転生したら魔王城だった件

原雷火

第1話

パパさんは毎朝決まった時間に会社に行く。


玄関でママさんがお見送りをした。ほっぺにチュっとしてもらってからお仕事に出発だ。


ママさんの趣味は広いお庭での家庭菜園。もうすぐトマトが収穫できるって、楽しみにしていた。


そんなお庭にはペロのおうちもあって、ママさんが出てくると「キャンキャン!」って楽しそうに鳴くんだ。


お兄ちゃんと妹ちゃんは、まだちっちゃいんだけど、来年からお兄ちゃんは保育園に行くんだって。


そして……ボクは、この家さ。


4LDK庭付き一戸建て。それがボクだ。まだ新築だからどこもかしこもピッカピカ。


実は最近流行してるエコ住宅なんだ。


屋根にはソーラーパネルがあって、自家発電できちゃうんだよ。


さらに燃料電池と床暖房もばっちり完備。


身体は免震構造で頑丈なんだ。地震が来ても大丈夫! 家族の暮らしを揺るがすもんか!


それにホームセキュリティーにも加入してるから、泥棒だって怖くないぞ。


窓は全部UVカットガラスだし、リビングは吹き抜けで天井が高いから、とっても開放的でリゾートペンションみたいだって、パパさんとママさんはボクをすごく気に入ってくれてる。


まだローンが三十五年あるらしいけど、これからみんなと一緒にたくさんの思い出を作っていきたいよ。


きっと柱に背丈の分だけ傷とかつくんだろうなぁ。兄妹ならんで……ああ、かわいいなぁ。


ペロもまだ子犬だけど、いっぱい長生きしてほしいよね。


家として家族の一員になれて、ボクは本当に幸せだよ。


あっ! ママさん行ってらっしゃい。今日はペロも連れて、お兄ちゃんと妹ちゃんと一緒に、近所の公園ママ友に会いにいくんだね?


戸締まりは大丈夫? ガスの元栓はしまってる? うんうん。ちゃんと確認してくれて、うれしいよ。


留守はボクに任せて、行ってらっしゃい!


はぁ……家族のみんながいなくなると、なんだか自分が空っぽになったみたいで……ちょっと寂しいな。


ん? ここらへん住宅地なのに、あんなに大きなトラック珍しいな……ってあれ? ちょっと待って! なんかこっちにまっすぐ走ってきてるんですけど!


いや、やめてちょっと避けて! こっちは動けないんだから突っ込んでこな……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


玄関の門を突き破り、ママさん自慢の庭を踏み荒らして……トラックはボクの身体を突き抜けるように衝突した。


ああ……なんて残酷なことをするんだ。内装や家具類が外にむごたらしくはみ出ちゃったじゃないか。


だめだ……家の形を失って……意識が……とぎれ……る……。



真っ暗な場所にボクは建っていた。


あれ? おかしいな。たしかトラックに玄関を突き破られて、キッチンから大型冷蔵庫がダランとはみ出て死んだはずだったのに。


傷はすっかり癒えていた。ただ、ここはどこだろう。ボクの建っていた住宅地じゃない。


どこまでも続く真っ暗な闇の世界だ。


暗いよ! ちょっと! 夜なの? いや、違う。


深夜なら燃料電池が蓄電したりするんだけど、そもそも電気が通っていなかった。


だめだ、地デジも受信しない。BSアンテナも反応が無かった。


死んだんだ……ボクは。


悲しい気持ちが溢れたその時――空からパアアアアっと光が射した。


「4LDKよ……聞こえますか」


「誰!? って、あれ!? ボク喋ってんの?」


「そうですとも4LDKよ。お前は不幸にも暴走したトラックに追突され、家としての命数を使い果たしました」


「ボクは死んだの? み、みんなは!? 家族のみんなは大丈夫だよね?」


「安心なさい。貴方の家族は幸運にも、みな出払っていました。怪我人はありません。トラックも対物賠償の保険に入っていたので、みなが路頭に迷うことはないでしょう。すぐにも新居が見つかる予定です」


そっか。新居か……ボクはもう必要とされていないんだな。


「ああ、良かった。本当に良かったよ」


それでも家族が無事なだけで幸せさ。


「おお、心の優しい4LDKよ。その心根に免じてお前を転生させてあげましょう」


「転生!? ボクが?」


「ええ……都会の暮らしになじめないというのなら、山奥のロッジにしてあげましょう。それとも多くの人に愛される世界遺産が良いですか?」


「あなたは……もしかして神様なの?」


「人には人の神がいるように、建物には建物の神がいるのです。さあ、願いを言ってごらんなさい。私にできる限りのことをしてあげましょう」


「じゃあボク、あの家族の家にもう一度生まれ変わりたい!」


「おお……それは……できないのです4LDK。すでに彼らの家になる者は、決まってしまったあとなのですよ」


「そっか……無理を言ってごめんね神様」


「いいえ。ますます貴方を見直しました。さあ、それ以外で良ければ、なんなりと言いなさい」


神様はそういうけど、ボクにはなりたい家なんて思いつかないや。


「ごめんね神様。よくわからないや」


「では、このまま暗い闇の底で眠りにつくというのですか? ……それも良いでしょう。ですが、貴方はまだ若い家です。もっと家として家族に尽くす喜びを、味わっても良いのではありませんか」


そう言われると生まれ変わりたいと思うようになった。


けど……世界遺産なんてすごすぎてボクなんかに務まるとは思えない。


それに山小屋やロッジは、季節によっては誰も来なくて寂しいかもしれない。


そうだ……


「神様。ボクは今、この瞬間にも困ってる家族の家になりたいよ!」


「困っている家族ですか? わかりました。ちょうど、困っている家族……と言って良いのかわかりませんが、困っている人たちがいます」


「じゃあ、その人たちの家にして!」


「いいんですか? その条件で……。私としては少し不本意ではありますが……」


「いいから早くお願いします神様! その人たちの家になりたいんです!」


「わかりました。神に二言はありません」


天から射す光がぐんぐん強くなる。そして、光は空を覆い尽くすと、爆発が起こった。


ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああ!?」


「さあ生まれ変わりなさい! 贈り物としてはささやかですが、貴方のこれまでの力は、再誕しても使えるようにしておきました。4LDKに幸アレ!」


ボクの意識は急速に薄れ、視界を覆う真っ白い闇に呑み込まれた。



「グヌヌ……おのれ人間どもめ」


玉座にローブを纏った骸骨が座っていた。


その骸骨に青い肌の女騎士がひざまずく。


「魔王様。西門がもう持ちません。このままでは……」


報告する女騎士の声には余裕がない。


「我が城に侵入しようとは……クッ……魔力さえ回復する時間があれば、人間の軍など蹴散らしてくれるというのに」


女騎士が顔を上げた。


「もはやこれまで。この城を捨て、逃れるより他ありません! ここは私が時間を稼ぎます。どうか魔王様だけはお逃げください!」


「いやベアトリクス。いかに貴様といえど、一人では無理だ」


なんだかとっても深刻そうだけど……あれ? あれれ? ボクは……どうしちゃったんだろう。


「すみませーん。あなたはここのパパさんですか?」


ボクが声をかけると、二人はぎょっと天井を見上げた。


「もう奴らがやってきたのか!?」


骸骨が驚いたような声をあげた。


「いいえそんなはずは……」


青い肌の女騎士も唖然としている。


「ええと、ボク、この家に生まれ変わったみたいなんです。これからよろしくお願いします」


「家だと? な、何を言っている! ここは我が居城だ。というか家が……いや、城が喋るだと!?」


そんなに驚かなくてもいいのに。ボクだって骸骨がしゃべって驚いてるんだから。


前のパパさんが好きでやってる、ゲームの世界にちょっと似てるかも。


「お前の目的はなんだ!」


女騎士が剣を抜いて天井に向けた。


「目的は……えっと、家族の一員になって末永く、幸せに暮らしていくことかな」


骸骨は顎を手でさするようにした。手も骨が剥きだしだ。


「ふむ。何者か知らぬが残念だったな。もはやこの城は門を破られかけている。一万の敵軍がまもなく流れ込もうかという、危機的な状況だ」


「ええ!? 一万人も泥棒ですか?」


女騎士が不機嫌そうに言う。


「賊ではない。人間どもの軍だ。クッ……もはや戦況報告も届かないか」


耳元に手を当てて女騎士は悔しそうな顔をした。


「どうしたんですか? そんなに怖い顔をして」


「西門から連絡が途絶えた。状況が知りたいところだが……いや、知ったところでもはや……」


ええと、西門っていうとボクからみて左の、ここらへんかな?


「霊視体験(ドアチャイムカメラ)発動!」


部屋の壁に外の状況を映し出す。


「……これが……西門か」


押し寄せる泥棒に、この大きな家の住人が……痛めつけられていた。


犬みたいな人だったり、牛みたいな人だったりするけど、みんなみんなこの家の家族だ。


なんて野蛮なんだ。刃物を使って……ああ、やめて! やめて!


『門を打ち壊せええええええ!!』


大きな杭のついた車で、野蛮人たちはボクの身体に突撃してきた。


「痛ったあああああああああああああああああああああああああい!」


まるでトラックが突っ込んできた時みたいだ。


許せない……許せない許せない許せない許せない! あの野蛮人ども……人の家に土足っで踏みいり暴れようなんて、強盗じゃないか!


今、ボクは家族も守れずに門を破られようとしている。


「クッ……あと5分持ちこたえてくれれば……」


「お逃げください魔王様!」


家族が家を追われるなんて……


そんなのは絶対に……嫌だ!


「領域(ホーム)の守護者(セキュリティー)起動!」


ボクは泥棒を感知した時の要領で、ホームセキュリティーを発動させた。


瞬間――


野蛮人たちの足下が崩れた。大地を割って地下深くから、目覚めたように三体の巨人が姿を現す。


『な、なんだあれは!?』


そびえ立つ巨大な影に、野蛮人たちは大騒ぎだ。


巨人はどことなく女の人のようなシルエットだが、その肉体は鋼でてきていた。


大きく見開いた目から、光を放つ。


ゴワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


火線が走った場所には、人の“影”しか残っていなかった。


巨人が三方向に散るようにしながら、野蛮人たちの群を蹴散らしていく。


その一部始終を見ながら、骸骨が呟いた。


「なんという破壊力だ……私の消滅破壊魔法にも匹敵するではないか」


女騎士が声をあげた。


「東門から伝令。今度は魔法使いの軍勢です」


「クッ……こんな時に……おい貴様! 名前はなんという」


骸骨が玉座から立ち上がった。ボクのことかな?


「ボクは4LDKだよ」


「なんだそのヨンエルディーケーとは?」


「4LDKは間取りだよ。けど、そういえば今のボクって、ものすごい部屋数になってるかも」


自分の身体をざっと見渡してみると、前の身体の何十倍の大きさになっていた。


「間取り? ふざけるな! 貴様は今より……魔王城と名乗れ!」


「魔王城? ここは魔王さんの家ってこと? そっかぁ……ボクは魔王城になったんだね。よろしくねパパさん」


「家ではない城だ。そしてパパさんではない魔王様と呼べ」


骸骨――魔王パパさんは胸を張った。


「よろしくね魔王パパさん! 騎士ママさんも!」


青い肌なのに、騎士ママさんの顔が赤くなる。


「な、なんてことをいうの!? わ、わたしは魔王様の忠実な配下であって……」


西門はセキュリティーの女巨人に任せて、東門の様子を別の壁に投影した。


「ねえ魔王パパさん。あれは何をしてるのかな?」


さっきの野蛮人と違って、東門の人たちは襲ってこない。けど、地面に大きな円の落書きを描いていた。


「い、いかん。やつら、この城に振動崩壊魔法を……おい魔王城! 貴様、このままでは連中の魔法で崩れ去るぞ! 巨人で妨害しろ!」


「ごめんね魔王パパさん。ボクが出せる巨人は三人までなんだ」


ゴゴゴゴ……と、身体が揺れた。


「魔王様! 魔法攻撃が来ます!」


「わかっている。だが、今の私には結界を張ることも……」


微振動がだんだんと大きな揺れに変わっていった。


あっ……じ、地震だ! けど大丈夫。


「反重力魔法振構造(アイソレーション)!!」


大きかった揺れが次第に収まっていき、最後は微動だにしなくなる。


どこからか振動を受けている感じがした。


「魔王パパさん。ここって地震が多いのかな? ずっと揺れを感じるんだ。けど、安心して。ボクがその揺れを中和してるから」


「でかしたぞ魔王城! 揺れの原因は、東門の外にいる連中だ。やつらの描いた魔法陣による魔法攻撃なのだ」


え!? この揺れって……攻撃なの?


そっか……襲ってこないからって、敵じゃないとは限らないんだ。


魔王パパさんは西門の様子を確認した。


「西門の敵軍に増援か……巨人を東門には回せないな」


騎士ママさんが声高らかに言う。


「今こそわたしが、東門にうって出ましょう!」


「待てベアトリクス。早まるな。このまま時間を稼ぐことさえできればこの私が……」


リビング(?)に、新しい家族の人がやってきた。


鳥みたいな格好の男の子だ。


「報告します! 上空より魔法騎士を乗せた天馬の軍勢! 数、およそ3000騎!」


「上空に張った私の結界はどうした?」


「おそらく……破られたものかと」


ボクは空を見上げた。翼の生えた馬がバサバサと飛んでいる。さすがにもう、アレが強盗の仲間っていうのも学習済みだ。


空飛ぶ馬に乗った連中が、手に光でできた槍みたいなものを構えた。


『放てええええええええええええええええええええええッ!!』


光の槍が雨のように降り注ぐ。


「クッ! 城ごと穴だらけにしようというのか!」


魔王パパさんが声を荒げた。


大丈夫だよ魔王パパさん。


ボクは負けない。魔王城として家族を守るんだ。


「鱗状魔法力吸収体(マナソーラー)!」


ボクの身体の表面を、黒い鏡のような鱗が覆い尽くした。


投げ放たれた光の槍を吸収し、その力をそっくりそのままお返しだ。


「過剰魔法力反射砲(バイデン)!」


ボクの全身から、闇の力に変換された槍が放たれた。


それは上空から襲いかかってきた、羽根の生えた馬の一団を射貫く。


「敵の天馬の軍勢……総崩れです。魔王様……あの、これはいったい」


「ガルディアよ。紹介しよう。魔王城だ」


鳥のような人はガルディアっていうみたいだ。


魔王パパさんの子供なのかな?


「よろしくねガルディアくん」


「おお、我らが窮地を救っていただき、感謝の言葉もありません!」


なんか大げさだなぁ。ボクは家族を守りたいだけだよ。当然のことをしたまでさ。


すると、今度は大柄な亀のようなおじさんが姿を現した。


「魔王様! 南門に……勇者が現れました」


「ついに着たか。魔王城よ、よくぞここまで耐えた。だが、もう十分だ」


「えっ? 十分って……ボクのこと、もう必要じゃないの?」


「いや、そうではない。貴様にばかり戦わせたことを謝罪する。ようやく私の魔法力が完全回復したのだ。今から南門に、私の宿敵とも言える男がやってくる。その男を倒すことができれば、おそらく人間たちも軍を引くだろう」


ええと南門っと……ここかな? ボクは壁に門の様子を投影した。


門の前に、甲冑に身を包んで剣を手にした男の人が立っている。


「そうだ。やつとはおそらく互角……勝てるかどうかはわからぬ。だが、手出しは無用だ。お前たちでは、私と勇者の戦いの邪魔になる」


「「「魔王様……」」」


騎士ママさんとガルディアくんと、亀のおじさんが寂しそうに口をそろえた。


あの勇者っていうのをやっつければ、やっと平和になるんだね。


うーん、だけどもうボクには出せそうな力が……あっ! あるかもしれない!


「では……出陣す……」


「冥界三頭獣(ケルペロス)!」


魔王パパさんがリビングから出る前に、ボクは南門を開いた。そこから三つの頭を持った、巨大な犬が姿を現す。


姿形は犬だけど、体長十メートルを超えていた。


「お、おい。なんだあの化け物は?」


「あれは家を守る番犬だよ魔王パパさん」


ケルペロスは炎や毒の霧を吐き散らした。勇者はそれを避けてケルペロスに斬りかかる。


けど、ケルペロスは強かった。さすが番犬だ。


勇者の身体を前足で殴りつけ、遙か遠くの空へと吹き飛ばした。


「わ、私の出番は……」


せっかく家を守ったのに、魔王パパさんはなぜか残念そうな声を上げていた。



数日後――


あんなに賑やかだったのに、魔王パパさんは引っ越してしまった。


魔王パパさんたちは、ぼくに住んでると自信を失ったり、堕落しちゃうんだってさ。


魔王城改め、ボクは空き屋だ。ただいま入居者募集中……なんだけど。


しゃべる城だと不気味がって、あれから誰も住んでくれない。


寂しいなぁ。


あ! そこのキミ、ボクに住んでみない? 絶対に大切にするから! 誰かがキミを傷つけようとしても、ボクが守ってあげる。


だから一緒に家族の時間をつくっていこうよ!


そうそう35年ローンも払ってね! あっ! ちょっと待ってよ話を聞いて! 逃げることないじゃないか!

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