魔法少女をさがして
@KitazawaNao
第1話 出会い
朝僕が目を覚ますと、そこには見慣れない白く、無機質な天井があった。
ベットから身を起こすと、白髪混じりの黒髪に覆われた頭が見えた。ベットの縁で、母がうつ伏せの体勢で寝ているようだった。
大きく深呼吸をすると、少し消毒液の匂いがした。人によっては不快に感じるだろうが、僕はなぜかこの病院独特の匂いが嫌いではなかった。
僕の右手を胸に当ててみる。じっとりと汗ばんだ服の上から感じる、心臓の鼓動は弱々しかった。けれど、その脈動は少なからず僕に生の実感を与えた。
僕は今日も生きていられる。
僕が余命宣告を受けたのは、二か月も前のことだ。医者の話によると、重い心臓病で三か月生存できるかどうかといった所らしい。
まさに急転直下だった。僕の輝かしい2年目の高校生活は、一瞬にして暗転したのだ。
僕は文字通り目の前が真っ暗になった。
それからのことは良く覚えていない。僕は呆然として、残された時間が過ぎ行くのをただ感じるだけの毎日だった。
壁を背にベッドに座っていると、目の前の黒髪が揺らめいた。母が起きたのだ。
母は寝ぼけまなこで僕を見た。そして母の顔には、安堵と悲しみの入り混じった、複雑な表情が浮かんだ。
「おはよう」
母は寝起きのしゃがれ声で言った。
「おはよう」
僕は泣きそうだったけれど、努めて冷静に返事をした。
母の顔を見れるのは、後何回だろうか......。
そう思うとやり切れない思いになった。
父と早くに離婚して女手一つで僕を育てた母。彼女から受けた恩を返せないまま死を待つ自分が情けないと思う。
やっぱり、死にたくない。
午後は、高校の同級生が何人か僕の病室を訪ねてくれた。
彼らは泣きながら口々に「頑張れよ」と僕に声をかける。
僕はその言葉をを素直に嬉しいと思った反面、健康で将来が約束されている彼らが妬ましくもあった。
あっという間に夜が来た。昼間は嫌になるほど白かった病室も、夜になると深海の底のような暗さと静謐に沈んだ。
母は僕の左手を握っていた。僕が入院してからずっと、夜は僕が寝付くまでこうして手を握ってくれていた。
けれど、僕は中々寝付けなかった。目を閉じたら、もう永遠に開けられないかもしれないという恐怖があったからだ。
僕は母の手前、寝たふりをすることにして、目をきつく閉じた。
暫くそうしていると、ふと横で母が小さく呟くのが聞こえた。
「アキラまで死んでしまったら、もう生きていけない」
その言葉は僕を強く揺さぶった。血がのぼって頭がかーっと熱くなる。
生きたい。けれど、それを僕に選択する権利はなかった。悲しいことに。
僕はまどろみの中で覚醒した。いつの間にか寝てしまっていたらしい。ぼんやりとした目で辺りが暗いのを確認する。まだ夜だ。
そして間もなく、僕は病室の異変に気がついた。
視界の端、僕のベットのすぐ横に誰かが立っている。母ではない。もっと小柄な誰かだ。
僕は恐怖で首が動かなかった。まだはっきりとしない頭で、とうとう死の使いが来たか、とだけ思った。
僕の傍にいる誰かは、僕をじっと見つめている。視線を痛いほど感じた。
「安心して、大丈夫だよ」
そして 彼ーーいや彼女は、優しく諭すような口調でそう言った。少女のような、可愛らしい声だった。
僕を包んでいた緊張の糸が少し緩んだ。
ゆっくりと顔を声のした方向に向けると、そこには僕と同い年くらいの女の子が立っていた。
顔は暗闇で良く見えなかったけれど、身に纏う純白の衣装だけは辛うじて見えた。
少女 が何やら呪文のような文句を唱えた。同時に、僕の体が薄い光の膜で覆われた。
ほんの数秒の出来事だった。けれど、僕は身体が嘘みたいに軽くなったのを感じた。
「おやすみなさい」
少女は小さく呟いた。少女の顔は依然として良く見えなかったけれど、口元は少し笑っているようだった。
そしてその瞬間、少女の言葉を合図に僕は袖を引かれるようにまどろみの中にひきずりこまれた。
その日、僕は久しぶりに幸せな夢を見た。
魔法少女をさがして @KitazawaNao
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