第弐終輪:不堕落女の戀(後)
躁転。
わたしが哄笑した。
呵々。呵々。わたしの声帯を震わせわたしではない名状しがたい何かが、
冒涜的な言辞を吐き散らす。そして、
「威安ー、愛坐当主!」
言祝いだ。
さあらば、
さあらば、時の猟犬どもの手綱は放して、刳ろうや。世界をしまおうや。
ああ、かみさま、壊したくて、殺したくて、壊したくて、殺したくて、
壊したくて、殺したくて、壊したくて、殺したくて、たまらない!
夜鬼の嬰児が
遊瓦、ごめん。
わたしが報われない地球なんかよりあなたが恋しい。
犯されたくて。純潔を散らされたくて。破瓜されたくて。喪失したくてたまらない。ごめんなさい。ごめんなさい。
ああ、すき、だいすきでたまらない。
ああ、かみさま。かみさま。
わたしのなかのかみさま、いくらでもことほぎます。
なんでもことほぎますから、
だから、おねがい、おねがいします。
かれをたべさせて。
わたしにあいさせて。わたしをみたして。
わたしだけをみてほしいの、ゆがわらぁ。
ゆがわらいがいきえちゃえばいい。ゆがわらだけのぞみます。
あいつじしんにみゆだけをあいさせて。
時同じくして、
七人の天使ではない、膨張と伸縮を繰り返す盲いた無定形の蕃神達がおのおのの手に太鼓やフルートを携え先触れに顕現。世界中の空で七度となく音階でたらめなアポカリプティックサウンドを奏で始める。恐るべき音は生きており、常軌を逸した不吉な音調のヴィオルはアザトースの宮廷から招来された
時同じくして、
時空間を連続する冒涜的な
呵々と嘲笑しながら瑕疵を剥ごうと望み通り、世界に取り返しのつかない致死の孔を穿ち始めた。
口火は補陀落山の噴火。
燃え盛る噴煙や溶岩の代わりにまろび出でたのは、
いびつな螺旋を描きながらヤマカガシのように鎌首をもたげる、
その暴虐な姿は地上から400kmの衛星軌道上にある
いや、
束の間の死に猶予を得たアストロノートやコスモノート達は意思のある虹色の本流が地球をくるむ分厚い大気の層を無秩序に凌辱するのをただ、観測しかできなかった。
補陀落山のふもと、霧生ヶ谷市を中心に幾何級数的に膨張し蠢動する塊の出現エネルギーは、およそ6550万年前のメキシコ、ユカタン半島に衝突し恐竜絶滅の引き金ともなったチクシュルーブ隕石がもたらした4800億TNTという
J-ALERT。
アラートが鳴っている。鳴り響いている。
『天頂兜黒塗鋲綴二枚胴具足、
黒田長政隊が左近を滅すべく殺意を十重込めた鉛を喰らわせるべく一斉斉射。
せつな、猛き邪風が箭を殺す。發と左近がぎょろり眼を剥いた。左近の天頂兜黒塗鋲綴二枚胴具足は護られた。誰かが火薬の臭気を切り裂き空間を薙いだのだ。
凌駕する鉄芯。屍線。誰あろう、グレーターミツナリの軍配であ……』
Uwaaaaaaaaaaaarmm Uwaaaaaaaaaaaarmm Uwaaaaaaaaaaaarmm
ミサイル発射情報。ミサイル発射情報。当地域に着弾する可能性があります。屋内に避難し、テレビ・ラジオをつけてください。
Uwaaaaaaaaaaaarmm Uwaaaaaaaaaaaarmm Uwaaaaaaaaaaaarmm
ミサイル発射情報。ミサイル発射情報。当地域に着弾する可能性があります。屋内に避難し、テレビ・ラジオをつけてください。
こちらは、広報、 朧屋です。Pi-N Po-N Pa-N Po-N
FMラジオのチャンネルが唐突に切り替わり、機械音声のテンプレートが繰り返された後、公共放送のアナウンサーが普段の落ち着きは何処へいったやら泡を喰った金切り声でつんざいている。
「生命を守る行動をしてください!
……えします、繰り返します……これは訓練ではぁっ! ありません!!」
口早にバチカン市国から全世界に向けて、ファティマ第三の予言の真相は公開していた教皇暗殺未遂事件などではなく、神の実存に関するローマ法王の告解ののち、アメリカ合衆国大統領がピストルで自死したこと、跡を継いだ副大統領がOPLAN 8010に基づき、
総数5000発に届こうかという戦術核を搭載した
『
モリアーティやダンシーズの挙げた有力な学説によれば、
そんな、沸騰する核の混沌たるアザトースに熱核攻撃する人類の愚昧さを。
魔王アザトースの撃滅、この一点において地球人類の意思は統一された。
星の落とし仔たるクトゥルフは大宇宙の、人類が理解及ばぬ星辰周期の中、不活動期に夢見のまま身を持て余していたが、チクシュルーブ隕石級の衝撃でミクロネシアの海域が蒸発するのを待たず、ダゴンやハイドラといった眷属によって、並行する別次元へと潜行していた。寝所であるルルイエ神殿とはいわば、神性位置の座標に過ぎない。地球の座標に拘泥されているわけではないのだから。
ハストゥールが
みなみのうお座のなか、地球より23光年離れたフォーマルハウト星で、生ける炎の雲であるクトゥグアが苛立って身じろぎしたが宇宙の趨勢に関わらなかった。
世界中に種を蒔かれていた夜虞祖は脱肉し、全にして一つ、一つにして全であるヨグ=ソトースとして結実し、窮極の門の鍵を解いた。
墓所の地下を
選ばれしクン=ヤンの民はツァトゥグアの啓示に従って夢の国へのきざはしを駆け下りていた。
チョー=チョー人は終末の色を見るや、黒い蓮の幻覚剤によってわずかばかりの正気を手放し、ツァールやロイガー、チャウグナー・フォーンへ捧げる、いかに残酷な非道の殺し方ができるか親子や恋人が互いを相手に手ごろな刃物や鈍器を構え、競うような忌まわしい殺人儀式に耽りだした。
まもなくすれば窮極の門を通ってネメシスが到来し、すべての古き神々を目覚めさせるべくレンの燭台に灯がともることだろう。われわれの惑星だけが特別重要なのではなく、先触れにすぎない。なにせ魔王アザトースに全て捧げられている。
宇宙の開闢まで遡り、揺籃のおりに企図して進化をうながせば相似に収斂するだろうし、霧生ヶ谷みたいな魔地を再度創るのはまた愉快であるや。
ただ愚弄するためだけに、名状しがたい病魔をまき散らし、蝗害で飢餓をもたらし、暗黒のファラオ王を名乗り、知的種族の指導者に這入寄り、傾国たる美姫として痴愚な戦争へそそのかし、あるいは人類の頭脳として長足な科学の発展に寄与し、生命樹の枝葉を揺さぶり進化、絶滅を招いたナイアルラトホテップは白痴の主の顕現によって具合の悪くなったおもちゃから言祝いだものを眺めていた。
逃げ水が打たれ、
アザトースの神威は、遊瓦と婚約者の間にあった赤い糸を断ち切って、幾度輪廻を重ねても決して繋がることのない運命、遊瓦と樫萩の
未由が遊瓦のあちこちに思う存分、間違えようのないキスマークを散らす。
「好きだよ未由」
まごうことなき遊瓦の純粋な瞳が未由の視線を独り占めする。恋焦がれていた甘い声で愛を囁く。そうだ、婚約者など彼には元からいなかったのだ。
未由の想像通りに猛った男の印が秘所と陰門のすぼまりを同時に貫き、なかば身体は融け合わさっていた。つぷつぷと水音を立て、舌が絡み合う。
何もかも差し出して、思い描いていた姫事の如く愛される。
「ゆがあらぁ、ああ、んああ、だめぇ、壊れちゃ、壊れちゃうう」
宇宙物理学の碩学、スティーブン・ホーキング博士も言っていたではないか。
『愛する人たちが住んでいなかったなら、宇宙もたいしたところじゃない』
未由は幸福だった。遊瓦といられるならどこだってかまわない。
最も旧く最も苛烈な感情とは恋情であったか。
とっくに何もかも壊れておるのに。愛すべきは人の子よ。目の前の痴態をナイアルラトホテップが奇怪しさにたまらずくつくつと、ついにはげらげらと哄笑する。
代償に地球はおろか、太陽系も既に逝ってしまった。
樫萩未由は快楽の極天をむさぼるのに夢中で、果てしなく逝き続ける白痴の、補陀落の姫として堕天した。
いずれかの時に宇宙はまた開闢するであろうが、
今は無窮の中心、アザトースの宮廷がただ在るだけである。
宇宙は再度開闢され、物語は「神棚の間」に戻る。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881029941/episodes/1177354054881029965
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