最悪×最高=出会い 3

 ティエルは全くもって表情一つ変えず、再び彼の襟を掴み外へと引きずり出すと、酒場と民家の間にある薄暗い路地道まで地面に擦り付けながら持っていた。

 黙ったまま彼女のそばを付いてきている僕は、圧倒されたまま近くにいるばかり。

 「全く手間とらせないでよ。お店に迷惑でしょ?」

 青いワンピースの中、太ももに装備されていたナイフを取り出し、ティエルは中年男の喉前に持っていく。

 凶器を目の前に突きつけられた彼には既に抵抗しようという意志が見て取れない。自身に与えられた肉体的痛みと、ティエルという存在にただただ震えている。

 「とっとと貸したもん返してよ?」

 「んぅ........んぅ........」

 「鼻折れてうまくしゃべれないなら手でレクチャーして」

 中年男は左手でズボンの右ポケットをポンポンと叩く。右手はパンパンに腫れ上がっており、どう見ても中で折れてるだろう。

 ティエルは彼のポケットに手を突っ込み小袋を取り出すと、中に入っているコインを数えてからワンピースのポケットへしまう。

 「迷惑料込みで十六万トル、確かに受け取りました。ただし、私があなた達の代わりに酒場へ払った三千トルの回収がまだ」

 「んぅ........んぅ........」

 「なに? 分かんないよ。それよりも三千トルの回収。それは身体で払ってもらう。そのために足は使えるように無傷でしょ? とっとと立って」

 中年男は立ち上がらない。いや、立ち上がれない。

 肉体的ダメージよりも精神的ダメージが強烈すぎて膝が小刻みに笑っている。

 逆に僕は座れない。恐怖のあまり座るという動作を脳内でイメージできない。

 「んぅ........んぅ....んぅ」

 ティエルは中年男の不規則にリズムを刻む足をちらっと目線を配る。

 「おじさん、歩けるように魔法をかけてあげる。そのかわし逃げたら必ず殺すから」

 ........なんだこれ。僕は腹部の真ん中に握りしめた両手をやる。

 彼女の放った『殺す』というワードが形を帯び、心臓を得体の知れない冷たいもので触ったように感じると、足のつま先から頭の天辺へ熱のようなものが一気に流れ込んできて、頭の毛が全て逆立つ錯覚に襲われた。

 ティエルは震えを強くした中年男の喉元にナイフをピタっと触れさせ言う。

 「命令だ。足の震え止めなきゃ殺す」

 恐怖をさらなる恐怖で黒く塗り潰す絶対零度の声。まるで目の前にいる本人ではなく、その内側、生存本能に直に問いかけているかのようだ。

 嘘のように中年男の足の震えがピタリと止む。

 「しゃっくりを驚かせて止めるのと似てるでしょ?」

 ナイフを太もものケースにしまうと、ティエルは天使のように僕へと微笑む。

 「あぁ........確かに似てるちゃ似てるかも」

 全く似てねぇよ。

 「ごめんね、こうた君。不愉快でしょ?」

 「........正直、圧倒されてる」

 「そっか。やっぱり私とパーティー組むのやめとく? 悲しいけど合わないなら」

 ティエルの気遣いが手に取るように言葉と口調、それに目から伝わってくる。

 この時、彼女の顔を見ながらいろんなものを天秤にかけて考えたーーティエルの恐怖。ティエルの優しさ。ティエルとのこれから。ティエルなしのこれから。正義か。悪か。

 けれど、そのどれも審査の対象にはならず、目に映るティエルの切なそうな微笑みがそっと僕の背中を押す。

 「いや、一緒にいる」

 「ほっほんとに?」

 「うん、約束したから」

 不思議だ。さっきまで痙攣していた僕の足の震えは気付けばなく、心に詰まっていた不純物が氷のように溶けて消えていく。

 暖かい。ただ純粋に暖かい。

 「これからほんとによろしくお願います」

 ティエルは僕に向かって丁寧におじぎをする。とっさに僕もおじぎし返す。

 対面しておじぎし合う二人、顔をあげる時にタイミングがぴったりと重なり、思わず吹き出すように笑い合う。

 「さて、こうた君。もう一件のカラス金十万トルの回収にいくよ」

 えっ? 笑いついでに言われた言葉に僕の笑顔が引きつる。

 「まだあるの?」

 ティエルは恐怖で逃げれない中年男を横目に見る。

 「大丈夫だよ。ボロボロなおじさんの襟でも掴みながら行けば、一発で払ってくれると思うから。まぁそれでもダメだったら太ももナイフで刺すだけなんだけど。こういう安全な住宅街に住む人は恐怖に対する想像力が大きいから、取り立てるのが楽で助かるよ」

 「........そうなんだ」

 

 

 大いなる価値観の違い。

 分かり合おうとする気持ち。

 二つを胸に僕たちの物語が始まりを宣戦布告した。

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