少年のプロローグ
暦は猛暑が続く七月。
東京都内某所の一軒家の二階にある六畳ばかりの部屋にて。
夏休みを口実に一人少年が正午を過ぎるのに未だベッドにまるまるように寝ている。
彼の名前は山田 公太。高校二年生。外見的特徴を挙げるとすると、耳が見えるくらい長さの黒髪。ややきつそうな印象を与える吊り目。身長は百七十三センチぐらいで、体格は平凡という言葉がよく似合う。
部活は中学まで『異世界ファンタジー研究部』と『サバゲ部』に所属していたが、高校に入ってからは帰宅部に落ち着き、『家にいるときはネトゲしかやんねぇよ?』という実に浅い一言を入学初日の朝に家族集まるリビングで高らかに宣言した。
そのネトゲに対する決意は形として自身の部屋にも現れていて、閉めっぱなしのカーテンで映画館のような雰囲気作ったり、ネトゲのために指にできた豆を何回も潰し超高速ブラインドタッチを身につけたり、いろんな種のネトゲ攻略方法を細かくメモしたノートを金庫らしき箱に鍵を閉めて保管したり、挙げ句の果てには『ネトゲ目標』なるものをコピー機横の印刷紙に手書きで書き、部屋の壁に画鋲でとめている始末である。
ゆえに彼はネトゲ界には知らぬものがいない存在となり、
午後一時、公太が目覚める。
彼の睡眠時間は高校に入ってから三時間と決まっており、その寝ている三時間も『ネトゲイメージ』なるイメージトレーニングの時間となっている。
まず公太が最初に起きてしたことはベッドから上体を起こすことでも、二度寝することでもなく、枕横にノートPCを起動。
液晶画面に明かりが灯り、パスワードログインを通過し、『今日もぶっちぎりだよ!』という決まり文句がロード中の画面に表示されると、
「当たり前だぜ、相棒。それにしてもハーフエルフってやっぱ萌えるな。こぉ........夢と2D世界以外で出会えないもんかねぇ」
ノートPCの声なき言葉に軽くつぶやくように返す。
間もなくしてロード画面がホーム画面に切り替わると、一番左上のアイコンをクリックし、『始まりの彼方に』というゲームを開く。
このゲームは昨日、公太が別のネトゲの攻略方法を模索し、縦横無尽に情報を仕入れていたら、『あなたにオススメの無料ゲーム』というクリック広告が出てきたので、無料ならまぁいいかという軽い気持ちでダウンロードしたものである。
開かれた『始まりの彼方』の一番最初のタイトル画面には、ドラゴンや、黒いとんがり帽子の魔女なんかが描写されており、ファンタジーゲームであることを全面に押し出していた。
公太はそこから『スタート』と書かれてるアイコンをクリック。
途端、画面全体が漆黒に染まり、『ほんとですか?』と書かれた赤色のアイコンだけが真ん中に小さく表示される。
うわっ、と公太はそれに緊張して手を止め考える素振りを見せたが、
(ん? こういう演出か? ウイルス報告も来てないし。実はホラゲーパターンか?)
ホラーゲームもよくやる彼は躊躇なくアイコンをクリック。
すると次は画面全体が白一色に切り替わり、赤文字でチェク式の質問が現れる。
「はい」ならチェックしてください。
□ あなたは現実を望んでいますか?
□ あなたは人を殺したことがありますか?
□ あなたには恋人がいますか?
□ あなたは人を慰めるのが得意ですか?
□ あなたは異世界を認めませんか?
□ あなたは死にたいですか?
□ あなたは別の誰かになりたいですか?
□ あなたは少女を助けてことがありますか?
□ 最後にあなたはファンタジーが好きですか?
なんだこれ? と脳裏に不信感はいくらかあったが、質問の回答によりストーリが分岐するパターンのゲームと思い、全て質問にチェックを付けず『物語へ』と書かれたアイコンをクリック。
画面は灰色一色のに切り替わり『ようこそ、イレギュラー』という赤文字が中央に表示される。
(なんだ? これやっぱりバグってんじゃねぇのか?)
公太は疑心を深めつつ、画面の中にクリックできそうな所を探す。
が、カーソルを動かせど隠しアイコンみたいなものは見当たらない。
映像が一向に変えれないまま三分が経とうとする頃、画面中央にある『ようこそ、イレギュラー』という文字が文字化けを伴いながら変化していく、
『ここから先、日本国憲法通用しません』
これには思わず冷静を装ってた彼だったが、
「ふざけんじゃねーよ。バグゲー広告してんじゃねぇよ」
穏やかではない口調でバッシング。
すると、文字は『穏やかではありませんね。私はあなたに提供したい』と変化。
画面を睨め付ける公太の頭にさらに血が昇り、グーパンをノートPCに入れようとするが流石に被害甚大だと指を数本鳴らし思いとどまる。
「ったくもう、時間差でコメント出して誘導してんだろ? これ作ったやつ火曜の燃えるゴミの日に出されろよ。まぁ燃えもしないクズ野郎だけどな」
六畳の部屋に反響するほど大音量で言うと、もういいやとあきらめ笑いを浮かべ、画面左上にある『Xボタン』をクリックし閉じようとする。
........閉じようとする。カチカチーークリック音。
....................閉じようとする。カチカチカチカチカチーークリック音。
(あれ? おかしいぞ。おいおいもしかしてウイルスか?)
急に公太の手のひらに嫌な汗が滲み出る。
(おい、どうなってんだよ)
すかさずシャットダウンのキーボードキーを押す。
が、反応はなく画面は消えない。変わらない。
焦る彼を嘲笑うかのように文字がまた文字化けを伴いながら変化しいく。
『さっきまで水色髪のハーフエルフの夢を見てなかったかい?』
サァ............と公太は血の気が背中から引いていくのを感じた。
それと同時に腹の底から好奇心がヒシヒシと込み上げてくる。
「ぼ........僕のことが分かるのか?」
一応、と言わんばかりに公太は顔を液晶画面から若干遠ざける。貞子が画面から出てきたらのシュミレーションをした結果がこれだ。
公太の声に反応するようにすぐさま文字は変化していく。
『あぁ知っているとも。誰よりも君のことをね。まぁそんなことはどうでもいいんだ。僕の用件いいかい?』
「まてまてまてまててぇ。お前は誰なんだよ? そしてなんなんだよ、神様とか? 悪魔とか?」
『いや僕は神でもなければ、悪魔でもない。ただ君にしか頼めない願いを一つ頼みに来たんだ』
「だから誰なんだよ」
『誓約により伝えられない。それに今までの経緯とここに至るまでは小説何冊分になるか分からないほど長い』
公太は顔を渋らせ、二秒ほど考え混じりに沈黙する。
(これ以上、何者かと問い詰めると、なにも情報を流さないか?)
「分かった。誰かは教えなくていい。じゃあさっき書いてた用件ってやつを伝えてもらおうか?」
『君に合わせたい人がいる』
「........誰?」
『先ほど君が夢で見たハーフエルフを』
「........どこで?」
『地球から見た異世界」
普段なら呆れて笑い飛ばす公太だが、現状に心臓の高鳴りが鳴り止まない。
「どうやってそこに行くんだよ?」
『原理は秘密だけど、僕との質問を終わらせた時に君の身体は目的地に移動している』
「それは瞬間移動ってこと?」
『まぁね。他に欲しい情報は?』
「もしその異世界と瞬間移動の話が本当だとして、異世界でのコミニケーション手段はどうすればいい? ほら日本語とか明らかに通じないだろ?」
『いえ、その点は大丈夫です。僕も言語の通じぬまま異世界に飛ばそうとは考えていませんよ。ネトゲ界で君が呼ばれている名称を貰い《キング》という能力を目覚めさせましょう。これにより君は人を含め全ての動物との言語交換ができるようになります。あとは自力でがんばっていってください』
「最後に一つ。なんで僕を異世界に引っ張りたいんだ?」
『それは君が唯一無二だからです。夢という仮想空間であの子と通じ、『始まりの彼方に』を引き寄せ、質問集による人格適合をクリア。そしてさっき程命名した《キング》という能力を目覚めてはいないものの保有してること』
公太の画面を凝視する力が弱まり、照れるように顔が少しほころぶ。
異世界のことはともかくとして『唯一無二』という言語が素直に嬉しかったのだ。
「........なんかありがとな」
『はい、なにに対する感謝の言葉か分かりかねますが、こちらこそ本当にありがとうございます。あなたのような存在に会えることがもう稀も稀なんですよ。質問は本当に最後でよろしいですか?』
「あぁ、あとは現地調達するさ。RPGは情報収集も楽しみの一つだからな」
『そうですか。ではまたどこかでお会いしたらその時はよろしくお願いします。あなたのこれからに幸福があらんことを』
画面全体がまるで空をくり抜いたような水色一色に変化する。
と、同時にそこから空間をねじ曲げる程の磁力が発生。
一瞬で公太を原子レベルまで分解すると、液晶画面の中に引きずり込んだ。
残された部屋では、画鋲で壁に止められた『ネトゲ目標』、敷布団の乱れたベット、机の上佇むハイスペックデスクトップPC、それに『ようこそ、始まりの彼方へ』と画面表示されたノートPC。それらがカーテン越しの薄光に照らされているばかりだった。
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