最悪×最高=出会い 1
目を瞑っていて、暖かい日の光を感じる。
こんな時はだいたいノートPCのキーボードを枕にして寝落ちしてるんだ。
つまりはそう、昨日見た信じられないような夢も現実という荒波に消えていく運命。
でも言わせて、あの時見た夢のワクワク、あの時見た夢のドキドキ、それはきっと魂とかいうどっかに刻まれてる。
僕は自分の思考の気持ち悪さにうなされるようにまぶたを開く。
目に映るのはいつもと同じ........とある異世界。
................って異世界?
主に木々で造形された古き家屋並み。
行商人達の露店の列。
エルフ、ドワーフ、リザードマン、多種多様な亜人種達による賑わい。
ふと横を通りすぎる人間を乗せた小型の走竜。
たくさんの人、家畜に踏み固められ出来た土の道路。
極め付けは膝枕。僕の頬を優しく保護してくれた膝枕。
目線を上に向けると水色のきれいな長髪をした少女が、僕が起きたのに気付きささやかに微笑んでいた。
どうやら彼女はただの天使のようだ。
前髪のぱっつんに、小さくて可愛らしい小鼻。
透き通った碧い目に、白桃のような滑らかな頬。
それに少し上に吊った耳に、百五十五センチぐらいの身長。
着ている青のワンピースもその華奢な身体によく似合っている。
「君、大丈夫? なんか上からいきなり落ちてきたけど」
日本語ではないその言葉。彼女の言葉がこの世界の言葉なんだって手に取るように理解できる。この直感的に言ってることが分かる感覚、これが液晶画面の向こうの謎奴の書いていた《キング》という人及び動物と言語交換できる能力なのだろう。
半袖に短パンを着用している僕は、彼女の腰掛けている大きな一本樹の幹、その隣に慌てて座りなおす。
膝枕をもっと堪能したい気持ちはあれど、照れくさくてどうしようもないのである。
「大丈夫。僕の名前は
こちらも相手に合わせ異世界の言葉を直感的に話す。
「こうた、珍しい名前だね。君は何者なの?」
どうしたものか?........まぁ別に誰にも口止めとかされてないしいいか。
「えっと、この世界じゃない別の世界から多分ワープしてきたんだと思う」
「ワープ? おとぎ話みたいに?」
興味深かそうにこちらに送られる視線。
「そう........多分そうだと思う。その良ければ名前聞いてもいいかな?」
僕がそれを初々しく言った途端、
「名前、聞いてくれるんだ」
なにか唐突におもしろいことでも思い出したのだろうか? 彼女から微笑みが溢れる。
「私の名前は、ティエル アルベルト。可愛い名前でしょ? 結構自分で気にいってるんだよ」
「ティエル。確かにすごくいいと思うよ」
「ありがと」
「早速だけどティエル。ここはどこなんだい?」
「ベネオスタル町の隣町、フルクワーズ町だよ。ちなみに今、公太君と私がいる場所はフルクワーズ町のど真ん中で結構有名な恋愛スポット『
はひ? 恋愛スポット?
「それはなんか........いろいろごめんね」
「いいんだよ。今は見ての通り今は緑一色でしょ? 春はもう過ぎちゃたから、恋愛スポットとしての魅力もないに等しいし。それに私みたいな異種族同士の交配種はあまり恋愛対象なんかにならないよ。穢れの象徴だから」
異種族の交配種ーーさっき少し上に吊った耳を見る限り、この子はハーフエルフってことだろう。
それにしてもこの世には純血主義が根っこにあるということか。悲しいことだ。
「穢れの象徴だかなんだか知らないけど、ティエルは僕が見てきた美しいものベスト3に確実に入ってるよ。これは僕のいた地球ってところの話なんだけど、そこでは『ハーフエルフはご褒美』こんな言葉が今も日常的に使われているんだ」
僕は熱血先生が生徒とワンツーマンをするかの如く、やや勢いのある手のレクチャーをふまえ話した。
ティエルはその様子をキョトンと見ていると、我慢できなくなったのかプスリと吹き出
すように笑う。
「こうた君、君はなかなかおもしろいね」
「よく言われるよ。オンラインでの会話では」
「オンライン? なにそれ? こうた君のいた世界の話?」
「まぁ大体当ってるよ」
「そうだ。こうた君は迷子の子羊だよね?」
「まぁこの世界に来て、右も左も分からず迷いに迷ってるけど........」
ティエルの目の輝きが強まる。
「一緒に旅をしない? 私も一人での旅も飽きてきたところなんだ」
彼女と旅ができたら、どれほど楽しいだろう?
きっと毎日が笑顔を絶やさない日々になる。
それは僕が求めていた異世界生活に非常に近い気がする。むしろ答えか。
「もちろん、むしろ僕からお願いするよ」
「うん、それでおこがましいんだけど一つだけお願いいいかな?」
「なんなりと」
「そのあれだよ。私のことは見捨ても、裏切ってもいいから、そのかわし嫌いにならないでね」
なにを言っているんだ? この天使は。
むしろ姫を守る騎士隊長になる勢いさ。
「僕がティエルのことを嫌いになる理由がないと思うよ? 会ったばかりでこんなことを言うのも恥ずかしいけど、ティエルは見知らぬ僕を救ってくれた優しい人だよ」
「........ありがと。じゃあそろそろ、三日前この町の住人達に渡した物の報酬を受け取りに行こうか?」
報酬? 旅をしている途中で手に入る薬草なんかを売ったのかな?
「うん」
ティエルと僕は立ち上がると歩き出した。
ワクワクしながら後ろを付いていく僕のちょっぴり前を「こうた君道は覚えなくていいよ。明日私達はこの町を出るから」「ここ左だよ」「ここまっすぐだよ」「ここ右だよ」など親切すぎるぐらいな対応で進んでいくティエル。
最初にいたフルクワーズ町のど真ん中から、中央道をしばらくまっすぐに進んだあと、薄暗らい路地道を通り、見るからに家なし銭なしの人々が横たわっているスラム街道を横切るように抜け、今は木造建築が立ち並ぶ住宅密集地を歩いている。
ここまで来るのにかかった時間はおよそ二十分弱といったところか。
途中スラム街道を横切る時、異臭と緊張感からか足がふわっと浮くような感覚に少々陥ったが今は安心している。っていうのも現在地周辺の建物がしっかりしていて、歩いてる人々の服装にも清潔感があり、異なる種族の子供同士が遊んでいる姿も確認できるからだ。
「ここだよ、こうた君」
ティエルは立ち止まり斜め前にある木造建築を指さす。
目線をそちらに向けると、入り口に設置してある看板に、建物内から聞こえる楽しげな会話声、それに西部劇を思わせるウエスタンドア。どうやら酒場のようだ。
「ティエル、この看板にはなんて書いてあるの?」
僕の持つ《キング》という能力は会話による言語交換だけに働く能力らしく、この世界の文字、つまりは筆記に対してはまったくの無力らしい。
ティエルはそっと僕の顔を覗き込むように見つめると、目線を店前の看板に向ける。
「ここには『哀愁と酒』って書いてあるよ。こうた君は文字が読めないんだね」
「あぁ、この世界に来るとき、知らない奴に人や動物ならどんな種族でも会話で言語交換できる能力をもらったんだけど、どうやら文字は無理らしい」
「なるほど、なるほど。さっきのこうた君のいた世界の話、その能力の話、正直私の今まで積み上げてきた概念からは許容できないけど、心がなんでか信用たくなるよ」
その言葉からは気を使って言ってくれてるような不自然さがなく、逆に自然体をオブラートなしで聞かせてくれているようだった。
僕にしてみたらその自然体ってやつが不思議以外のなにものでもなく、なぜこのデタラメの塊のような話を信用しようとしてくれているのか、とても気になるのだ。
「なんで僕の話を信用してくれようとするの?」
「さぁなんでだろうね。でも信用しようとしたものはせめて裏切らずに生きたいよ」
「........そっか」
煮え切らない僕が表情を曇らせると、ティエルは軽く笑う。
「でもまぁ、強いて信じる理由を言うなら、上から君が落ちてきたこと、この世界ではめずらしい黒い目と黒い髪を持っていること、それに........」
「それに?」
今日一番の笑顔が僕の心を刺す。
「君は二人目なんだ、この世界で私に名前を聞いてくれた人は」
感動していい言葉なのか? それとも負の感情を心に芽生えさせる言葉なのか? 真実
なのか? ジョークなのか? 混血差別が蔓延するこの世界で、ハーフエルフの娘がそれ
を言ったことに、僕は返す言葉も見つからないまま、ティエルの今日一番の笑顔の前、目を背けれず黙った。
「こうた君、君は優しい人だね。それでいて繊細だ」
そうさ。僕は『優しい』という言葉を隠れ蓑にした弱い人間だ。
「........うん」と僕は弱々しくうなづく。
その様子を見て、ティエルは困ったように目線を落とす。
「私は正直計算高くてずるい人だよ。ここに着くまでに『報酬を受け取りに行く』という情報しか君に与えないほどに」
「どういうこと?」
「今から受け取る報酬、それは三日前にカラス金として貸し付けた二十万トルの回収なんだよ」
ティエルの口調は最初に会った時と変わらず穏やかで心地よい。
けど。言ってる内容がテレビ画面のノイズような不安感を宿らせる。
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