全知全能の俺 in ビッグバン直後の宇宙空間

カトーミヤビ

対話編

 それはまったくの突然だった。


「いやー終わった終わった。早く帰ろーぜ」

「おう。ったく、今日のマラソンめっちゃダルかったよなーマジ」

「それより古典のときにさあ」


 なんて友人たちと言い合いながら、高校からの帰り道を歩いていたはずで。


「そーいやヨシト、相変わらず桜井ちゃんばっかり見てたなーお前」

「俺も思った。マジ見過ぎだわ~、桜井ちゃんぜってー気付いてるぞアレ」

「はあ!? べ、別に見てねえし! 意味わかんねーっつーの……」


 そんなふうに、話の内容が俺に及んだところで――

 ブツン、とテレビの画面を消したかのように、視界が真っ暗になった。

 同時に足が地面から離れ、全身が宙に浮いたみたいな感覚を覚える。


「なっ、あっ、うわあああああっ!?」 


 訳のわからなさにパニックを起こし、手足をバタバタさせることしかできない。

 何がどうなってるんだ!?

 しかし次の瞬間、パニクる俺をそのままに、何者かの声が響いた。


『おい』

「うわあああっ、あっ、のわあああああっ」

『おい暴れんなって』

「あああああああああ(バタバタ)」

『やれやれ、コイキングかお前は。……静止!』


 その途端、パニックでジタバタしていた俺はピタリと止まった。

 いや……止められた、とでも言うべきか。


「あれ……な、なんだ?」

『よう。落ち着いたか』

「え?」


 そこでようやく俺は、誰かが話しかけてきていることに気が付いた。

 ついでに、自分がどういう場所にいるのかにも気が付く。


「え、誰? ていうか、何だここ……?」


 黒。漆黒。暗黒。

 見渡す限りの景色はすべて、吸い込まれるような真っ黒の空間だった。

 何もないその空間内にポツンと存在しているのが、この俺、ということらしい。

 ……いや全然意味わかんないんだけど。何これ。

 ていうか声の主はどこにいるんだよ? まったく姿が見えないが。


『とりあえず落ち着いてくれたみたいだな。オーケーオーケー』

「心の中はあんまり落ち着いてないんだけど。そもそもあんたは誰だよ、どこにいるんだよ」

『私は神で、お前の周りのどこにでもいるんだけどな』

「……うわ、ヤバい変質者に誘拐されたのか俺」

『誰が変質者だ。これだから信仰心のない奴は嘆かわしい。ちょっと待ってろ、今出てやるから』

「出る?」


 なんだそりゃ、と思った次の瞬間、目の前にパッと白い物体が出現した。

 よく見るとヒトの形をしている。ていうか人間だな。

 真っ白の服を着ている男で、グレーの髪の毛がやたらと長い。

 しかし顔は何だか影がかかっているみたいでよく見えない。

 こんな真っ暗な空間で影も何もないような気がするが。

 けど何がどうなってんだろうな、プロジェクションマッピングとかかな?


『ほら、姿見せてやったぞ。神が顕現してやったぞ』

「あー、うん……人間じゃん」

『神だっつってんだろ。神は自分に似せてアダムとイヴを作った、って知らないのかよ。お前が私に似てんの』

「ああはい、そうですか」

『投げやりになるなよ。あーもう、人選ミスったかな』

「やっぱり俺を選んで誘拐を……? お、俺なんか誘拐しても仕方ないぞ! ウチは別に金持ちでも何でもないし! ま、まさか俺の身体が目当てじゃ……最悪だ」

『私を変質者扱いするの、いい加減やめないか』


 呆れたような相手(自称・神)の声。

 変質者じゃなかったら何なんだよ。しゃべり方もちょっとチャラ男みたいな感じだし、そのくせ「私」とか言うし。

 でもあんまり突っ込むと逆ギレされるかなあ。そうなったら余計マズいし。

 待てよ、もしかしたらコレ、友人たちによる壮大なドッキリかもしれない。あいつらと一緒にいたところまでは覚えてるし。

 どっちにしても、ひとまず適当に話を合わせておいた方がよさそうだ。


「えーと、それじゃ神」

『神てお前。呼ぶときは神様だろ神様』

「ああそうか、そうだな。神様ね。それで神様が俺に何の用なわけ? ていうかここはどこだよ?」

『よくぞ聞いてくれた。あのな、ここは宇宙の中心点だ。宇宙年齢はゼロ、まさにビッグバン直後のできたてホヤホヤ宇宙ってやつだ』

「宇宙? なるほど、宇宙ね」


 そういう設定か。確かにこの漆黒具合は宇宙空間っぽい。


「でも真っ暗過ぎじゃない? 宇宙なのに星の輝きが一つも見えないし」

『そりゃ星なんかないからだよ。私がビッグバン起こした直後だっつうの、恒星どころか何の存在もないよ。ちょっと前までは<無>ってやつだったんだから』

「ふーん……あれ、だったら酸素とか光もないじゃんか。俺たちなんでこんな場所で生きていられるんだよ。死ぬだろ」

『お、いいところに気が付いたな。でも大丈夫に決まってるだろ、神なんだから。あと光がなくても神の周囲だけは見えるんだよ』

「俺は神じゃないんだけどな」

『おっ、もっといいところにも気が付いたじゃないか』

「何が?」


 うんうん、と神様が頷く。


『んじゃ本題な。実は宇宙ってのは無数に存在するんだ。お前がいた宇宙もその中の一つに過ぎない。そして私の役目はビッグバン起こして無から新しい宇宙を創り出すことなんだ』

「なるほど、神っぽい」

『創った後もあれこれ手を加えて、銀河単位とか惑星単位とかで色々考えたりしてさ。まあ言わば宇宙を育てるわけ』

「さっき言ってたアダムとイヴを生み出したり、ってやつか」

『その通り。なんでそういうことをするか、理由を簡単に言うとだな、宇宙空間内に知的生命体が繁栄すると一種のエネルギーが回収できるようになるんだ。私はそのエネルギーが必要だからどんどん宇宙を創ってる、ってこと』


 うーん。要するに牛を育てて牛乳をもらおう、みたいなことか。


「それはわかったけど、俺に何か関係あんの?」

『さあそこだ。この宇宙もビッグバン起こしたのはいいんだけどさ……何か飽きちゃって』

「知らんがな。んじゃ休憩したら」

『はいそれ。それよ。私もちょっと休暇が必要かな、と思って』

「いいんじゃない、別に……え、ひょっとして俺と一緒に過ごすとか?」

『いやいや、人間と休暇過ごしたんじゃ仕事感が抜けないし。そもそもせっかくの休みを初対面の相手と過ごすのはちょっとねえ』


 何かムカつくなコイツ。

 俺を誘拐したのはそっちじゃないか。

 こっちだって見知らぬ他人の休暇に付き合う趣味は持ってないっつーの。


「じゃ何なんだよ?」

『私が複層螺旋らせん次元に休暇に行ってる間、この宇宙どうしようかと思ってさ。別に何もせずほっといてもいいんだけど、どうせなら休暇から帰って来たときに楽しみが欲しいなーと考えたわけ』

「楽しみ?」

『そう。戻って来たときに何があるのかわからない方が、ワクワクするだろ?』


 そんなことを言って、神様は人差し指をゆっくりと俺に向けた。

 その顔は相変わらず影が掛かったみたいで、表情は読み取れない。

 けれど何となく――


『お前、俺の代わりに神様やっといてくれよ』


 何となく、微笑んでいるように感じられた。

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