#2 よろしくね

 それから五分ほど歩くと、体育館らしき施設に着く。

 基本的に魔法の実習がある時はこの部屋で着替えるのだとか。男女別の更衣室に入り、出たところで待ち合わせをしようとの提案を受け、まさに着替えようとしているところだった。  

 ナップザックのような袋に入っている黒いそれは、僕が魔法使いであることを証明するもののうちの一つ。


 【スーツ】。


 漫画やアニメのようにぴっちりしたエロいものが想像されがちだが、実際にはその人の好みに合わせて作ってある場合がほとんどなので、普通のジャージのような場合が多数だ。そもそもこの魔法学校では入学時に対魔法回路が組み込まれた体操服とジャージが一人につき一着必ず配布されるということなので、基本全員そのジャージを着て授業に参加するということらしい。

 数少ない荷物の中に入っていたこれも、例に漏れず体操服とジャージのセットである。胸のところに第一魔法学園の校章が刺繍してある。

 さて、これを着て来いということだと思うので、手早く着替える。

 荷物を空いていたロッカーにぶち込み、外に出る。

 既にレクエイムズさんが更衣を終えて待ってくれていた。


「ごめん、待たせたね」


「構わないわ。それじゃあ、行きましょう」

 

 彼女の背中には、一目見てわかるほどに大きい鎌のような【ルクス】があった。レクイエムズさんの身の丈ほどはあろうか。刃の部分がところどころ赤黒く変色しているのは、どうしてそうなっているのか……は、恐ろしくて聞けそうにない。


「それが、レクイエムズさんのルクス?」

 

 会話の手持ちのネタも少なく、手持ち無沙汰になってしまったので、ルクスについて話を振ってみる。

 あまり鎌の【ルクス】は見たことがないので、単純に興味もある。


「……ええ。一家に受け継がれてきたルクスなの」


「そうなんだ。代々魔法使いの家系なんだね」


 僕がそう言うと、彼女は若干悲しげな色を瞳に映す。物憂げな表情(のように見える)を浮かべながら、自分に言い聞かせるように呟いた。

 地雷を踏み抜いてしまったような気がする。話題を変えるべきか一瞬迷いったが、やはり深く聞かない方がいいかとも思い違う話題を振ることにする。


「僕はまぁ、両親とも普通の人間でさ。突然変異的なやつで生まれてきたんだけど。随分と苦労したよ、魔法の扱いには」


「そう。確かに、突然生まれた魔法使いは、生まれてすぐは体の中の魔力が安定していないと聞くわね」


「そうなんだよー。だから、結構時間がかかったみたいで」


「それでも今は特進クラスよ。大出世じゃない」


「……そんなもんかな?」


「そんなものよ」

 

 言いながら、レクイエムズさんはすたすたと歩いていく。愛想がないわけではないと思うのだけど、人付き合いは少々苦手としているのだろうか。まぁ、それでも転校初日で右も左もわからない僕に優しくしてくれるというだけで、何にも変えられないほど感謝するに値する。

 僕も遅れないように、後ろをついて行った。


【#2 よろしくね】


「さて、転校生を紹介するぞ」


 それから五時間目の授業に若干遅れて参加した僕とレクエイムズさん。

 彼女は何事もなかったかのようにさらりと整列し、僕はクラスの人たちの前で仁王立ちしていた南雲先生の隣で縮こまっている。

 それにしても大きな体育館だなぁ、大学の大きな講義室を二つくっつけたくらいの広さがある。


「ほら、自己紹介を」


 首を振って急かされる。


「はい。僕は逢坂世良です。日本生まれで、以前はヨーロッパのほうにいましたが、学園からスカウトを受けて日本に戻ってきました。持ってきてないんですけど、ルクスは刀を使います。よろしくお願いします」


 ぺこり、と頭を下げると、クラスの人たちからはまばらな拍手。

 ファーストインプレッションはそこまで悪くない、かな? そこまで歓迎されているというわけでもないみたいだけど。


「逢坂は授業に参加するのは初めてだな。まずはヨーロッパ仕込みというその実力、見せてもらいたいものだが……ルクスはどうする? 少し時間はかかるが、この授業の時間内には用意もできる。無手で大丈夫か?」


 先生も随分と控えめに聞いてくるなぁ。実戦だったら武器なしで戦うのも普通のことだし、そんなに恐縮されるようなことでもないと思うんだけど……。まぁ、普通の高校生くらいだったら、サシで武器を持った状態での演習が多い、のだろうか。

 その辺よく勝手がわからなくて困るな。長い間普通の同世代との関わりがなかったから。 

 何はともあれ、とりあえず大丈夫だろう。


「はい、大丈夫です」


「ふむ、それでは――」


 先生がそこまで言いかけた時、一人の男子生徒が勢いよく手を挙げる。


「はーいせんせー、俺やりたいっす!」


「……ん、佐伯さえき。お前がか。お前の体術についていけるなら大したものだが……。逢坂、こいつは頭はパーだが結構やる。どうだ?」


「ちょっと俺の扱いひどくね!?」


 手を挙げたのは、赤に近いオレンジ色の髪の男子生徒。佐伯、というらしい。色こそアレだが、短く切り揃えられているし、顔立ち自体も整っている。ルクスは……大剣、か。背中にデカいのを背負っている。

 にこにこと浮かべた笑みはどこか幼くも見えるし、全体的に爽やかそうな印象を受ける。好青年、というやつだ。

 そして先生の口調から(僕がやっているところをまだ見たことがないというのもあるのだろうけど)、かなり心配されているのがわかる。

 だから僕は笑って、答えるのだ。


「ええ、もちろんです」


「……まぁ、お前がそういうのならばそうしよう。佐伯、ルクスは置けよ」


「うーっす」


「では、二人ともこちらのフィールドに」


 佐伯くんとともに、フィールド、とやらに案内される。

 円形の平地で、半径十メートルくらいはあるだろうか。かなり広い。周囲には南雲先生によって魔力の漏れや暴走を防ぐ透明のバリアが張られた。……と思ったが、どうやら南雲先生個人の魔法ではなく、備え付けられた装置に先生が魔力を通しただけらしい。

 実戦を見られることでテンションが上がっているのだろうか、クラスの皆がわいわいと盛り上がっているのがわかる。この盛り上がりからすると、この男子は先生の言うとおりそこそこ強いみたいだ。

 ふとそちらのほうに目を向けてみると、レクイエムズさんと目が合う。

 相変わらず目つきは冷たいけど、その表情にはどこか僕を試しているといった雰囲気が感じ取れる。

――残念ながら本気ではやれないけど、まぁそこそこに合わせていこう。まずはリハビリからだ。


「では、装置の合図に従って始めるぞ。制限時間は五分。魔法の使用は、魔力による身体強化のみ許可する」


「はい」


「りょーかいっす」


 先生が再び魔力を通す。

 備え付けられたタイマーに現在の時刻が表示され、それから五分図るという表示になる。

 それを見届けたあと、僕と佐伯くんは対峙する形になる。


「なぁ、逢坂……、って言ったか。俺は佐伯さえき龍雅りょうがってんだ。俺はこれでも、クラスじゃお嬢様の次につええ。そこそこやるつもりだ。だからまあ、よろしく頼むぜ」


 お嬢様? と疑問に思ったが、あぁレクイエムズさんねと自己解決。確かに言われてみればそう形容するのがしっくりくる。

 まぁ楽しめれば結果なんて二の次だ、と続けながら、彼は人好きのする良い笑みを浮かべた。まるでその笑みだけで花が咲くようだ。

――そういう奴は、嫌いじゃない。


「うん。こちらこそ胸を借りるつもりで挑ませてもらうから、よろしくね」


「あぁ、任しとけよ」


 そこまで言ったところで、ブザーが鳴り出し、機械で作り出されたかのような声がフィールドに響く。


『ソレデハ演習ヲ始メマス。両者、構エテクダサイ』


 互いにやや前傾姿勢になり戦闘の構えになる。

 佐伯くんは相変わらず、どこまでも純粋な笑みを浮かべている。こうしてやりあえることを心底喜んでいるといった表情だ。

 ゆらり、と彼の髪の色と同じ色の魔力が陽炎のように揺らめいた。

 僕の着ている【スーツ】からも、僕のものである黒い魔力が少し漏れる。


『三、二――』


 とは言っても、僕も体を動かすのは久しぶりなわけで。だいぶおじいちゃんになっている気がしないでもないけれど、まぁ戦いながら修正していけばいいか。


『一――』


 僕と佐伯くんの足に、力が入る。


『始メ!』


 どちらが早く、そして速かったのだろう。

 僕と彼はほぼ同時に魔力を纏い、飛び出し、拳を当てようとする。もっとも、僕のそれはフェイントで。本命は切り返してからの蹴りにある。

 彼のジャブをスレスレで躱しながら、予想通りに僕は左の拳を彼の脇腹を掠めさせ、踏みとどまってから蹴りに転じる。だが、そこまで予想していたのか、彼は余裕を持って受け止めた。しかも速さが着く前に腕を出し、威力を半減することさえしている。

 反応が早いな。


「やるねえ、ジンジン来るよ」


「そっちこそ――ね!」


 そこからは、風を切るほどの速度で放たれる拳の応酬。こっちが殴ろうとすれば払い、流され、裁かれる。彼の拳にしてもそれは同様で、僕も同じことをする。

 うん、久々だけどまぁまぁ動けている、かな。

 やはり魔力を纏っての実戦は、常人のそれを軽く超えている。

 はっきり言うならば、魔力を使って身体強化をした僕らの身体能力は、オリンピックで金メダルを取るような人よりも上回っているのである。


「いくぜっ!!」


「いい顔してるね……!」


 足払いからのサマーソルトキック。足払い自体は簡単に躱せるものの、そこからの繋ぎが思っていたよりも早い。だけど、まぁ、まだまだ余裕はある。

 凄まじい速度で閃く縦の攻撃を横に転がって躱し、技後の若干体制が崩れているところを足払いでさらに崩す。

 そして、すかさずそこに絞め技をかけに行くが、すぐに逃げられてしまう。


「おいおい、殺す気かよ」


「ははっ」


「そっちがその気なら、こっちだってやらせてもらうわ!」


 跳躍して飛びかかってくる。

 何というか、佐伯くんの体術はステレオタイプのものではないというような印象を受ける。どちらかというと我流、もしくは本能のままにやっているというだけの説が濃厚か。

 そして、僕的にはそっちのほうが厄介だ。次の手を予想しにくいからね。 

 だけど、彼くらいならそれほどの強敵でもない。跳んでくれて助かった。

 体術に関してかなり秀でているというわけではないのなら、そっちのほうがやりやすい。


「おわっ!?」


 僕を潰そうとしてくるその寸前、佐伯くんの腕を掴み彼と位置を入れ替えるようにして彼を地面に叩きつける。

 それから腕を捻り上げて極めてやる。


「マジかよ……」


「マジだよ」


「そこまでだ。試合終了、逢坂世良の勝ちとする」


 負けを認めないなら、と言おうとしたところで、外にいた南雲先生の宣言に遮られる。見ると、先程まで展開していたバリアはなくなっていた。

 僕も極めていた腕を外し、彼の手を取って立たせてやる。すると、佐伯くんは何を思ったか、もう片方の手を差し出してきた。


「へへ。楽しかった、お前は強いな。これからはクラスメイトとして、んでライバルとしてもよろしく頼むぜ」


 そう言って、また彼は満面の笑みを浮かべる。


「うん。これからよろしく」


 僕もその手を握り返すと、バリアの外からは拍手と喝采が聞こえる。


「逢坂、すげえじゃん」


「いい勝負だったぞー!」


「今度私も教えて欲しいな!」


 こういうのも悪くないなぁ、と思いながら、手を挙げて皆に応える。

 南雲先生はおいおいと笑いながら佐伯くんを小突いている。


「まさか佐伯にこれほど容易く勝ってしまうとはな。レクイエムズとも良い勝負ができるのではないか?」 


「はは、まさか。さすがにそこまではないと思いますよ」


 謙遜、というか、正直に言っておく、というか。

 もしこれでレクイエムズさんに演習で勝って、今日からお前が三番サードだ! とか言われた日には精神的疲労で卒倒すると思うので、それは避けたい。まぁないと思うけど。


「む、そうか。そんなことはないと思うのだが……。さて、皆。佐伯の体術は我流でいろいろアレだが、逢坂のものは綺麗だったな。お手本にするに相応しいものだろう。魔力の制御も上手だったしな。何かわからないところがあれば逢坂に聞くといい」


「ちょ、先生俺は……」


「お前はもう少し基礎基本をやるんだな」


「はーい……」


 しゅん、とわざとらしく凹む佐伯くんに、皆がフォローしたりいじったりする言葉を投げかける。愛されキャラなんだな、と柄にもないことを思う。

 さて、と手を叩きながら、南雲先生は言葉を続ける。


「今日は次の時間まで自主練習と演習を繰り返す。十分自主連、五分演習だ。互いに指摘し合い、有意義な時間にするように。二人一組でやるぞ。……逢坂、レクイエムズと組んでやってくれ」


「ちょっと、先生、私は……」


「やかましい。誰も組みたがらないようなんでな。うちのクラスは逢坂含め男子が十九人、お前を含めて女子二十一人。同性で組めば余りが出るのは当たり前だし、いつまでもお前と私がやっているわけにもいかんしな」


「はい」


「……はい」


 レクイエムズさんは避けられているのだろうか。

 うーん、何と言っても顔立ちも綺麗だし、スタイルもいいし、表情筋が若干死んでるだけで特に問題児というわけでもなさそうだけど。

 どうしてだろうか。

 まぁ、とにかく今は先生の指示に従ってやっていくだけだ。


「それじゃあレクイエムズさん、やろっか」


「……ええ。でも、その前に一つだけ聞きたいことがあるわ」


「なんだい?」

 

 そして次に彼女が放つ一言は、僕にとって衝撃のものであったことは否定できそうにない。


「――どうしてあなた、さっきの演習で手を抜いていたの?」

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