#4 黒の衝撃

「……さて、二人の演習もだが、私とお前たちで、魔法というものについて復習していこう。佐伯、魔法には全部でいくつの属性と系統がある?」


「俺かよっ!? ……えっと、八属性一系統です。火、水、雷、草、風、土、闇、光。そして、無系統です」


「そうだ。では七崎、なぜ無だけが系統と呼ばれている?」


「はい。無系統は属性を持たないがゆえにどの属性とも対等であり、あらゆる性質を持つことから、それぞれの特性を持つ属性とはまた異なる物として【系統】と名付けられました」


「その通り。諸君に覚えておいてもらいたいのは、無系統というものは非常に便利だ。基本的に無系統はどんなこともできる。だが、何か一つに特化している属性にはその分野では敵わない。……では有賀あるが、各属性は何に適しているか説明を」


「はい。火は攻撃に、水は回復に、雷は補助に、土は防御に、草は操作に、風は移動に、闇は重力に、光は五感にそれぞれ特化しています」


「そうだな、さすがだ。もちろん、火が攻撃に適しているからといって、回復が不可能というわけではない。だが、やはり本職である水には敵わないということだな。では次に八属性一系統の優劣を説明してみろ……佐伯」


「また俺かよっ。えーと、火は風に強く、水は火に強く、雷は水に強く、土は雷に、草は土に強く、風は草に強い。そして、光と闇はお互いに強く、無系統はどの属性に対しても優劣がない……です」


「そうだな。じゃんけんのようなものだ。火属性の魔法を水属性に放っても意味がない、というわけではないが、効果は薄い。では次に井崎いざき、人間一人が使える属性、系統はいくつだ?」


「はい。えーと、八属性の中から一つと、無系統は誰でも使えます」


「うむ。例えば私は風と無系統だ。どの属性を使えるかは人によってそれぞれで、完全にランダムで生まれてくる時に選ばれる。長く続く家系などは先祖代々同じ属性、などという例外もあるが……レクイエムズは闇、逢坂も見たところ闇。どうなるか見ものだな」


【#4 黒の衝撃】


 レクイエムズさんの鎌が非常に鋭く切り込んでくる。

 常に最短距離から僕の急所を狙ってくる刃と、意識の外から飛んでくる柄による叩きつける攻撃。

 その二つを使い分けながら、時折体術も織り交ぜてくる。

 そしてその技術の一つ一つの精度が非常に高い。


「……っ」


 吐く息とともに、刃と柄の乱舞。その全てを刀だけで捌いていくのは少々骨が折れる。難しくはないが、タイミングを外そうと絶妙なフェイントまで入れてくるのだから、かなり面倒くさい。

 いつまでも同じ展開にイラついたのか、レクイエムズさんは大きく後ろに跳んで僕と距離をとってくる。


「……【闇の弾丸ブリット】!」


 闇属性の基本的な魔法ともいえる【闇の弾丸ブリット】。闇属性の魔力で構成されたバスケットボールくらいの大きさの弾丸を飛ばしてくる技だ。躱すのはそう難しくないが、例えばそう、レクイエムズさんのような魔法に精通している人間が使えば――


「っと!」


 足元を狙った一撃を横に跳んで躱す。

 先ほどまで僕がいた場所は、地面がえぐれていた。

 直撃すれば、人間一人を軽く気絶させるくらいの衝撃にはなる。そして属性魔法では最も簡単ということもあり、非常に扱いやすいのである。それがピッチングマシーンみたいにいくつも飛んでくるものだから、僕は躱すしか手がなくなってしまう。どうしても躱せないものはルクスで切っていくが、こりゃあすげえ速度だ。

 余談だが、どの属性でも魔法球を発射する技はブリットと呼ばれる。火属性なら【火の弾丸ブリット】といった具合だ。


 僕が余裕を持って彼女の技に対応したことを受けてなのか、より弾数と速度が増す。けれども、まだまだ対応できないほどではない。

 僕に当たりそうなものだけを狙って切る。

 もうこれくらいで勘弁してくれないかなぁ、なんて悠長なことを考えていると、レクイエムズさんが僕の前で初めて表情を動かした。

 不敵な、笑みだった。


「あなたなら使ってもよさそうだし、いくわ――【ユダの揺り篭ジュダス・クレイドル】」


 魔力で形成された、何本もの黒く鋭い針が僕の首や心臓へと直進する。何本かは刀で切り飛ばしながら横に転がって避ける。先ほどの【闇の弾丸ブリット】とは桁違いの威力と速度だ。

――が、そこで僕のルクスに異変が起こる。

 刀身と鍔の付け根から白煙を吹き始めたのだ。

 まずいなぁ、魔力を込めすぎたか。

 たぶん、あと一度強く魔力を込めればこのルクスは爆発するだろう。


「……どうしたの? 降参する?」


「いやいや、まだ降参しないけど……本当に手加減なしで来るとは思ってなかったからさ……」


 当たる気はしないが、いきなりやられると心臓に悪い。

 本人もまだまだ余裕のようだし、そう簡単に終われるわけではなさそうだ。


「まさか初見で完全に防がれるとは思っていなかったわ。それじゃあ、次はどうかしら……【鉄の処女アイアンメイデン】!」


 僕を中心にとして、足元に巨大な魔法陣が広がる。

 これはちょっとの回避じゃ避けられそうにないな。……と、冷静に分析しているうちに、僕の周囲をどんどんと針が生えた壁が覆い尽くしていく。アイアンメイデンといえば、処刑道具か何かだったか。実際には使われていなかったとか諸説あるけれど……。

 って、どんどん狭まってきてるんだけどっ!?

 壁の外から、声が聞こえる。どうやらクラスメイトの悲鳴らしい。龍雅や貴哉の狼狽える声も聞こえる。


「これで、終わりね」


 あのねぇ。

 随分と舐められてるみたいだけど、こんなもの――と思ったところで、考え直す。どうせあと一回魔力を込めればルクスは爆発するわけだし、それならここでアイアンメイデンを壊して、それで降参すればいいんじゃなかろうか。そうすれば、これ以上精神をすり減らすこともない。

 そうと決まれば……。


「……【黒の衝撃】」


 刀に魔力を纏わせて、振るう。放たれた斬撃波は針の生えた壁に直撃し、そして――僕の前方のほうの壁を、爆音とともに盛大に消し飛ばした。

 大きく空いた風穴の向こう、目を見開いたレクイエムズさんと視線が交錯する。


「っ!?」


 皆が唾を飲み込む音が聞こえたかのようだった。

 そして、誰よりもレクイエムズさんが驚いている。普段は表情筋が死んでいるのかというくらいピクリともしない彼女だけれども、今だけは僕も驚いているというのがわかる。普段より若干目が開いているだけなんだけど。

 あと一撃、撃てればなぁ……。

 名残惜しいが、本格的に刀が爆発しそうなので適当に放る。こん、こんと二回バウンドしたところで、ボン、と音を立てて小規模な爆発が起こる。


「ルクスが……」


「さて、レクイエムズさん。僕は降参するよ」


「どうしてっ!? まだこれからなのにっ」


「僕のルクスも壊れちゃったしね。今日のところはこれで勘弁してくれると助かるんだけど……先生」


「あ、あぁ、そうだな。ルクス破損により、戦闘続行不可能とする。よって、勝者アリア=レクイエムズ!」


 言いながら、南雲先生は魔力で形成されているバリアを解除し、僕の元へ駆け寄ってきた。

 見ると、レクイエムズさんはまだ納得がいかないという感じだ。普段あまり表情筋が仕事をしていない彼女だけど、さすがに今回は僕でもわかる。

 クラスメイトもあまりの展開に理解がついていっていないらしく、ぽかんとした表情を浮かべている。……さすがに三番手サードの魔法を完全にではないといえ消し飛ばすのは強烈だったか。


「レクイエムズ。納得はいかないかもしれないが、さすがにまだ私もルクスに対して素手でやれとは言えない。今はとりあえず、それを降ろしてくれ」


「……はい」


「それにしても、ルクスが破損するなんてな。珍しいこともあるものだ」


 やや呆れ気味なのか、額を手を当てため息をつきながら先生は言う。そんなものなのか。昔いたところではほぼ日常茶飯事だったから、てっきり普通にあっているものかと思っていた。


「そうなんですか?」


「む……まぁ、ないことはない。身近なところでは序列決めの試合でレクイエムズが一度やってのけたくらいか? 奴はこれで二度目だな」


 レクイエムズ氏怖すぎかよっ。

 でもまぁ、確かにあの破壊力だものな。最初の針を飛ばしてくる技……【ユダの揺り籠ジュダス・クレイドル】といったっけ。あれも何とか当たらなかったからいいものの、まともに当たれば即入院ものだ。


「レクイエムズさんとやりながら、魔力に負けたのかもしれませんけど、爆発しそうになっちゃって。どっちみち、僕があのやばいやつに閉じ込められた時にはもう既にあと一回しか攻撃できなかったんですよ」


「ふむ……」


 僕の使っていたルクスの破片を興味深そうに眺める南雲先生。うん……まぁ、まさか僕自身の、、、、魔力に、、、負けて、、、壊れた、、、なんて思わないよね。

 とはいえせっかく先生が直々に用意してくれたものをすぐに壊してしまったのは非常に申し訳ない。


「とにかく、壊しちゃってすみません。せっかく新しいものを用意してくださったのに」


「……まぁ、お前に怪我がなかったのなら安いものさ。しかし、すまないが新しいルクスを作るとなれば、そこまでは私の仕事の範疇ではないんだ。昼休みなり放課後なりに、学務課に【ルクス破損・新規取得】の申請をしてくれ」


「わかりました」


「手数をかけてすまないな。……それでは、今の演習を参考にやっていくぞ。お前たちももう二年生だからな。これからはどんどん魔法を活かして実際に体を動かしながらやってもらう」


 クラスからはえー、とかまだはえーよー、とか様々な声(主に面倒くさいやきついといった旨)が上がるが、さすがはエリート生徒といったところか、切り替えが早い。すぐに先ほどの授業のペアになり、それぞれ取り掛かっていく。

 そして、僕は一気に暇になる。ルクスを使う演習なのにそれが壊れちゃったしね。

 ちらりと見てみるとレクイエムズさんと目が合うが、ぷいとそらされてしまう。


「お前たちは先ほどの演習を踏まえながら反省点を挙げ、それを修正するように」


「はい」


「わかりました」


 と、言われたはいいものの、レクイエムズさんはそっぽを向いたまま。


「……あの、レクイエムズさん、ごめんね」


「別に構わないわ。……せっかく久しぶりに全力が出せると思ったのに、これじゃあお預けね」


 はぁ、とため息をつきながら、手持無沙汰なのか髪を指に巻き付けてくるくると弄んでいる。

 その姿すら絵になる彼女は、やはり正真正銘美少女なのである。


「……どういうこと?」


「あぁ、転入生だものね。事情は知らないで当然、か……わかったわ、どの道暇だし、説明しようかしら」


 けだるげに彼女が口を開く。鎌のルクスがきらりと光を反射して、僕を威嚇しているようにも見える。ひええ怖いですぅ……。


「お願いします、先生」


 びしっと畏まってみると、ぎろりと睨まれたのですぐさまもとのへらへらマンの態度に戻す。


「というか、パンフレットを読んでいれば当然わかっていると思うのだけれど」


「い、いやぁ……時間がなくて、ざっとしか読んでなくてね」


 昨日の夜遅くに「転校よろしく」と言われ、前いた部屋に帰ってみると既にどこからか現れた引っ越し業者が法律などどこ吹く風で当たり前のように部屋に侵入して荷物をまとめており、気づいたら渡されたパンフを片手にここに来たというのが現状であるので、正直あまり読んでいないのである。


「そんなものなのかしら。まぁ、いいわ。まずこの【国立第一魔法学園】は、一クラス四十人の十クラス構成。つまり、一学年で四百人ということね。そして全校で千二百人。年によって増減は少しあるけれど、まぁ基本これくらいの人数よ」


「割と多い……のかな?」


 しかし、千二百人といえばかなり多い人数ではないだろうか。

 魔法使いというものはそもそもの絶対数が圧倒的に少なく、実力に関しても努力で補える部分もありつつ才能という部分も大きなウェイトを占める。

 魔法使いとして名を残すためには、ずば抜けた才能とそれを開花させるための凄まじい努力が必要なのである。


「さぁ、どうかしら。私には何とも。それで、全校生徒を対象として一年に二回、【序列決め】が行われるの。【トーナメント】と呼ばれているわ」


「聖戦、ってことかな」


「そうね。そしてこの【トーナメント】は、予選と本選があるの。

 予選ではいくつかのブロックに分けられるわ。これも年によって増減はあるけれど、A、B、C、D、E、F、という感じに。ちなみに、Aでも一、二、三年でまた分かれていくわ。一年生ならA一エーイチ、という感じね」


「なるほど。まぁ確かに、一年生と三年生じゃ勝負にならないもんね」


「そういうことよ。そして各ブロック二名が選出されるの」


「ちょ、ちょっと待って。一学年四百人で六ブロックだから、だいたい六十六、七人でしょ。その中から二人ずつしか残れないの?」


「そうよ。次は本選ね。

 二人ずつが六ブロックあるから、一学年合計十二人。その十二人は六人ずつの二ブロックに分けられて、勝ち残った一人ずつが決勝、という感じね」


「えーと、つまり、一回戦の開始時は四百人で……二回戦の開始時は、十二人。そして、決勝で二人、ってことかな」


「あら、理解が早いのね。そういうことよ。捕捉しなくてもわかると思うけれど、もちろん学年別ね」


「なるほど。ということは、各学年で優勝者が一人ずつだから、三人残るね」


「そう。……ん? レクイエムズさんって三番……ん? え? もしかしてレクイエムズさんって二年生の【トーナメント】で優勝してるってこと?」


「そうよ」


「えっでも待って。じゃあ、一年生で君に勝てる人がいるの?」


「いえ、そうではないの。今は五月初旬でしょう? まだ一年は入学して間もないから、クラスが変わってすぐの四月に行われる【トーナメント】には一年生は参加しないの」


「そりゃそうか。ということは?」


「そう、一年生が出ない分、一年生の優勝者のところに空きが出るわね。そこに三年生の二番が入るの。そして、二年生の一番と三年生の二番が試合をするのね。そして勝ったほうが、三年生の優勝者と試合をするの」


「じゃあ、レクイエムズさんは三年生の二番さんに負けてしまった……ってこと?」


「…………そういうことになるわね」


「レクイエムズさんに勝てるくらいすごい人がいるんだね」


「そいつは今の二番手セカンドね。私はあの男のやり方、嫌いよ。ならず者、というか救いのないクズというか……けれど実力があるから誰も手を出せないの。唯一勝てる一番手ファーストもだんまり。暴君なのよ」


「そんな人が……」


「けれど……あなたなら、勝てるかもしれないわね」


「いやいや、そんなことはないよ。さっきのだってたまたまだから」


「随分と嘘を吐くのが下手なのね」


 文字通り吐き捨てるような一言だった。

 アリア=レクイエムズ氏、僕に対しての当たりが強すぎません?


「ま、まぁそのことについては置いておこうじゃないかい。それより、一年生でも勝ち残りさえすれば番号持ちナンバーズに入れるんだろ? でも、三年生くらいになると、その一年生より強い三年生とかもいるんじゃないの?」


「そうね。そこで活用されるのが【デュエル】。これについては……」


 レクイエムズさんが次に口を開こうとした瞬間、それを狙い澄ましたかのようにチャイムが割って入る。


「あら、残念。そうね……まぁ、また今度話しましょうか」


「うん、丁寧に説明してくれてありがとうね。次はパンフレットを読み込んで予習をしてくることにするよ」


「そうしてくれると助かるわ」


 相変わらず表情は動かず、何を考えているのかわかりにくい彼女だけど――くすりと微笑んだ、ような気がした。

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