異世界パチンコ旅日記
トントコ吉田β
第1章 異世界に呼ばれて激熱
1.
「じゃあ店長、今までありがとうございました」
はいはい、お疲れ様、と声をかけられて、男は建物を後にした。
2016年日本、特に可もなく不可もなく。平日の昼下がり、男は少し落ち込んだ様子で歩いていた。
「はぁー・・・・・・次のバイト探すのも面倒だしなぁ」
27歳、職業はフリーター。男の名前は旅打 雄吾(たびうち ゆうご)。今日はバックれる寸前だったコンビニでのアルバイトに朝からしぶしぶ連絡をいれ(店長にこってり絞られた)、そのままコンビニで制服を返しにきたのである。
旅打はフリーターだ。大学を卒業した際に、なんとなくゆるい気持ちで就職もせず、大学時代からのアルバイトを続けていたのだ。
生活費は親の仕送りにも頼っていたが、それも2年前には送られてこなくなっていた。
元々『面倒くさがりのクズ』と親に冗談めかして言われていたりもしたが、コンビニのアルバイトでさえもろくに続かない自分を振り返ってみると、本当にクズなんじゃないかと旅打は暗い気持ちになる。申し訳なさでいっぱいになった。
「なんだか嫌なことまで思い出しちまったぞ・・・・・・店長のせいだ。こんなツライ気持ちを晴らすには――ここしかないな!」
そういって旅打は、とある建物の前に立つ。その建物はなんだか少し騒がしく、他のビルよりも目立つ感じだ。
この店は、俗に言うパチンコ屋さんである。
「この落ち込んだ気分を晴らすために、今日は貯玉を下ろしちゃいますか!」
旅打はパチンコが大好きである。バイトのお金でパチンコを打ち、パチスロを打ち。大学時代は休んでまでパチンコ店に朝から並んだりもしていた。
ある時は生活費が苦しくなるほどパチンコで散財したこともあれば、またある時はパチンコに生活を助けてもらったこともある。一喜一憂、この命がけでひりつくような感じがたまらない・・・・・・などと格好をつけてしまうくらいには、旅打はパチンコが大好きで、パチンコを打つ自分が好きなのだ。
旅打は一人暮らしの始まった大学生活から今までを共に過ごしたと勝手に友情を感じているこのパチンコ店が好きだった。出した玉やメダルを貯めておいて次回来店時に使えたり、毎日来店するだけで貯まっていって生活用品などと交換できるポイントも貰える会員カードも勿論もっている。何より此処の店は女性店員がとても可愛いのだ。老人から若い兄ちゃんまでに人気のある女性店員が、パチンコ店の制服を着て店内を回っている。
そんな女性店員と仲良くなりたい思いもあって、旅打ちはこの店に6年くらいは通っていた。通いに通って貯めに貯めて、貯めたメダルは4万枚にもなっていた。
豪遊しちゃいますかぁ~、と旅打は一人テンションを上げる。自動ドアの前まで歩き、中にいた店員が自動ドアにご丁寧に手をかざして開けてくれて、いらっしゃいませと声をかけられ――
「・・・・・・?」
旅打の思っているパチンコ屋とは、何か空気が違っていた。
(いつもより静かだ。まさか休み?でも休みの日に自動ドアは開かないし・・・・・・)
パチンコ屋といえば、パチンコ台から流れる爆音のBGM。眩しいくらいに大当たりを客に伝えてくれる光。パチンコをしない人にとってはうるさい眩しいだけのものかもしれないが、旅打はこのうるささが好きだし、きっと店にいるお客さんもみんな好きなんだろう、と思っていた。
だが、今自分が入ろうとしている店は、なんだかとても静かで――
(なんだか眠気が・・・・・・朝からコンビニで叱られたりして疲れたかな)
パチンコ屋さんで倒れるなんて恥ずかしいな、と思いながら旅打は意識を失ってしまった。
この日から数えてぴったり1年間。旅打雄吾は行方不明になり、――そして。
旅打雄吾はパチプロ、パチンコのプロ。パチンコでお金を稼ぐ人になった。異世界で。
第1章 異世界に呼ばれて
2.
「では、本日の召喚を開始します・・・・・・!」
召喚士マイヤーの大きな宣言に、ゴードン王とその臣下は深く頷くことで返事をした。召喚士の前方の床には、巨大な魔方陣が描かれている。召喚士が呪文を唱え始めると、その魔方陣は光を帯び始めた。
魔法を使う光景を、召喚士の後ろから見つめる影があった。
「異世界からの召喚、ですか・・・・・・ゴードン王のこの御決断、臣下の者からこの世界の民の全てが待ち望んでおりましたぞ」
王の隣にいる白髭を蓄えた男性が、そう言って頭を深々と下げた。
ゴードン=マイヤー。ゴードン城下町に住む王である。民からの支持は厚く、また王もこの町が好ましくあった。
「うむ。家臣達もよく熟考し、私の意見を理解してくれた。この町・・・・・・いや、この世界には」
「あの力が必要です。それはこのニンバめも含む全ての大臣がわかっておりますじゃ」
ゴードン王は焦っていた。この町も、この世界も。滅ぶかどうかの瀬戸際。明日にでも世界が終わってしまう、そんな思考が現実味を帯びて脳内を埋め尽くす。
「この町にも、そして我々の希望にも。もう余裕はないのだ。全員が団結し、今日まで歩んできたのだ」
「そうですともそうですとも。ゴードン王の息子も、立派な召喚士になられた」
ゴードン王がニンバの言葉に頷き、決意を秘めた目で魔方陣を見つめる。
「7つの人智を手に入れて、必ずや――」
必ずや魔王を討伐すべし。ゴードンの言葉と共に、魔方陣は大きく光り輝いた。
この日、ゴードン城から極北の都に、急ぎの連絡が入った。
『ゴードン城下町にて、召喚士マイヤーが人智の者呼び寄せたり。――勇者一行はかの者と協力し、7つの人智を集め給え』
3-1.
ドアの前で気を失ってしまった旅打が次に目を覚ますと、そこは医務室のような場所であった。
「知らない天井で目が覚めると、こんな気持ちになるんだな」
ベッドから上半身を起こし、部屋を見渡す。高そうな絨毯が敷いてある。パチンコ屋は稼いでるな、スタッフの部屋にはこんな絨毯が敷かれているのかと、少し羨ましさも旅打は感じた。
あの木枠の窓も見た目は高級感があるし、壁には花や甲冑、槍などが飾られていて――
「・・・・・・ん?」
おかしい。明らかに何かがおかしいのだ。旅打の中には疑問と、ほんの少しのいやな予感が出てきていた。
旅打は自分の勘に自信があった。自分はギャンブラー、勘と度胸で賭け事を乗り切るのだ。そんな持論もあって、当たったり外れたり(実の所はほとんど外れるのだが)な自分の勘に自信を持っている。
(パチンコ店には甲冑なんてないよな。木枠の窓なんて昔の店にもなさそうだし。そもそも、この壁・・・・・・)
ベッドから降りて壁側まで歩く。そっと壁に触れてみる。
「コンクリートじゃあないぞ、これ。パチ屋の壁がこんな造りな訳・・・・・・」
「あら、目を覚まされましたか」
突然声を掛けられて、旅打は驚いた反面、少しだけほっとしていた。そりゃあいきなりでびっくりもしたが、パチンコ屋のスタッフが来てくれたのだ。一人でここにいるよりはマシだ。さっきまでの疑問も考えすぎだったのだろう。
パチンコ屋さんの店員がいるなら、ここは旅打の良く知るパチンコ屋さんだ。
「良かったー!店員さん、すみません倒れちゃって――」
「?私はテンインさん、なんて呼ばれたことはありませんが」
旅打ちは振り返った姿勢のまま固まってしまう。初めて見たのだ。
――旅打の記憶ではあのパチンコ店にはコスプレ店員がいたことはない。
「――」
「・・・・・・?窓を開けておきますね。」
空気も入れ替えないとですし。そういってパチンコ店員は固まった旅打の脇を通って窓を開けた。
「ねこ、ネコミミ・・・・・・」
「ふぅ。今日も城下町は賑やかです。」
「城下町――?」
「ええ」
ゴードン城下町、ですね。と、そう付け加えた店員さん。旅打は顔を赤くしたり白くしたり忙しそうである。
大きくため息をついてから、コスプレ店員は旅打に話しかけた。
「アナタには何がなんだかわからないと思います。なので簡潔に伝えることにしますね」
「ネコミミメイドさんが・・・・・・?」
「私の名前はそのような名では・・・・・・まぁいいです。それよりも大事なことがあるので。よろしいでしょうか。アナタは元いた世界からこの世界に召喚されてきたのです。この世界を守るために」
「・・・・・・はぁ?」
旅打はなんだか怯える様な感情を覚えた。目の前のネコミミメイド服の店員さんは可愛いけど電波だ怖いのだヤバイのだ。城下町とか異世界などと大変電波なことをおっしゃっている。
こんなのに絡まれたらもうこのパチンコ屋には来たくなくなってしまう。旅打はパチンコ屋のお客様アンケートに苦情を書くことを決めた。
「帰ってもいいですか」
「今すぐに帰ることは不可能です、申し訳ございません。突然ここに連れられて理解しろ、というのも酷な話なのですが」
「不可能・・・・・・?えっと。こ、ここは日本の東京ですよね?いつも、いつもの、パチンコ屋さんですよね?」
「いえ。ここは――」
ゴードン城下町です。旅打はその言葉を聞いて、再び意識を失ってしまった。これが旅打と異世界の邂逅であった。
3-2.
「ええそうですじゃ。貴方はこれからあの勇者様のパーティの一員として、この世界を救うために働いてもらいますぞ」
ネコミミメイド店員の前で再び倒れた旅打が目を覚ましたのは翌日であった。
朝目を覚ました旅打の元に、今度は白髭のおじいさんがやってきたのだ。
「魔王はこうしている間にも世界を滅ぼさんとしていましてな?勇者殿も後一歩まで追い詰めてはいるのですじゃ。しかし――」
長い廊下をおじいさんの後ろについて歩きながら、旅打はおじいさんの話を聞き流す。今は人の話を聞く余裕などないのだ。
(あの電波メイドも、目の前のじいさんも。同じことを言うんだな)
ここはゴードン城下町。人類が魔王を倒すため、王と家臣と町に住む人々、そして――
「勇者サマが生まれた町、ねぇ」
「信じて頂けましたかな」
「信じるも何も、」
ねぇ。と旅打は言葉を詰まらせた。今から少し前に、町並みや城内を少し案内された旅打は、昨日自分が感じた不安が的中したのを認めた。ここは確かに異世界で、この町は確かに城下町なのだ。
自分が住んでいた町とはまったく違う風景や、時代の違った建物を見せられては、旅打も昨日のメイドさんの発言は真実だ、と認めざるを得なかった。
「電波メイドさんは」
「電波メイド?召使いのアル殿ですかな?アル殿はゴードン城の召使いですな」
「召使い。あのメイドさんは召使い。それで今から俺が会うのは」
「ゴードン=マイヤー王。旅打殿を召喚すると決断したのはゴードン王ですぞ」
大きな扉の前で立ち止まると、扉の向こうから大きな声が聞こえてきた。
「ニンバ大臣と召喚されし者。以下二名入られよ!」
兵士によって扉が開かれる。煌びやかな装飾のされた部屋の両側には、頭を垂れた男女が数十名ずつ何列かに並んでいた。その間を引き続きニンバの後ろについて歩く。
その先で、一人の恰幅の良い男性が座して待っていた。
「よく召喚に応じ此処に現れてくれた!かの者よ、私はお前を歓迎するぞ!私がゴードン王。ゴードン=マイヤー王だ」
周りの列と同じく頭を垂れたニンバの後ろで、旅打も遅れて頭を下げた。
(まるでゲームのプロローグみたいだな)
話し始める王様の前で、旅打は暢気にそんなことを考えていた。
5.
「・・・・・・つまり、俺を勝手にこっちに呼んだのは」
「うむ。ニンバも告げた通りだ。旅打殿。魔王を討伐し、この世界に平和を取り戻す為にお前の力を貸してくれ」
(突然フリーターの俺を呼んで、『魔王討伐』?今時の小説でもないくらいベタじゃないか)
昨日から旅打には意味不明で理解不能な内容の話が続いている。
ここは異世界、ゴードン城下町。旅打は勇者による魔王討伐のために呼ばれた言わば助っ人。
ゴードン王が話してくれたのは、旅打をこの世界に呼ぶに至るまでのこの世界の歴史であった。
千年以上も昔に封印した魔王が、10年前に復活。各国の兵士と魔物の戦いが続く中、神の子と称される『勇者』がこの世界に現れたのが5年前。
「そして今年、勇者は魔王との最後の戦いに挑む、ねぇ・・・・・・」
「そうなのだ」
大変な話だ、全く理解はできないけれども、と旅打は思う。
この世界は魔王に滅ぼされてしまうかもしれない。魔王なんてちっとも実感の沸かない話だが、世界が滅ぶのは悪いことだ。それくらいは旅打も考えられる。勇者とその仲間達が世界を救うために立ち上がり、この世界を救う旅に。
「なんでそこに俺が要るのかねぇ・・・・・・」
それがさっぱりわからない。自分で言うのも悲しくなるが、旅打はただのフリーターだ。つい昨日そのアルバイトもクビになったばかりなのだ。そんな一般人よりもダメダメな自分がなぜこの世界に呼ばれたのか、旅打には全く理解できなかった。
「確かに、この世界の問題ならばこの世界の人間が解決するのが筋ではあるのだ。だが、そうもいかない事情があってだな」
伝説があるのだ、とゴードン王は続けた。王とその伝説に詳しいニンバの話によれば、魔王が復活したときに、二人の救世主がこの世界に現れるのだ、と旅打は説明を受けた。一人は今救世主として旅をしている勇者サマ。そしてもう一人が――
「お前というわけだ旅打殿」
「・・・・・・うーん」
「この通りだ!世界を救うため、力を貸してくれ!」
「頭を下げられても困るんすけど・・・・・・!」
どうしようもなく困ってしまう。旅打はそもそも『そんなことをする義理がない』とも思っているのだ。出来る事なら早く日本に返してほしいし、魔王なんて命懸けで戦うような相手とは向かい合いたくもない。いろいろ考えるうちに、旅打はなんだかちょっとだけ怒りが沸いて来るのを感じた。
(そもそもこんな誘拐まがいのことをされた事に腹が立ってきたぞ・・・・・・!)
少しイライラしてきた旅打が、語気を強めてゴードン王に話し始めた。
「よくよく考えなくても、そもそも突然誘拐されて、命を懸けて知らない世界を救えだなんておかしくないか!?」
「そ、それはだな・・・・・・」
「そもそも俺はただのフリーターで、つい昨日付けでニートだよ!そんな奴に世界を救え?無理だろ!別な奴に頼んでくれ。早く俺を家に――」
「とにかく頼む!この世界を救うために、」
「だから俺には、」
「この世界を救う為、パチンコ屋さんで破魔の剣を景品交換してきてくれ!」
「無理だって――、・・・・・・は?」
旅打雄吾、27歳フリーター。何故か世界を救う為に、これまた何故かパチンコでの勝負が、始まろうとしていた・・・・・・。
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