#5 そもそも僕には
「椅子は……あるな。そこに座ってくれ。仕事の片手間ですまないな」
時間は放課後、僕は南雲先生に呼ばれて職員室に来ていた。
先生の座っている椅子の隣に丸椅子を持ってきて、ルクスの再申請についての資料やらなんやらの説明を受けているところだったのだ。
そこまでは仕事の範疇じゃない、とかなんとか言っていたような気もするが、初めてだということと、レクイエムズさんは放課後になるとさっさと女子寮に帰ってしまったので何も聞けなかったことを見かねた先生が教えてくれることになったのである。元々寮についての説明を聞くために来ていたのだけど……。
ダブルワークは全然構わないけれど、それを実際にやってのけるのがすごい。僕はそこまで意識はいかないものな。
「こら、ぼさっとするな。説明を始めるぞ。必要なことはメモなりなんなり取りながら聞けよ。まぁもしわからなくても、寮の部屋の中には注意書きがあるがな」
「あ、はい」
ミスプリントの裏紙とボールペンを渡される。ありがたい。
「まずは基本的なことからだ。当たり前だが、男子寮と女子寮がある。相互に訪問するのは当然禁止。委員会などで急用があってどうしても伝えたいことがあるなど、やむを得ない場合は寮の入り口にいる事務員に申請をしてくれ。そうすると部屋に電話がかかり、呼び出すなりそのまま電話で話すなりができる。ちなみに、学園の外に何らかの事情で出たいという場合にも申請が必要だから注意してくれ」
不便そうだな、というのが素直な感想だ。まぁ特例だったとしても一度訪問を認めてしまうとそれ以降示しがつかなくなるからなぁ、仕方ないのかもしれない。
「はい」
「また男子は夜九時以降は外出禁止だ。門限も九時。寮の中にある食堂は八時半がオーダーストップ。利用は九時まで。またそこのご飯に限っては自分の部屋に持ち帰ることが可能だ。学園の中にも学食はあるが、こちらは持ち帰りはできないから注意しろ」
なるほど。まぁやっぱり夜食というか、夜にご飯が恋しくなることもあるよね。この辺は割と普通だな……。
「寮は基本的に二人一部屋だが、お前は学級委員の有賀と同じ部屋だ。ダウナーな奴だが、魔法も筆記もどちらも成績は良い。……あぁ、それと風呂は各部屋にあるものを使ってくれ。大浴場などはないものでな」
まぁお風呂は男だしそこまで長くないだろうな。それに僕はいつもシャワーで済ませるから問題なし。
「まぁ、これだけわかっていれば大丈夫だろう。あとはわからないところがあるなら有賀に聞け。さて、次はルクスの再申請だな。といっても、基本的には書類に必要事項を記入していくだけだ。書き終わったら言え、私の印鑑が必要なところがあるのでな」
先生は僕と話しながらも膨大な資料に目を通して、必要なものには印鑑を押したりサインをしたり。様々なことをこなしている。
僕のその視線に気づいたのか、先生が僕の方を向く。
「ん、どうかしたか?」
「いや、まぁその、すごいなぁと思って……」
「褒めても何も出らんさ」
「いえいえ、それでもですよ。すごいと思います」
「そ、そうか? ふむ……」
書類の山に視線を戻して、仕事を再開する先生。
迷惑をかけないように、僕も早いところ帰らないといけないな。
書類にせかせかと名前やらクラスやら出席番号やらを記入していく。ルクスが破損した理由……まぁ誰が悪いかって、僕が一番悪いんだけど。演習中に破損、とかふわふわしたことを書いていればいいのだろうか。
まぁ、間違っていたらあとで出すときに何か言われてるでしょ……と適当なことを考えつつ、全ての記入事項を埋める。
「先生、これでいいんですか?」
僕が声をかけると、南雲先生が印鑑を片手にこちらを向く。
「あぁ……ん……?」
先生が僕の顔を見て、一瞬静止する。そんなにイケメンだったのだろうか。あるいは動きが止まるほど不細工だったという可能性も……。
ていうか、年齢は定かではないけれど、改めて見ると綺麗な人だなぁ。
「どうかしましたか?」
「いや……。お前のことをどこかで見たことがあるような気がしてな」
「今日が初対面のはずですけどね」
少なくとも僕は今日まで南雲先生の顔を見たことはない。
「そうだな。私の思い違いだったようだ」
先生が印鑑を押し、こちらに返してくる。
「あとは、このプリントを学務課に提出すればいい。学務課は下駄箱のすぐ近くにあるからたぶん一目でわかるはずだ」
「わかりました。ありがとうございます」
職員室を出て、一階に降りると、すぐに学務課が見つかった。
とりあえず受付の人に声をかけてみて、書類のことについていろいろ説明を受けて、ルクスの再取得の申請が受理されて終了。元々、日本刀型のルクス自体の予備はあるということなので、明日か明後日には用意できるということだった。
目下のやらないといけないことも終わり、そろそろ寮に行ってみるかと考えていたところ、目の前から来た生徒と肩がぶつかる。
「……っと、あ、すみません」
見ると、かなりの美少女であった。
肩まである栗色の髪は綺麗に切り揃えられていて、毛先が若干赤毛じみている。
髪と同じ色をしている目はとても大きく、通った鼻筋と血色の良い唇のバランスが良い。アリア=レクイエムズに勝るとも劣らない美少女だった。
「あはっ、大丈夫。あたしもよく前を見てなかったしね。……ん? 君の顔は見たことないねぇ。もしかして噂の転校生くん?」
転校生なのは事実だけれども、噂のってなんだ。少なくとも僕の耳には入っていないぞ。
「噂は聞いてるよ。アリアさんと対等に渡り合ったんでしょ?」
――なるほど。そういう噂だったか。僕の素性が話題になっているのだったら、何としても火消しに回らないといけないところだったが。
「まぁ……一瞬ですけど」
「あはは。まぁ、そうかもしれないけど、それでもあの魔法を正面から打ち破るのは素直にすごいと思うなぁ。いずれアリアさんと組むこともあるかもね」
いずれアリアさんと、なんだって? 話がよくわからない以上、適当に相槌を打つしかないわけで。
「そうですか」
たった数回言葉を交わしただけだが、それでもわかる。僕はこの人が苦手だ。この人は僕のことをすごいだなんて思っていない。思っていたとしても……僕は一つ下の次元に見られている。人間がアリを見る、それくらいの感覚なのだろう。
「だって……君、本気出してなかったんでしょ? あぁ、出せない、の間違いかな?」
「――ッ」
動揺した。動揺してしまった。
ほんの一瞬のためらい、しかしてそれだけの時間で彼女には理解されてしまった。
「私の名前は
そう言って、
【#5 そもそも僕には】
「そりゃあ、あの女はなァ……」
寮の自室にて、僕は今日から同室にある有賀くんに軽く自己紹介を済ませてから話をしているところだった。
ご飯は有賀くんがテイクアウトで奢ってくれた。非常に有り難い。
ダウナー系と南雲先生が言っていたが、本当にその通りであった。白く染められた髪は左目を隠しており、耳につけられたピアスが不良っぽさを醸し出している。
しかし、少し話してみたところ、性格も良くクラス思いな人間だということがわかった。見た目は本人が好きでそうしているとのこと。決められた枠にはまりたくないという彼なりの主張らしい。わからないではない。
「そうだなァ……まァ一ツ橋彩については伝説ばっかでィ。一ツ橋は俺らの一つ上、つまり三年生だが、あいつは一年生の時に
「それは、すごいね……」
「さらにあのルックスときている。去年の生徒会選挙では圧倒的人気で生徒会長当選を果たしてんでさァ」
生徒会長、か。
今のところ戦う予定もないし、できれば関わりたくない相手だ。
「それにまぁ、一ツ橋って聞きゃァわかるかもしんねーが、あいつは日本の十名家なんでィ」
十名家。
苗字に一から十までの数字を持つ、日本に古くから君臨する名家のことだ。その影響力は超法規的であり、政界にも大きな影響力を持つとされている。彼らは日本に原初の魔法を持ち込んだ渡来人の祖先とされ、代々凄まじい魔法使いの子どもが生まれる……。
この学園にもいたのか。
「その強さは、まさしく圧巻の一言。
「ありがとう。でもまぁ、ルクスも壊れちゃったしね。しばらくはだらだらやらせてもらうよ」
「それもそーだなァ。けどよ、たぶん逢坂はうかうかしてらんねーと思うぜ」
「それはまた、どうして?」
からかうような口調だったが、決して嘘は言っていないという表情だ。今はルクスも手元にないことだし、ゆっくりさせて欲しいんだけど……。
「夏と冬、一年に二度ある全国大会……そのうちの夏の大会はペアと団体戦なんでィ。ペアってのはつまり、魔法使いがペアを組んで戦うこと。うちの学園、今まで頑なにアリア=レクイエムズがパートナー選定を拒んできたんだけどよ、お前ならいけるんじゃねーかって教師陣は思ってるらしーぜィ」
夏と冬に二度ある全国大会。
夏がペアと団体戦、ということは冬は個人戦なのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。僕がアリアさんと?
「ちょ、ちょっと待ってよ。彼女が僕がパートナーになることを了承するとは思えないし、そもそも僕にはふさわしい実力なんて」
「まぁ、お前が望むと望まざるとに関わらず、たぶん組まされるんじゃねーか。ものは試しとか言って、結局後からいろいろ理由つけてパートナー解消をできなくするのが学園の常套手段でさァ」
「……とりあえずはわかったよ、でもまだ先の話なんでしょ?」
「それもそーだ。それに可能性でしかねェからな」
「そうだよね」
「おう。ま、同室になったのが転入生だと聞かされた時は不安だったが、良い奴で何よりでィ。今日はもう寝ちまえ、本格的な話は明日からしようじゃねーの」
「うん」
部屋の電気を消す。
カーテンも完全に締め切った自室は、光はもちろんのこと物音すらしない。
荷物の整理とかもしたかったけど、今日は自分で思っている以上に疲れているのかもしれない。ベッドに横になった瞬間、どっと疲れが出てきた。
「それじゃあ、おやすみ」
「あァ、また明日」
翌日。
寮内放送に起こされ、瑞樹と一緒に起き、身支度を整えてから学園まで歩いていく。瑞樹が一緒に行ってくれるというので、二人で学園まで歩いていると、途中で龍雅と貴哉に出会う。貴哉は瑞樹とも親しいらしく、楽し気に話していた。僕も龍雅とほどほどに絡み絡まれながら楽しく登校し、校門についたところで――事件は起こった。いや、正確に言うならば、起こっていた。
下駄箱のところにある校内掲示板に大量の学園生が群がっていたのだ。
「……龍雅、何あれ?」
「さぁ? 普段あそこがあんなに騒がしくなることなんてねぇはずだけどなー。どう思う、貴哉?」
「俺もわからん。まぁ見てみるに越したことはないんじゃないか」
「貴哉の言う通りでィ。見るのが一番手っ取り早いんじゃねェの」
「それもそうだよね……すみません、通してください……」
言いながら、学園生の合間を縫って掲示板を一目見ようとした時だった。
割れた。
あれだけ騒いでいた学園生が、まるでモーセに割られた海のように真っ二つに。一瞬にして静まり返る。何だ何だ、何の騒ぎだよ。しかも僕の顔を見てから左右にどけるって、僕はそんなに不細工だったかよっ。
龍雅と貴哉と瑞樹も怪訝そうな顔をしながら、掲示板を見る。どうやら校内掲示板らしいが。
そして、そこに書いてあった内容とは。
【
……。
「……」
……。
「世良、じゃあな。お前は良い奴だったよ」
佐伯龍雅さんが乾いた笑顔を浮かべながら下駄箱に向かって歩いていき、
「逢坂。お、俺用事を思い出したわ」
七崎貴哉氏がその後についていくようにして逃げ、
「世良ァ、生きて帰ってこいよ」
そそくさと有賀瑞樹氏も行ってしまった。
おいて行かれた僕は、これからどうなっちゃうの……。
――平和な学園生活に、どうやら早くも暗雲が立ち込めてきているようだった。
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