いや待て俺に押し付けるんじゃねえよ編

「……はあ?」


 今なんて言ったコイツ? 神様やっといてくれ?


『じゃあオッケーってことでいいな』

「いや待て待て同意してない! やっといてくれ、ってどういう意味だよ?」

『そのままの意味なんだが。お前を神にしてやるから、私が帰ってくるまでの間、この宇宙の中にあれこれ創造しといてくれよ』

「俺がぁ!? できるわけないだろそんなこと」

『大丈夫大丈夫、好きにやっていいから。良い宇宙になってなくても後で怒ったりとかしねーからさ』


 そういう問題じゃないんだけど。


「なんで俺? 神に目を付けられるようなすげー存在だったっけ? 俺って」

『全然。そこそこ以上の知的生命体の中から、ランダムで一人を連れてきただけ』

「適当過ぎるだろ……じゃあ俺がどんな奴かもわからないのに神にしようとしてんのかよ」

『一応、今からデータ見るよ。えーと、名前はミナミノ・ヨシト。母体より出産されてから約16年』

「母親って言えよ。ていうかそんな基本情報も知らなかったのか……」

『まあ後の情報はいいや。私と会話が成り立つぐらいの奴ならそれで充分』

「ほんっと適当だな! その前に俺に拒否権はないのかよ」

『神様やれるんだぞ。神だぞ神。拒否しないだろ普通』


 ずいぶん自分勝手な話だ、まったく。

 説明も雑だし、こいつはきっと性格が大雑把なんだろう。

 ……って、ちょっと待った。すっかりこの自称神様の話に乗っちゃったけど、考えてみれば事実なわけがないんだった。変質者だ変質者。

 へたに拒否なんかしたら急にキレられるかもしれないな。

 やっぱり話を合わせておこう。


「あー、わかったわかった。俺が代わりにやるよ」

『オッケー。んじゃ頼むわ、私が戻るまで自由にしてくれてていいから』

「自由ったって、何をどうすりゃいいんだ? 神って具体的に何ができるんだよ」

『いやいや、何でもできるんだってば。神は全知全能なわけだから、この宇宙の中でお前に不可能なことはない』


 説明がまったく具体的じゃないな……別にいいけど。


『簡単に言えば、お前が頭に思い描いたものは何でも現実化できる。そのあたりは思考力が問われることになるな』

「ふーん……でも全知全能の<全知>って、何もかも知ってるって意味だよな? 俺が神になったらそういう思考力もちゃんと備わるってことか」

『あー、それなんだが』

「何だよ」

『この場合の<全知>ってのは、自分でイチから宇宙作るんだからそりゃ全部知ってるよねー、という意味っつーか』

「なんだそりゃ! 俺の思考力はそのままかよ!」

『実は、そもそもお前をここに連れてきた時点で、もう神にしちゃってるし。だからこんな宇宙空間でも死なずに生きていられるわけだろ』


 えっ、俺もう神になってるってこと!?


「最初からだったのかよ!? 同意する前に人を神にすんな!」

『まあ結果オーライだな』


 マジ無茶苦茶な奴だ……。

 まあ、こいつが作っただけの妄想設定に話を合わせてるだけだからどうでもいいけど。


「つーか何の実感もないぞ。全知はともかくホントに全能になってるのか?」

『そこは段々と実感してってくれ。さてと、じゃあ私はそろそろ行くわ。五億年ぐらいしたら戻るから』

「休みすぎだろ!」

『人間とはスケールが違うっつーの。でも平気平気、螺旋らせん次元内は時間の流れが一定じゃないから、お前の体感では私はもっと早く帰ってくるよ』


 もし仮に一億倍でそっちの時間が過ぎるとしても、こっちで五年はかかるじゃないか。桁が違いすぎるだろ。


『一つアドバイスすると、何かを現実化させたり実体化させたりするには、いかにそれをリアルに思い描けるかがカギだ。想像力で創造するつもりでな』

「思考力が弱かったら何も創れないのかよ……どこが全知全能なんだ」

『だからそこはお前次第なんだってば。まあ、もしお前が何にも創造できなかったとしても、138億年ぐらいしたらお前が元いた宇宙みたいなものが勝手に出来上がってると思うから』

「なげぇよ。5億年からさらに二桁いってんだろ」


 適当の極みみたいな奴だな。


『んじゃ、行くわ。とにかく後はよろしくな』

「はいはい、行ってらっしゃい……ていうか、なあ、俺さっきから身体がずっと動かないんだけど。これ何とかしてから行ってくんない?」

『あ、静止させたままだったっけ。解除!』


 その声と同時に、身体に自由が戻った。

 戻った……のはいいんだけど、あれ?

 なんだか身体がフワフワ浮いてるような。手足を動かしても、地面にも何にも触ることができないような。濡れない水の中にでもいるみたいな。

 ……んん?


「おい、ちょっと神様。気のせいかもしれないけど……浮いてないか、俺の身体」

『宇宙空間なんだから浮くだろ。重力が欲しいなら自分で作ってな』

「え? あれ?」


 えーっと……これはどういうトリックだ?

 マジで無重力空間にいるみたいだぞ?


『お前は神だし、慣れれば移動とかは自由自在にいけるはずだから頑張ってくれ』

「いや、おい、これマジで……えっ?」

『そんじゃまた会おう、キタノ・ヨシコ』

「みなみの! よしと! わざとだろその間違え方! それより説明を……」

『グッドラック!』


 ぐっと親指を立てて、次の瞬間に神様の姿はパッと消えた。


「あっ」


 誰もいなくなってしまった。

 見回しても自分の姿以外、何も目に映らない。


「…………」


 嘘だよな、と何度も心の中で呟く。

 やっぱり何かのドッキリで、俺があたふたするのを観察して楽しんでやがるんだろう。

 そうだ、そうに違いない。

 そうであってくれなきゃ……。


「……えーと」


 馬鹿馬鹿しいとは思いつつ。

 頭の中で想像したのは家で毎朝食べているトースト。

 バターを塗って、こんがりキツネ色に焼いたいつものパン。

 数え切れないほど食べてきたのだから、その存在をリアルに思い出せる――


 ポンッ


「……ははは」


 思わず笑ってしまった。

 馬鹿げたことをやった自分を笑ったのではない。


 トーストが。

 見慣れた、食べ慣れたいつものトーストが、いきなり俺の目の前に出現してプカプカ浮いていたのだ。

 これが笑わずにいられるだろうか。



 こうして。

 どうやら俺は、神になったらしかった。

 誰もいない、何一つ存在しない、生まれたばかりのこの赤ちゃん宇宙の神様に。

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