05
「何だよそれ? どうする気なんだよ」
「アタシがテメーを鍛え直してやろうかっつー話さ。まずは昆虫を創造して叩き潰すところから。次に魚や鳥や小動物を切り刻んで、やがて大型の哺乳類を一刀両断にして返り血を浴びても何とも思わないように……」
「い、嫌だ! 誰がするかそんなことっ」
そんなことが平気になったら、マトモな奴じゃなくなってしまう。
「そんなの、消す消さないとは別の話だろっ? 目の前で生々しい死を見るのは慣れるとかそういう問題じゃない」
「ああん? なーに眠たいこと言ってやがんだよ。元の世界を思い出してみろ。テメーが目を背けてただけで色んなモンがそこらで死んでただろーが。隣の町じゃ飛び降り自殺、さらに隣じゃ殺人事件、隣の国じゃあ病気と飢餓で苦しみ抜いてバタバタ死んで。当然テメーは見て見ぬ振りだよなあ?」
「だって、そんなのは……」
「あーわかってるわかってる。だって自分には関係ないんだもんなあ。対岸の火事に心を痛める必要はない。テメーが喰った魚は誰が殺してバラした? テメーが焼いた肉は誰に殺されてバラされた? 自分の目に見えないところなら死が転がっていようが別に構わねー。だって知らなきゃそれっきりだから。無知こそが思い悩まないための最も重要なファクターさ」
「…………」
「だがな、テメーは今、神となった。対岸の火事などというものは存在しない、なぜかわかるか? 宇宙全てがテメーに関係あるからだよ。この宇宙の隅から隅まで全ての事象はテメーが創り出した結果なんだ。知りませんでした、にはならねーんだよ絶対に。それこそが《全知》って言葉の意味だ」
全知、全能。
この宇宙全てを知り全てを好きにできる。
だけどそれには、相応の覚悟が必要なんだ……。
「ま、そんなのはただの定義だけどな。生物でも自然でも、創るだけ創ってあとはほっとけば、いちいち行く末を見届ける義務はない」
「……それでも、そいつらがどこかで血を流したり滅びたりしてるかもしれない」
「そりゃ当然だ。お前の元いた世界と一緒。全知の全知度合いは、自分が神としてどこまで介入するかってだけの話だ」
やれやれ、とイヴ。
「倫理観ぶっ壊しが嫌なら、まあ好きに考えろや。自分に都合のいい世界を創り上げるのも良し、それが虚しいってんなら色んな星の雛形だけ創って後はどうなるかお楽しみ、でも良いし。生物の生き死にが嫌ならこのままこの部屋に籠もってりゃ良い。ゲーム機でも創りゃアタシが相手になってやるぜ」
「……家電なんか創れねーよ。構造わかんねーから想像力足りないし」
「実はそこがアタシの本来のサポート能力でな。イヴシステムは、他の宇宙のイヴたちと知識を共有できる。テメーがぼんやりとしたイメージしかできなくても、アタシがそれを読み取って昇華させることでテメーが現実化したいあらゆるものを創造できるようになる」
「さっきは何の能力もないとか言ってたくせに……」
「知識はある、つったろ?」
ドス、と俺の肩を叩くイヴ。
「んなわけで、手伝って欲しいときは呼べ。必要ねえなら一人でやりな。じゃな」
そう言うとイヴの身体は青白く発光し、再びスマホの形に戻っていた。
ポス、とベッドの上に落ちたスマホにため息をつく。
「……んだよ」
イヴのせいで余計にこんがらがってきた。
いったい俺はどうすりゃいいんだろうか。イヴに手伝ってもらって遊べるものや施設を山ほど創って神の野郎が帰ってくるまでずっと遊んでいようか。
……けどそれは、あまりに情けなくないか。
こんな体験は人生で二度とないだろう。ていうか普通は一度もないし。
「何してもいい、ってのが大雑把すぎて逆に困るんだよなあ」
ゲームでも漫画でも、主人公には目的がある。
魔王を倒すとか、好きなあの子と付き合いたいとか。
それに向かって突き進めばいいんだから、迷いや葛藤があるにせよそれは目的ありきの話で、基本的には何をすればいいかわからないなんて状況に陥ることはない。
だけど、俺が今いるここは、俺に何の目的も与えてくれていない。
もっと言えば自分で目的を設定しなくてはならない……でも設定しなくても別にいい。
誰も何も設定してくれていない。
普通、主人公ってのは制約や縛りの中で行動するもんだが、そんなものは何一つとして存在しない。
よくある異世界ですらない――完全なる自由。
「もっと設定が決められた世界とかだったら楽だったんだけどな」
それこそ勇者とか魔王とかにしてくれたり、理由もないのにモテる奴とかだったら楽しい生活を送れたことだろう。
まあそれじゃあ神にとっては何も面白くないんだろうけど。
神は楽じゃないってことを俺に言いたかったのかな、神の野郎。
「……ん?」
そのときふと浮かんだ、ある一つの考え。
それはただの下らない思いつきだったが――しかし。
「待てよ……」
ヤバい、のか?
けどこれはちょっと……面白いんじゃないか?
俺の発想が間違っていたらどうにもならないが、やってみる価値はあるのかもしれない。
さっきイヴと話していたことをすっかり忘れてしまったように、俺は自分の思いつきの実現をしばらく考えていた。
そして。
手に取ったスマホの画面を押し、イヴを呼び出す。
「どうした、早いじゃねえか。アタシとマリカーでもやる気になったか?」
「やってもいいけど後だ。それより聞きたいことがある」
「あんだよ?」
「俺がこの宇宙に星とか生物とか創ったとして、神の野郎が帰って来たら俺が創ったものはどうなるんだ? いったん消されるのか?」
「それはアタシも知らねーな。まあたぶんそのままだろ。知的生命体が少なすぎたりでよっぽどエネルギー回収効率が悪けりゃ手を加えるかもしれねーが」
「そうか」
「何だよ、結局は創ったものが消えるかどうかで悩んだまんまか?」
そりゃ悩むさ。
なんせ俺が創りたいのは。
「さっきも言っただろ、どうせ物の生き死には宇宙にゃ付きもんだぜ」
「それはわかってる。とりあえずそこには目をつぶるよ」
「? 何か創る気になったのか?」
「ああ。それでもう一つ聞きたいんだ」
俺が物語の主人公になれなくても。
だったら、俺を物語の主人公にすればいい――
「俺が俺を創ることってのは、可能なのか?」
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