると一段とすごい迫力……」

「さあさあ、ご乗車~ご乗車ください~!」

カチャン。

ドアが閉まり、その名の通り星形のゴンドラが空に向かって動き出しました。

これがスターライト観覧車!

そうそう、そういえばスターと聞いて一つ思い出しました。

「ねえ、デンデンさん。"五ツ星のセルメント"ってどういうこと?」

今日のオリエンテーションを通して一番気になっていた疑問を、デンデンさんに投げかけてみます。

「良い質問、良い質問でございます。ミント様はセルメントをご存知でございますね?」

「うん。マスコットさんたちそれぞれの魔法みたいなものだよね」

 わたしは今まで色々なセルメントを目にしてきました。本土でこの話をしても、あれは種のある手品だとか、人によってはインチキだとか言われてしまいましたが……。

 そんなことはないのです。セルメントは本物の魔法なのです。

「正確には"誓いの魔法"といったところでしょうか。それも人間様たちを幸せにする魔法でございます」

「うん」

「そのセルメントを、マスコットは基本的に一個体一種類習得しているのでございます」

「そうなんだ」

「セルメントは日々の訓練によって鍛えられるのでございます」

「うんうん」

「そして、そのレベルの高さが一から五までの星数で表される。というわけでございます」

「へー。じゃあデンデンさんのセルメントは?」

「わたくしめは、マスコッ島ガイドのセルメント。恐縮ながら四ツ星を頂いております」

「じゃあ五ツ星って……」

「五ツ星は4。四つ星も8個体のマスコットにしか与えられていない光栄な星数でございます」

「おおー」

ということは、ミミさんはベスト4のマスコット。デンデンさんもベスト12。

この島には500以上のマスコットさんがいますから、わたしは知らぬ間に優秀なマスコットさんとばかり仲良くさせてもらっていたのですね。

「さてさて、外を御覧ください~御覧ください!」

「わーきれい……」

そうこう話をしている間に、ランド一周ツアーもいよいよ終盤。

思い返せばショッピングやグルメを中心に、ジェットコースターやこの観覧車を初めとした様々なアトラクションまで。

 本当にたくさんの場所を巡りました。

それでもまだまだ細かいところまでは周り切っていないくらいで、わたしが昔住んでいた頃よりもずっとランド内は広く、そして賑やかになっていました。

楽しい時間は短く感じるもの。

見渡せばいつの間にか、空のお日様は落ちていて。

 見下ろせば巡ってきた建物一つ一つが、グルメ街から薄っすら漂う煙の下で、本土の遠足で見学した海ほたるの群れのように、ぼうっと発光していました。

「 海ほたるでございますか。わたくしめは見たことがありませんが、蛍は存じておりますから想像はつきます。さぞかし、さぞかしきれいなんでしょうね」

その話をデンデンさんにすると、返ってきたのは意外な言葉でした。

「デンデンさんでも知らないことってあるんだね」

「それはもうそれはもう。わたくしめが知っているのは、この島のことだけでございます」

「てっきりその羽根で世界中ひとっ飛びで、何でもお見通しかと思ってたよ」

「まさかまさか。わたしくめが飛び回れるのは、この島の中だけでございますよ」

「飛び出したくはならない……の?」

「いえいえ。この島のこと、マスコットのことを伝えるのが、わたくしめの誓いですから」

誓い――

「そっか……」

「まあそんなわたくしめも、この島の事でさえ、まだまだ知らないことがたくさんあるようでございますね」

「えー。ひとつ残らず質問に答えてくれたし、すごく的確だったし、そんな風には思えないけど」

「いいえ、四ツ星すなわち未熟者。わたくしめ、おごっていました」

「それは言いすぎだよー」

「海ほたる、海ほたる。いつも見ているこの夜の光は、海ほたるでございますか……」

威勢の良かったデンデンさんが、じっくりと噛み締めるように、ひとりごと。

遠くを見つめるその瞳の奥に、ただならぬ思いの強さを感じることができます。

「でもさ、上から数えて12番以内だよ。未熟者だなんて、もっと胸を張っていればいいと思うけどな」

「いいえ、ミント様……」

「ミント様は"リンボ"をご存知でございますか?」

「リンボ?」

「この島で使い物にならないと判断され、マスコット界に送り返されると、わたくしたちはマスコットの恥として、リンボ行きになるのでございます」

「リンボ行き……」

「そこは、延々と砂漠のように何もない場所。一度入ればもう二度と出ることが出来ない生き地獄でございます」

「そんなところが……」

「リンボ行き、すなわちマスコットの死。それくらいの場所でございます」

砂漠? 生き地獄?

酷い。

 そんな言葉とは無縁のはずのマスコットさんが、試験を不合格になってくらいで、そんな場所に行かないといけないだなんて。

「不公平だよ。だってそこに行くのは、この島で頑張ってたマスコットさんたちでしょう?」

「ええ。しかし結果が伴わなければ、そんなものは言い訳に過ぎないのでございます」

「そんな……」

「ミント様。わたくしめは感謝しています。正直なところミント様に会うまで、現状の四ツ星に満足していましたから」

「……」

「おごりは堕落に繋がります。堕落してしまえば、わたくしめのようなプロマスコットでもリンボ行きは免れません」

「……」

 ちょっと待って。

 ということは、クマ太郎は今その"リンボ"に……?

「…………」

「そうです! ミント様」

「え……。うん?」

「ミント様さえよろしければ、わたくしめとフレンドになってくださいませんか」

「……フレンド」

友達……。そうでした。

わたしは今日デンデンさんとフレンド登録しなくてはいけないのでした。

「ミント様からもっとたくさんのことを学びたいのです。そして、呼んでいただければ、わたくしめすぐに現れてサポートいたします」

「う、うん」

「よろしいのでございますか?」

「もちろんだよ」

なんだか話が勝手に進んでいる気がしますが、断る理由はなにもありません。

何よりこれが研修のクリア条件ですし。

「では、マスコットタブレットをわたくしめにかざしてください」

「うん」

「そして、カメラを起動でございます」

「これかな?」

ポチっと。

カメラのマークのアプリを指でタッチ。画面がカメラのモードに切り替わりました。

「そうしましたら、赤いボタンを押して、わたくしめを撮影でございます」

「じゃあいくよー。あ!」

「どうかいたしましたか?」

「わたしも一緒に写っていいかな?」

「左様でございますか。そのような例は聞いたことありませんが……問題は無いかと思います」

「はーい、いくよー。ハイチーズ」

カシャ。

ピロローン。

「これで登録完了でございます」

「どれどれー。本当だ」

登録者ゼロだった電話アプリのリストが、登録者1を表示しています。

登録者名を"デンデンさん"にして確定っと。

その名前をタッチすると、きちんと笑顔で写っているわたしとデンデンさんの写真が表れました。

「さてさて、まもなく~まもなく、標高一千メートルの頂上地点~頂上地点で~ございます! この島で一番の幸せが訪れると言われている瞬間で、瞬間でございまーす!」

ぼやけていた海ほたるは、いつしか澄んだ暗闇の中で、夜空の映し鏡のようにくっきりと瞬いていました。

そんな絶景も、何だかうさんくさく思えてしまうほど、わたしの頭の中は混乱していました。

「クマ太郎は今、どんな景色を見ているの……?」

リンボの夜。

砂漠の夜はとても冷えるという話を聞いたことがあります。

それに加えて砂嵐でも起きてしまったら、景色どころでもないのでしょう。

 目を開けることすら出来ないかもしれません。


幸せっていったい何なのでしょうか。

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