奴隷から脱走した少女とネトゲ廃人予備軍だった少年の異世界での現実

もちもちおもち

少女のプロローグ

地球から見て異世界。

 ベネオスタル町のスラム街。

 得体の知れぬ悪臭に辺りを見渡せば分類できぬゴミのピラミッドがいくつもあり、そこに穴を開け暮らしているエルフなどの多種多用な種族。

 彼ら多くはのゴミをあさり、針金、錆びたナイフ、くず鉄などの金属物を拾い集め換金することを生業にしているが、一日働いて得られる『トル(通貨)』で腹を満たせる者は少なく、ここで生まれた子供は奴隷として売られるか。ゴミの一部になるか。親が空腹に耐えられず食べてしまうかのどれかである。

 そんなスラム街のゴミが踏み固められできた道を、水色の長髪に白いワンピースの少女が黒スニーカーを履き進んで行く。

 身長は百五十五センチ程でスラリとしたしなやかな身体に少し上に吊った耳。

 目は空を映し出したような碧で、ちょこんとした小鼻が可愛らしさを演出していた。

 この少女のように明らかに身につけている者がスラムの者と違う。つまりは清潔感なんかが服装から出ていたりするともうここでは立派な金ヅルの対象だ。

 その証拠にボロ服の若い人間の男が二人、ゴミのピラミッドの陰から偵察するように少女の右斜め後ろ、左斜め後ろから少女をつけている。

 彼らには計画がある。この先もう一人の協力者が少女の前に立ちはだかり、計三人で少女を取り押さえるというものだ。

 少女は周りを見渡すこともなく歩く。ただ目線をまっすぐに向けている。

 計画どおり髭を筆のようにたらした中年の男(人間)が一人、少女の向かい側に現れ三メートル程前で止まり言う。

 「お嬢さん、ハーフエルフかい?」

 少女は覗き込むように前にいる男の目を凝視する。

 「あなたは?」

 二十メートルから十五メートルーーー後方より若い男二人は少女との間合いをじわりじわりと詰めていく。

 中年の男は錆びたナイフをくたびれたズボンから取り出すと、ほくそ笑み、突きつけるようにそれを少女に向けつぶやく。

 「自分の立場分かってる? 種族は? あと年齢」

 少女はうっすら笑みを浮かべる。

 「おじさん。頭良くないね。もし私がハーフエルフだとして魔法を使えたらどうするの? 私の血の半分、エルフは魔法適性が高い種族っていうのは知ってるでしょ?」

 「あぁ、そのぐらいは知ってるさ。知らないわけがない。だがここに来る奴はみな落ち

こぼれのクズみたいな奴らばかりさ。そこいら見てみろ、ここには魔法が使えないハーフエルフがごろごろいるぞ? むしろ魔法を使える奴がここには来ないだろ。使えんならいくらでも他で生活できるからな。つまりは劣等の行き着く成れの果てがここなのさ。あんたも例外じゃないはずだ。類は友を呼ぶようにクズはクズで集まりたくなるもんだ。でなきゃこんなところに来ないだろ。まぁ僕から見たあんたは見た目だけは上物なんだから黙って娼婦でもやってりゃ良かったんだ。気付くのが遅かったな嬢ちゃん」

 中年男の話すペースはゆっくりで丁寧だったーーー時間稼ぎだ。

 二人の若い男は少女の後ろに三メートル程の距離まで近づいた。その動作はどちらも無駄はなく若いながら常習犯独特の流れるような事運びで足音もないに等しかった。

 つまりは少女を中心に取り囲む形で中年男、若い男二人を線で結ぶとほぼ三メートル四方の三角形の陣形が完成した。

 「売る前に味見でもしとくか?」と少女の左後ろの男がほくそ笑む。

 ここにきて突然、少女の身体が小刻みに足から震える。

 「も........もしかして私を殺すんですか?」

 「アホか? お前殺して何になる? 身ぐるみ剥いで奴隷いきに決まってんだろ。まぁ抵抗してくりゃ一発ぐらい入れて大人しくしてもらうがね」

 少女の右後ろの男は若干呆れたように言った。

 「........わかりました。一人なら逃げ切れそうだったけど、その三人じゃ........そうだ私もあなた達のチームに入れてください。........なんでもしますから」

 足早でちぐはぐなしゃべりと震え続ける少女の固まった表情。

 男三人は似たようなシチュエーションに過去何度も遭遇していた。

 ーーー三人で取り囲み、真ん中の対象が震え、さらには『なんでもします』と懇願。

 彼らの誘拐成功率過去百パーセントのシチュエーションだ。

 チーム全員が脳裏で確信した、

 

 『もうこいつは恐怖で身体が動かない人形』と。

 

 中年男はこのチームの司令塔。ゆえに三人組の中で誰よりも警戒心が強く、誘拐の成功

率を上げるのに力を注いでいる。

 その証拠に女を一人捕まえるのに男三人掛かりでの行動。チームで対象を取り囲む時の陣形がメンバーを線で結んだ時にほぼ三メートル四方の三角形になるーーー三人いたら必ず一人死角になる。

 つまり彼は百パーセントを欲しっている。誘拐という自分の仕事に対して。

 それゆえ思い込いこんだ。過去成功率百パーセント=成功率百パーセントだと。

 逆にいえば思い込むしかしょうがなかった。本当には、潜在的には、成功率百パーセントなんてものは百パーセント存在しないと百も承知だったから。

 少女の懇願の言葉に真っ先に動いたのはリーダーである中年男だった。もう脳内では成功率百パーセントなのだから、他の二人よりも早く少女を確保してリーダーとしての威厳を見せたかった。

 少女との間合いが潰れ、手を伸ばせば届く距離。

 ナイフをポケットに戻し、中年男の両手が少女へと伸び始める。その動作には強引さがなくシャボン玉を捕まえるが如く。

 少女の見た目は柔らかそうでか弱い。

 が、それは少女の外側から得られた情報。


 中年男の手は届かなかった。ボトルからワイン注ぐように鮮血が首から流れ出る。


 少女が刺したのだ。白いワンピースのスカートの中、太ももに装備しているシース(ナイフケース)からナイフをとっさに取り、両手を使い、まるで鈍器で撲殺するかのように全体重を乗せて。

 力なく前に倒れこむ中年男の肩を押し後ろに倒す少女。ナイフが首から抜ける瞬間、大量の鮮血が勢い良く湧き出る。ワンピースは返り血で白かった面影を亡くしていた。

 過去成功率百パーセントという偽りの安心に守られていた若い男二人は、仲間の血で赤く染まった少女の背中を見ると震え腰から力をなくした。

 彼らは人の死体を見たことはあるが、人が殺されるところは見たことがなかった。

 そのことを少女は感じ取っていた。そして右後ろの若い男が言っていた『まぁ抵抗してくれりゃ一発ぐらい入れておとなくしてもらうがね』この言葉で確信を抱く。

 ........この人たちは人を殺せない人達、と。

 知っていたのだ。人を殺せる者が『一発ぐらい』なんて優しい表現を使わないこと。率直に『殺す』というワードを使うこと。

 逆に『殺す』というワードが出ない時点でその発想がないということ。

 つまり殺したことがないということ。

 だから、少女は三人の男の前で震える演技をした。

 自分はか弱いという演出をし、殺気を隠し、相手らが油断という毒を心に宿らせるのを待った。

 「殺すよ?」

 殺気を混じえ冷ややかに言い放つと、後ろに視線を向け二人を凝視する。

 たったそれだけのことなのに、汗なのか、鼻水なのか、はたまた涙なのか、分類できない液体を二人は顎から下らせる。

 ついにはどちらも失禁。足が別に意思を持ったように震え、尻もちをついたまま立つこともできない。

 少女は顔についた返り血も取らず再び前へと歩き出す。ただ視線をまっすぐに向けて。

 

 

 少女の名は、ティエル アルベルト。

  齢、十六歳。

  種族、ハーフエルフ。

  過去。人生のおける奴隷歴十五年。脱走歴一年。

  自由になるため、また自身を守るための殺生計五人。

  魔法、使えない。

  メンタル、鬼。

 

 これは始まりのプロローグ。

 ティエルが一人の少年に会う前のプロローグ。

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