A03

「…………」


 宿屋のベッドに腰掛けながら、聖剣ヴィストモルクの刀身をじっと眺める。

 この世界に来たばかりの頃は、自分がこんなものを振り回すなんて考えもしなかった。そもそも、殴り合いの喧嘩すらろくにしたことがなかったのに。

 それが今じゃ――


「ヨシト入るわよ。って何してんの?」

「入った後に入るわよって言われても……」

「うるさいわね男のくせに。それで、どしたのよ剣なんか見ちゃって」

「いや、思い出してたんだ。皆と初めて会ったときのことをさ」


 ああ、とファレンも思い出したように笑う。


「あのときはホント、弱っちい変なヤツがいる、としか思ってなかったけどね」

「僕が言うのも何だけどそれは間違ってなかったかな」

「それがまさか、こうなるなんてねえ」

「いて」


 コツン、と肩を小突かれた。

 だけど確かに、こんなことになるなんて誰も考えられなかっただろう。


 あのとき。

 この世界に来てファレンたちに出会った僕は、どうしても状況を受け入れることができなかった。

 自分の身に起きている事態を信じたくなかった。


 それでも、奇怪なモンスターを見て、本物の魔法を見て、そして彼女たちに連れられて行った街の様子を見て。

 これはもう「そういうこと」なのだと、わからされてしまった。

 すべきことも帰る手段も頼る人も、何一つない。

 異世界に来たことを能天気に喜べるヤツなんて、しょせん物語のキャラクターでしかないのだと、身を以て知った。



 確か言い出したのはサリサだったと思う。

 謎の存在であるこの男を一緒に連れていってはどうか、と。

 当然ながらファレンとクメルパは事情を話せと僕に言い、信じてもらえないことを承知で僕は語った。自分がこの世界の人間ではないことを。


 もちろん三人とも信じてはくれなかったけれど、代わりに面白がってくれた。

 そして、どうやらこいつは吟遊詩人的な存在だ、という結論になったらしい。

 ただ旅をしてるだけだと暇な時間も多いから、ということで、荷物持ち要員、及び吟遊詩人として僕を連れていくことにしたようだった。

「あやしいと思ったらぶっ殺しちゃえばいいし」

 なんて物騒なことをファレンに言われながら、それでも他に行くところもない僕なのだ、断っても仕方ない。こうして彼女たちと一緒に旅をすることになった。


 彼女たちは強かった。

 流浪の旅を続けているという彼女たちは、どんな恐るべき怪物を前にしても怯むことなく戦い、見事に仕留めてみせた。

 対して僕は雑用係以外の何者でもないというか、情けないことに、完全に守られてるだけの存在だった。

 それでも旅を続けていれば、この世界のことがわかってくる。

 そしてもちろん、彼女たち三人のことも……。



「ちょっと、あたしがいるのに何ぼーっとしてんのよ」

「ああ、ごめんごめん」


 過去に行っていた思考を今に戻し、ヴィストモルクを鞘にしまう。

 

「それにしたって、あんたが剣士になるなんてね。おまけに聖剣使い」

「どうなってんのかな、ホントに」

「ま、鍛えてあげたのはあたしたちなんだから感謝しなさいよ。特にあたし」


 えっへん、と胸を張るファレン。


「鍛えてもらったっていうか……」

「何よ文句あるの?」

「いや別に」


 ファレンが軽く拳を握ったのを見て、それ以上言うのを止める。

 すぐ手を出す癖、直してくれないかなあ。

 ちなみにファレンに鍛えてもらったのは主に体力で、おかげでモンスター相手には強くなったが、肝心のファレンからの攻撃が一番痛いという皮肉。


「お邪魔しますわ。ってあら?」

「あらじゃないわよ、何しに来たのよクメルパ」

「ヨシトさんに会いに来たに決まっているではありませんか。まさかモンスターが忍び込んでいるとは思いませんでしたが」

「ちょっと誰がモンスターよ」

「誰とは言ってませんのに、どうやら自覚がおありのようで」

「ぶっ飛ばすわよ!」

「おそらくスケルトン系ですわね。なにせ胸の辺りに肉がありませんもの」

「キィィ!」


 さっそくにらみ合う二人。やれやれ、まったく。


「ちょっとちょっと、僕の部屋で喧嘩しないでよ」

「別に喧嘩じゃないわよ。こんな殴れば死ぬような奴と喧嘩しても、ねえ」

「わたくし弱者に魔法を使うのは自重しておりますの」

「はいはい……」


 仲がいいんだか悪いんだか。


「それで、何をしていらしたの?」

「僕が皆と出会った頃が懐かしいな、って話をしてたんだ」


 ああ、とクメルパが頷く。


「確かにずいぶん昔のような気がしますわね。それほど時間が経っていないのに」

「コイツがすっかり馴染みすぎなのよ。それまでずっと乙女パーティだったのに、あっさり溶け込んじゃってさ」

「おかげで僕は助かったよ」


 ファレンたちと旅をすることになった当初、ロクに戦えない僕に出来たのは、三人と会話することだけだった。

 けど逆にそれが幸いしたのか、話ばかりしているとそのうち段々と仲良くなるわけで。

 知らないことばかりだから、僕も向こうもお互いの話に興味が持てたし。

 三人のことを知り、三人のおかげで少し前向きになれた。

 もしあのとき僕が一人ぼっちだったとしたら……そんなこと、考えただけで恐ろしい。


「……サリサが……ヨシト連れて行く、って言ったおかげ……」

「そうだね。僕の匂いが変わってる、なんて言ってたところから始まっうわあああああぁぁっ!?」

「すんすん……」

「ちょっ、サリサいつからいたの!?」

「……いい匂い」

「僕の匂いはいいから質問に答えてよ!?」

「こらサリサ!」「サリサさん!」


 僕に顔をくっつけていたサリサが、グイッと二人に引っ張られる。


「あんたねえ、音もなく侵入して来るんじゃないわよ! 盗賊かっ」

「……盗賊、だけど」

「そうだったぁ!」

「ファレンさんの思考回路は理解に苦しみますわね。それよりサリサさん、どこからお入りに?」

「ドアから……ヨシトより先に」

「ちょっと待って僕の部屋にずっと潜んでたってこと!?」

「……ふへへ」


 変な笑い方をするサリサ。プライベートって言葉はないのかこの娘は。


「ヨシトの着替え……なかなか……よかった」

「見てたの!? よかったって何が!?」

「それはもう……ストリップばりの……」


 嘘だ、普通に脱いだよ僕!


「ずるいわよサリサあんただけ! ていうかどこに潜んで見てたのよ」

「この宿屋……ベッド大きい……隠れるの簡単」

「ベッドぉ!? このド変態がっ、あたしも入るっ」

「ファレンおかしいでしょ!」


 張り合ってどうすんだ。


「ぬぐぐ……ちょっとクメルパ、あんたも何とか言いなさいよ。サリサだけヨシトの裸見て!」

「ねえ言ってることおかしくない? 僕の裸ってあのね、プライバシーは?」

「わたくしは全魔力を注いで古代の禁術を使えばヨシトさんの姿を映す盗視呪文が可能ですから、たまには見ておりますが」

「見てんの!? ていうかそんな下らないことに全魔力使わないでよ!」

「何よあたしだけじゃないの! ヨシト、脱いで! ほら早く!」

「嫌だよ何言ってんの!?」

「ふーん。腕力であたしに勝てると思ってるんだ」

「誰が勝ち負けの話をして……あいたたたちょっとストップ! クメルパ、サリサ、助けて!」

「確か脱衣の禁術があったような」

「ナイフで……服一枚、切れる……」

「うおおおおおおい! だ、誰かああああぁ!」


 逃げたり、抑え込まれたり、また逃げたり。

 そのまま、わいわいと騒ぎ続ける僕たち。

 実に馬鹿馬鹿しくてアホくさくて、でもそれが楽しくて。

 本当に、彼女たちに会えてよかったと思う。


 ……だけど。

 僕には今、どうすればいいかわからない悩みがある。

 こればっかりは彼女たちに相談するわけにはいかない、そんな悩みが。


 僕たちは今、魔王と呼ばれる存在の元へ向かっている。

 このままなら数週間のうちに対峙することになるだろう。

 だけど、問題なのはそんなことじゃない。

 間違いなく僕たち四人がいれば勝てる。大陸中を旅してきて、自分たちが圧倒的だとわかっている。

 だから悩んでいるのはそこじゃない。

 その先のことを、悩んでいる。


「さー追い詰めたわよヨシト。ていうかあんたたち二人は出て行きなさいよ、あたしは初めてなんだから」

「わたくしも実物のヨシトさんを見ていたわけではありませんもの」

「……何回でも……見る……あと匂いも……」

「三人とも出てってよ!」


 こんな時間を過ごせば過ごすほど、余計に苦しくなる。

 なぜならもうすぐ僕は、選ばなくちゃいけない。

 こういう言い方をすると三人とも「それは違う」って言うだろうけど。

 でも。


 僕は彼女たちの誰かを――見捨てなくちゃ、いけないんだ……。





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