A
A01
「でやあああああっ!」
ザンッ!
振り下ろした刀身が煌めくと同時に、紫色の鮮血が飛んだ。
真っ二つになった怪物の肉体は断末魔すら上げることなくズルリと落ちて動かなくなる。
「ふう……」
生物から肉片へと変わったそれを見て、僕は息をついた。
ひとまずこれで周辺のモンスターは全滅らしい。
怪物の血を浴びた聖剣ヴィストモルクはしかし、一滴たりともその刃を汚していなかった。邪悪なるものを一切寄せ付けない神の牙。
選ばれし者のみが持てるその剣を鞘に収めると、誰かの声が聞こえてきた。
「ヨシト~っ!」
この声はファレンだな、と思った途端、背後から回された腕に首を絞められた。
「ぐえっ」
「ちょっとあんたねえ、あたしたちを置いて自分一人でモンスター倒しに行くとか何やってんのよっ」
「ファ、ファレン、ぐるじい……うぐ」
「単独行動するなって前から言ってるでしょうが。まったく、ついこの間までは、ミニスライム見ただけで腰抜かしてたくせに」
「…………(ぱくぱく)」
「だいたいあんたはねえ……」
ヤバい酸素が足りない。モンスターじゃなくて仲間に殺される……助けてえ!
「おやめなさいファレンさん」
「あいたっ! 何すんのよクメルパ!」
「何、ではありません。ヨシトさんが昇天しかけているではありませんか」
「げっほ、げほ……」
やれやれ、助かった。
「そんな簡単に死ぬような奴じゃないでしょコイツは。あんたこそ杖であたしを殴るんじゃないわよ魔術師のくせに!」
「あら、魔法で攻撃したらあなたなんてイチコロではありませんか。レベルに合わせて差し上げたというのに、これだから脳ミソ筋肉は」
「何をぉぉぉお!?」
ギャーギャー言い始めた二人の少女に、やれやれとため息をついた。
動き重視の軽装鎧を身に着けているのが武闘家のファレン。
ゆったりとしたローブに長い杖を装備しているのが魔術師のクメルパだ。
二人とも僕の仲間なのだが、まあ相性はこの通りだ。それでもここまで同じパーティとして旅をして来られたのは、喧嘩するほど仲がいい、ってやつだろう。
「あー、死ぬかと思った……って、二人ともそのへんに」
「この貧弱! 成金! 何よ牛みたいなおっぱい揺らして、この変態!」
「この世で頭も胸も欠けているバカ女ほど憐れな存在も他にいませんわね。合掌」
「キィィィ!」
「おーい……」
俺を無視してヒートアップする二人。一方的にファレンがやり込められてるだけのような気もするけど。
さてどうしようかなあ、いつものことだからこのままほっといてもいいんだけど、と悩んでいたそのとき。
自分のすぐ隣に誰かが立っていることに気が付いた。
「わっ!?」
「…………」
「サ、サリサ? びっくりさせないでよ」
音もなく忍び寄っていたのはもう一人の仲間、盗賊のサリサだ。
何を考えているのかよくわからない、盗賊らしからぬぼーっとした顔で僕を見つめていたかと思うと、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
その白く細い指が、僕の喉を優しく撫でる。……え、何これ?
「あの、サリサ?」
「…………」
「いや、ちょっと、恥ずかしいんだけど」
「……なでなで」
「え、何?」
「痛く……ない……」
どうやら絞められた僕の首を労ってくれているようだ。
気持ちは嬉しいんだけど、ただ単に女の子からいじいじ触られているのと一緒だからめっちゃ恥ずかしい。いや決して嫌じゃないんだけどね。
「ええと、ありがとうサリサ、でももう大丈夫だから」
「…………(いじいじ)」
「サリサ? ねえ聞いてる?」
「…………(ぐりぐり)」
「いやちょっとサリサ、そこ首じゃなくて胸なんだけど」
「…………(むにむに)」
「おーいサリサ、あっ、ちょ、ちょっとマジで変な感じになるから……」
「……えへ、えへへへ」
微妙な笑みを浮かべ始めたサリサ。このコはこのコでちょっとおかしいというか……あっちょっとそんなトコはダメぇ!
「あーっ、ちょっとサリサ! あんた何やってんのっ」
「文字通り盗人猛々しいとはこのことですわね」
「……うるさい。ばか。あほ」
口喧嘩していた二人がこちらに気付き、恐ろしい気迫で迫ってくる。ああもう。
やれやれまったく大変だと思いながらも、僕はどこかこの状況を楽しんでいる自分に気付いていた。
単純明快一途なファレンと。
知的で気位の高いクメルパと。
超マイペースで無口のサリサと。
僕の仲間であるこの三人は、実はそれぞれが三つの超大国のお姫様だ。
姫なのに最強クラスの能力を持っていた彼女たちは、姫であるが故に外に出てモンスターと闘うようなことはさせてもらえなかった。
そこでもともと顔見知りだった彼女たちは結託し、各自が城を抜け出して三人組のパーティを組んで流浪の旅に出ていた。
その旅の途中で出会ったのが、超低級モンスターを前にして悲鳴を上げていた情けない一人の男。すなわちこの僕――南野
出会いは実に格好悪いものだったが、仕方ないじゃないか。
だって僕はこのとき、初めてモンスターってやつを見たんだから。
より正確に言えば、この訳のわからないファンタジー世界に来たばかりだったんだから、さ。
あれは数ヶ月前。
学校からの帰り道のこと――
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