#6 あんたみたいな奴、許せないんですよ

 教室に行ってみる。

 僕の席の場所は昨日瑞樹に教えてもらっていたので、苦もなくたどり着けるはずだが。 

 一歩足を踏み入れただけで、クラスの皆がザワつく。先ほどの掲示板のあたりでは静かすぎるくらいだったので、その差に思わず面食らう。

 朝のことといい、僕が二番手セカンドに指名されている……というかそもそも、あの見出しだけ見るならばまだ確定していない情報なのだけれども。

 改めて、龍雅にそれがどういうことなのか聞いてみることにしよう。


「龍雅、あれはどういうことなの?」


「あぁー……まぁ転入生じゃわかんねぇよな。世良、おめーは選ばれたんだ。神宮寺恭也に」


「選ばれる……?」


 疑問は尽きない。なぜその二番手セカンドが僕を選んだのか、そもそもどこで僕のことを知ったのか。

 現に僕はまだ一度も顔を見たことはないし、向こうも同じ条件のはずだ。


「あいつは……神宮寺恭也は、強い奴がいるという情報を聞くとすぐにデュエル申請すんだ。そして、番号持ちナンバーズに新しく入ってきそうな人間を潰すんだよ。生徒会長……一ツ橋先輩にこそ敵わねえが、実力は本物だからな」


「そうなの?」


 僕が疑問を呈すると、今度は貴哉が入ってきて説明してくれる。


「さすがにこの学園の二番手セカンドはそこまで安くねえ。生半可な実力じゃあ番号持ちナンバーズに入ることは不可能だ。それに、本当の目的は別にあるみたいだ。奴はやばい組織と繋がってるって噂すらある。全国の魔法学園において、番号持ちナンバーズに入ることがすげえ栄誉だってことは知ってるか?」


「うん、それは聞いたよ」


 そして次に瑞樹が入ってくる。お前ら仲良いな。


「学園としても、良い生徒には金をかけて育てたいもんなんでィ。一定期間以上番号持ちナンバーズの地位を保っていると、報奨金とか奨学金とか、いろんな名目で金が入る。それも、学生には法外な額。奴はそれをシノギにして、裏世界の組織と取引してるっていうことでさァ。まぁあくまでも噂だから、これが本当の話かって言われると確証は持てねェけど」


「裏組織……?」


「最近話題になってるだろ、国際魔法テロ組織【アストラル】ってのが。奴は学生ながらそのメンバーだと言われてんでィ」


 国際魔法組織【アストラル】。

 最近よくニュースなどで耳にする組織であり、僕にとって非常に因縁深いもの。まさかここでその構成員の噂を聞けるだなんて、僥倖だ。


「それに、何が許せねえってよぉ」


 龍雅が続けて話す。


「奴は学園で番号を持っていない、しかも弱めの生徒を狙ってカツアゲみたいなこともしてんだ。一ツ橋先輩も諦めてるのか放置状態でさ。被害に遭った生徒はかなり多いっていう話を聞いたぜ」


「なるほどね……。先生たちは?」


「教師も手を焼いてるみてぇだな。ただまぁ、素行はどうであれ、各種大会に出れば優秀な成績を残すのも事実ってことで、退学にはできねぇらしいんだよな。魔法は才能が大部分を占める。努力で伸びる部分もありはするが、実際問題努力を支えて可能にするだけの才能がなければ話にすらならないからな」


 魔法は才能、という言葉――先生たちは認めようとしないが、実際当人たちはわかっている。これが事実なのだと。どれだけ修練しようとも、血反吐を吐きながら努力したとしても、やばい薬に手を出したとしても、有り余る才能の持ち主には絶対的に敵わない。だからこそ、熾烈な競争の途中で脱落していく魔法使いも多いのである。

 神宮寺恭也とやらが裏組織、ましてや【アストラル】に所属しているなら、僕は問答無用で手段を選ばずに彼を拘束するなり倒すなりしないといけない。

 そして、彼が人間的にクズであるならば、なおさら彼を認めることはできない。


「……まぁ、わかった。南雲先生とも相談してみるよ」


「そうだな。それがいいと思うぜ」


 龍雅のその言葉を皮切りにして、予鈴が鳴る。立っていた皆も席に着き、だんだん教室が静かになっていく。

 きっかり五分後に南雲先生は教室に現れ、HRが始まった。僕は今日が初めてのHRなのだが、普通に連絡事項や日程等の連絡があったあと終了になった。要した時間は実に五分ほどか。

 だが……。


「逢坂。少し話したいことがある。来てくれないか」


「はい」


 やはり例の件だろうか。

 HRが終わったあとすぐに教室を出て、先生とともに人通りの少ない渡り廊下のところまで歩いていく。


「全く……神宮寺にも呆れたものだ」


「そうは言っても、僕あんまりよく知らないんですよね、その人のこと」


「ふむ。それもそうだな。神宮寺恭也、属性は雷。雷魔法の操作がこの学園ではずば抜けていて、無系統魔法にも穴がない。特に奴の奥の手とも言っていい魔法……【全ては雷の調べドンナー・シュラーク】。雷属性の全体魔法だが、あれをまともに受ければおそらく命に関わる」


 【全ては雷の調べドンナー・シュラーク】。

 どんな魔法かはわからないが、おそらく神宮寺恭也の固有魔法だろう。けれども、どんな魔法だったとしても僕は負けるわけにはいかない。


「すみません先生。無理を承知で言いますが……やらせてください」


 南雲先生は驚きを隠せないといった表情で、僕の顔を真っすぐに見ている。


「勝てる、のか? いや、まぁ、【デュエル】をしなかったらしなかったで、また別の手段で奴はお前を潰しに来るだろうが……」


「ルクスさえ壊れなければ勝機はあります」


「ふむ……。わかった。昨日壊れたものよりもランクが上のものを使えないかどうか、私がかけあっておこう」


 全く何を考えているんだか、とでも言いたげな感じではあったが、ひとまずは戦うこと自体は認めてもらえたらしい。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「あぁ。……逢坂」


「はい」


「奴は国際魔法テロ組織【アストラル】のメンバーであるという疑いもある。【アストラル】について、お前はどの程度知っている?」


「……ニュースであっている程度の知識、ですかね」


 日頃ニュースはあまり見ないほうだが、それでも【アストラル】の名前はいろんなところで耳にする。良い噂は何一つ聞いたことがない。テロを起こすだとか、軍事に関する様々なことを請け負っているとか。


「そうか。まぁ、それで問題はないはずだが――【アストラル】は非合法の組織を傘下に数えきれないほど従えている国際的な魔法テロ組織だ。通常のテロ、クーデターなどに加えて、自爆テロなども最近は目立つようになってきた」


「自爆テロ……」


「まだ日本ではテロは起こっていないが、中東やヨーロッパのほうでは少しずつ被害が拡大し始めている。奴らは魔法が格差をもたらしていると考え、もう一度魔法を用いない社会にしようという思想の元活動しているそうだ」


「なるほど……」


「実際、魔法を使えるがゆえに、周囲からの差別に遭う者も多い。特に先進国においてこの傾向は顕著だし、日本もそういう国の中の一つだ。そして、魔法による差別に遭った者は、魔法を使える自らと、魔法使いを自分とは違う人間としてみなす社会に反旗を翻すようになる」


「そして自爆テロを……」


「そうだ。己の練りに練り上げた魔法を街中で爆発させたり、な。そういう団体にもし我が校の生徒が入っているならば、私はぜひとも止めてやりたい」


「はい」


「だが、神宮寺に大切なものを奪われた生徒は、この学園に確実に存在する。痛ましい思いをしている生徒も多い。これは教師である南雲楓としての考えではなく、子どもたちを思う一人の女性としてのお願いだ。……奴を、倒してくれ」


「――はいッ」


【#6 あんたみたいな奴、許せないんですよ】


 しっかりと気持ちを込めた返事をして、教室に戻る。

 窓側、後ろから二番目の席が僕の席だった。どうしてこんなに中途半端なところに、と思ったが、どうやら元々三十九人だった関係で必ず誰かの隣が空き席になっていたらしい。机だけは四十個あったにも関わらず、一人足りなかったということだ。

 背面黒板に目をやると、今日の時間割が書いてある。

 一時間目の授業は数学かぁ……。苦手なんだよなぁ、とぼやいていると、後ろから肩をとんとんと叩かれた。

 後ろを振り返ってみると、レクイエムズさんがそこにいた。


「レクイエムズ、さん……」


「どうやら大変なことになってしまったようね。神宮寺恭也との【デュエル】なんて」


「まぁ。そうみたいだね。そうだレクイエムズさん、ちょうどいい機会だし、【デュエル】について教えてくれない?」


「そうね……ふふっ、予習はしてきたのかしら?」


「ごめん、昨日はいろいろ忙しくて」


「まぁ、それもそうよね。いいわ。――そうね、AとBという二人の学園生がいるとしましょう。【トーナメント】が学年規模で行われるものだとすれば、【デュエル】というものは、個人間で行われる決闘のようなものよ。AがBに【デュエル】申請をし、Bがそれを受理すれば、【デュエル】が始まるの。無論魔法を使うのだから、魔法を扱うための施設の予約は必要だけれど」


「なるほど……それで、決着はどうやって決めるの?」


「様々ね。当人たちが望む形になるわ。先に一定以上の威力で一撃を当てた方が勝ちになる【一撃決着】、ある程度のダメージを先に与えたほうが勝ちになる【レギュラー】、そしてどちらかが気絶するまでやる【デスマッチ】。三つの中から選ぶのだけど、神宮寺恭也はこれまで【デュエル】では例外なく【デスマッチ】を選んでいるわ。相手も恐怖のあまり断れないのね」


「なるほど」


 いたぶれるだけいたぶろうって魂胆だろう。


「それに彼は、自分のお金を使ってルクスをかなり強化しているわ。魔法を発動するスピードや効率の良さは、おそらく学園標準のルクスとは比べ物にならない。かなりの強敵よ。私も勝てないほどの。……勝てるの?」


 ほんの少しだけ不安そうにしながら、彼女は問う。

 確かに、レクイエムズさんですら勝てなかった相手だ。相当の激戦になることは違いない。それに向こうは全力を出せるわけだしね。

 仮に南雲先生が強度の高いルクスを持ってきてくれたとしても、そう何度も【黒の衝撃】が撃てるわけじゃない。おまけに僕は【スーツ】にすら縛られているという始末。仮に僕が全力で【スーツ】に魔力を注ぎ込んだ場合、【スーツ】に仕込まれた魔法回路がオーバーヒートし僕を中心に大爆発が起きるであろうことは想像に難くない。


「何とかなるんじゃないかな。たぶん」


 それでも、勝てないというわけではない。

 なりふり構わないでいいのなら、この学園にいる魔法使いは――たぶんだけど――全員、倒せるから。


「不思議ね。あなたが言うと、本当に何とかなってしまいそうな気がするのだから。……信じて待っているわ」


「ありがとう、レクエイムズさん」



「きゃあっ!」


 そして、事件は放課後に起こった。

 七限目までをこなし(魔法の実技演習はレクイエムズさんとやらされた)、さぁ帰るかというところで――教室のドアが、猛烈な勢いで開けられた。そして、ドアを開けた張本人はそのままズカズカと教室の中まで入ってくる。

 見ると、教室の入り口に立っていた女子生徒を突き飛ばしながら入ったようだ。


「ったく……邪魔すんじゃねぇよクソアマ。ザコが俺の目の前に立つんじゃねぇ」


 彼は人間の尊厳をたやすく踏みにじるようなことを簡単に吐き捨てながら、女子生徒を冷たい目で見下した。

 金色に染められ、ワックスで整えられている髪。醜く歪んだ笑みは何を求めているのか知らないが、髪と同じ金色の目には好戦的な雰囲気が見て取れる。ガタイもかなり良いし、身長もかなり高く、百七十センチメートルある僕よりも頭一つほど高い。そして何より――体から放たれている魔力には、狂気が感じられる。


 彼が現れた瞬間、教室の雰囲気が一気に変わる。

 凍てついたかのような、あるいはまるで葬式のような死んだ雰囲気に。


「よぉ。わざわざ会いに来てやったぜぇ、逢坂……だっけかぁ?」


 クラスの皆の視線が、僕に向く。

 ちらりと横目に入ったレクイエムズさんでさえ、僕の方を向いていたのだから、これは相当というものだ。

 凄まじい勢いでドアを開けた彼……まだ名乗られてはいないが、彼こそがおそらく件の人物なのだろう。


「逢坂は僕ですけど」


 彼の前に出ていくと、その笑みがますます歪んだものになる。


「てめぇが……。随分と細いし小せぇな。本当にてめぇみたいなクソガキがアリア=レクイエムズと競ったっつーのか? あぁ?」


 顔をずいっと近寄せてくる。

 僕も負けじと睨みつけるが、全くひるんだ様子はない。むしろ僕がひるみそう。


「さぁ。実際に戦ってみればわかるんじゃないんですか?」


「おいおい、そこまでオレにお布施してぇのかよ。金をくれるっつんだったら、受け取ってやるけどよぉ」


 金、か。

 あいにくと今僕の財布の中には一円も入っていない。これはマジ。この学園に来るときに現金を入れ忘れたまま来てしまったのである。


「お布施? あぁ、先輩が僕に奢ってくれるんですねぇ」


「かはっ、言わせておけば面白いじゃねぇか。オレぁおめぇみたいなクソガキが一番嫌いなんだよ。自分がザコだってわかってねぇようなクズがなぁ!」


「そうですか……ところでザコはどっちの方なんでしょうね?」


「あぁ?」


「いやいや。僕があなたより強かったら、あなたの方がザコ、ってことになりますよね? 話にもならない、生きている価値もない、ただのゴミクズだって」


「ほぉ……」


「そしたら……僕の方が強いってことで、あなたにお布施でもしてもらいましょうかね」


「ほぉ。面白れぇじゃねぇか。だがおめぇがオレに勝てると思ってんのか? 俺は正真正銘この学園の二番手セカンド。対しておめぇは三番手サードのアリア=レクイエムズに一瞬互角だっただけだ。誰がどう見たって勝負は明白だよなぁ?」


「その明白な勝負をわざわざ挑んでくるだなんて、ずいぶんと暇なんですね、二番手セカンドも」


「あぁ。学園に敵なんざほぼいねぇもんでな。暇してたとこに転入生が来やがって、しかもそいつはそこそこやるっつうもんだからよ、潰さねぇとな」


「そうですか。そんなのどうでもいいんで。……一つだけ言いたいことがあるんですけど。僕はですね」


「あぁ?」


「――あんたみたいな奴、許せないんですよ」


 僕のその言葉を聞いた、その瞬間。

 神宮寺恭也は、今まで一番――醜悪な笑みを浮かべた。 

 

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