02

 まさに逆転の発想とでも言うべきか。


 誰もいないなら、俺が誰かを生み出せばいい。


 俺にはそれが出来る能力があるし、それを咎めるような奴もいない。


「…………」


 上手くいくかどうかはわからない。

 それでも、このまま一人でずっと居たくなんかない。


 だったら。

 そしてどうせなら。


「よし……」


 ベッドから起き上がり、目の前の床を見つめる。

 顔、髪型、身長、セーラー服の身体。結構はっきり思い出せるのは、俺がよく見ていたから、だろう。

 同じクラスの桜井朋乃とものさん。

 ちょっと大人しめであまり目立つタイプではないが、実は結構友達も多いし、いつも楽しそうに笑っていてそれが可愛い。

 今ここに彼女がいてくれたらどれだけいいだろう――

 俺みたいにいきなり呼び出されたりしたら迷惑だろうけど、俺が創り出したなら本物じゃないわけだし。

 リアルに桜井さんを思い出しながら、彼女が目の前に立っている様を想像する。


 机やベッドを創ったときとは異なり、いきなりパッと出現するのではなく静かにゆっくりと光の粒らしきものが集まっていき、徐々にそれがヒトの形状をかたどっていく。

 命あるものを生み出すときには、無生物とは違う誕生の仕方をするということなのか。

 そして。


「…………!」


 俺の目の前に集まった光は収束し、その輝きが収まるとそこには一人の女性の姿があった。

 誰あらん、クラスメイトの桜井さんだ。

 できた……創れた。

 おいおい本当に人間も創っちゃったよ。見た感じは完璧に再現できたと思う。

 あとは中身が問題なんだけど……。


「えっと……桜井さん?」

「…………」


 おそるおそる声を掛ける。

 ちゃんと桜井さんになっているだろうか。というかちゃんとした人間になっているだろうか。

 マネキンみたいで無反応だったりしたらちょっと怖いんだけど。

 そんなことを思っていたら、突然。


「あ、南野くん。おはよ~」


 彼女がそう言って俺に微笑んでくれた。

 しゃべった……笑った! 動いた!


「お、おはよ! あっ、ええと、実はここ俺の部屋なんだけど、ホントの俺の部屋じゃなくて」


 たとえ本物の桜井さんじゃないとはいえ、いきなりこんなところに来たら混乱してしまうだろう。

 慌てながら説明をし始めた俺を、桜井さんは――


「あ、南野くん。おはよ~」


 と、笑顔で同じ台詞を繰り返した。


「えっ? 桜井さん?」

「あ、南野くん。おはよ~」

「いや……さ、桜井さん……?」


 彼女は桜井さんだ。どっからどう見ても桜井さんそのものだ。

 声も笑顔も、俺が知っているいつもの彼女だ。

 なんだけど……その後も桜井さんは、俺が何を言ったところで笑って同じ台詞を何度も繰り返すだけだった。

 失敗か。俺、ほとんど桜井さんと会話したことなかったからなあ。挨拶ぐらいはしてたから、そのイメージが強く出てしまったのかもしれない。


「……ごめん桜井さん。上手く創ってあげられなかったみたいで」

「あ、南野くん。おはよ~」

「桜井さんの性格とか心情を、創造できるほどよく知らないんだもんな、俺」

「あ、南野くん。おはよ~」

「妄想で創り上げてもいいんだろうけど、それはもう桜井さんとは別人って感じがするしさ。……それはそれで良いかもしれないかな?」

「あ、南野くん。おはよ~」

「どっちにしても、今の俺じゃあまだ桜井さんを創れないみたいだ。もっとよく考えてから、そのときまた会えたらいいな」


 ごめん、と軽く頭を下げて、桜井さんっぽい存在を部屋から消した。


「……はあ」


 また一人ぼっちになったことで、余計に寂しさを覚える。

 人間の作成はさすがに簡単じゃなかった。

 外見は完璧だったけれど、中身は全然。

 俺の想像力が追いつかないところは創れないのだ。見た目がバッチリだったのはいつも見てたからちゃんと想像できたってこと。

 まあしっかり修正していけばもう少し色々な会話ぐらいはさせられたかもしれないが、それにも限界があるし。

 はあ、残念。

 触ったら柔らかいのかどうかぐらい、試してみればよかったかな。せっかくだから手ぐらい握っておけば……いやいや何考えてんだ俺。でも別に誰かが見てるわけじゃないし、マジ桜井さんそのものだったから興味が……ああダメだダメだ。誘惑に負けそう。


 こうなると家族とかクラスの男連中とかじゃないと上手く創れなさそうだな。

 マジでちっとも全知全能じゃないよ、こんなの。

 まあ知り合いでもいればこの状況も少しは賑やかになるよな。


「じゃあ誰から創るかな。まずは……んっ?」


 けど、ちょっと待てよ?

 俺は今、桜井さんを生み出して、そして彼女を消したよな。

 本物の人間とは違い、見た目だけ精巧なロボットみたいな存在だったとはいえ、ヒトを一人消したんだよな。

 これ、もしリアルな人間だったとしたら……。

 そうだよ、家族や友人を完璧に創り出したとして、彼らをぽんぽん消したりしたら、それって要は人殺しと同じじゃないのか?

 元は俺が創ったとはいえ、それってどうなんだろう……。


 今さらになって、この状況が怖くなってくる。

 何でも自由にできるはずが、俺の頭脳的にそこまで自由にならないし。

 さらに、<創れる・消せる>という能力にはその分の責任がのしかかる。

 誰かに対しての責任じゃない。

 ここには俺しかいないんだ。俺自身の心に対する責任。


 あくまで俺が創った存在なんだから消しても平気だ、なんて思えるなら、責任なんて感じないのかもしれないけど……。


「くそっ」


 怖くなってベッドの上で目を閉じる。

 考えすぎなのか?

 生み出したもの全てに責任を持たなきゃいけないなんて、重く捉えすぎなのか?

 ちくしょう、誰かに相談したい。

 でもその誰かを生み出すのを躊躇してしまう。


 スマホが元の宇宙の誰かに繋がったりしないかな。それで相談したりとかさ。

 まあここにはWifiもLTEもあるわけないんだから無理に決まってるけど。ていうか俺のスマホってどうなったっけ。

 着ている制服のポケットを探ると、ずっと入っていたらしくスマホは簡単に見つかった。制服ごと元の宇宙から持ち込んでいたんだな。

 気持ちを落ち着けるためにゲームでもやろうか。オフラインでも遊べるタイプのやつなら大丈夫だろう。

 そう思って画面を見たのだが。


「ん?」


 見たことのない何かが表示されていて首を傾げる。

 よく見ると、画面一杯に大きな文字でこう書かれていた――



<困ったらココをタップしとけ 神より> と。


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